狐の手伝い

陽月

狐の手伝い

「ひいじいちゃん、お話して」

 遊びに来た、ひ孫の彩香あやかが曾祖父に話をねだる。

 来年小学生になる彩香は、普段は街で両親と生活しているため、曾祖父の住む田舎のそれも曾祖父が子どもの頃の話は、魅力的な話だった。


「お話かい? どのお話がいいかな」

「狐のお話がいい」

「じゃあ、狐のお話をしようか」



 ひいじいちゃんが、子どもだった頃の話だ。

 子どもとは言っても、今の彩香よりは、もうちょっと大きかった。もう自転車にも乗っていたしね。

 あの頃は、まだこの辺の道は舗装、綺麗な道路になってなくて、砂利道のガタガタだった。自転車で走ったら、ガタガタガタガタ、揺れる揺れる。ハンドルをしっかり握って、必死に押さえていないと、真っ直ぐ走れなかった。


 ある日、ひいじいちゃんのお母さんに、お遣いを頼まれた。夕飯のお魚を買ってきてと。

 ここからお魚を買いに行くなら、山を一つ超えたところの魚やさんだ。彩香も、ここに来るときに前を通っているだろう。

 あそこまでは、彩香が来年から通う小学校まで、行って帰って、もう一回行って帰らないといけないくらい、離れている。

 しかも、こっちの麓とむこうの麓には家があっても、山を越える途中には家がない。

 そんなガタガタ道を、ひいじいちゃんは自転車で魚を買いに出かけた。


 魚屋さんで、家族分の魚を買って、自転車の荷台に木箱をきっちり、くくりつけた。

 それで、来た山道を帰る。

 荷台に荷物を載せて、ガタガタ道を、えっちらおっちら上る。

 そろそろ漕いで上るのは辛い、降りて押そうかと思ったとき、不意に軽くなった。

「手伝ってあげる」

 後ろからそう、男の子の声が聞こえてきた。振り返る余裕はなかったけれど、どうやら自転車を押してくれているようだった。

「ありがとう」

 ひいじいちゃんは、ありがたく手伝ってもらうことにした。


 山道をてっぺんまで上って、一旦自転車を止めた。ここからは下りだから、そのままだと押してくれた子を、おいていってしまう。

 上っているときは必死で、振り返って確認できなかったけれど、押してくれてたのは見た覚えのない、男の子だった。

「ありがとう。こっちに行く?」

 ひいじいちゃんは、これから下る方を指して、その子に聞いた。まあ、同じ方に上ってきたのだから、下る先だって、同じはずだ。


「うん」

 その子は、うなずいた。

「押してくれたお礼、後ろに乗ってきなよ」

 歩いて下るより、自転車の方が楽だし、魚が入っているのは木箱だから、潰れる心配も無い。

 ひいじいちゃんは、その子を自転車の後ろに乗せて、山を下った。

 あの頃は、二人乗りだからってうるさく言われなかったけれど、彩香は二人乗りを真似しちゃダメだからな。


 下りきって、一旦自転車を止めた。

「家まで送っていこうか?」

 ここまできたらついでだからと、ひいじいちゃんはその子に提案した。けれど、その子は首を横に振る。

「ありがとう、ここで大丈夫」

 それならと、ひいじいちゃんは改めてその子にお礼を言って、そこで別れた。


 家に帰って、お母さんに木箱を渡した。これで、ひいじいちゃんのお遣いは終わりだった。

 ところが、しばらくしてお母さんに呼ばれた。

「魚が一つ足りないんだけど」

 ひいじいちゃんはビックリした。魚屋さんと一緒に、しっかり家族の人数分数えたのに、と。

 けれど、お母さんと一緒に数えたら、確かに一つ足りない。


「あの男の子、でもそんな」

 ふと思ったのは、手伝ってくれたあの男の子のことだった。

 けれど、ずっと自転車を押してくれていたし、下りは木箱の上だし、魚を取り出すなんて無理だった。

「男の子が何だって」

 つい口に出してしまったことを、お母さんに聞かれていて、ひいじいちゃんは仕方なくあったことを話した。


「それはあんた、狐につままれたね。手伝ったお礼にと、魚を持っていったんだろ」



「それで、夕飯のお魚はどうしたの?」

「ひいじいちゃんと、ひいじいちゃんのお母さんで半分こしたよ」


「その子は、本当に狐だったの?」

「さあ、どうだろう。けれど、あの頃は人と自然が今よりもっと近くて、こういう不思議な話はいっぱいあったんだよ」

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狐の手伝い 陽月 @luceri

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