STEP3:失恋を挽回
「よし! じゃあとりあえず女の子の連絡先をゲットしてみよう!」
「はあ?」
「とりあえずそうだなー。カウンターに座ってスマホいじってる女の子! そういう子を狙って話しかけてみようか」
秋山先輩が指を指した先には、栗色の髪を肩の辺りで切りそろえたセルフレームのメガネをした女の子が座っていた。眉間に皺を寄せながら、頬杖をついてスマホをタップしている。確かにひとり座っているし、退屈そうだけど、好みではないし、なんとなく怖い雰囲気がする。
っていうかバーに1人で飲みに来る子とか、俺とあわなくない?
っていかこれナンパじゃん。無理無理……と頭を左右に振って拒否の意を示す。
「無理ですって……好みでもないし」
「あの子は、とりあえず話しかければ無視はしなそうだしいけるって! 好みとかよりもまず場数!」
いけるとかいけないとかわかるはずがない……。この悪ノリしている悪魔をなんとかしてください……そんな願いを込めて秋山先輩を見た。
「とりあえず、宇美野がどんな感じで声をかけるのかみたいから行ってみよう!」
秋山先輩に背中を押されてカウンター前に来る。恰幅の良い顎髭の似合うマスターらしき人が「お! 何飲みます?」なんて聞いてくる。後には引けない。
なんでこんなことになったのかというと、慰め会で記憶を失った俺に、冬木先輩が次の飲み会企画を持ってきたからだ。
あの慰め会で記憶を失った後も、俺にはそういうハプニングも特になにもなかったらしくて、残念なようなホッとしたような気持ちになった。そんな俺に、冬木先輩から連絡がきたのが二日前。
秋山先輩と二人で、冬木先輩から連絡が来ないなから忙しいんですかね……とか、また彼女さんに外出禁止みたいなことされたのかなーとメッセージのやりとりをしていたところだった。ポコッと急に現れた冬木先輩からのメッセージは「明後日予定あいてるなら飲むぞー」という内容だった。
元カノからも連絡はないし、あの日知り合った女の子たちとも連絡先の交換すらしていない。だから、俺に予定なんてものはない。
だから速攻で行くって返事をして、飲むことになったんだけど……なにこれ……。
中世をモチーフにしたコンセプトバーに行くってまではよかった。
ビルの隙間にあるような階段を降りてドアを開けると、太い木の柱や、大きな木のテーブルが並ぶ広くない店内の様子が一望できて、テーブルの上には蝋燭やランプ、それにガラスのジョッキじゃなくて木のジョッキや陶器のゴブレットみたいなものが並んでいて、常連らしいお客さんたちで賑わっている。
まさかそこで、こんな風に急にナンパしろみたいなこと出来るわけないじゃん……。鬼かあの人達は……。失恋ボーイをいじめすぎじゃない? 絶対今日奢ってもらう……。
「おまたせしました!」
ぐるぐる考えている間に、マスターからお酒を受け取ってしまう。とりあえずカウンターに座ってみたけど、隣にいる女の子に何を話していいのかわからない。
無言に耐えられなくて、とにかく手元のお酒を何度か口にしたところで後ろから背中を叩かれる。
「はじめましてー! よくここに来るの?」
冬木先輩だ。助け舟はやーい! 慣れてるー!
「あ……。はじめまして。週末たまーに来るくらいです」
「そうなんだ。俺は最近ここ来始めたんだけど、あ! こいつ…宇美野。俺の後輩!」
ペコリと小さく頭を下げて女の子がこっちを向く。あー。かわいい。
急に冬木先輩に抱き寄せられオーバーリアクションで指を指された。まごついている間に、俺は冬木先輩によって鮮やかな手際で紹介をされてしまった。
「は、はじめまして」
「あ、そうなんですか。ここ、はちみつのお酒がおいしいんですけどもう飲みました?」
「あ! あ、俺? はい! お酒! 飲んでます」
女の子の視線が俺を捉えたので、慌てて頭を下げて返事をする。なにか変なことを言ってしまったのか、女の子が俺を見てくすくす笑った。
冬木先輩は俺を紹介するだけして、サッとどこかに消えていた。あれがスマートっていうのか……。
とにかく女の子の連絡先を聞かなきゃ……いやでもさすがに急に聞いたらダメだよね? どうしよう……話続けないと……。
話題もなくなってお互い無言になり、女の子が再びスマホに視線を落として焦る。冬木先輩が作ってくれたチャンス……ムダにするものか……。
「あの!」
「はい?」
「お仕事なにしてるんですか?」
自虐はダメ。元カノの悪口もダメ。この前言ってくれた先輩たちのアドバイスを活かすんだ…。まずはお互いのことを知るのが一番!
