洗う

 12月になった。「ゆらぎ」で冬限定メニューが始まるのだ。取材で知った、この店の秋の限定メニューを取材の後にプライベートで食べ、おいしかったから、冬の分も食べようと思ったのだ。今日は日曜で、時間もあったし。


 やはり、店内は落ち着いている。


 マスターがこっちを見ている。

「お久しぶりです。今日もプライベートで来ました。」そう言うと、

「ええ、冬のコーヒーを楽しんでください。ブッシュ・ド・ノエルもありますよ。」

 確か、秋限定のモンブランがおいしかった。ケーキはおいしいということだろう。おやつの時間ぐらいだし食べちゃおう。


「お願いします。」そう言って、カウンターの真ん中ぐらいの席に座った。周りを見渡して、秋に来た時と同じ席に座ったことに気づいた。


 周りのお客さんも、その時と同じ感じだ。カウンターにも数名のお客さんがいて、テーブルも同様だ。仕事をしていそうな人もいる。現に角のテーブル席には、パソコンを見ている男性がいる。周りを見ている私にマスターが目線を投げかけた。


「コーヒーをお持ちしました。そしてブッシュ・ド・ノエルです。」とてもおいしそうだ。


 マスターと世間話をしながら、おいしく頂いた。取材以来でしたかね?と訊かれたので、取材の後に一回プライベートできた以来ですかね、と答えた。少し間があって、そうでしたね。と返って来た。マスターとの話はそれで終わった。




 川崎 依人は驚いた。マスターに急に話しかけられたからだ。

「川崎さん、お仕事中、申し訳ないですけど、ちょっといいですか。」マスターに川崎が答える。


「毎月2日の打ち合わせが今日あったんですよ。大変でした。でも、大丈夫ですよ。どうしました?」


「最近、つくった錠剤が消えたとかない?」


「急にどうしたんですか。まあ、いいや。消えたとは違うかもしれないですけど、なんか、私が勝手に持って行ったってことがあったらしいですね。なんでか分からずじまいでしたけど、謝りましたね。」


「大変でしたね。どんな薬がなくなったんですか。」


「興味あるんですか。ええと、たしか、普通の効果に記憶を消去した相手のことを、薬を飲ませた人が忘れる効果を足したタイプのやつだったかな。」


「ありがとうございます。ちょっと気になったもので。レモンティー、もう一杯飲みますか?」


「ありがとうございます。でも、それなら、、、。」




 コーヒーの最後の一口を飲み終わり、カップを置いた。さあ、出よう。そう思って、腰を浮かそうとしたとき、マスターがやって来た。


「こちら、レモンティーです。」


 一口飲むと、どこか懐かしい味がした。

 どこかで、飲んだことのあるような、さわやかな味だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レモンティーは、デジャ・ヴュ味 頭野 融 @toru-kashirano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説