第2話 無職は行く

 半額弁当が二つ入ったビニール袋を片手に、夕暮れを寂れた道を行く青年が一人いた。

 純日本人風、中肉中背の彼は、日はまだあるというのに付き始めた街灯に気づいて足を止める。彼の名前は四季シキ大和ヤマト

 高校を卒業してから一年。父親の会社、小さな葬儀屋を手伝っている。

 ただ、このビニール袋の中身からわかる通り、父と子の二人暮らし、さらには経営難という現実に彼らは襲われていた。


「はぁ。そりゃ、葬儀屋が儲からないのは良いことだけどよー」


 愚痴の一つも零しながら暗くなり始めた道を行く。

 最近は開店休業状態なので、大和の父はずっと自宅にいる。寂れたアパートの一室が彼らの家だ。


「ただいまー」

「おう、おかえり」


 大和は「返事が返ってくるなんて珍しいな」なんて思いながら乱暴に靴を脱いで三畳一間とはいかないまでも、1Kのせまっくるしい部屋を見てため息をつく。

 散らかった部屋に敷きっぱなしの布団が二組。部屋の隅に立てかけられた座卓があり、シャツとトランクス姿のハゲ散らかった親父が布団の上にあぐらを掻いて座っている。


「親父……その格好はどうにかならんのか」

「うるせー、こちとらコレが制服じゃ」

「いや、うちの制服はコレだろ」


 個人営業とはいえ、制服はきちっと用意されていて、大和が着ているものがそれなのだが、大和の父……四季シキ勝利カツトシは無精髭を撫でてニカッと笑って誤魔化す。

 流石にそんな勝利の姿に呆れるものを感じつつ、買ってきた半額弁当を床に広げる。


「いつもののり弁と五目弁当。どっちがいい?」

「そりゃあ、男ならのり弁一択よ! って、そうじゃなかった」


 いつもならば、聞かれる前に弁当に手を伸ばす勝利だが今日は違った。

 何年ぶりかの男の顔付きな勝利の姿に、大和は迫力を感じて後ずさりする。


「お、親父……?」

「大和。お前に話がある」


 ゴクリ、と喉が鳴るのを大和は感じた。

 寂れたアパートの一室に静寂が満ちる。


「父さんな、会社……潰すことにした」

「…………は?」

「つまり、明日から俺は無職! お前も無職!」

「は、はあああああ!?」


 あっけからんと言い放つ勝利の肩を掴んでブンブン振り回す大和。

 勝利がだいぶ参った様子だが、気にせずぶん回す。


「アババババッ!」

「お、おお。すまん親父。いきなりのことで気が動転した」


 ――ハハッ、そうだ。冷静にならなくちゃな。なーんて。


「冷静になれるワケねーだろ!? どういう了見だ親父殿ッ!?」

「ま、まあ待て落ち着け大和。よく考えろ」

「何をだよ。正直、墓まで見えてるぞ」

「不吉なことを言うな。お前は俺の元を離れるべきだと気づいたんだよ」

「親父の元を……?」

「そうだ。だから、お前が独り立ち出来るように会社を潰したんだ」

「……経営難とかじゃなくて?」

「…………」

「こらこら、顔を逸らすんじゃない」


 大和もこれにはため息をつくしかなかった。

 LED全盛期のこの時代に、部屋を照らす豆電球が己の寿命があと僅かだと告げている。


「親父、考え直せよ。仕事やめたところで俺たちどうすんだよ」

「……いや、実はもう弁護士さん通しちゃったんだよね」


 ブチッ、という音がこめかみから鳴るのを確かに大和は聞いた。


「このクソ親父! 何で俺に一言も断りなく会社潰してんだよ!? 親父はともかく俺はこれからどうすんだよ!? まだ十九だぞ!? 死にたくねーよ!」

「大丈夫だ。履歴書だしといたから」

「誰の?」

「お前の」

「……意味わかんないんですけど」


 布団の毛布をはぎ取って、暴れたい欲求をひとしきり発散させる大和だが、転がる大和を勝利は踏みつける。


「うげっ!」

「明日からお前はACCってとこで働くことになる」

「……いやいや、冗談はよしてくれよ」

「"本気"と書いて"マジ"だ」


 大和の頭の中で"本気マジ"という単語が何度も繰り返される。

