間話 ピンクスライムの恐怖

さて、場面は少し変わる。

そこはあのダンジョンよりもぐぐぐっと北に位置するとある盆地。

四方を山に囲まれ、それなのに標高が高いが故、一年を通してほとんど雪が解けない常冬の土地。

しかし、それでもというかやはりというかそんな地獄の冷感な場所でも人間というのは集落を作っているもので、そこには一つの人族の集落があった。

その集落は亜人と人間混成の狩猟民族集落であり、彼らは日々周囲にいる獣や魚、果物を食べて日々の生活を営んでいた。


「……仕留めてまいりました。ここまで運んできましたので、解体はお任せしますね」


「おおぉぉ!よもや本当に【ブリズリー】を一人で仕留めてくるとは……!!

 一流の男の獣人狩人ですら、死を覚悟するといわれるのをこうもあっさりと……!!」


さて、そんな集落の一員に一人の狩人【メア】と呼ばれる女性がいた。

彼女はこの獣人と人間の混成のこの集落で、力や探索力で劣るとされている人間でありながら、トップクラスの狩人としてすでに認められていた。

その狙撃は飛ぶ鳥も落とし、その索敵はネズミの寝息すら聞き逃さない。

さらにその美貌は雪の女神をも上回り、その白い肌と静かなものごたえの様子はまさに狩りの女神を思わせると、もっぱら集落の男女に評判であった。


「それでは、私はいったん家に帰らせてもらいます」


「あ、ああ!ところでこの後俺と一緒に……」


「すいませんが、弓の手入れがあるので……」


「チクショーメ!!!」


そして、何よりもお堅い。

地味に結婚適齢期である15はすでに超えており、20を超えてなお恋人がいない。

それなのに件の美貌と佇まいなせいで、年頃の男子連中はそわそわして舞うのは仕方ないことかもしれない。

ある人は、彼女が狩りの神に魅入られたから恋人が作れないと言っていた。

またある人は、実は先日の大侵略の際にいなくなってしまった若い男性の中に彼女の恋人がいたから。

そもそも、彼女は恋人を作る気がない、その誓いのおかげで彼女はあれほどの狩りの腕をもているのだ。

などなど、そんな根も葉もない噂が集落には流れていた。

……が、それのどれもが間違いであることを彼女の狩りのパートナーである【ウォル】と呼ばれる若い獣人の雄は知っていた。

そう、彼女がいまだ恋人を作らず狩りを続けている、その真の理由は……。





「な~~うぉるうぉる~、どうやったら、隣家のタァルちゃんと合法的に夫婦になれると思う?」


「とりあえず、自重しやがれこのロリコンレズ野郎」


なんと、この女狩人はレズだったのです!

こんな限界集落一歩手前なのに、こんな子供産む気ゼロな特殊性癖女子が生まれる。

これを知ったら、長老大号泣間違いなしである。


「いや、知ってるよ。

 だからこそ、全力で狩りの成果を出して何も言えないようにしているだけだし」


残念ながら、すでに長老は泣いた後だったようだ。

道理で、普通はこの年の若い女性は一夫多妻でも多夫一妻であっても関係なく長老命令で無理やり結婚するはずなのに、いまだ未婚を貫いているわけだ。


「それにさ~、ウォルは俺のことをレズだなんだっていうけどさ、自分前世は実は男だったからこれがノーマルなんだぞぉ☆」


また、例の妄言が始まった。

彼女はいつもこの手の話をすると、このような訳の分からない言い訳をする。

たしかに、亡霊付きや加護もちの一部にはそういう経歴を持つ人がいるときくが、大体は眉唾物だ。

確かに彼女の狩りの腕は常人離れはしている点では合意はするが。


「それより今晩は白鳥鍋のつもりだけど、何か希望はあるか?」


「お~、いいねぇ。

 でも、私としては野菜はマストだからな。

 ちょっとムィルさんの家からお野菜もらってくるわ」


そういうと、メアはふらりと吊るされていた干し肉を一束つかみ上げるとそのまま隣の家へと出かけた。

家を出るその瞬間まではだらだらと猫背で移動していたのに、一歩でも外へ出た瞬間にまるで人が変わったかのようにきちんと背筋を伸ばし、一片の隙がないような動作で歩く身代わりの速さにただただ舌を巻くばかりである。


