ユーシュは朗々と詭弁を弄する
「現在、我々の所属するギルドは、精霊学ギルド。
『
タンフウの言葉に、王宮内の広間には静かなさざめきが広がる。けれどもそれは、先ほどまでのように彼を嫌悪する声ではなかった。
精霊学ギルド、という単語に、人々が驚嘆にも似た声を上げている。
それまでは、ただ不吉で胡乱な存在だった
その風向きの変化を敏感に感じ取り、重ねてタンフウは告げる。
「本日は、父――いえ。謀反人シナドの不始末を片付けにやって参りました」
感情を込めず淡々と述べられたその言葉に、集まった貴族たちは戸惑いながら顔を見回した。
構わずタンフウは続ける。
「先ほど私の使役する霊狐が襲ったのは。これと同様、シナドの潜ませていた霊狐でございます。
かの霊狐は、恐れ多くも皇太子殿下のお命を狙っておりました」
「なっ」
タンフウの発した不穏な内容に、顔を赤くした貴族の一人が口角泡を飛ばして叫ぶ。
「貴様。何を言っているのか分かっているのか! 神聖な宮廷内にて不敬な騒ぎを起こしておきながら、よもやそれを誤魔化すため、もっともらしく皇太子殿下のためと言い訳するなど」
「よい」
だが彼の言葉を遮り、後方から威厳のある声が響いた。
上座に置かれた玉座。そこから注がれる射抜くような視線に気付き、タンフウは硬直する。
現国王ユウゼバードが、じっと騒ぎの中心を、タンフウを見据えていた。
老齢に差し掛かり白髪が混じってはいたが、なお強く輝く金の髪。がしりとした健康的な体つきと、見るものを威圧する精悍な顔立ちは、年かさを感じさせない。
隣に座る皇太子ライゼとは対照的だった。皇太子は全身がやせ細り、顔色が青白い。ひと目でそれと分かる病人である。遠くからでも手足が小刻みに震えているのが分かった。噂では、父である国王と会話することすらままならないという。
国王と皇太子の姿を、物珍しさも手伝い彼は密かに伺ったが。タンフウはそこはかとない違和感を覚え、眉を寄せる。
が、国王に言い募る貴族の声に、我に返った。
「陛下。この男は恐れ多くも皇太子殿下に害なさんとした大罪人、シナドの息子です。話を聞く価値など」
「構わん。続けろ」
「しかし陛下」
「私が良いと言っているのだ。彼の話に興味がある。続きを話せ」
「は」
誰にも有無言わせぬ国王の言葉に頭を垂れ、タンフウは再び口を開く。
「我々のギルド『精霊文理科学総合研究所』は、先ほど名を挙げていただきました『天文連合』と『史学会』という組織が合併したものでございます。
二つの組織は専攻こそ別でありましたが。それぞれ偶然にも研究の過程で、精霊学との繋がりを見出しました。それを知り、互いに情報共有しながら研究を進めた結果。
我々は現在の精霊学ギルドが有する技術より、一段階上の力を有する精霊憑きを発見することに成功致しました」
「精霊憑き……!」
はっきりと、誰かがそう呟いた。畏怖はあったが、厭忌ではない。
国王の許可を得て、精霊学ギルドという王国随一の最先端学問に裏打ちされた彼の話す内容は、いつの間にか人々にとり興味の対象になっていた。
「しかし我々がそれを発表するより先に。その発見をシナドは嗅ぎつけ、十数年ぶりに私に接触してきたのです。
シナドは再び皇太子殿下へ害なさんとし、国家転覆を目論んでいました。その為に、武力となりうる精霊憑きを欲したのです。奴は我々に、計画へ与するようにと脅してきました」
タンフウはここまで一息に話してから、悟られぬ程度に深呼吸をする。背中には、じっとりと汗をかいていた。
順序を入れ替えた真実の中に、密やかに嘘を混ぜ込む。人々にとり邪悪なものであるシナドの存在と、多くの真実に裏打ちされた小さな嘘の組み合わせは、実にもっともらしく辺りに響く。
「当然、我々は拒絶しました。幸いにして、我々の有する精霊憑きの力を恐れてシナドは退きましたが、その際に不穏なことを匂わせたのです。