 急展開についていけない頭を、それでも無理やり動かして状況を整理していた。


 ――貧乏生活をしていた父と子がいて。会社が気づけば潰れていて。いきなり天下のACCに就職しろと父に言われた。


「……え、本気マジ?」

本気マジ

「……親父、今日は弁当二つ食っていいぞ」


 それだけ言うと、大和は芋虫のように壁際に這っていく。

 後ろの頭を何度も壁にぶつけ、これが現実であるという痛みを感じながら現実逃避をするという高等テクニックを行う。


『――うっせえぞッ!』


 それも、隣人が壁ドンすることによって中断させられ。

 今日も夜は更けていった。





 次の日の明け方。

 もぞもぞと布団から這い出て大和は痛む後頭部を押さえつつ、辺りを見回す。


「……あれ」


 そこに勝利の姿がないことにまず違和感を感じた。

 普段ならば自分より一時間は遅く起きる父親の姿をこの一年間ずっと見てきた。いや、母親が出て行ってからとすればもっと見てきている。

 そんな勝利の姿がないことは大和にとって異常事態とよんでいい。


 次に靴を確認しようと、玄関へ視線を向ける。透明なビニールに包まれた一着のスーツが置かれているのに気づいた。

 見てみれば、クリーニングされたスーツのようで、上に書置きが置かれている。


「『探さないでください。お仕事頑張れ。by父より』って何だよ」


 スーツを持ち上げると、もう一枚のメモが床に落ちる。


「……ん? 何々?」


 新入社員研修の案内。

 目的地やら時間の指定やらが書かれたそれを見て、大和は血の気が引くのを感じた。

 すぐさま自分の端末――腕につけられたリング状のもの――を起動する。

 デジタルなのにアナログな時計がホログラムで投影され、時刻を確認すると時間は六時を過ぎた辺り。

 この紙に書かれた時間は午前九時に本社ビルへ集合というもの。小さな地図で場所は確認出来る。電車で数駅のところだ。


「……あと三時間。あっぶねー」


 勝利の言うことを聞くのは癪な大和は、若干思考する。

 このまま勝利の言う通りに物事を進めていいものなのか、という僅かな葛藤が彼の中にはあった。

 しかし、そんな考えもすぐに腹の音とともに消える。


「……そういや昨日、何も食ってなかった」


 ――どうせ葬儀屋のほうに行ったって客はこねーんだ。怪しさプンプンだけど、こっちに行ってみるか。


 顔を洗って、髭を剃って、髪を整えて。

 朝の支度を終えると大和はスーツ姿になって家を出る。


「スーツなんて初めて着たけど……似合ってないよなぁ」


 大和が十字路に設置されたミラーで遠目から自分の姿を確認して呟く。

 遠すぎて確認出来たものではないが、親の会社に就職した大和は就職活動というものをしたことがなく、このスーツ姿も何となく見様見真似で着ていたので不安だった。


 うんうん唸りながら道を進めば、総菜屋『マルヤマ』が見えてくる。

 総菜屋『マルヤマ』は毎日帰宅途中に大和が立ち寄っている店で、半額弁当をいつも買っている。

 "閉店"のプレートが下げられた店であるが大和は気にする様子もなく扉をあけて中に入る。


「おっす、陽太いるかー?」


 この店の一人息子と大和は幼馴染で、名前を丸山マルヤマ陽太ヨウタという。その縁があって、大和にとってはここはもう一つの実家のようなものに感じている。

 しばらくして、足音が店の奥の方から聞こえてきて、一人の女性が顔を出す。


「あ、大和さん! すみません、まだ陽太起きてないんです」


 整った顔立ちで、頭にスカーフ、マルヤマの文字が入ったエプロンをつけた大人しい感じの美少女が申し訳なさそうに大和のほうを見ている。

 それに対し、大和は自分の頬が緩むのを感じて首を横に何度も振る。


 確かに、目立つ格好の美少女ではあるが――彼女はアンドロイドだ。


 汎用型アンドロイド『タイプ:ポピュラーズ』である彼女の耳には四角い形をした人の耳と同じくらいの大きさの機械的な部品がつけられている。

 

