第3話 一ヵ月の新人研修

 ACC本社の構造は一階と二階は吹き抜けの作りになっており、そこが広いエントランスになっている。一階には流線形の巨大なオーナメントであったり、植物たちがLEDに照らされ、二階の天井に触れるほど巨大に育っている。


 外から見ればガラス張りの外観に、遠くからよく見える位置に大型ディスプレイが取り付けられており、深夜を除けば常に自社広告が流れている。


 この八十階建ての超高層ビルはアンドロイドという分野においてACCが天下を取ったことを象徴していた。


 ACC本社にある十三階。第二会議室で新人研修が始まり一時間が経ったころのことである。


 第二会議室は大学の講義室のような作りになっており、最前列に新人たちは集められている。

 彼らの目の前で資料を片手に『キャスティングサービス』という仕事についての説明をおこなっている男性、萩野ハギノがいた。

 対面に座る新人たちの手元には『キャスター基礎』と書かれた分厚い本とカードキーのようなもの、社員寮への案内、新人研修の日程表などが置かれている。


 さて、それについてはごく有り触れた新人研修開始の一幕であるのだが、理解が追い付いていない人間がここには一人いた。


 ――さ、さっきから何言ってるのか全くわからん!


 総勢十二人という新人を相手に指導役は萩野という男が一人。

 大和はこの中でも――一般的に見ても同じだが――アンドロイドに対する知識が薄い方のようで、萩野の説明をいささか不十分に思っていた。


 冷や汗を流しながら視線を泳がせる大和に気づくものはこの場にはおらず、結局のところ妥協案として大和が思いついたのは、隣に座っている人物へ質問してみる、というありきたりなものであった。


 大和の隣に座っているのはヘアピンでショートカットの髪をまとめた冷たい雰囲気の女性である。

 ACCに入ってくる新入社員は大学を卒業したばかりの新卒ばかりだと大和は思っていたが、この女性は大和と年がそう変わらないように見える。


 大和が小声で話しかけると、ぶっきらぼうな視線を彼女は大和へ向けた。


「……何?」

「なぁ、今説明してる"キャスター"……って何?」

「……はぁ?」


 なんなんだコイツは? という怪訝な表情で彼女は大和を観察するので、大和は愛想笑いをして誤魔化す。

 少し彼女は押し黙った後、小さく呟いた。


「キャスターってのは……ネクロマンサーのパートナーのことよ」

「へぇ、ネクロマンサーのパートナー……って意味わからん」


 その言葉に彼女は頭を抱え、何やら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「あのね。何のギャグか知らないけど、ここにいる以上キャスターになろうと思って試験や面接を突破してきたんじゃないの?」

「いや、俺は試験とかなしにここに行けって言われて来たんだけど……」

「はぁっ!?」


 急に大声を出すものだから、視線は大和たちのいるテーブルに集中する。


 その壮観な光景に大和は圧倒されるも萩野の「静かにね?」という忠告ですぐに場は収まった。


 大和は非難するような視線を彼女へ向けたが、それは彼女も同じのようで、大和に対しキツい視線を浴びせている。

 しばし視線は交差する。


「……なに、あんたもコネ入社ってこと?」

「あんたもってことはお前も?」


 二人の顔が呆れ顔になるのに時間はかからなかった。

 お互いに「変なヤツ」という認識のまま、萩野の「今日はこれで終わりだよ」という言葉が耳に入ってきて意識が切り替わる。


「みんなには新人研修の間、ACC本社近くの社員寮で暮らしてもらうことになるからね。社員寮の場所は日程表の裏、カードキーに対応した部屋に泊まってほしい」


 大和が日程表を裏返すと簡易的な地図が載っており、本社ビルより徒歩十分ほどに社員寮はあることがわかる。


 ――やばい、この一時間で社員寮の場所しかわからなかったぞ。


 ほぼ全ての情報を理解しないまま右から左へ受け流していた大和は、萩野の退室によって解散となった様子の周囲を探る。

 隣の彼女は何やら『キャスター基礎』を興味なさげに捲っていて、その他はお互いに連絡先を交換し合ったり、同期生として仲良くやっている様子である。


 このまま着席していたら隣に座る女同様、ぼっちになることは大和にもわかった。


 かといって、大学を卒業したての年上グループに混ざりに行けるほどの度胸は大和にはなく、楽しげに話をしている集団を眺めていると……そのうちの一人の男が二人の元へやってくる。