「(家の中でも、あの状態が1割でも発揮してくれればねぇ)」


そんな溜息を吐きながら、ウォルは静かに今日の晩御飯用の鍋をいそいそと準備する。

鍋の材料はシンプルに鳥と香辛料と調味料だけなのでさっさと鳥をさばき羽をむしる。

無論、レバーやハツなどの内臓も大事な蛋白源なので一旦別に分ける。

そして、肉に塩と香辛料を塗り、乾燥させた団子もいれ、水を注ぎに始める。

後は彼女が帰ってきて勝手に野菜を入れれば完成といった塩梅であろう。


「……すっかりこの作業も慣れちまったなぁ」


鍋の置かれた囲炉裏にどかりと座り、鍋を煮え具合を観察しつつ彼はそう呟いた。

―――そもそも、獣人は料理をしない。

いや、他の集落や群れでは違うだろうが、少なくともこの集落においての自分たち獣人の役割は基本的に【狩り】であった。

それは獣人特有の身体能力の高さや嗅覚の鋭さなどたくさんの理由がるが、最も大きいのはその【大喰らい】っぷりであろう。

そもそも獣人はその身体能力の高さゆえの反動か基本的に、たくさんものを食べる。

しかもここにいる獣人が多くはその身にオオカミの力を宿しているせいか、肉食メインであり野菜はそこまで受け付けない。(食べれないわけではない)

そういうわけで、この集落では基本的に【獣人】側が狩りを担当して、【人間】が家事や採集などのサポートを行う事で役割分担しあい、何とかこの極寒の地でも生き残て来たのだ。

―――だが、それでも狩りが苦手な獣人がいる、それがウォルであった。

ウォルは生まれつき体の小さい獣人であった。

単純な腕力自体は悪くないが、その小さい体は見た目に反して彼は本当に体力がなかった。

というのも、彼はすぐにばてた。

彼の足は狩場に行くだけですでにヘロヘロになり、獲物を追い込みなどもってのほか。

静かに獲物を待伏せしようとじっとしていても、日が少し傾くだけですぐに主張を開始する腹の音。

そんな彼がこの集落から一種の鼻つまみ者扱いされるのは自明の理、いつ集落から追い出されるか、それとも自分から出ていくべきか、それも時間の問題であった。


「なら、私が2人分狩る。

 だから、こいつは私がもらう、いいな?」


そんな彼を救ってくれたのが彼女【メア】であった。

彼女は獣人より筋力の劣る人間であるのに、凄まじい狩人であった。

弓を打てば百発百中、獲物の痕跡を見つけるとまるで老いたキツネ以上に執拗。

それだけでもすさまじいのに、効率的な雪魚の狩猟法や狩りの道具まで作り始める始末だ。

それに自分を養ってくれてからは、普通の獣人の2倍、いや3,4それ以上の狩りの成果を上げ続けている。

この集落において一種のカリスマ的存在と言ってもいいだろう。

彼だって、かつてはすごく尊敬していたものだ、崇拝すらしていた。


「でもいまじゃ、あれだもんなぁ」


ウォルは自分用の鳥もつ鍋を作りながら、思わずため息が漏れるのが分かった。

確かに彼女は一流の狩人であった、でもその事実は彼女の本性の高潔さまでは保証してくれていなかったのだ。

服は脱いだら脱ぎっぱなし、新しい狩りの方法だと言って開発されるトンでも兵器と失敗狩猟道具の数々、突然食えるかもと言って食べ始める謎のゲテモノの数々。

何より自称心は男で趣味はロリ娘ウォッチングとかいうまごうことなきド変人であり、そんな彼女が周りで恋を知らない純粋な狩猟の女神とか言われている事実にいろんな意味で頭が痛くなるのも仕方がないことであろう。