「……あー。接客業……ですかね」
女の子はスマホから目を離してこっちを見る。少し間があってから質問が返ってきた。
「接客業って大変ですよね……。俺もバイトでしたことあるんですけどやっぱり変なお客さんとかいるし……。それに休みもなかなか土日に取れないじゃないですか?いやー接客業してる人本当にすごいですよ。俺はそれが無理で結局辞めちゃって…あ!それで趣味で書いていた小説が賞に入って書籍化したんですよ!それで……えーっと接客業って具体的にどんなことしてるんですか?俺がしたことあるやつかなー」
とにかく、俺は力の限り会話を続けようと話を続けた。自己紹介を盛り込んで話せばあわよくば盛り上がらないかな…興味を俺に持ってくれたら連絡先も聞ける気がする。
なんなら、「気が合いますね」なんて言って向こうから俺に連絡先聞いてくれるんじゃない?なんて淡い希望を持ちながら俺はお酒を口に運びながら無言の時間を作らないように話を続けていく。
「はーい。ストップストップ」
秋山先輩の声で話を中断する。いい感じでこれからだったはず……そう思ってきょとんとしてると、先輩は俺の肩を優しくポンポンと叩いた。
「ちょっと彼、借りるねー」
隣の女の子に秋山先輩は朗らかな笑顔でそう伝えた。そのまま肩を組まれながら、奥のボックス席へ連れて行かれる。
「秋山先輩なにかあったんです?」
「いやーなんていうか……こう……居た堪れなくなって」
「俺は、席を立たれるまで待ったほうがいいって思ったんだけどなー」
ケラケラとビールを煽って笑う冬木先輩と、目頭に手を当てて肩を貶す秋山先輩のリアクションの意味がわからなくて俺は露骨に首をかしげる。
「ダメだと思ったら次行こう。ちゃんと引き際教えなくてごめんな…」
「え? めっちゃ順調でしたよね俺」
「なるほど……」
冬木先輩はお腹を抱えて笑ってるし、秋山先輩がわずかに顔をしかめたことに戸惑いを覚える。
あれ? やらかしてたの俺? 全然思いあたりがなくて首をひねると秋山先輩が再び肩を優しく叩いてきた。
「えーっと……そうだなー。相手が自分から開示してない情報を急に聞くのはやめとこっか。さっきの女の子でいえば……お仕事のこととかね?」
「接客業って濁してるのに、ガンガンそこ攻めてるから後ろでこっそり盗み聞きしてて超ハラハラした」
冬木先輩にまで言われて少しへこむ。そんな無理だったかー。人間難しい。嫌なら嫌とか聞かないでとか言ってくれないと俺にはわからないって…。
溜め息をついたところで「まぁ飲めよ」とショットグラスを差し出される。そこに注がれていた黒っぽいお酒を飲むと薬っぽい匂いと独特な甘さが鼻を抜けていき、度数が高いのか喉から胃にかけて熱を持った液体がながれていくのがわかる。
「性別関係なく、相手が開示した情報から話を広げるのが無難……ってのは覚えておいて損はない」
「さっきの女の子でいうと……多分お酒とか好きだから、オススメのお酒聞いて、彼女が飲んでたのと同じもの頼んで、とりあえずお礼に一杯奢る的な?」
「あー。そうすればよかったのかー! っていうか人間難しくないですか? 非人間の俺にはハードル高い気がしてきた……やっぱり俺新しい恋人なんて出来ないのでは……」
思わず頭を抱えて机に突っ伏してしまうけど、秋山先輩に優しく肩を叩かれて顔をあげる。
「慣れだよ慣れ。俺らはこういうところに慣れてるだけで、宇美野は慣れてないだけ。非人間だとか無理とかそういう話じゃないよ」
「恋人作るにもまずは雑談できる友達作るのが本当は一番なんだよなー。付き合ってから別れるのめんどくさいし合コンとかだと付き合う男ーってみんな探すから求めてくるハードル高いしさー」
さっきまでゲラゲラ笑っていた冬木先輩までちょっと真面目な顔をして俺の肩を抱き寄せる。そしてちょっと遠くの方を見てそういったあと溜め息をついた。
雑談できる友達……確かに俺はそういう同世代の友達って多いほうじゃないし、大体学校の友達だもんな。
こういう場所での友達増やすのも今後役に立つかもしれない。
