残念ながら、ジェンダーはミームに感染してしまいました

余記

勇者が100万人

数多の世界を超えたところにまた、ある世界。

そうした世界では時々、いくつかの世界の合流地点となりうる事がある。

そういった世界の中で、人が住める規模の合流地点ノード

そのような場所にはしばしば、管理人と呼ばれる世界の均衡を監視する人が住み着いている事があった。




WARNING!けいこくWARNING!けいこく


ふとうたた寝をしていたユウに、警告ヘッダと共に大量の情報が流れ込んできた。

彼女は最近、ここノードに赴任してきた管理人である。


情報は、情報の発生箇所がここの近くという事を示している。


そして、問題は、次の情報だった。


原因:勇者の流入

量:100万単位にん


「100万とか・・・災害ハザードレベルじゃない・・・」


手早く身支度を整えると、現場に急行する。



世界と世界・・・一般的に言われる、異世界と異世界の交流は意外とある。

「もの」の交流は難しいが、意識やそれに伴った情報、概念といったものの交流が、通称「夢の門」と呼ばれる箇所を通して行われているのだ。

「夢の門」と言われるのは、想像の通り、殆どの人が夢を通じて交流している為である。


管理人は、こういった交流の中で、危険なものたちを管理しているのである。



現場に着いてみると、すでに数えきれないほどの勇者の群れがひしめいていた。

明らかに異常で・・・すでに天災レベルである。

「これは、私ひとりじゃ無理ね・・・」

メッセンジャーに手早く状況を伝えると、仲間の他の管理人達に飛ばす。

「間に合ってくれるといいんだけど・・・」

とにかく、数を減らす。それだけを念頭に魔法の準備を始める。




アニマ・アニムスという言葉がある。

カール・グスタフ・ユングが提唱した言葉だが、それぞれ男性の中における女性的な側面、女性における男性的な側面という事で、ぶっちゃけ言ってそれぞれ理想の女性像、理想の男性像みたいなもの、と言ってもいいだろう。

そして、本来のイメージとしては、守られる女性像、守る男性像ー言うなれば姫と騎士のイメージに代表されるようなものだった。

ジェンダーというのは、これらを展開していったもの、と言える。


古来、「姫」を守る者は「騎士」だった。

そして、「騎士」の権能は守ること、だった。


それが時代と共に変わっていき、「勇者」が現れた。

「勇者」の権能は守る事だけでは無かった。

守り、倒し、そして場合によっては「姫」にすらなってしまう。

いわば万能のジェンダーであり、それは裏を返すと適合するパートナーたるジェンダーを見つける事が難しい、という事でもある。

つまりは、独り身の者だらけになる・・・これは危険な事だった。

場合によっては、種族が滅亡しかねないミーム・・・それが勇者という感染ジェンダーなのだ。

管理人として、これらの他の世界への流出を認める訳にはいかない。

ユウは絶望的な戦いへと赴いた。




戦いは圧倒的だった。

ある程度の勇者を仕留める事は出来たのだが、それでもまだ絶望的な数が残っていた。

まさに数の暴力である。

退却を考えた時にはすでにもう手遅れだった。




「くはっ!」

勇者の剣がユウの肩を捉える。


死を覚悟した彼女の頭を今までの記憶が走馬灯のように駆け巡ろうとするが、その隙さえも勇者の剣は切り裂いた。


幸せだった時の事。

苦しかった時の事。

全て、思い出そうとする端から切り刻まれていき。

「・・・・」

もはや、記憶の欠片をも失い、ユウは落ちていく。






メッセンジャーに連絡を受けた管理人たちが現場に着いた時、辺りには激しい戦いの跡だけが残っていた。

勇者はどこに消えたのか?



***



「はぁはぁ・・・」

アリスは、酷い悪夢にうなされて目が醒めた。


夢の内容は覚えていない。

だが、ここ最近の悩み事・・・彼との婚約プロポーズに対する答えが出た気がした。


アリスの彼はやさしかった。

だが、そのやさしさに何か不満を感じていたのだ。

私は彼に守られるだけの存在じゃない、もっと自由に生きたいの。

アリスは、彼との婚約を破棄しようと決めた。



その日から、世界中で同じような理由でのカップル不成立が増える事になるが、その事を知る者はまだ誰もいなかった。

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残念ながら、ジェンダーはミームに感染してしまいました 余記 @yookee

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