「ただいま~!!人参と大根もどきゲットしたぞ~~

 って、お!今夜はもつ鍋まで行っちゃうの?」


「いや、こっちは俺用の塩なし鍋だからおめぇ用じゃねぇよ」


そんなウォルの気も知らず、のんのんと野菜を担いで帰ってきたメア。

そのまま、ウォルが切り分けている鳥もつの方へと顔を向ける。


「ん?なんかこの鳥の胃、動いてないい?」


「……あ、本当だ、何だ?なにかデカイ魚でも食っていたか?」


メアの指摘で、気が付いたやめに膨れ上がっていり、わずかに振動している胃袋。

その不気味な光景に恐る恐るとその鳥の胃をさばき始めるウォル。

すると中から出てきたものは、ぶにゅぶにゅしたゼリー質に胃の中でもなお動き回る生命力。

そして、ウォルはその嗅覚で、メアはその経験でそのゼリー状の何かが只のゼラチンではないことを見抜き……


「うわっ【スライム】だ」


「やった!【スライム】だぁ!」


中から出てきたそれに対して、ウォルは思わず顔をしかめ、メアは思わず笑みを浮かべてそれを出迎えたのであった。





「というわけで、【スライム白鳥鍋】の完成~~!!」


「……」


「いや、そんなにすねないでよ!これだって一種のお肉なんだから、ね、ね?」


「別に、すねてないし」


こうして、目ざとくメアがスライムを見つけたせいで、今晩の食材に無理やり1品付け加えられてしまった。


「……今日のスライム、いつもよりもやけに赤かったが、あれって大丈夫なのか?

 本当に毒はないんだろうなぁ」


「大丈夫大丈夫、自分の【直観】スキルも問題ないって言ってるし。

 むしろいつもよりもおいしいくらいじゃない?俺これ好きなんだよな~!!

 葛切り風というか、そんな感じ!」


ウォルとしては、メアのそのゲテモノぐいっぷりにはつくづく頭を悩ませており、この【スライム食い】もその一つである。

そもそも本来スライムは、【獣】ではなく【魔物】。

つまりは根本的に生き物にとって害の存在だといわれているはずなのに、メアはそれに臆さず、バクバクと食べ始めてしまうのだ。


『んん~!!このスライムの中身いいね!ところてんとか、葛もちみたい!

 葛切りだと考えれば鍋物にも行けるか?

 あと、このスラ革もいいなぁ。ゴムとか透明シートっぽいし、ビニール傘もどきでも作っちゃうか?』


彼女の言っていることはあまり理解できなかったが、ともかく気に入ってしまったようだ。

自分としてはあまりに気持ち悪い触感な上に、乾燥した藁みたいな風味が受け付けずそれが鍋に入っているだけでげんなりするのだが、この家は彼女の家、居候である自分が文句を言えるわけがなかったのであった。


そうして、十分に得たので嫌な表情をぐっと抑えながら、おそるおそる鍋のふたを開ける。

……そして、次の瞬間、自分たちの予想は色々な裏切られた。


「……え?」


「これは……味噌?いやいや、流石に違い過ぎるか!

 でも、あれ、これ、何の匂いだ?わずかに甘い……でも塩味……まさかオイスター?そんな馬鹿な!」


ウォルとしてはこの鳥スライム鍋はおそらくスライム特有の古草臭が充満することを覚悟してふたを開けてみたのであった。

だが、ふたを開けてみればどうだ!

この辺ではめったに感じられない明らかに【甘味】と【風味】が混ざった匂い!

まるで開ける鍋を間違えたかと勘違いするほど強力なコクの匂いであった。


「……ウォル、これ、いつもと違う材料とか野菜、入れたりした?

 砂糖とか水飴とか」


「まさか。スライム鍋ごときにどうして、そんな貴重な調味料を使わなきゃならねぇんだ」


「だよな、となると原因はこれかぁ」


そういうとメアは静かに鍋の端に浮いていたスライムのモツ切り身をひょいっと持ち上げた。


「……たしかに、この間食べたスライムよりほんの少し赤みがかってる気が……。

 もしかして、こいつ、花のみつばかり食べてたとかそういうのあるのか?」


「そういう話は聞いたことがないが……白鳥は渡り鳥だからなぁ、もしかしたらここに来る前にそういう特殊な場所で特殊なスライムでも食べていたのかもしれんなぁ」


メアは目の前の湯でたうすピンク色スライムじっくりと観察した後、ウォルが止めようとする声も無視してひょいっと口に運んでしまった。






「……~~!!!!うまぁぁぁぁぁぁい!!!!!」


そうして、メアは感嘆の声であった。


「え!何この薄ピンクのスライム!甘くておいしいんだけど!

 このコク?というかうまみ?半透明なのにクリームとかバターみたいに濃厚!

 普通のスライムとは正反対!

 しかも味が甘い?というか濃い?……あえて言うならカニとか貝とかそういう系。

 そうだ!ウニだ!!!ウニ鍋だこれ!!!え、何このスライム!!!!

