誕生した後の記憶

 私はとある一般家庭で生まれた。

 私は物心ついた頃から、普通ならば持ちえるはずのない記憶と知識を持っていた。

 記憶の中の私は、鋭い鉤爪を持ち、人間のように二本の足で歩く蛇の姿をしており、発展した大きな都市で過ごしていた。そこで、私は同じような姿をしたモノ達と共に、自分達を生み出した蛇の神を崇めながら、科学技術や魔術に精を入れて過ごしていた。


 記憶の中の私は、自らの種を「ヘビ人間」と呼んだ。


 私は、気づいた時から持っていた、彼らの所有していた知識の中から、「先祖返り」という現象──ヘビ人間は遠い昔…かつて地上で栄えていた頃の記憶や知識を引き継いで生まれる個体が稀に生まれる。その現象を彼らはそう読んでいた──を目に止め、「自分には人間ではないモノの血が混じっている事」に気づき、自分が人間ではない事に気がついた。

 ……何?「お前は人間の姿をしているだろう」と?ああ、それか。普通のヘビ人間は幻術で姿を誤魔化しているんだが、私の場合は生まれてからずっと人間の姿だ。蛇の姿なんて、なった事はない。おそらく、ヘビ人間の血が混じってからここまでで、ヘビ人間の血がだいぶ薄まってしまったからなんだろう。身体の能力は人間そのものだから、自力のみで支配血清を作れないのが少し辛いが、わざわざ魔術をかけて姿を誤魔化す必要がないのは楽だ。


 兎にも角にも、私は幼い頃から、自分が何者か理解し、父なる蛇の神を崇めながら過ごしてきた。

 しかし、何も知らない産みの親2人はそんな私を不気味に感じ、私を育児放棄し、時々暴力を振るうようになった。暴力はどうしようもなかったが、料理は材料が余っていれば自分でやったし、材料がない時や洗濯は仕方ないからこっそり親の財布から金を抜いた。バレたら殴られたけどな。

 そんなある日、私を置いて家族は何処かへ出かけた。こっそり隠していた家の合鍵と貯めていた金でなんとか食い繋いでいたが、日が沈み、夜が過ぎ、朝が来ても、家族は帰ってこなかった。

 そうして、家族が姿を消して3日が経とうとした時、流石に「私を飢え死にさせて殺す気だ」と察し、残り少なくなった金銭と身分証明書になりそうなものを適当にとって家から逃げ出した。

 当時は「警察に頼る」なんて事を思いつかず、行くあてもなく彷徨い、ついには隣町に来てしまった。──そう。その町が、黒沼くろぬま市だ。

 私はふらふらと彷徨い歩いている時、ふと神社の前で足を止めた。何処にでもある、石造りの鳥居と、その奥に厳かに建っている社だ。普段なら関心なんて向けないが、鳥居の向こうから微かに感じる懐かしい気配に誘われ、自然と鳥居の向こうへと足を運んだ。

 足を踏み入れた途端、その懐かしさの正体に気づいた。遠い昔に存在していた蛇神の神殿の、厳かながらも優しい雰囲気に近い気配だった。その神社が、私の信ずる神を祀っているのだと、私は気づいた。

 そんな出来事は、私には初めてだった。懐かしい場所に近い所に、私は安心感を感じた。物心ついた時から過ごしていた薄汚れた日々から、やっと解放されたような感覚がした。

 それによって、私は物心ついてからずっと張り続けていた緊張の糸が切れてその場に倒れ伏し、意識を手放した。



──意識が沈む瞬間。ほんの僅かな時間、暗い闇から巨大な蛇が私を見つめていた気がした。

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非人達の記録 〜夜刀神衛士の追憶〜 詞穏 @shion515hzm

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