彗怜

―会うは別れの始め

どんな大事な人との出会いであっても、いつか必ず別れが訪れるという意味。

私たち人は生かされており、死から逃げることなど出来ない。かの有名な八百比丘尼も人魚の肉あるいは九穴の貝を食べるも、手にしたのはたった1000年の時を老いることなく生きることがことができるという力で、約800年後には彼女も土に還った。彼女は一方的に老いていく家族や親友の死に何度も立会い、何倍もの悲しみを感じた。

人は人ならざるものになることはできない。"人"である限り"別れ"は必ず来る。あなたが後悔してもその願いがかなうことはないのだ。


 高校に入学してからバス通学になった賢は、慣れない手つきでICカードを取り出し、乗り込む。

 今まで自転車で通学していたため、10キロくらいなら僕にとっては楽しめるような距離だが、急勾配な坂付きの18キロとなるとさすがにきつく、バス通学となった。

 バスの中を見渡すと、すべて空席だった。僕は左後方の窓際の席へと腰掛け、リュックから携帯電話を取り出すと、付属のイヤホンを耳に掛け、ぼーっとした。そのまま眠りそうなっていたが、アナウンスの音で目を覚ます。ブザー音とともに開いたドアに目を向けると、一人の少女が乗り込んでいた。学生服で胸元には賢の制服と同じ「高」の校章がついている。スカートの丈は膝下で、腰ほどまである髪はポニーテールでまとめてある。第一印象は清純といった感じだ。キョロキョロとあたりを見回すと、こちらへと歩いてきた。

「おはよう、けんちゃん」

もう見慣れた笑顔だ。

「おはよ」

こちらも少しぶっきらぼうに答える。彼女、由良はそのまま横に座った。

中学時代いじめを受けていた賢は、最後に卒業式だけ参加することになったのだが、目もあわせず、周りではひそひそと話す人ばかり。人がいないところへ逃げ、そのまま帰ろうと裏口へと足を向けたそのとき、由良に手を引っ張られた。周りの雰囲気に飲み込まれて何も言い出せなかったこと。罪悪感がずっとあったこと。ほとんど接点がないものの彼女だけは謝ってくれた。そして、高校がたまたま一緒だったこともあり、そこから彼女と連絡を取り合うようになった。

クラスは分かれてしまったものの、ほぼ毎朝同じバスに乗るため、こうやって話すことができている。学校生活はお互いに順調なようで、由良は同級生と付き合いだしたらしく、時たま話題に出てくると嫉妬してしまう。

先日のテストの点数で一喜一憂してはしゃいでいると、目的地に近づくにつれしだいに人も増え、立つ人がでるほどに人は多くないが、席はだんだんと埋まっていった。おしゃべりも止め、高校前まで静かに待とうとしていた。

そのとき、由良の腕にちらっと青いものがあるのが目にはいった。

「それどうしたの」

深く考えもせず、賢は軽い感じで聞いた。よくみると、由良の二の腕には昨日はなかった10円玉大ほどの痣が出来ていた。賢が言うと由良はさっと痣を隠した。

「いや、昨晩ちょっとぶつけちゃってね」

笑ってごまかそうとしているが、少し顔は引きつり、ぶつけてできたような痣には見えなかった。

「ぶつけただけならいいけど・・・」

もう少し聞こうと思ったもののバス停についてしまい、この話はここまでとなってしまった。

しかし、翌日には痣だけでなく指や腕に絆創膏を貼り付けており、日が経つにつれ酷い怪我を負うようになった。

「その怪我、本当は違う理由があるよね」

痣を見つけてから2週間ほどたち、酷くなっていく怪我を見るに見かねて賢は問いただした。しかし、それでも彼女は「嘘なんかじゃないよ」といった。それが嘘だと分かっていたが、何回尋ねても彼女は絶対に認めず、彼女はそのまま家路についた。

そして、彼女は翌日彼氏の家で死体となって発見された。撲殺だった。


俺は彼女を助けることができた。なのに助けれなかった。

俺は彼女を殺してしまった。もう遅かった。

彼女は死んでしまった。「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えずに。

―人ならざるものになる

だから私はホームから飛び降りた。

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彗怜 @koyuto1529

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