十数年前の皇太子殿下暗殺未遂の折に、シナドは先ほど倒した霊狐を既に従えていました。その霊狐の力で、十数年前の事件より、皇太子殿下を亡き者にする手筈を整えていると。
シナドの話を騎士団に報告しようと考えましたが、とある同僚に止められました。
根拠は奴の話だけ。証拠は一つもございません。万一、この情報を持ち込ませることで王家を撹乱することこそが狙いだとしたら、事だと。
そのためひとまず報告は控え。シナドの言うことが事実か否かを、我々のみで検証することにしたのです」
そこまで話して、タンフウは一旦、口を閉ざす。
続きを説明することはできた。しかしこの先の話し手は、彼でないほうがいい。
息継ぎをするふりをして、どうしたものかとタンフウが悩んだ、その時。
「その先は。私が説明させていただきます、陛下」
割って入った明朗な声に、一斉に人々が振り返った。
ほっとして、タンフウも思わず顔を上げる。
広間の入り口から颯爽と歩み寄ってきたのは、ユーシュだ。黒い燕尾服の正装に身を包み、壮麗な身のこなしで人垣を割る。口元へは穏やかな笑みを湛え、普段の飄々とした素振りは覆い隠していた。
タンフウの側までやってきて、隣に片膝立ちで座り込むと、ユーシュは小声で耳打ちする。
「すまん、遅れた。続きは任せろ」
タンフウにだけ見える位置で、にやりと笑ってから。
ユーシュはすぐさま『ケラスス』の仮面を被り、国王へ向き直る。
「お久しぶりです、陛下。ユーシュ・ケラススでございます」
彼の名乗りに、これまでとは別種のどよめきが広がった。
その名前こそ、知られてはいた。だが社交界にほとんど顔を出していなかった貴公子の突然の登場に、誰しもが面食らっているようだった。
呻くような声を上げ、国王ユウゼバードはユーシュを凝視する。
「……ユーシュ。おぬし、生きていたのか」
「ええ。生憎と、しぶといもので」
目を細め、伺うように低い声音でユーシュは答えた。
しかし、それ以上は会話を続けない。
間を置いてから、再び貴族の仮面をまとい、ユーシュは話を繋いだ。
「こちらには随分とご無沙汰しておりました。思うところがあり、少し俗世を離れておりましてね。
まだ仮登録の身ですが。現在、私は王立研究ギルドに所属しております。彼と同じ、精霊文理科学総合研究所。前身の組織は天文連合です」
数はそこまで多くないが、貴族であってもキュシャになる者はいる。次男や三男として生まれた子息は、争いを避けるため自ら進んでキュシャになる者も中にはいた。四大名家の出身ともなると、キュシャの一員としてよりは理事として名を連ねる方が普通だが、決して皆無な事例ではない。
ユーシュがこれまで社交界に姿を見せなかった事情に、概ねその説明で納得がいったようで、観衆は得心して彼を見つめた。
だが降り注ぐ人々の興味と好奇の視線に、ユーシュは一切臆することなく、にこやかに続ける。
「先日まで我々のギルドには、リーリウム家がご息女、サンカ・リーリウム嬢が視察に来ておりました。
そこで我々の研究を目にした彼女は。皇太子殿下の容態が、精霊憑きの症状と酷似していることに気付いたのです」
「なんだと……!?」
ユーシュの言葉に、国王が動じる。取り巻く貴族や騎士たちも総じて驚愕の表情を浮かべていたが、国王の面前である手前、どうにか表に出すのは耐えているようだった。
「精霊憑きそのものは、正しい知識の元に成されれば危険のあるものではございません。
しかし人と精霊との間には、相性がございます。悪意をもって、その人物と合わぬ精霊を憑けた場合。精霊は、宿主に害をもたらします。
彼女の指摘を受け、サンカ・リーリウム嬢と私とは、共に協力して研究を行いました」
はっきりと、広間はまた別の空気に変わった。
話の内容に驚くのはもとより。それでいて、密かに色めき立つ気配だ。
「昼夜問わない、聡明で献身的な彼女の助力により、研究は大幅に進み。
皇太子殿下の病の原因が、十数年前にシナドにより憑けられた精霊が原因であることを突き止めました」
