命の重さ 2
翌朝、よく眠れなかった二人──ミヤとラシードの二人は、昨夜の出来事を思い出していた。
たまたま家にいなかった二人には関わらなかったのだろうが、あの段階でカーミも姫も起き出してこないところを見ると、眠りの
カイと『たまご』の関係はいったいどんな繋がりなのか。
何気ない振りをして寝所に戻る物の、二人の中で『たまご』に対する疑惑は膨れるばかりだ。
が、ママと寄ってきて甘える『たまご』にはつれなく出来ず、つい甘やかしたくなる。ラシードも、普通の態度をとっているが、相手に疑惑を持たせない、これも『たまご』の魔道力なのかも知れない。
最初は気になっていた『たまご』の事だが、だんだんどうでも良くなってくるのが不思議であり、なんとなん魔道力を感じる根拠となる。
カーミはカイに果実水を持って行き、甲斐甲斐しく接している。それも今日までのこと。午後からラシードがその命を奪うことになっているからだ。そうしないと、また延々と生き続けないといけないカイのため、女神の魔道力を帯びた姫御子の剣士にしか出来ない事なのだ。
もちろん、最初の頃は普通の通りすがりの剣士に事情を話して頼んだこともある。
が、剣が通じないのだ。
弾かれる、刺さっても怪我一つ無い、切られても首を落とそうとしてもなにも出来ない。すべて、女神の魔道力が護っているから、同じ女神の魔道力を纏っている姫御子の剣士でないと通じないことをカーミは風の噂で聞いた。
試しに、昨夜ほんの少し切り傷を付けたとき、カイは涙ぐんで
「何百年か振りに痛みを感じました」
と喜んでいたくらいだ。
ミヤは、そんなカイを見て思った。
権力を持つ者の中では不老不死を願う者がいると言うが、それはどれだけ寂しいことだろう。
次に行く国、森の国には『森の人』と呼ばれる、特殊な人が数人いるらしい。
同じ森の民でも生きる年数が莫迦みたいに長く、知識を求めて旅にでる。帰ってきたときには、もう知っている人は誰もいないという。
そう言うのは寂しくないのだろうか。
でも、『森の人』なら前回の姫御子のことを知っているかも知れない。
カイが未だ生きていると言う事は、先代の姫御子は未だどこかで生きているはずだ。
そして、別人のような昨夜の『たまご』の態度。
運良く『森の人』にあえれば、謎は解き明かされるのかも知れない。
刻々と時は迫り、約束の時間になる。
姫とミヤ、そして『たまご』は汚れを被るかも知れないので外に出された。
ラシードは、抜き身の剣をカイの心臓に当てると、
「言い残すことはありますか」
と問う。
「カーミ、今までありがとう」
細い声で、確かにカイは言った。
カーミは黙って首を横に振った。その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
ひどい怪我を負った人間を見捨てられず、家に連れてきて懐抱した。
そのうち良くなってくると、カイはぽつりぽつりと自分の身の上を話した。
いつの間にか二人でいるのが当たり前になり、小さな小屋を造ったりして日々は瞬く間に過ぎていった。
カイが寝込むようになってから、死ねない事を知ったカーミは、姫御子を恨んだ。
こんな事になるのなら、さっさと解放しろ!と。
日に日に弱って行くカイ。内蔵も歳と共に動きが鈍くなり、それでも死ねない。
人の寿命なんてとっくに過ぎているのに、それでも死ぬことが出来ないのだ。
今回運良く姫御子一行を捕まえることができたが、それが出来なかったら…今、先代の姫はどこにいるのか。恨み言を心の底から吐き出したい気分だった。
出会えた幸せ、別れの来ない複雑さ、見るに見かねる姿。そのすべてをぶつけてやりたい。
見せてやりたい、このカイの姿を。
カーミは最後まで見届けると決めたのだ。
カイの右手をしっかりとつかんで、ただ泣いていた。
「では、失礼します」
ラシードはそう言うと、深くカイの心の臓を貫いた。
その瞬間、カイの表情は痛みでも辛さでもなく、笑顔になり──その亡骸は、乾ききった砂のように散っていった。
ただ残ったのは、カーミの手の中に朱鷺色をした小さな玉。
カイの生きた証かも知れない。それとも、魔道力の固まりか。
なんにしても、カイの遺品には違いない。
ラシードはそっと剣をしまい、静かに部屋を出た。
外にでると、姫達が心配そうにしていたが、軽く手を挙げると、人気の無い方に歩いていった。その後を追うのはいけない気がし、姫は逝く人を見送る歌を歌った。あわせて『たまご』は花を散らし、ミヤは一人ラシードを追った。
少し離れた草原にラシードはかがみ込み、嗚咽を漏らしていた。
決して殺したいわけではない。自分にしか出来ない事だから引き受けたが、誰が無抵抗の人の命を奪いたい。
先代の姫御子はあまりにも残酷で──決してこうなることを予測していたとは思えないが、なにがあったかは知らないが、未だこの世にいるのなら、せめて自分の責任は自分でとって欲しかった。
「ラス」
嗚咽するラシードを優しく包み込むように抱き締めるのはミヤだった。
少しでも落ち着けるように、ラシードが気の済むまで泣かせたかった。
「剣士としての修行の間、旅に出たときには何人か族を倒してきた。やられなければやられるからな。お互い命懸けだ。
でも」
「今回のように人助けとは言え無抵抗の人を刺すのは初めてで、カイさんが散っていくときに浮かべた微笑みが頭から離れないんだ」
命は重いのだ。
それを断ち切るのはラシードしかいなかったから──決して好きで命を絶った訳ではない。
その辛さも、苦さも切なさも、一緒に飲み込もうと思ったミヤだ。
姫になにかあると、ああなるのは我が身だ。
ミヤは決して姫を残して、ラシードを残して逝く気はない。
『たまご』の事もある。
そう言えばコタローを見かけないことに気づくが、今はそんなことよりラシードの心の傷をふさぐことが大切だ。
ミヤはなにも言わず、ただラシードを抱きしめていた。
異次界奇譚 小摘 冬花 @mazuki
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