19.ゼレスの提案
「お前ら、なに考えてんだ!!」
部屋いっぱいにゼレスの怒鳴り声が響いた。思わず耳を塞ぐ。
「……そんな大きな声で言わなくても聞こえてるよ」
「あのな、俺は怒ってんだ。分かってるのか、ノア。一歩間違えれば捕まるところだったんだぞ」
何も言い返せなかった。まったくもってその通りだと思う。
城の前まで逃げ出してから、僕達はひとまず中に入ることにした。
城門をくぐると、いつの間に嗅ぎ付けたのかゼレスが僕達を待ち受けていた。今まで見たことないくらい、それはもうこわい顔だった。
彼は話があると言って、僕とルーエル、そしてヴェルとローズの四人を部屋に招いた。どういうわけか大まかな事情を把握しているらしく問い詰められたから、みんなを代表して僕が酒場での事の顛末を話したところなんだけど……。
やっぱり怒られたか。いや、怒られるとは思っていたけど、まさかこんなに早く白状することになるなんて。
「ごめん。結局、僕のしたことで、ヴェルやルーエルやローズを危険にさらしてしまった」
あれだけ危ない目に遭ったのに、何の成果を得られなかった。そしてカミルと貴族のみんなとの溝をよけいに深くしてしまったのだ。
彼の部下であるゼレスだって、今回の僕の失態を不快に思って当然だ。このままでは新王であるカミルが暗殺だってされかねない事態なんだ。
いたたまれなくなってゼレスの顔を直視できず俯いていると、上から深いため息をつく声が聞こえてきた。
「もういい。起きてしまったのは仕方ねえ。それに俺もお前やヴェルに心配かけてる自覚はあるさ」
顔を上げると、ゼレスは穏やかに笑っていた。でもすぐに真顔に戻して、腰に手を当てて僕をまっすぐに見る。
「とにかく、ノアお前にはしばらく護衛をつける。もちろん当分の間は外出禁止だ。いいな?」
「ええ!? ……う。分かった」
文句を言える立場じゃない。自由は制限されるけど、仕方ないか。しぶしぶ頷くと、それまで大人しく黙り込んでいたローズが突然立ち上がった。
「話は終わったわね。じゃあ、あたしはこれで」
無表情でくるりときびすを返してドアへ向かう母親を、ヴェルはあわてて追いかけた。
「ちょっと母さん、待てよ。どこに行くつもりだよ」
「どこって、あたしが住んでいた家に決まってるじゃない。明日の夜も仕事が入っているんだし、あたしは帰らせてもらうわ」
後姿で表情までは見えなかった。けど、彼女の声はいつになく冷たかった。
「何考えてるんだよ。母さんだって危険なのは、オレ達とあんまり変わらないんだぞ。城から出ねえ方がいいって!」
ローズを引き止めるヴェルの声は必死だった。弟は前から母親には城に住んでほしいと心の底から願っていたんだ。白亜の城には入口から城の中に至るまで、あらゆる危険から守ってくれる兵士達がたくさんいる。カミルさえ許してくれれば、絶対的に安全な場所だ。
けれど、どんなにヴェルが説得しても、ローズは一度たりとも首を縦には振ってくれなかったらしい。
「分かってるわよ、そんなこと。それでもこんな城大嫌いなの。こんなところにいるくらいなら、あたしは危険だと分かっていても街に戻るわ。ヴェル、あなたも聞き分けてちょうだい」
そして今回も、弟の負けだった。
細い腕で弟を押しのけて、ローズはツカツカとヒールの音を立てて部屋を出て行ってしまった。バタンとドアの閉まる音が虚しく響いて聞こえてくる。複雑な表情で立ちつくすヴェルは母親の言葉をちっとも聞き分けていないのは明らかだったけど、彼は動こうとはしなかった。
「まったく、みんな自分勝手すぎるだろ。少しはこっちの身にもなれってんだ」
盛大なため息をついてゼレスが立ち上がった。本日何度目のため息なのか。その原因が主に僕の行動にあるだけにいたたまれなくなってくる。
「どこに行くの、ゼレス」
「もちろん彼女を引き止めに行くんだよ。何かあってからでは遅いからな」
早足で部屋を出て行くゼレスを見送った。
他国のスラムにまで僕を追いかけてきた彼のことだ、難なくローズに追いつくだろう。
「ヴェル、とりあえずゼレスに任せよう」
「……ああ」
ぼんやりと部屋のドアを見つめたままの彼に近づいてそう言ってあげると、ヴェルは頷いた。ただ、その表情が晴れることはなかった。
* * *
たしかにゼレスは、僕に護衛をつけると言った。そうするのは僕の身を案じるからで、彼の気持ちを分かろうと僕だって思っているし、聞き分けるつもりでいた。
それでも、さすがにこの事態は予想していなかった。
「ゼレス、どうしてきみ自ら僕の護衛につくのさ。暇なの? 将軍っていうのは、そんな暇なわけないよね?」
腕を組んで、僕はゼレスを見上げた。いくら睨みつけても彼には効果がない。いつものように、にぃっと笑うだけだ。
「暇なわけないだろ。護衛してやるから、ついでにお前にも俺の仕事を手伝ってもらおうと思ってな」
「普通それ逆だろ。どうして僕がおまえの仕事を手伝わなきゃいけないんだよ」
「まあまあ、ノア兄ちゃん」
そばにいたルーエルが不満をもらす僕をなだめる。この子に言われては、これ以上子どもみたいに駄々をこねるのもなんだか嫌だ。
ため息ひとつで、渋々承諾してやることにした。
「ルーエル、お前もついて来ていいぞ。二人でノアを守るのがお前の任務だからな」
「うん、わかった。おれにできることなら。 あ、でも将軍のお仕事って何をするの?」