「あ、ああ。マドカさん。別にいないならいないでいいんで」

「そうですか? あ、言伝なら聞きますよ!」


 マドカと呼ばれたアンドロイドはパタパタと小走りでカウンターを回ると、大和の前に現れる。


――本当に、いつ見ても人間と区別がつかないな。


 朝からやる気全開! といった風のマドカを前にして、たじろぎながら空笑いを大和は向ける。


「あ、ネクタイ……曲がってます」


 そう言って、大和のネクタイをいじくりながらマドカは屈託のない笑みを大和へ向ける。

 恥ずかしげもなくそういった行為をするマドカに大和は若干胸の高鳴りを覚えつつ顔を背けてしまう。


「あの、俺……なんかACCで働くことになったらしいので、それ伝えといてもらっていいですか?」

「ええっ!? ACCって、あのACCですか?」

「あのACCです」

「あの私を作ったところですよね?」

「あのACCです」

「大企業じゃないですかぁー!」


 軽くマドカは大和の肩を小突いて、自分も嬉しそうに笑う。

 彼女はアンドロイドでありながら総菜屋『マルヤマ』の看板娘で、陽太の父母とマドカが総菜屋で働いている。

 当の陽太はというと高校卒業後、近くの大学に通っているというのを大和は聞いていた。


「え、でも葬儀屋さんはどうするんですか?」

「あのクソ親父昨日いきなり自分の会社潰したって言い出して、今日も朝からどっか行ってるみたいだし。俺も訳わかんないんですよね」

「勝利さんらしいですね」


 勝利の人柄がわかっているマドカはそう言うものの、大和からしたら身内の恥でしかないので、照れ隠しに笑うことしか出来ない。

 