いよいよ観衆に、抑えきれない動揺と、歓声にも似た囁きが広がる。その反応に、タンフウは内心で拳を握った。
サンの絡む説明は、タンフウではなく、ユーシュがしなければならなかった。
互いに名家の貴族であり、未婚の若者であるユーシュとサン。
二人は同じ組織で、同じ目的のために、共に時間を過ごしたと明言した。
ユーシュは、ただもっともらしくそう述べただけだ。それ以上のことは、何も言わない。
しかし、その事実をユーシュが述べるだけで。
後は勝手に、周りが邪推する。
名家であるケラススとリーリウムの歩み寄りに、異を唱えるものは誰もいない。
そういった非の打ち所のない立場の相手が、すぐ側にいると示されたサンに対し。
闇雲に、すぐさま婚約を推し進めるのは難しい。
一時しのぎの手ではあった。完全に王家との婚約を止めるには、それこそユーシュとサンが婚約するしかないだろう。
しかしひとまずこの場を凌ぎ、牽制するには充分だ。
それにしても、とタンフウは隣のユーシュを横目で伺う。
――少し盛り過ぎじゃないのか。
怪訝な気持ちが顔に出てしまい。ナギに尻尾で首を小突かれ、慌ててタンフウは表情を引き締めた。
何食わぬ表情を浮かべたまま、ユーシュは話をまとめる。
「視察期間が満了し帰宅した彼女は、本日、陛下にこの一件を進言するつもりでした。
しかしそれに気付いたシナドの一派が、先ほど彼女を誘拐しました。
その報を受け、新年祭にてもしやシナドが動くのではないかと睨み。シナドに対抗しうる霊狐を使役する彼をこちらに向かわせました。
私は急ぎサンカ嬢の行方を探すよう手配した後に、ここに駆けつけたというのが、経緯でございます」
流暢に話し終えると、ユーシュは優雅に一礼する。
「ですがご説明が前後してしまい、悪戯にご心配をおかけいたしましたこと、お詫び申し上げます」
「……なるほど。事情は分かった」
渋い表情を浮かべながらも、国王は頷いた。
その一声で、タンフウを取り囲んでいた人垣は少しずつ崩れ始める。彼への警戒が、解かれたのだ。
ようやく、安堵の息をつき、タンフウは隣のユーシュに顔を向ける。
が、ぎょっとしてタンフウは肩を跳ねさせた。
話し終えたユーシュは、これまでに見たことのない、嫌悪と憤りに満ちた表情を浮かべている。
「どうしたんだ、お前」
「俺は今。史上最高に機嫌が悪い」
先ほどまで流麗に国王への話を展開していた者と、とても同一人物とは思えない、どすの利いた声でそう答えると。
ユーシュは低い声で告げる。
「さっき。本当にサンがシナドに連れて行かれちまった」
ユーシュの言葉に、目を見開く。
動揺して、タンフウは口を開きかけるが。ユーシュは彼の腕を強く握って制した。
「動じるな。外でセツが待機してる。詳しくはセツから聞いてくれ。
背中を叩かれ、託される。頷き、立ち上がりかけたところで。
不意に思い出し、タンフウは足を止める。
「ユーシュ。皇太子殿下のことで一つ、言っておきたいことがある」
そう言って、タンフウは彼に耳打ちした。
告げられた事柄に、今度はユーシュが目を見開く。
「……それは本当か」
「おそらく。けど内容が内容だ。僕の口から言うのは立場上、憚られる。精霊を祓っても駄目なようだったらそれを進言してくれないか。
殿下の病は多分、精霊だけの仕業じゃない。精霊を祓うときは、人払いをして別室でやった方がいい」
そう言い残すと、今度こそタンフウはナギを伴い、急ぎ広間を出ていった。
彼の姿を見送ってから、ユーシュは再び国王に向き直る。
「陛下。我々から一つ、ご提案がございます」
「なんだ。申してみよ」
「我々は。皇太子殿下の病の原因を突き止めると共に、取り祓う方策も見出しました」
顔を上げ。ユーシュは国王本人にしかそれと分からない、にやりと含みある笑みを浮かべる。
「我ら、精霊文理科学総合研究所の粋を集めまして。
皇太子殿下の病を癒してみせましょう」
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