STEP4:失恋を脱却

「超ビックリしたー! まさか悠愛が来るとは思わないじゃん」


「あー。あの初対面のときの…。アレめちゃくちゃ後日話題になってましたよーミサキさん」


 あれから一ヶ月。七海ちゃんの肩に腕を乗せながら奥の席でビールを飲んでいる冬木先輩は持っていたスマホを放るようにテーブルに置く。

 俺も手元にあるグラスを傾けて蜂蜜酒を喉に流し込んだ。


「あー! うーくんじゃん! 久々―」


「一週間ぶりだから、そんな久々でもないでしょ」


 なんとなく、あの日の冬木先輩が巻き起こした騒動のおかげで俺は店の人に覚えられてたみたいで次の週に来た時少しだけいろいろな人から話しかけられることが増えた。

 七海ちゃんが、話し下手な俺の代わりに色々橋渡しをしてくれて、LINEやインスタで繋がった人も何人かいる。

 俺を見つけて手を振りながら近付いてきた芽依めいちゃんもそのうちの1人だ。金と緑とピンクの長い髪と真っ赤なネイルというド派手な出で立ちで普段だったら絶対に話しかけることもないだろうなって子とも話せるのは良い経験になってると思う。


「そういえば、谷中さんってどうなったんです?」


「えー? 元気なんじゃない? 俺知らない」


「あの子なら元気だよー。控室でよくだべってるけど今月はちょっと担当のバースデーで出稼ぎ行ってるんだって」


 冬木先輩が「知ってる?」と言いたそうな感じで七海ちゃんのことを見ると、七海ちゃんは生ハムとチーズをバゲットの上に乗せながらなんでもないという感じで話し始めた。


「……あー。はいはい。なるほどね」


 出稼ぎとか担当とかちょっと俺はわからないけど、冬木先輩が納得したような顔をしてるので、そのまま俺もなんとなくわかったみたいな顔をして受け流す。

 これは秋山先輩とこの前飲みに行ったときに教わったことだった。


「おつかれー。冬木もおつかれー」

 

 そんなことを話していたら秋山先輩がやってきた。その後ろにはニコニコしている芽依ちゃんが立っている。


「じゃーん! 秋さんと冬木さんと再会祝のテキーラだよー」


 秋山先輩が座ったのを見計らって、芽依ちゃんはテーブルにショットグラスが6つ並んだトレーを置いた。

 みんなでショットグラスを持って、一気に飲み干す。まだ強いお酒には慣れないので、喉から胃に流れていく熱さと鼻を抜ける独特の匂いについ顔をしかめてしまう。


「うーくん、ほらほらオレンジジュースあるよ」


 俺の隣に座った芽依ちゃんにショットグラスを渡されて、残りの一個は俺用だったのかーと感謝しながらそれを飲み干した。

 芽依ちゃんは見た目によらず人懐っこくて、すぐに冬木先輩とも秋山先輩とも仲良くなった。元々七海ちゃんとも顔見知りみたいだったのも大きいのか、俺ともよく話してくれる。


「そういえば、この前うーくんが急にLINEしてきたと思ったらアボカドの選び方聞いてきたんですよ」


 秋山先輩に嬉しそうに話しかけている芽依ちゃんは、こんな見た目だけどどうやら農業大学に通ってるらしくて野菜とか草花に詳しい。

 だからなのか、たまに来る秋山先輩とよく料理の話をしているのを耳にする。

 俺もたまにスーパーとかで何か買うときに「どういう野菜選べばいいんだっけ?」って聞いたりするんだけどすぐに返事をくれる超いい子だなって思う。


「あー! 先月修羅場になってた人だ」


「いえーい! 無事生還しました」


「アレどういうことだったんすか!?」


 冬木先輩はここで火曜日バーテンダーをしている進さんと仲良くなったらしくて、そこから交友を広めたのかもうすっかり店に馴染んでるみたいだった。

 男の人に話しかけられてノリ良く返事した冬木先輩は、七海ちゃんと一緒に男の人とカウンターの方へと移る。


「秋山くん、これ試しに作ってみたんだけどちょっと味見してくれない?」


「いいっすよ」


 そう言ってマスターが持ってきたのは、小皿に乗せられた香ばしく焼いた骨付きの鶏肉だった。

 秋山先輩は秋山先輩でマスターや芽依ちゃんと料理談義をしているうちに店のみんなと仲良くなっていたらしくて、すっかり新メニューの味見係になりつつある。

 非人間なりにがんばってるなーと自分のことを自分で褒めてみたりするけど、やっぱり俺はまだまだがんばることが多いなーなんて思いながらジョッキに残っているまだ冷たいビールに口をつける。


