プロローグ 少女とうさちゃん 【Page2】

「それじゃあうさちゃんを探そうか?」


「うん!」


 僕と少女は公園を歩き出し、大通りに面した低木の方へと歩み寄って行くその最中……。


「そういえば君、みつはちゃんっていう名前らしいね?」


 さっきウサギの人形が言っていた名前を、僕は彼女に確認するように尋ねてみた。


「えっ、そうだけど……誰から聞いたの?」


「君のうさちゃんからだよ」


「ええっ!? おじさん、うさちゃんと喋ったの?」


「喋ったというか……まあ、それに近いかな」


「おじさんってもしかして、魔法使いだったりして?」


 みつははキラキラとした、期待の眼差しで僕の顔を見てくるが、しかしその期待にはさすがに答えることはできそうになかった。


「いや……魔法使いではないかな」


 確かに物と会話できたりするのは、ある意味魔法と言ってもいいのかもしれないが、しかしこれはあくまで僕に備わった能力、アビリティなのであって、そういうファンタジックなものとは異なっていると、僕は思っている。


 まあそれに、これは魔法なんだよだなんて、軽々しく答えて、じゃあその魔法教えてなんて返された時は、それこそ面倒だからな。


「そうなんだ……でもいいな、うさちゃんと話せて」


 公園と大通りの間にある低木へと一歩一歩近づきながら、そんなことを呟いてみせるみつは。

 

 この能力を手にしていない人は、皆大体そうやって僕の能力を羨んでくる。子供なら尚更に。


 しかし実際、物と会話できる僕としては、そんなにこの能力が良い能力だとは思っていない。


 何故なら物は、その人のことを全て見ているし、知っているので、物と会話するということはすなはち、その所持者の行動や心の内を、自然と知ってしまうということでもあるのだ。


 そういう、まるで人の腹を探っているかのような、知りもしたく無かったことまで知ってしまうことが、僕はあまり好きじゃない。


 それにこの能力のせいで、過去に色々とイザコザもあったし……。


 でもそんなことをそのままみつはに言ったところで、それは彼女の幼心を打ち砕いてしまう他、なんの得も無いからな。


 だから僕は……。


「まあ……確かにうさちゃんと会話することはできないかもしれないけど、でも君がうさちゃんを大切にしている気持ちはしっかりと届いているからね」


 などと、それっぽい台詞を、僕はみつはに返した。


「そっか……へへ、うさちゃんに届いてるんだ……」


 すると彼女はそう呟いて、くすぐったそうに笑ってみせた途端……。


「おじさんっ!」


「お……おう、なんでしょうか?」


 みつはは不意打ちの如く、僕にかぶりついてくるような勢いの大声を張ってみせたので、僕は思わず動揺し、たじろいでしまった。


「絶対に、ぜえええええええったいに、うさちゃんを見つけようねっ!!」


「ああ、そうだね」


 気合一杯の喝を少女に入れられたところで、僕達は大通り沿いにある低木の元へと辿り着いた。


「それじゃあここからは、二手に分けて探そうか」


「うんっ!」


 みつはは溌剌とした返事をしてみせ、気合十分だ。


 僕達は数十もある低木の、丁度真ん中らへんの部分から二手に分かれて、両端を目指していく感じで低木の下を捜索していく。


 僕は主に低木の上から、両手で木をまさぐる感じで探していくが、一方のみつははその小さな体を生かし、低木の下に体を潜り込ませて探していた。


 あれくらいの歳の女の子は、まだまだ怖いもの知らずだからな……その内虫が嫌だとか、服が汚れるから嫌だとか、そんなことを言いだすのだろうなぁ。


 そんな、親心のような(僕に子供はいないから、それが本当に親心なのかは分からないけれど)感慨を受けながら、低木を漁っていくこと数十分……。


「おっ……これか?」


 もう少しで僕は端に到達し、みつはがうさちゃんを見つけるのだろうなと呑気に構えてるや否や、低木を漁っていると、密集している葉や枝の先に、白いウサギの形をした物があることを確認できた。


 さすがに上からでは、枝や葉が邪魔で取り出すことができそうにないので、僕は地面に体を伏せ、低木の下側に腕ごと突っ込んでみると、ふわふわとした、柔らかい感触の物が手に当たったのを感じ、それを掴んで低木から腕を引っこ抜くと、僕の右手には確かに、ウサギの人形が収まっていた。