尋ねられたゼレスは満面の笑みを浮かべた。
「今日は王都の巡回だ。お前にノーザンのいいところを見せてやるよ」
「昨日の今日で、狙われる可能性が高い僕を普通連れ出すかな。常軌を逸してるよ」
「別に構わねえだろ。他のヤツらはともかく、俺とルーエルならどんなヤツがきても守り切れる自信はあるしな。な、ルーエル」
「うん! あの爆弾ならいくらでもあるし、ノア兄ちゃんのためにおれもがんばるよ」
ふてくされる僕と、この晴れた空のように陽気に笑うゼレスとルーエル。僕ら三人はノーザンの王都ルカニアの通りを歩いていた。
まだ日の明るい時間のせいか、たくさんの人で賑わっていた。このあたりは色んなお店が並ぶいわゆる表の繁華街で、露店を出している人が多いんだよね。
「うわあ、人がいっぱいいる! それにおいしそうな匂いもする!」
スラムの薄暗い市場しか見たことないルーエルは、初めて目にする街の活気に目を輝かせていた。
元気で明るい声で接客をする露店の主人達や笑みをこぼす買い物客。きっと、彼から見ればキラキラと輝いて見えることだろう。
かくいう僕も、王都の賑わいのすばらしさを知ったのは、カミルが国王になってからだったけれど。
「この通りはパン屋さんが多いんだよ。ノーザンは特に小麦がおいしくてね、焼き立てのパンがおすすめかな。まあ、酒場に行けば麦酒もあるけど」
「小麦だけじゃなくて、他の野菜や果物も毎年豊作だもんなぁ。まあ、大将の話によれば、ノーザンの西にはいにしえの竜が住んでいるから大地の恵みが豊かなんだと」
「竜……?」
きょとんと目を丸くしてルーエルが聞き返すと、ゼレスは頷いた。
「ああ、竜だ。とてつもなく巨大な体躯で、人知を超えた魔力を持ってる……らしい。ま、俺もくわしくは知らねえんだけどさ。なんでもノーザンにはいにしえの竜がいるから、食いものがうまいって話だ」
「へぇ。その話は僕も初耳だよ」
記憶の中から、ノーザン王国の地図を掘り起こしてみる。
たしか、西には深い樹海があった。一度踏み入れると誰もが遭難してしまうから、今では立ち入り禁止になっていたはずだ。
「なんか大将が最近、竜について調べてんだよなぁ。でもあの人、精霊や魔法には詳しくても竜に関しては専門外みたいでさ。どこで買ってきたのか、この間部屋を訪ねたら竜に関する専門書が増えてたんだ」
「そうなんだ……」
カミルが何かに熱中し始めるのは珍しい話じゃない。たぶん、彼のことだから国のために何らかの目的をもって調査しているんだろう。
ああ、でも僕はこんなのんびりしていていいんだろうか。
街の巡回そのものが悪いわけじゃない。ゼレスは街の要所に配置してある警邏隊の詰所を訪ねては異常がないか見回っていた。彼はいつもこうして街の治安を守っているんだろう。
だけど。
街そのものは平和でも、すでに争いの火種は燻り始めている。何か策を講じなければいけないのに。未だに僕は何も思いつかないんだ。
「ねえ、ゼレス。僕は国のために何かしなくてもいいのかな」
「どうした、急に」
彼にとっては唐突だったのか、ゼレスは目を丸くしていた。そばにいいたルーエルも僕を見上げる。
「別に今に始まった話じゃない。貴族のみんなはカミルに対して疑念を持ち始めている。そりゃ僕はもう王子じゃないけど、このまま危うげな状況をただ見てるだけっていうのも嫌だ。もうイリスや他のみんなには傷ついて欲しくないんだ」
絶対に当事者であるこいつには相談するつもりはなかったのに、つい聞いてみたくなった。
色んな種族が集うノーザンは僕の故郷で、今でも大好きだ。だからこそ、国のために何かしたい。王族でなくなった僕でも、何かできることはあると思うんだ。
ゼレスは空を見上げて、うーんと唸っていた。考え事をしていたんだろうけど、腕を組んでしばらくそうしていたと思ったら、
「それに関しては大将も色々考えていると思うぞ。たぶん、あの人はあのまま王座に居座る気はないんだと思う。それに再びお前らが争いに巻き込まれるのは大将だって避けたいところさ」
口元を緩めて、ゼレスは組んでいた腕を解いて、腰に当てた。
「とりあえず、お前が大将に直接聞いてみればいいんじゃないか? なぜクーデターを起こしたのか、なぜお前の父親は死ななければいけなかったのか。ノア、お前にそれを聞く権利はあると思うし、たぶんお前になら大将も正直に話すだろう」
直接本人に聞いてみるだなんて、考えたこともなかった。
そういえば、僕はノーザンに帰ってきてからというもの彼に一度も会っていない。だってカミルってば、ずっと部屋に閉じこもってばかりだし。
「カミルに聞いてみて、解決の糸口を探し出せるかな」
「どうだろうな。でも、あの人は俺よりもずっと頭がいいから、お前と話し合えば何か良い案を思いつくのかもしれないぜ?」
そう言って、意味深にゼレスは笑った。
こいつに先のことを読めるはずがないのに、まるですべてを見通しているかのような顔だった。
「分かった。今夜にでも聞いてみるよ」
その言葉で締めくくって、もう三人の間でカミルと貴族達のことを話題に取り上げることはなかった。
王都の巡回という名の観光を終えた僕達は、日が沈む頃には城に戻っていった。
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