「うーくんはさ、彼女いるの?」


「え? いないよ」


「えー? マジで? モテそうなのにー」


 初めて言われた。っていうかこういう時はどうすれば…。失恋したとかは言わないほうがいい? どうしよう…。

 秋山先輩はマスターと話してるし、冬木先輩はカウンターにいる。

 誰からの助けも得られない。


「そんなこと言ってもお酒くらいしか出せないよ。なに飲みたい?」


「うーくんやさしー! ごちそうさまー! アップルシードルお願い」


「はいはい」


 無邪気に喜ぶ芽依ちゃんの飲み物を調達するため、カウンターに空いたジョッキとグラスを持って歩いていく。

 自虐もなし、元カノの悪口もなし! これは結構いい感じに社会を出来たのでは?と口元が緩んでしまう。


「見てたぞー。いい感じじゃん」


「そんなんじゃないですって! 好みじゃないですし、向こうも絶対に俺のことそういう目で見てないでしょ。芽依ちゃんの好み料理が得意なEXILEみたいな人ですよ?」


 急に肩を叩かれて驚いていると冬木先輩がそう言ってウインクしてきた。そう見えてるの? 嘘でしょ? またからかってるに決まってるって思って手を横に振ってつい否定をする。


「好みと恋をする相手が同じとは限らないじゃん。な?」


「まぁ……わたしもチャラい男無理―って言ってるけどミサキさん好きだしね―」


「……お、おう! そうなんだ」


 七海さんが冬木先輩を見上げて笑った瞬間、冬木先輩の表情が一瞬こわばった気がするけど、言及したら多分ヤバイ気がしたので、バーテンダーさんから二杯のアップルシードルを受け取って足早に芽依ちゃんのところまで戻った。

 好みと恋をする相手が同じとは限らないって言われてもなー。恋ってなんなのかちょっとまだよくわからないし。


「おまたせ」


「うーくんありがとー」


 ニコニコして鮮やかなネイルのついた指でグラスを持つ芽依ちゃんは、髪の毛をかき上げながら美味しそうにアップルシードルに口をつける。

 そしてすぐに顔を上げて「おいしー」って笑う。こういうよく笑うところとか、お礼をいっぱいいってくれるところとか、さっきみたいにオレンジジュースを用意してくれる気が利くところとかを見ると仲良くなってよかったなってすごく思う。

 土曜日だってこともあって俺たちは朝方まで飲んで、閉店と共にお店の外に出た。

 もうすっかり季節は冬で、朝方の空はまだ薄暗い。

 べろべろに酔った冬木先輩は「寝る……シャワー浴びたい……」と言いながら七海ちゃんとタクシーに乗って駅とは反対方向へと消えていった。

 芽依ちゃんはそこまで酔っていないみたいで、駅に着くといつの間にかコンビニで買っていた二日酔い防止ドリンクみたいなものを俺に手渡してくれた。


「今日奢ってくれたお礼! 帰ったらちゃんと寝るんだよ? じゃあねー」


 先に電車が来た芽依ちゃんが大きく手を振ったので釣られて大きく手を振ってしまったのを秋山先輩に見られていてなんだか恥ずかしくなってすぐに手をポケットに入れた。


「清い若者の青春って感じでいいね……」


「そ……そんなんじゃないですよ」


「好みなので好きになれるはずだ! よりは、好きだなを大切にしたほうがいいよ」


 柔らかく笑う秋山先輩はそう言ってちょうど来た電車に乗って、俺の返事を聞く前に帰っていった。

 絶対脈なしだと思うし、なんなら芽依ちゃん秋山先輩のこと好きだと思うんだけどな……。

 そう思いながら俺は次に来る快速を待つ間、芽依ちゃんがくれた二日酔い防止ドリンクを見つめた。


「そういえば……俺にだけくれたんだな……オレンジジュースもこのドリンクも……」

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