「えーと、二人も同期だろ? オレは近藤コンドウ。一ヵ月だけど同じところで働くわけだし、仲良くしないか?」


 爽やかな印象の男、近藤は自分の端末を起動させ「連絡先を交換しよう」と提案してくる。

 大和としては願ったり叶ったりで、自身も端末を起動したところで、隣から声がかかる。


「嫌よ。何で私があんたらと仲良くしなくちゃいけないわけ?」


 つんけんした態度で大和と近藤の間に割って入ってきた隣の彼女が眉をひそめて言うので、近藤は引きつった笑いを浮かべる。

 あんまりな態度ではないか? と大和は心の中で思ったが、それが行動に出る前に彼女は続けた。


「そもそも、利益がないわ。私があなたと友好関係になることであなたは私に何かしらをもたらせてくれるの?」

「い、いや、友達ってそういうものじゃ……」

「そう考えているようなら、まだまだ社会人としての自覚が足りないようね」


 流石に横暴すぎる彼女の態度は目に余るものがある、と大和は口を出すことにする。


「言い過ぎじゃないか? 仲良くしようって人に対する口の利き方じゃないぞ!」

「……あっそ」


 大和の援護など気にもとめず、彼女は荷物をまとめると会議室から出て行ってしまう。あとに残された二人は顔を見合わせ、少しだけもやっとした気持ちを共有した。


「あいつ、なんかいけ好かないヤツだな」

「んー、オレの下心を見抜いたのかもなぁ」

「下心?」

「彼女、藤間社長の娘さんじゃないか」

「……え?」


 近藤の話によれば、彼女の名前は藤間トウマ千恵チエ

 藤間社長の一人娘で、海外の大学を飛び級で卒業し、父親譲りのアンドロイドに対する造詣の深さを持っている人らしい。


 ――確かに、仲良くなれば出世の最短ルートだよなぁ。


 そんな下心を見抜かれたのだと近藤は言いたいらしい。彼は恥ずかしそうに笑うが、中々のやり手だと大和は心の中で評価した。

 それと同時に、自分がかなり不味い立ち位置にいるのではないかと危惧する。


 千恵に対し反抗的な態度をとるということはつまり、出世の最長ルートのようなものである。そもそも、道があるのかすら怪しい。


「ま、オレたちは仲良くしようよ。今日は簡単な説明だけだったし、夕方ごろにみんなで集まって親睦会をしようってことになってさ」

「親睦会?」

「飲み会だよ! 会場はオレが押さえとくからさ」


 なるほど、と大和は思った。

 ACCの新入社員ともなれば、その一人一人は当然のように磨く前から光る人材なのだ。目の前にいる近藤のようにリーダーシップのある人間が当たり前のように周囲を引っ張っている。


「お、俺未成年なんだけど……大丈夫かな?」

「え、マジ? みんな大卒だと思ってたんだけど、君優秀なんだねぇ」


 ――それほどでも……なんてことはないんだが。


 千恵の反応を見て「訳の分からないうちにACCに入社していた」とは二度と口が裂けても言えないので、大和はまた愛想笑いで誤魔化す。

 その後、二人は連絡先を交換し千恵を除く十一人という大所帯で社員寮へと向かうこととなった。



 ☆



 近藤の話によれば。


 『ACCキャスティングサービス』

 これが大和が今から就業する仕事の名称だ。


 日本全国、北海道から沖縄まで……この十年で伸びよく拡大していったこの事業の全貌はと言えば単純に――死者との対話サービスである。

 

 十年前、とあるニュース番組でACC社長である藤間幸一が語った『タイプ:ネクロマンサー』という新型のアンドロイドは、死者の記憶を読み取るほど高性能なスペックを持ち、なおかつ『タイプ:ネクロマンサー』単体で記憶をVR空間として構築できる能力を保有している。


