番外編 ランタン二つ
ランタン二つ
窓の下、路地の向こうから子どもの楽しげな声が聞こえてきた。ハッピーハロウィン、トリックオアトリート! と。
「そういえば今日はハロウィンだったね。ぼく、すっかり忘れちゃってたなぁ」
いつもの場所、鳥籠みたいなソファに揺られているテレプシコーラにそう言うと、彼女はぼくをからかうみたいに笑う。
「おや、そんなことで大丈夫なのかい? 何も仮装もしてなくちゃぁ、おばけたちに目をつけられて連れて行かれてしまうかもしれないよ」
それから彼女は一拍置いて、つやつやとかわいく光る口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「―ボクがきみをかどわかしてしまわないとも限らないのだからね。気をつけ給えよ……?」
いつも通りの微笑み……の、はずなのになんだか、彼女の目はなんだかどこまでも深く深く底がないように見えて、ぼくは思わず息を飲んだ。そうか、今日は人ならざる者のお祭りなのだから、テレプシコーラだって……
「き……きみ、テレプシコーラ、」
「なんてね!」
やっとの思いで口を開いて、自分でも分からないまま何かを言おうとしたぼくの言葉を遮るように、テレプシコーラは殊更明るく声を上げてみせた。
「ボクは打ち捨てられたものの神さまだからね、きみを連れてはいかないさ。まぁ、ちょっとしたイタズラだよ、アウトサイダー」
「あ……そうか、ぼく、今日に限って何もお菓子を持っていないね」
ぼくがそう頬をかけば、テレプシコーラはいかにも怒っているのだと言わんばかりの口調でぼくの反対側の頬をつんつんつついてくる。
「そうだよ、どうしてきみはそううっかりさんなのだい?」
「わ、テレプシコーラ、ごめんってばぁ! イタズラはもうさっき終わったんでしょ?」
どうにもくすぐったくて堪らなくなって、ぼくは一も二もなく降参した。テレプシコーラは意外とあっさり指を離し、満足げにふふんと笑った。
「ふむ、そこまで言うなら仕方ないなぁ。ボクがちゃんとお菓子は用意しておいてあげたから、一緒に食べようじゃないか。さあアウトサイダー、合言葉は?」
籠の中でクッションに埋もれ、悠々とこちらを見るテレプシコーラのその表情は、いつもと違って何だか不敵で、いつものようにかわいかった。今日は収穫祭。そして死せるものの戻ってくる日。だったらテレプシコーラが、打ち捨てられたものを優しく拾いあげていく神さまたる彼女が、その日を楽しまないわけないのだ。目を輝かせるぼくの神さま。彼女の期待に応えるように、ぼくも声を張り上げた。
「Trick or Treat!」
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