「お二人とも……俺のためにありがとうございます!」
頭を勢いよく下げた俺に「いいよいいよ」と言いながら微笑んでくれた二人だったが、秋山先輩はそのまま自分の正面にいる冬木先輩の肩に手を置いて目を真っ直ぐに見つめる。
「ところで、冬木くんはいつあのメンヘラと別れるの?」
「……付き合ってから別れるのってめんどくさいですよね」
ニコニコしている秋山先輩から露骨に顔を逸らした冬木先輩は棒読みで俺に言ってくれた言葉の一部を繰り返した。
「いや、めんどくさいもなにも別れればそれは終わるんですよ?」
「いやー! ほら彼女のこと嫌いじゃないので……嫌いじゃないので! それに、悠愛おっぱい大きいし!」
しどろもどろになった冬木先輩だったけど、最後だけ急に語尾が強くなったのに笑ってしまう。
秋山先輩が呆れた顔をしながら差し出したグラスを冬木先輩は受け取ると、半分くらいあった中身を一気に飲み干した。
持っていたグラスを冬木先輩が勢いよく机に置いて「もー!」って言ってると、なんとなく見覚えのある女の人が、にこにこしながらこっちに近付いてくるのが見える。
「冬木くーん! 今日も来てたんだー」
「お、ミキじゃん」
黒いショートカットと切れ長の目……格好はかなりラフだけど谷中さん? と驚いている間に、谷中さんは俺の上をまたいでやや強引に冬木先輩の隣に座った。
ちょっと狭いし……って思って慌てて荷物と椅子にかけていたパーカーを持って、秋山先輩の隣に避難する。
「秋さんとえーっと……宇美野くんだよね? 久し振り」
谷中さんはするりと冬木先輩の腕に自分の手を絡ませると、ニコニコして俺たちに頭を下げて挨拶をしてくる。
秋山先輩はチベスナみたいな顔に一瞬なったけど、すぐに笑顔に戻って「久し振りー! 乾杯」とグラスを合わせているので、俺もそれに習って谷中さんと乾杯を交わす。
冬木先輩の肩に頭を乗せてべったりしている谷中さん……。あれ?彼氏いるんだよね? っていうか冬木先輩も悠愛さんって彼女がいるよね?
「そういえば、谷中さんはよくここ来るの?」
「そうだよ」
「っていうか、ここミキが教えてくれたんだよ。宇美野にはちょうど良さそうだったから連れてきた」
「あー。なるほど。いや、俺に被害はないから別にいいんだけどさ」
全然何が起こってるのかわからない。先輩たちはテレパシーで会話でもしてるの? どういうこと?
どんなに考えてもわからなそうなので、谷中さんと冬木先輩が飲み物を注文しに席を立ったのを見計らって秋山先輩に声をかけた。
「え? アレ? 谷中さんって確か冬木先輩の彼女さんの……」
「宇美野くん、アレは特殊な生き物のすることだから決して真似をしてはいけないよ」
「え?」
「このお店はなーそこまで治安も悪くないし、色恋に干渉してこなそうだし確かに宇美野くんにとっては良いホームになりそうだけどさー谷中さんのツテを使ったのも正解だけどねー」
俺の肩をポンポンと叩いて、チベスナ顔で冬木先輩の背中を見ている秋山先輩は眉間に皺を寄せて軽い溜め息を吐く。
それでなんとなく察しがついてしまった俺が「は? 浮気じゃないですか?」というと、ジョッキに残っていたぬるくなりかけのビールを飲み干した秋山先輩さんは爽やかな笑顔で頷いた。
「もう一回言うけど、アレは特殊な生き物のすることだから決して真似してはいけないよ……彼女の友達に手を出さない。平穏に生きるための鉄則だ……」
「はい……。絶対に真似したくないです……俺は平穏に彼女を作って幸せになるんだ……」
俺は秋山先輩と一緒にカウンター前に並びながらイチャイチャしている冬木先輩と谷中さんを見た。
冬木先輩が机の上に置きっぱなしのスマホがさっきから物凄く震えているのが視界の隅に映る。
「多分しばらくは冬木は遊びに出れなくなると思うし、俺もちょっとクリスマス前で忙しいから頻繁に飲みには出られないんだけどさ」
「はい」
「まぁ、この店に週一に来るか来ないかくらいで通ってみるのもいいんじゃない? 遊べる場所が多いとか知り合いが多いって結構役に立つこと多いし」
