第4話 焚火


 

 モンスターの実在や、自らの身体の異常な強靭さを省みることなく、ただ勝利に酔いしれた私は、まるで物語の主人公になったがごとく意気揚々と森を歩いていた。ほんの少し前はモンスターに怯え、動けなかったにも関わらず、もう一度出会ったなら狩ってしまおうと息巻いていたほどだ。どれほど歩いただろうか。もう森は暗くなっていた。やはり人は闇に弱いのだろう、先ほどまでの自信は穴のあいたゴム風船のようにみるみる萎み、付随して寒さと空腹が襲ってきたのである。

 焚火をしよう。人間は火を使うことで進化してきたのだ。動物は火を恐れるが、人間はそれを制御した。私は小枝を集め始めた。その時に、もしやと思い10メートルほど木をゆすってみたところ思惑通り、木は大きくしなり、根が地面から浮き上がろうとしていた。大きな木はさすがに引き抜いたり、折ることはできなかったものの、2メートルほどの小さな木は引く抜くことができた。この時にどうやらこの世界は全体的に脆いのだと確信した。そうして材料を集めることができたものの火の起こし方は分からなかった。

 急激に暗くなる森は、なけなしの知識で試行錯誤する私を焦らせていった。もう目の前以外は見えないほど暗くなった時に、ようやく火が付いた。方法は木の幹を繊維状になるまで裁断し、その束に石と石をぶつけあうことで起こした火花を点火させるのだ。その小さな火を少しずつ大きくしていく。この方法が合理的かどうかは分からない。だがこの異世界においては力がある私にとって石をぶつけて火花を散らすことは容易く、今はほとんど他の方法で火をつけているのだが、しばらくはこの原始的な方法で火をつけていた。強いて言うなら火花がおきやすい石や点火しやすい材質を知ったことだけが進展である。火は身体的な温かみ以外にも精神的な安らぎを私に与えた。私は生きているのだ。昔の世界では、あまり実感のなかった生の感覚が、冷えた身体を温める火のごとく燃え盛っていた(註4)。


註4 火の性質は、この異世界と昔の世界において差がないようである。さて火の起こし方だが、今はほとんどを「魔法」に頼っている。魔法という概念は抽象的で感覚的な部分が多いので、いつか魔法についてだけを体系的にまとめようと思う。非常に簡易的に種類分けをすると魔法は大きく4種になる。それは火(気体)、水(液体)、土(固体)、時間(空間)である。

 火、水、土に関しては、昔の世界とほとんど同様の性質なため私も理解しやすかった。特に土の魔法は私の最も得意とする領野である。時空間は半ば思考的範疇になるため、いまでもよく分からない。昔の世界に比べると、この異世界の時空間は殊に可変的なものであるということは感覚的に分かる。昔の記憶を辿ると相対性理論(正式名称は失念)というものに近いのではないかと思う。相対性理論のほとんどを知らぬ身で、語るのはおこがましいが、この世界での時間と空間は同じ一つの現象であって、魔法によって多少の干渉が許されるようである。しかし実用の段階でないことだけは確かであり、時間旅行やワープなどを期待されたのであれば予め謝っておく必要がある。

 しかし私記というのは面白いもので過去を文字にして思い出すと、今の自分を忘れてしまうような、えも言わぬ没入感がある。これがこの異世界の魔法と関係があるのなら私は魔法で過去にいっていたことになる。

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異世界で私記は可能か ジブン @elgreco

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