「みつはちゃん、見つけたよ!」


 僕は、僕が探していた方向とは異なる低木を捜索しているみつはちゃんに向かって、ウサギの人形を掴んだ右手を大きく振りながら報告してみせる。


「あっ! うさちゃんだっ!!」


 するとみつはは僕の方を確認するや否や、屈みこんでいた体をすぐさま起こし、ドタドタドタと全力疾走で僕の元へと駆けつけてきた。


「そんな急がなくても、うさちゃんは逃げないから」


「はあ……はあ……うさちゃん……」


「はい、どうぞ」


 みつはは息を切らしながらも、すぐにでもうさちゃんをその手に収めたかったのだろう、早く渡して欲しいと両手で催促をしてきたので、僕はウサギの人形をすぐさま彼女に手渡した。


「うさちゃん……よかったぁ……」


 みつはは僕が手渡したウサギの人形を受け取ると、ぎゅっと強く、大切そうに抱きかかえた。


「ありがとうおじさん!」


 それから彼女は僕に向かって、満面の明るい笑顔でお礼を言ってくれた。


「今後はしっかり無くさないように、うさちゃんを大事にするんだぞ?」


「うん分かった!」


「よろしい! じゃあ僕はこれで」


 僕がみつはの元を立ち去ろうとしたその直後、彼女とは同じ声だが、しかしその声は耳から伝わってきたものではなく、僕の頭の中へと直接届いてきたものだった。


『みつはちゃんの元に戻してくれて、本当にありがとうございます!』


 その声は、みつはが今、二度と手放さないようしっかりと抱えているウサギの人形、うさちゃん自らの声だった。


『お礼をされるようなことは、僕はしてないよ。僕はただ、自分の取り柄を使ってみつはちゃんをサポートしただけだからね』


『そうですか……それでもあなたには感謝しています』


『ふふ……どうやら持ち主より、君の方が大人なようだね?』


『そんなことはありません……みつはちゃんがいないとわたしなんて、ただのぬいぐるみなんですから』


 そんな自信無さげなうさちゃんに対して、僕はそっとフォローを入れてみせる。


『そうでもないよ。君はみつはちゃんにとって、かけがえのないもの、心の支えになっていることに間違いはない。それは僕にも、他の誰にも代わることができない、君だけが成れるものだからね』


『そう……なんですかね』


『ああ……だから彼女のこと、しっかり今後も見守ってやってくれ』


『はい! ありがとうございました!』


 振り返ると心なしか、みつはの腕の中に収まっているウサギの人形は、僕に向かって頭を下げてお礼をしているかのように見えた。(多分、頭の部分が重力で垂れているだけだと思うけど)


「はあ……もう夕暮れか」


 気づけば空は茜色に染まっており、夕闇がすぐそこまで迫って来ていた。


「今日は仕事無かったな……いや、あったにはあったけど、子供からお金は取れないしな……」


 空気もだいぶ冷えてきたので、僅かでも寒さをしのぐため両手をポケットに突っ込み、溜息を吐く。


 そう、僕は人が無くした物を、僕の能力を使って探し出すという、探し物屋という商売をやって生計を立てている。


 そんな大儲けができるような仕事ではないが、案外需要はあるようで、なんとか食っていけるほどのお金は稼げている……が。


「この町のスーパーは弁当の特売とかやってるかなぁ……」


 まあ……本当にその日暮らしのような儲けしかないし、夕飯代を確かめるため財布をポケットから抜いて開いてみるも、お札は一枚も入っていないし、小銭もジャラジャラとは鳴らず、チャリチャリという貧しい音をたてるほど、わずかにしか収まっていない始末だけど。


 それにこの仕事は固定客を作ることができないので、その町での依頼人がいなくなれば次の町へと、まるで根無し草のように流れていくしかない。


 だから新たな町に移った時、最初の内は仕事が無いのは当たり前で、僕は今日、この町に辿り着いたばかりだったのだ。


 まあ一応、たまたま通りがかった公園で、泣いている女の子のぬいぐるみを探したというタダ働きはしたのだけど……。


「まあ、明日仕事が確保できたらどうにかなるだろ……うん、そうだな! それより今日の飯だ!」


 そんな楽観的な考えで、仕事のことについては結論を付けたところで、僕は今日を生き延びるのに必要な晩御飯を確保するため、スーパーマーケットがあるだろうと思われる市街地の方へと足を向け、一歩一歩歩み始める。


 僕の探し物を……消費期限すれすれの、半額弁当を探し出すために。

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付喪日誌 ~ボクは町の探し物屋さん~ 小倉 悠綺(Yuki Ogura) @redkisaragi

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