10.ノアの過去と新王との関係
「実を言うと、ノクトにはあまり僕の身の上話はしたくなかったんだ。きみを傷付けてしまうと思って……」
小さく笑って、僕は顔を上げた。
隣にいたルーエルに目を向けて、話しかける。
「きみにも話していないことなんだ、ルーエル」
「そうなの?」
彼の問いかけにひとつ頷いて、再びノクトに視線を戻す。
「僕の父であるノーザンの前国王は、ひとの命を食べて力を手に入れた
ノクトはアイスブルーの目を見開いた。
ましてや、その息子が今目の前にいるとなれば、なおさら。
「だが、ノアは食べていないだろう?」
真面目な顔をしてノクトは言った。僕のことを微塵も疑っていない顔だった。
「分かるの?」
「ああ。ひとを食べた
言われてみればそうだ。僕の父親も目が濁っていて、焦点がまるで合っていなかった。
「帝国では割と流行っているからそういう人がいるのは知ってたけど、ノア兄ちゃんの故郷にもいるんだね」
純粋な目で見上げてくるルーエルに苦笑しながら、僕は肯定した。
「珍しいことではないんだ。ノーザンや帝国でなくても、そのような行為に手を染める人はいる。生き残るためにどんな手段も辞さない、今はそういう人が多い時代だ。一昔前に比べては、だいぶ少なくなってきたけれど」
力を手に入れるために得た代償は、あまりにも大きい。
強くなる代わりに寿命が半分になる呪いを受けるのだ。他種族の命を食べた瞬間死ぬ日が決まり、闇を司る
もっとも、僕は父さんと会話した記憶は数えるほどしかなかったし直接聞く機会もなかったから、父がどうだったのかなんて分からない。
「僕の父親は狂っていた。ひとを食べたことによって、精神が狂気に侵されていたんだ。ただでさえ部族主義で
力なく笑むとノクトは瞳を揺らした。
「ノアは、ノーザンの前王の息子……王子だったのか」
「うん、そうだよ。父は僕の母以外にもたくさんの奥さんがいたから、異母兄弟が多くてね。父は自分と違う部族の子供を冷たく扱った。だから僕は城の中で、心の傷付いた妹や弟達を守ることで、逆に自分を保っていた。そうすることで、僕は誰かの役に立てていると実感できた」
本来、母親の違う妹や弟達とは出会えるはずがなかった。王の妻や妾達たち全員ではないにしろ、誰が先に跡取りとなる
それでも僕は、自分で妹や弟に会いに行った。妨害もあったけど、思いつく限り色んな手を尽くして。
「だけど、そんな生活も突然に終わりを迎えた。僕の母が弟を産んだんだ。部族は、父が心の底から望んでいた
「……ノアは、跡継ぎとして認めてもらえなかったのか?」
ノクトの問いに、僕は肩をすくめて答える。
「父にはね。でも王様になることは子どもの頃からの夢だったから、諦めきれなかった。だから権力を持つひとと交流して人脈を広げた結果、これでも王家に近しい貴族達には認められていたんだよ? だけど……」
言葉を切り、僕は瞑目した。震えそうになる左手を右手で抑え、ゆっくり目を開ける。
「ある日、父親は人を使って、末の弟以外の僕達兄弟をスラムに捨てたんだ」
まるでもう僕達は必要ないと言わんばかりだった。城の外にさえ出たことのない僕達がスラムでやっていけるはずがない。
それでも慣れない場所で、僕はバラバラになった妹や弟達を探し回った。
「それから一週間くらい経った後かな。カミルという名の城付きの宮廷魔術師が僕の父親を殺したんだ」
あいつが死んだことは噂で聞いた。当時は事実か嘘か分からない情報が飛び交っていて、突然すぎる国主の崩御に国民みんなが騒然としてたっけ。
「カミルは王になった。そしてゼレスをスラムに送って、僕達を迎えに来てくれたんだ」
今でも忘れない。深手を負った妹や弟を抱えて、僕は常に気を張り詰めていた。ゼレスが近付いてきた時には、敵意を抱いて剣を抜いたものだ。
——お前らに危害を加える気はない。迎えに来たんだ。カミル様はお前達を必ず助ける、そう誓うとおっしゃられている。だから、一緒に来い。もう大丈夫だからな。
すぐには信じられなかった。
でも満身創痍の怪我人を抱えていたこともあって、結局僕達はゼレスの手を取った。
新しい国王は妹や弟に適切な治療をし、まるで父親のように接してくれた。
「カミルは約束してくれた。僕達が大人になるまで、後見人として面倒を見ると。その言葉通りにカミルは僕達に優しく接してくれた。まるで本当の父親みたいに」
「だから、恩人なのか?」
見上げてくるノクトの問いかけに、僕は首肯する。
「あのままスラムにいたらきっと、全員無事では済まなかったと思う。僕一人の力では、みんなを守りきれなかっただろうから」
今もノイシュ以外の弟や妹はノーザンの城で守られている。カミルもゼレスもちゃんと面倒を見てくれているから、もうあれほどの危険に見舞われることもないだろう。
「ノクト、きみをスラムで見かけた時、僕は自分に重ねてしまったんだ。同じようにスラムに捨てられていたから」
「……そうか。確かに適切な治療も施されずに、俺は捨てられた。今こうして命を長らえているのはお前のおかげだ、ノア」
穏やかに笑って、ノクトはそう言った。
衰弱に近い状態だったせいもあるけど、彼は目を覚ました時から声を荒げなかったし、常に冷静だった。
故郷に残してきた妹や弟達、そして後見人のカミルとその部下のゼレス。家族というには少しちぐはぐで、だから反発心を抱いていた時期もあったけど。ちゃんと僕にだって家族と呼べる人はいた。
ノクトにだって、家族と呼べる人達がいたはずだ。
「ねぇ、ノクトの家族は……?」
聞いてはいけないことに触れたような気がして、心が軋んだ。彼のアイスブルーの瞳が大きく揺れたから。
「俺の家族……か」
抑揚のない声だった。
沈んだノクトの目に、僕は不安が増していく。
「話したくないことなら、無理には聞かないよ」
「いや、大丈夫だ。俺のことを二人にも知って欲しい。お前達は俺にとってもう赤の他人ではないのだから」
緩く首を横に振ってから、再びノクトは話し始める。
「家族は、死んだよ」
やっぱりそうか。いたたまれなくなって、視線を床に落とす。
けれど次の言葉を聞いた瞬間。
「両親は俺の目の前で、帝国の国王の手にかかって殺されたんだ」
僕は反射的に顔を上げた。
驚きを隠せずにいると、ノクトは僕の顔を見て苦笑したのだった。
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