 笑って腹筋を使ったからか、大和の腹が鳴った。


「あ、もしかして……大和さん朝ごはんまだでした?」

「ああ、うん。まだ食ってないんだよね」


 大和の財布の中身的には厳しいものの、家に食材もないので自炊することも出来ない。

 コンビニで買い食いしようと考えていた大和に「それなら!」と店の奥にマドカが行ったかと思うと、巾着袋を手渡す。


「おにぎりです! 私のお手製ですよー」

「え、いいの?」

「モチのロンですです! 大和さんは大事な大事なお得意様ですからねー。……半額弁当以外も買ってほしいですけど」

「そいつは金銭的に余裕がないので無理な相談だ。しかし、これはありがたくいただこう」


 おにぎりが入った巾着袋をカバンに仕舞うと、マドカの背後からげっそりとした顔を出す陽太を大和は見つける。

 もうそろそろ去ろうと思っていたところに現れた友人の姿に大和は若干眉をひそめる。


「おーい、陽太。寝坊助だな」

「う、うっせぇ……。こちとら二日酔いなんじゃあ」

「大学の飲み会か?」

「おう」

「この人、毎日のように夜遅くに帰ってくるんですよ?」


 ぐったりとした様子の陽太と、ぷんすか怒るマドカ。

 久しぶりに顔をあわせた友人の平和すぎる姿が見られただけで大和は満足し、会話を切り上げて店を出る。

 二人に見送られながら大和は駅へと向かう。


 大和は二人の姿が見えなくなったくらいで一度足を止めて、鞄から巾着を取り出した。


「腹が減っては戦は出来ぬ! と、言うしな。ちょっと早いけど電車の中で食いたくないし」


 食べ歩きはいいのか、という話ではあるもののマドカの作ったおにぎりを食べながら駅を再び目指し始める。

 町並みは駅に近づくにつれ洗練されていき、寂れたものから都会を思わせる建物が増えていく。

 人通りも多くなり、そのころにはおにぎりも全て食べ終わっていた。


「梅干し二つにシャケが一つか。この急いで作りました感がたまらんっ!」


 心の中で「良い嫁だ」などと思いつつ、大和の足は速くなっていく。

 駅の周辺は人が半分、もう半分がアンドロイドといった風で、朝の忙しなさがどちらからも伝わってくる。

 大和は一度足を止めて端末をつけると、時刻を確認してそこら辺のベンチに腰を落ち着ける。

 駅の中に入ってしまえば座れる場所は電車の中だけなので、少し腰を落ち着けたかった。


「……詐欺、とかじゃないよな」


 大和はもう一度、新人研修の案内書に目を通しつつ呟いた。


 そもそも、履歴書を勝手に勝利に送られたからと言って、面接や試験もなしに「新人研修の案内」が来ることに大和は違和感がある。

 