 この世の中にこんなのがあったなんて!!」


メアはそう口早に食べたスライムの感想を言うと手早く、すごい勢いで鍋の中のスライムをかっさらい、団子とともにそれをがつがつと飢えた犬のように飲み込み始めた。


「お、おい!いつもと違う種類のスライムとか、どう考えても毒があるかもしれないだろ!

 少しは警戒してだなぁ……」


「いやいや!こんな美味しいスライムが、毒なわけがない!!!

 それに、これで死ねるなら、色々と本望よ!一片の悔いなしってやつだ!

 それに久々の甘旨味!!のがしてなるものかぁぁ!!」


そんなことを言いながらお椀にとられたピンク色のスライムをがつがつと食い漁るメア。

そんな様子にあきれながら、ウォルもおそるおそるそのうまいと評判のピンク色のスライムの切り身を一口食べてみるのであった。


「……ま、普通のスライムよりはうまいが、やっぱり俺は肉の方が合うな」


それにより、メアの喜びの一部が理解できる程度にはこのスライムがうまいということはわかった。

まるで脂身の強い魚のような濃厚さと柔らかさを兼ね備えながら、同時に漬け込んだ乾物の如きうまみと甘さが口に広がる。

ふむ、確かにこのスライムならあの白鳥が胃が腹がパンパンになるまで食べた理由が察せられるというものだ。


「(それでも、こいつの喜びっぷりは大げさだと思うがな)」


だが、その地味な感動も目の前にいる色白美人の女性が犬のようにがつがつと飯を食っている絵面の面白さには及ばないものであった。


そうして厳しい環境で異種族度同士ながら、2人の暖かい飯と楽しい雰囲気を保ち、夜は更けていく。

そう、そのような魔が闊歩しながら普通の生態系も変わった人たちも調和して過ごす。

それがこの世界のごくごく一般的な日常光景なのであった。











なお、その日の夜。


「なぁ、ウォル、お前は私のことどう思ってるんだ?

 ……えへへ~~♪そうなんだ、いひひ、愛い奴め愛い奴め!」


「それじゃぁさ、ちょっとキスしてみようぜ!

 え?酔ってない、酔ってないよ♥

 ごめん、ちょっとだけ酔ってる、だから許して♪」


「……んぴゅ♪

 んふふ♪うん、思ったよりこういうのも悪くないな。

 ……というか、もふもふすっごい気持ちいなぁ。

 それなのに筋肉すごいし……」


「……ごめん、ちょと我慢できないかも。

 ちょっと脱いで、ちょっとさ!ちょっと直接は生肌の触れ愛しようぜ~~!!

 え?お前は男じゃなかったのかって?

 だ、大丈夫!これは知的好奇心だから!痴的好奇心だから!!!」


「……うっぞ!え、何このでかさ!!

 おまえ、獣人の中では小さいほうなのに、こっちは巨砲かよ!

 うっはー……黒人以上で、しかもいぼ付き返し弁付きかよ。

 うん、これは無理だな。いろんな意味で無理無理カタツムリ」


「……お、おい!

 ちょ!これは無理って言ってるだろ!

 いや、何がちでうねり声上げちゃってるの!

 分かった手でするから!!そっちでならセーフだから!!!」


「ちょ、おま、力差を考えて………」


「~~~~~~~~~~~~っっっ♥♥♥」



そうして、続く夜に開ける朝日差し込む太陽光

なぜか聞こえる小鳥たちの鳴き声。


やけに重い四肢をこきこきと動かし、横を見るとなぜか裸になっている自身のパートナーの獣人(♂)の姿と同じように裸になっているメア自身(♀)の姿。


「あっはっは……どうやら昨日は飲み過ぎたみたいだな、うん。





 ……ああああぁぁぁぁ!!!やっちまったぁぁぁぁ!!!!!!」


メアの突然の叫び声とそれに跳ね起きるウォルの姿。


「ああああああ!!やけにうまいと思ったらスライムぅぅぅ!!!!!

 今度見つけたら、絶対に殺し尽くしてやるぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


一瞬で自分の昨晩の痴態の原因を理解し、慌てふためくパートナーを無視して叫び声を狩りの女神(地元限定)。

かくしてこのようにまた一人、魔の存在の罠にまんまとはまり、心に取り返しのつかない傷を覆うのもまたこの世界の日常。


いまここに、のちの『姦濫』とよばれるダンジョンによる被害者第一名が生まれてしまったのであったとさ。






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詐欺広告につられたと思ったら、TSサキュバスになってダンジョンマスターになった件 どくいも @dokuimo

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