 その能力をいかんなく発揮できる場所がこの『ACCキャスティングサービス』だ。


 基本的に、死体があって、依頼人がいて、依頼をACCに届けられることで初めて『タイプ:ネクロマンサー』が依頼人の元へ行き『再現』を行う。

 ここまでの流れを『キャスティング』と言う。


 そして、この流れのサポート部分全てを担うのが『タイプ:ネクロマンサー』と二人一組のパートナーとなる『キャスター』だ。


 キャスターは『タイプ:ネクロマンサー』を管理する人間のこと、と言えばわかりやすいか。


 そこまでを無知な大和に対し不思議そうに近藤は説明すると、話の区切りと足を止めた近藤に合わせ大和は歩みを止めた。


 眼前に広がるのは二十階建ての大きなタワーマンション。

 大和としては、今日の朝まで電子ロックなどないボロアパートに住んでいた身であるからして、空いた口が塞がらず隣にいる近藤の顔を見た。

 彼は感嘆の声をあげるものの、そこまで驚いたといった様子ではない。


 ――さ、流石一流企業に就職するだけあって……価値観が違うな。


「九階と十階がオレたち新入社員に割り当てられたみたいだな」


 近藤の声に手元のカードキーを見ると902と書かれており、これもACCのロゴが入っている。

 近藤は1001で十階らしい。


 僅かに大和は落胆し、それでも番号的に両隣に自室は挟まれる形となることが予想でき、903のカードキーを持つ隣人と短く挨拶を交わす。

 近藤を含む各人は、新たな隣人と挨拶をかわし、同じ階の者同士で散っていったようだ。


 ――あれ、901のカードキーを持ってる人いないな。


 少しして、903とエレベーターに乗り込むと大和は疑問を浮かべた。


 その直後のことである。

 隣人である903の人間と一緒に九階でエレベーターを降り、僅かに思考した直後のこと、901の扉が開く。


 大和がそちらへ視線を向けると、先ほど見たまんまの姿の千恵が立っていた。


「……なるほど、そうなるのか」


 隣に立っていたはずの903へ視線を向ければ、彼はそそくさと自室へ退散してしまった後の様子で、残されているのは大和と千恵だけ。

 少し気まずい空気の中、大和の目の前に千恵は立つ。


「邪魔なんだけど」

「人に向かって邪魔とは――」

「エレベーターに乗りたいんだけど」

「……確かに邪魔だな」


 大和は自分の立っている場所を思い出し、それでも千恵の行く手を阻もうと動かずにいると、キツい視線を千恵は大和へ向ける。

 思わず僅かにたじろいだ大和だが、屈することなく次の言葉を口にする。


「えーと、藤間さん? 俺たち、この後親睦会するってことになってるんだけど……一緒に行かない?」


 その誘いには大和らしい様々な裏事情があった。


 まず一つ、大和の金欠問題である。

 年がら年中、開店営業状態であった葬儀屋をたたみ、ACCに来たのはいいものの懐事情は変わらない。

 そこで、大和は近藤に「千恵を誘う代わりに立て替えてくれ!」という取引をおこなっていたのである。


 千恵に気のある様子の近藤としては、特に断る理由もなくこれは快諾された。


 そして二つ目。

 大和は周囲に馴染む様子のない千恵を心配しての行動だった。

 人付き合いが得意、というわけでもない大和の目からしても千恵の断りようは変わった風に見えた。


 そこで老婆心よろしく、声をかけてみたのである。


 結果は……芳しいものではなかった。


「行かない。ってか、なんのつもりなの?」


 さらに鋭くなった千恵の視線に、不味いと感じる大和であったが、彼はここで引かなかった。


「な、なんのつもり……というと。藤間さんのことが心配、というか」

「はあっ!?」

「あ、それと親睦会の代金が立て替えてもらえなくなって――」


 そこで大和は一言余計だったことに気づく。

 急いで口に手を当てる大和に対し、みるみるうちに眉が吊り上がり怒り顔になる千恵。


 大和は引きつった笑いを向ける。


「もういいわ。そういうの、私はイヤなの」


 エレベーターを塞ぐ大和を退かすことを諦め、千恵はエレベーターの隣にある階段へ歩みを進める。

 ここは九階なのでその労働力は計り知れないものだが、今の千恵はそれを度外視して大和にいら立ちを感じていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! どこ行くんだ?」

「何であんたにそんなこと言わないといけないの?」

「い、いや……話の途中だし」


 ほとんど会話らしい会話のないものであったが、律儀に千恵は大和のほうを向きなおるとこれで終わり、とでも言うように言い放つ。


「……コンビニよ。これ以上ついてこないで」


 千恵はため息を口にして、もう一度振り返ると階段を降りていく。

 どうしたものか、と大和はため息をつくのであった。


 ☆



 藤間千恵、という人物についての評価でいえば『容姿端麗』『頭脳明晰』と、どれも彼女の優秀さを示していた。


 しかし、今日の人当たりの悪さはに対する意趣返しのようなものだった。


 海外で小学校から大学までの期間を過ごした彼女は、家族と過ごした時間というものが短い。それでも、彼女は家族を大事に思っていたし、両親も彼女のことは大切に扱っていた。


