付喪日誌 ~ボクは町の探し物屋さん~

小倉 悠綺(Yuki Ogura)

プロローグ 少女とうさちゃん 

プロローグ 少女とうさちゃん 【Page1】

「え~ん! うさちゃんどこに行ったの~!」


 たまたま通りがかった白昼の公園で、少女が一人泣いている。


 年齢にして五歳くらいだろうか……この蒼天とは不釣り合いなくらいの大粒の雨を、絶えず目から溢れ出している。


 僕は特別、子供が好きだというわけでは無い……ないのだが、しかしこういう時、僕は何故かそういう人を放っておくことができない。


 お節介焼きと言われれば、そうなのかもしれないけれど。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


 そしていつの間にか、僕は公園のど真ん中でむせび泣いている少女の元へと近づき、声を掛けている。


 噂で聞いたことがあるが、最近の子供は知らない人に声を掛けられると、無視をするように教育をされているとかなんとか。


 だけど幸い、少女にはそのような教育がなされていなかったのだろう、彼女は顔を上げ、涙を浮かべた両眼で僕に訴えかけてきた。


「えぐ……わたしのうさちゃんがどこかにいっちゃったの……」


「うさちゃん……もしかしてウサギの人形?」


「うさちゃんはうさちゃんなのっ! うわあああああああんっ!!」


「ああ……」


 少女はうわんうわんと更に号泣し始めてしまい、この一連の流れを知らない人達がこの光景を目撃してしまったら、まるで、僕がこの少女を泣かしてしまったかのような、そんな危険な絵面となってしまい、これには僕も思わず困惑の吐息を漏らしながら、右手で自らの黒い髪の毛をわしわしと掻き毟ってしまう。


 この場合、子供相手に完全な答えを求めた僕が悪いのだろうか……まあ兎にも角にも、彼女の言ううさちゃんとは、おそらくウサギの人形と推測して間違いないだろう。


 これがもし本物の生きているウサギだったら、それは僕の専門外なので、アテも無く、草場を分けて必死に探すことになるのかもしれないが、しかし人形であるならば、僕の場合、そこまで捜索するのに苦労することは無い。


 対象が生物ではなく、物であるならば、僕の専売特許を使うことができる。


「よし分かった! 僕が君のうさちゃんを探してあげるよ」


「うぐ……ホントに?」


 僕がそう声を掛けてあげると、少女は泣くのを止め、目の周りに溜まった涙を拭いながら、僕の顔を窺ってきた。


「ああ、なんせ僕は探し物に関してはプロだからね」


「探し物のプロ? おじさんってもしかして、お巡りさんなの?」


「おじさん……」


 主題はそこでは無いと分かっていても、しかし少女の無邪気なその一言に、僕は反応してしまう。


 御年二十五歳を迎えるわけにはなるのだが……しかし子供からしたらこの歳はもう、おじさんになってしまうのだろうか。


 せめてまだ、ギリギリお兄さんと呼ばれるだろうと思っていたのだが……歳を重ねるというのは、残酷なことだ。


 閑話休題。


「いや、お巡りさんじゃないけど、でも探し物を探すのは得意なんだ」


「そうなんだ……じゃあおじさん、あたしのうさちゃんを見つけてっ!」


「おう、任せなさい!」


 期待の眼差しを少女は僕に向け、それに応える形で僕は胸を張ってみせる。


 モチロン口から出まかせでも、強がりでも無い。僕には必ず探し出せる、確かな自信があった。


 そう、僕には物の声……付喪神つくもがみの声を聞くことができるからな。


「よし、じゃあちょっと待ってね」


 僕はそう少女に言い、目を瞑って神経を集中させる。


 付喪神は元来、長い年月の経った物に神や精霊が宿り、それが付喪神となると伝えられているが、実は時間だけが付喪神が憑く条件というわけでは無い。


 人形供養というものを聞いたことはあるだろうか?