のんびりとした口調で話し始めた秋山先輩は、お酒を飲みながら店内を改めてゆっくりと見回したあと俺に笑いかけた。
初めて新歓で話しかけてくれた時を思い出してなんだか感極まってくる。
「後は出禁にならない程度に失敗して行こ。じゃ、この店の人と雑談してみよう」
「え? またですか? もうさっきので心が折れて無理…」
立ち上がった秋山先輩が差し出した手に首を横に振って拒否をする。
また次でいいから……今日はもう心が複雑骨折してるので…人間と一対一で話すの難しいから……。
「今度は俺も一緒に話すからさ。ほら、行くぞ」
「先輩がそういうなら」
俺はそのまま先輩に連れられて再びカウンターに座る。秋山先輩がマスターに話しかけてテキーラを頼んでいる。ちょうど最初に話しかけた女の子が注文のためたのかカウンター前に来たことに気がついた俺は、思わずその子に話しかけていた。
「さっきはごめんね」
「え?」
突然話しかけるのダメだったかな? と思ったけど、女の子が驚いた顔をしたあと笑顔を向けてくれたので胸をなでおろす。
「いや、俺、空気よめない所あるから嫌なこと話してたら悪いなって」
「あー! そういうこと! 気にしないでいいよ」
「テキーラ飲める? よければこれ、お近づきの印に」
小さな手を前に出して左右に振った女の子にそう言って運ばれてきたショットグラスを渡したときだった。
ドアが勢いよく開いたのでマスターが「いらっしゃいませ」といおうとして息を呑んで言葉を失っている。
何事? とざわついた店中の視線が開いたドアの方へと集まっていく。
ミルクティー色の髪の毛、真っ白なファーコートの出で立ちをした女性は般若のような形相でツカツカと店の中へ入ってくると、ギロッと鋭い目つきで店内を見回した。
「ふーゆーきーみーさーきぃー!」
大声で冬木先輩の名前を叫んだ女性が、冬木先輩の彼女であることにやっと気がついた俺は思わず顔を隠すように下を向く。
「いるのはわかってるんだからな!」
そう言って近くにある酒瓶を手にしようとした冬木先輩の彼女さんの手を誰かがサッと掴んで止めた。
誰かと思ったらいつの間にか席を立っていた秋山先輩だった。
「まーまー。警察沙汰になってもつまらないでしょ? 俺が冬木呼んでくるからちょっと外で待っててよ」
「秋くんは関係ないでしょ! 邪魔しないで!」
「いやー。飲んでる場所が警察沙汰になるのは、俺も嫌なんすよ。とりあえず迷惑だから外出ろ」
冬木先輩の彼女は秋山先輩を突き飛ばそうと胸のあたりを両手で思いきり押した。
危ない…と思ったけど、秋山先輩は微動だにもせず、低い声で冬木先輩の彼女に一回外に出ろと強気な感じで言い渡した。
警察という言葉を聞いて冷静さを少し取り戻したのか、冬木先輩の彼女は不満げな顔をしつつもドアを閉めて店の外に出ていった。
数秒の静寂の後、店内は騒がしさを取り戻し、隣の女の子も息を呑んでみていたのか「はぁー」と口を大きく空けて胸をなでおろしている。
「じゃ、俺行くから。これ飲み代」
小声でそう言って俺に財布から何枚かのお札を渡して秋山さんはドアを開いて店の外へと出ていった。キャッシュオンだから未払いではないはずだよな…と考えて首をひねる。
気を使ってくれたのか冬木先輩は俺に話しかけずに小さく手を振って秋山先輩の後を歩いていく。
「ビックリしたね。あれが修羅場ってやつか……」
「すごかったね」
いつのまにか隣りに座っていた女の子と顔を見合わせてさっきの出来事についてポツポツと話が弾む。
なんとなく二人で飲んで、俺も帰ろうかなーって席を立つと、袖がなにかに引っかかってちょっと後ろにつんのめる。
椅子にでも引っかかったのかなって振り向くと、一緒に飲んでいた子が俺の服の袖をキュッと掴んでいた。
「わたし
「あ。うん。その、宇美野……です。また」
最後に見せた七海さんの笑顔がやけに頭に残ってる。
また来週来よう…そう胸に決めて俺は1人で店を出た。
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