 彼女の両親、といってももっぱら千恵の近くにいたのは母親で。

 父親である藤間幸一は仕事の都合で日本にいることが多く、千恵は年に数回顔を会わせられたら良い方だった。


「……何でこうなるのよ」


 思わずコンビニのスイーツコーナーで呟いた。

 その彼女の呟きを聞くものはいなかったが、それでも口から突き出た言葉にハッとして千恵は周囲を見回す。


 それから安堵して、視線で新発売の抹茶プリンと増量中と書かれた普通のプリンを見比べる。


「……こっちにするか」


 何となく、普段とは違うものが食べたくて千恵は抹茶プリンを手に取った。


 千恵にとってこの変化は小さいようで大きいものだ。

 その手の中にある山盛りの駄菓子とプリンは、コンビニに来たのならいつものこととして。


 ――何で、私はこんなことしてるんだろ。


 千恵は元々こういった現場に出張って働くつもりは全くなかった。それが、今千恵が抱えているわだかまりの原因である。

 千恵は海外で就学し、飛び級で大学を卒業するころにはこのまま父親の手伝い……つまるところで言えば父親と同じアンドロイドエンジニアとして働くつもりでいた。


 それがどうして『キャスター』なんてものになってしまったのか。


 アンドロイド開発において、知識では負けていないと自負する千恵にとって、この通告は無慈悲なものに感じていた。同時に、それを下したACC社長であり父親でもある幸一にも恨みのようなものを持っている。

 納得いかない、と文句の一つでも言いにいった結果……「最低限、一年間はアンドロイドと密接にかかわる現場で働く」というある種、限定的な約束がなされ今に至る。


 そうでなければエンジニアになれない、とすれば千恵にとって飲まなければいけない条件である。

 まだまだ文句はあったが、こうして新人研修を受けている以上は千恵としてもそれを言うつもりはないらしい。


 いつの間にか現れた店員を一瞥し、レジの上に商品を乱雑に置く。


 ――日本は遅れてるわ。


 自身が育った場所を思う。


 アンドロイド、そして父親がいるという二点を除けば千恵がこの場所に拘る理由などない。

 自分ならどこでだってやれる自信はあったし、実際にその実力はあった。


 コンビニから千恵は出ると、ポケットの中からカードキーを取り出して見る。

 901と書かれたカードキー。それに対応する部屋は、キッチンがあり、風呂とトイレが別なこと以外はビジネスホテルのような作りで、平凡であるという感想を新入社員たちに抱かせた。


 かくいう千恵もその一人なので、用意された食事などなく今日は自分の好きなものを夕食にしようとコンビニに来た次第である。

 あの男、大和は親睦会があると言っていたのを千恵は思い出して首を横に振る。


 ――たった一年、いいえ……たった一ヵ月よ? 同じ場所で働くとも限らないのだし、愛想良くする必要もないわ。



 千恵がマンションまで戻ると……不審者が一名、千恵の自室の前に立っていた。

 思わずでたため息に、千恵は頭を抱える。

 

「……あの、何でまだいるわけ?」


 その不審者、もとい大和に対し努めて冷酷な声音で話しかける千恵を見てお宝でも見たような表情になる大和。

 千恵の視線は痛々しいものを見るものに変化した。


「もう一回誘おうと思って」

「そういうのイヤって言ったわよね?」

「俺が一度断られたくらいで諦める、と?」

「いや、あんたのことなんて知らないし」


 と、そこまで言って千恵は一つ思い出す。


 この目の前の男、コネ入社とか言っていたような気がする。ならば、ACCの重役……もしくは自分の父親である藤間幸一との繋がりがあるのではないか? とそこまで思いついた千恵は改めるように言う。


「えーと、四季だっけ。あんた、ちょっと上がりなさい」

「上がる……とは?」


コンビニの袋を持っていないほうの手で千恵は大和の後ろを指さした。


「その真後ろ。扉の向こう。私の部屋よ」

「ええっ!?」


 驚いた大和は話の方向がわからなくなってあらぬ妄想が一瞬頭をよぎった。

 それを千恵は指を鳴らして恫喝すると、大和を押しのけて自室の鍵をあけて率先して扉を開く。


「さ、上がって」


 しばらく壊れた機械のように固まっていた大和だが、喉を鳴らすと何かを決心した表情で案内されるままに一歩踏み出す。

 大和が完全に入ったことを見て、千恵は扉を閉めると奥へと再び案内し、どう話を聞き出そうかと頭を捻るのだった。

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死際のネクロマンサー @collection

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