STEP5:恋愛に乾杯

「えー? うーくんほんとにあの時わたしが秋さんのこと好きだと思ってたの?」


 飲もうとして口元までもっていったカップに口をつけないまま、芽依は目を丸くして大きな声を出した。


「いや……だってわかんないでしょ……。好きって言われたわけじゃないし、あの時自分の勘とか信じられなかったし。それに芽依、秋山先輩とめっちゃ仲良かったじゃん」


「アレは、相談に乗ってもらってて話しやすかっただけだって。もうー! うーくんにだけオレンジジュースあげたり、露骨にアタックしてたつもりなんだけどなー」


 それに面食らってしどろもどろになる俺を見て、芽依は唇をすぼませてすねた顔をすると俺の服の裾をキュッと握った。


「恋愛経験がほとんどない俺に、そんな期待しないでってば」


「もう今はわかってるけどさ! あの時は、わたしも必死だったの」


 わー。少女漫画とかによくあるやつだ。これは脈あり! とまで考えて、脈ありもなにも、もう彼女とは恋人って関係性だったことを思い出して思わず笑ってしまう。

 あれから三ヶ月と少し。今思えばラノベの主人公ばりの鈍感力を発揮していた俺は、芽依からのアタックも疑心暗鬼で交わし続けてしまっていた。

 年末年始もバレンタインも「好き」と直接的には言われないまでも、こうして言われてみれば本当になんでわからなかったんだろうってくらい露骨に好意を示されていた。チョコレートも手作りだったもんね……。

 なんか大学の課題とか誰かに作った余りを気を使って渡してくれたのかなって思ってたけど、よく考えたらラッピングも気合はいってたもんなー。


 飲み終わった紙のカップを捨てて、目的地に向かうために俺と芽依はゆっくりと歩き出した。

 少し湿気を含んだ空気と、まだ冷たさの残る風が駅前の通りの歩道に咲く桜の花を揺らす。


「あの時のうーくんが、七海ちゃんいいなーって思ってたの知ってたしさ。派手めなわたしよりはおとなしい見た目の子が好きなのかなーって」


「あー。まぁ最初は確かにいいなーとは思ったけどさ」


 歩いていて手が触れ合ってドキッとすると、芽依は自然に俺の手を握って顔を見上げてきた。

 眉尻を下げて少し困ったように笑う顔がすごく好きだなって思う。


「楽しみだね。みんなとお花見」


「まさかこうやって、昼間にみんなで集まるようになるとは思わなかったなー」


「家で作業するのもいいけど、たまにはこういうのもいいんじゃない?」


「ごめんって。もっと時間作るから出掛けたり、たくさん思い出作ろう」


「ううん。家の中でもどこでも思い出は作れるからさ、無理しないでやっていこうよ。たまにはこういうのも楽しいってだけ」


 えへへってニュアンスはこのためにあったのか…そんな感じの笑い方をした芽依に上目遣いで見つめられて、つい自分もニコニコ顔になるのがわかる。

 腕時計を確認して、ちょっと遅れていることに気が付いた俺たちは二人の先輩とバーのマスターたちが待つ大きな公園へと少し早足で向かう。多分もう花見は始まってるはずだ。


「おー! こっちこっち!」


 公園に入ると、俺たちに気がついた冬木先輩が立ち上がって大きく手を振ってくれたたお蔭ですぐにみんなを探すことが出来た。

 まだ桜は五分咲きだからか、人もそこまで多くはない。


「そっちに靴脱いで。はい、これお皿。で、稲荷寿司とだし巻き卵がこっちにあって……」


 みんなに合流すると、秋山先輩にお皿を渡されてシートの上に広げられている色とりどりのお弁当についての説明を受ける。

 

「これ、全部秋さんが作ったんですか?」


「花見! お稲荷さん食べたい! って誰かさんに言われたからおとといから仕込みを始めたよね」


「相変わらずすげぇ……」


 お皿に思い思いの料理を取り分け、空いているスペースに座ると、芽依は俺のとなりに嬉しそうに腰を下ろした。


「進さんも、お早うございます」


 芽依が周りのみんなに挨拶をしてるのを見て、俺も慌てて挨拶をする。こういうところがちゃんとしてる部分と派手な見た目のギャップも芽依の素敵なところだよなーなんて思ってると冬木先輩がプラコップ2つと日本酒の瓶を持ってきて俺の目の前に座った。


「冬木さんが明るいうちに動いてる……!」


「俺のことなんだと思ってるの芽依ちゃん」


 笑いながらカップに日本酒が注がれるのを見つめる。大人数で花見……去年のサークルでの花見ではまだ先輩たちとも知り合って無くて1人で隅っこの方にいたのが嘘みたいだ。

 もう二度と花見なんてしないって思ったはずなのにな―。


「さーて、それじゃーメンツも揃ったことだし、改めて乾杯といきますか」


 俺たちのカップにお酒が注がれたことを確認したマスターは、周りに気をつけて立ち上がると、自分の缶ビールを掲げてそういった。

 

「マスター! 宇美野が乾杯の音頭取りたいって言ってる」


「は?」


「宇美野いけいけー」


 唐突に冬木先輩のガヤが聞こえて、更に七海さんが囃し立てる声まで聞こえる。

 マスターが止めるかと思ったけどそんなことはなく、ほろ酔いの悪い大人たちのよって俺は両脇を抱えられてマスターの隣で、日本酒が注がれたばかりのカップを片手に辺りを見回す。


「芽依ちゃんとはどうなってんだよー」

「なにも聞いてないぞー」

「ちゅーはした?ちゅー?」


 知ってる顔が揃って楽しげにそんなことを言ってくるのを聞いて、そういうことに鈍い俺もやっと何が求められているのか気が付いた。

 急に恥ずかしくなって耳まで赤くしていると、芽依が勢いよく立ち上がる。


 立ち上がった芽依は一気にカップの日本酒を飲むと、空のカップを掲げながらこういった。


「宇美野くんと一昨日付き合っちゃいましたー! 新しい恋のスタートにかんぱーい!」


「いえーい!カンパーイ」

「おめでとー!」


 柔らかい感触を頬に感じて横を見る。

 周りからの「ヒュー」という完成でやっと俺の頬に芽依がキスをしてることをわかった。

 急にいなくならないでほしい。それだけの約束から俺達の恋ははじまった。


「これからよろしくおねがいしま―す!」


 勢いよくそう言って俺は自分のカップに注がれたお酒を一気に飲み干した。

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HeartBreakerZ こむらさき @violetsnake206

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