 その名の通り、人形やぬいぐるみを神社仏閣へと持ち込み、住職や僧侶に供養してもらうというものだ。


 しかしそもそも、供養というのは死者の魂の冥福を祈ることであり、物には当然でありながら、魂など宿ってはいない。


 では魂の無い物において、僧侶が何を供養しているのかというと、それがこの付喪神なのである。


 そう、付喪神は人の思い入れのある物に憑りついていく。人の思念こそが、変化を引き寄せているのだから。


 なので今回の場合も、この少女にはウサギの人形への強い思い入れがある。ということは、その思念に引き寄せられた付喪神が必ず、人形には憑いているはずだ。


 神経を集中させること、わずか数分。僕の元に、か細い声が聞こえてきた。


『みつはちゃん……どこ?』


 その声は、僕の隣で、僕の顔を悲愴な表情で見上げている少女と同じ声。しかし彼女は、僕に話しかけてなどいない。


 この声こそが、少女の探しているうさちゃんの声。物に声色など無いのだから、その声は所持者の声色に依存するのだ。


 更に僕の能力は、付喪神の声を聞けることだけではない。


『君がうさちゃんだね?』


『えっ……声が……あなた、わたしの声が聞こえるの?』


『ああ、それにこうやって、心の声で会話することもできる』


『そう……ですか……だったらわたしの声が聞こえるあなたにお願いがあります。わたしを、みつはちゃんの元に戻してください!』


『モチロン。でもそのためには、僕の力だけじゃなく君の力も必要なんだ』


『わたしの力? でもわたし、人形だし……自分の力じゃ動けもしないし……』


『動けなくても、君は僕と会話をすることができるだろ? だから君が今、どんな場所にいるのかその情報が欲しいんだ』


『そっか、その手がありましたね! ちょっと待ってください……』


 歓喜したウサギの人形の声が一瞬の間だけ止み、そして再び幼げな声が、僕の元へと届いてきた。


『暗くて葉っぱに包まれている場所……だけど左側から光が見えて、そこから車がいっぱい通ってるのが見えます』


『車……なるほどな』


 僕は目を開き、その場所を見つめる。


 この公園は敷地の両端が低木で覆われており、片方が閑静な住宅街、そしてもう片方が、車が絶えず通る大通りへと面しているのだ。


 ウサギの人形は、車が通っている風景が見えると言っていたので、自ずと大通りに面した低木の下にあることが、これで推理することができる。


 これだけの有益な情報を掴めたのなら、あとは簡単。自らの足を使って、人形を探すのみだ。


「うさちゃんの大体の居場所が分かったよ」


 僕は腰くらいの位置から、不穏な表情で見上げている少女に向かって、自信あり気に言ってみせた。


「ホントにっ!?」


 するとその一言を聞いた少女は、泣き止んで間も無いため、まだほのかに赤らんでいる目を大きく開いて、僕に食い入るように近寄って来た。


「ああ、ただ僕一人で探すにはちょっと骨が折れそうだから、君にも手伝ってもらっていいかな?」


「おじさん骨が弱いの? 牛乳飲まないとダメだよ?」


「いや……う~ん……」


 どうやら言葉の選び方を間違ったが故に、僕はカルシウムの足りていない、ひ弱なおじさんだと少女に勘違いされ、心配されてしまったようだ。


 大人にはそれで通じるかもしれないが、しかし子供には子供向けの言葉遣いをしなければ通じないことがある。


 つくづく思う、日本語って難しいなと……。


「まあとにかく、うさちゃんを探すのを手伝ってくれるかな?」


「うん、分かった!」


 少女の先程までの悲しげな、涙を浮かべた表情は消え、ひたむきな顏をし、両手には小さいながら、気合十分に力拳を握っていた。


「よし、あの車がいっぱい通っている道路に、小さい木がびっしり生えているだろう?」


 僕はそう言って、大通りに面している低木を指差す。


 すると彼女は、僕が指差した先を背伸びをしながら眺めてみせた。


「うん、いっぱい生えてるね」


「あの木のどれかの下に、君の無くしたウサギの人形が……」


「うさちゃん!!」


「ああ……」


 どうやら彼女としては、うさちゃんのことを人形呼ばわりされることは不服らしく、そこはどうしても譲れない部分であるらしい。


 子供心というやつなのだろう。ここはひとまず、大人である僕が配慮しておくべきなんだろうな。


「えっと……うさちゃんが木の下にいるから、手分けして僕と一緒に探して欲しいんだ」


「うん、いいよ!」


 すぐさま発言の訂正をすると、少女は溌剌とした返事をしてくれて、僕はほっと胸を撫で下ろした。


 またこれで泣かれたり、へそを曲げられたりしたら厄介だからな。

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