 ACCと言えば、日本どころか世界を代表するトップクラスの企業で、一流大学卒業でもしなければ入社することは難しい。

 大和のような高卒の人間を雇うような会社ではない。大学の学費だって完全無料化された昨今に、高卒を取るメリットがないのだ。

 大学に行かない人間は、大学に行くための時間的余裕のない人間だけで。大和の場合、父親の不甲斐なさのせいで高卒だ。


「……何度見ても理解出来ん。親父、どっかに捨ててあった紙を拾ってきただけじゃないだろうな」


 ――ありうる。


 そんな思考を振り払って書類を鞄へ戻す。

 流石にそこまでする父親だと大和は思いたくなかった。


「研修期間は一ヵ月。……一ヵ月の間は会社の寮で生活するのか」


 朝は急いでいたので、読めなかったところまでじっくり目を通す大和だが、これ以外の情報は載っていない。

 やはりあるのは会社までの地図と時間の指定と、簡潔な文字の羅列のみ。

 どのような職種なのかすら書かれていない。


「……親父の言葉がなきゃ行かないぞ。こんなの」


 吐き捨てた言葉とは裏腹に、丁寧に案内書を元あったところへ戻すと時間をもう一度確認する。

 先ほど確認してから五分も経っていない。


「もし、そこのお兄さんお時間あるかい?」


 不意に声をかけられ、大和はそちらを向くと深くキャップを被り、ACCのロゴ入り作業着を着たおっさんが一人、ベンチに座る大和を見ている。

 薄っぺらい旧時代のタブレットを思い出させる形状のそれを差し出して怪しい笑みを浮かべていた。


「じ、時間なら……あります、けど」


 普段ならば関わりたくない種類の人間であったが、この男の着ている作業着に入ったACCのロゴが大和の思考を否定する。

 何やら運命的なものを感じ、判断が鈍った、と言ってもよい。


「ならちょうどいい! 町でアンドロイドに対するアンケートをとっててね。協力してほしいんだ」

「は、はぁ」


 大和の了承など得ず、強制的にタブレットを手渡すと大和の隣におっさんは座る。

 嫌な感じがした大和だが、一度引き受けた以上何となく非難しずらかった。


「では第一問。君はアンドロイドをどう思う?」

「いや、読まなくてもタブレットに質問文書いてありますけど」

「別にいいんだ。こういうのは雰囲気だから」


 ――何というか……苦手なタイプだな。


 ぐいぐい来るタイプは苦手なのだが、と内心で思いつつも手は動かす。

 回答方法は選択式ではなく、フリースペースに書き込めといった様子。


 画面に映ったキーボードを操作するのは大和にとって久しぶりだったが、何とかなるものですぐに回答を書き終わる。


「なるほど、君にとってのアンドロイドは友人である、と」

「まあ、そうなりますかね」


 大和は友人宅で働くマドカのことを思い浮かべ答える。


「では、あそこで働いているアンドロイドも君の友人かい?」


 おっさんが指さした先にいるのは、駅の周辺の清掃をしているアンドロイドだ。

 そのほとんどが作業着を着た『タイプ:ポピュラーズ』だが、その中に混じって力仕事が得意な『タイプ:ワークマン』も数人混じっていたりする。

 大和の知り合いはその中にはいなかった。


「いや、違いますけど……これってアンドロイド全体のこと考えて答えたほうがいいんですか?」

「いーや、そんなことないよ。君は特定のアンドロイドに関わって、彼、または彼女に友情を感じた。それは素晴らしいことだ」

「言い回しがなんか怪しいな……」

「す、すまないね。では第二問といこうじゃないか」


 おっさんの手によって確定が横から押され、次の質問の画面へと移る。


「第二問。人とアンドロイドとの違いは?」

「……難しいですね」

「そんなことないと思うよ。ほら、見た目がまず違うじゃないか」

「……そういう問題じゃない、というか」


 大和からしてみれば、人間と人間を比べたって差異はあるものなのだからアンドロイドと人の形が違っていても問題ではない。些細なことに感じていた。

 では、別の場所で違いがあるのか? と問われると難しいように思う。


 アンドロイドとそこまで密接な生活を送ってこなかった大和は客観的な意見を述べるしかない。


「……アンドロイドってすごいな。本当、人間と同じように見える」

「そうかね? ありがとう」

「いや、おっさんに言ったつもりはないんだけど」

「あ、いや、ははは……ほら、答えを書きなよ」


 少し思案した後、大和は「アンドロイドは人が作ったもの、人は――」と入力したところで手が止まる。


「人は、神様が作ったとでもいうのか? いや、進化してって人になって……うーん」

「はは、ちょっと難しい質問だったかな?」

「いや、ちゃんと答えはあるんですけど。何でだろう」

「答えられないなら次へ行くかい?」


 その質問に答えず、大和は散々迷った後に文字列を全て消し「変わらない」と書いて確定を押す。


「……本気かい?」

「あんまり俺アンドロイドについて詳しくなくて、うちも貧乏でアンドロイドなんて買ってる余裕なかったし……だからどっか距離を置いて見ちゃうんですよね」

「その結果、変わらないように感じた、と」

「そうです」


 おっさんはキャップのつばを少し上げ、どこか好奇心に満ちた瞳で大和を見つめる。大和は鳥肌がたった。


「では、変わらないのならば……何故、彼らには正当な報酬が支払われない?」

「……えと、どういう意味ですか?」

「アンドロイドは法律で"人権"が認められていない。法律上は誰かの"所有物"でしかないんだ。だから、アンドロイドに暴力行為を働けば、法律上では他人の財産を害した扱いになる。そして、アンドロイドに"人権"はないので労働をしても"対価"が得られない」

「ただ働きだと?」

「単純に言えばそうだね。一般認識がどうであれ、トラブルが起きればアンドロイドは"物"に成り下がる」

「そんなこと言われても、俺はどうしようもないですよ」


 そんな哀れなアンドロイドたちに渡してやれるほどの財産を大和は持っていない。


「ふふ、どうにかなる世の中になるといいね」

「それはあんたたちの仕事だろ」


 作業着に付いているACCのロゴを指さし、大和は非難するように言う。

 これから大和もACCの一員となるのだが、それをあえて言わない。


「あ、これは一本取られたな!」


 調子のいい様子のおっさんに、再度怪しく思いつつ次の問題へ大和は目を向ける。

 すると、おっさんは急に横からタブレットを取り上げる。


「あの、まだ終わってないんですけど……」


 非難するような視線を大和はおっさんへ向ける。

 おっさんの顔は厳しいものになっていて、先ほどまでと雰囲気が打って変わり、期待外れのものを前にした目つきで大和を見る。


 居心地の悪さを大和は感じた。


「ちょっと期待していたんだけど、ね。うーん、アンケートはもういいよ」

「は、はぁ……まあ、いいですけど」


 ――名前も書いてないし、どうでもいいか。


 おっさんの態度に気分の悪さを感じつつ、二問で終わってしまったアンケートについて考えるのを大和はやめた。さらに、時間を確認する振りをしてベンチから立ち上がる。


「じゃ、俺もう時間なんで」


 実際にはまだ時間的に余裕はあるのだが、振り返りもせずに大和はその場を立ち去る。一本早い電車に乗れそうである。


 そんな大和の後姿を見つめ、タブレットへ視線を戻した。


「……変わらない、ね。私も同意見だよ」


 そのおっさんは、黙々と働き続けるアンドロイドたちに視線を向けていた。

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