6
扉が開かれると、四周の
天井は闇に溶けていた。床には大きさも材質もさまざまな
それらの宝箱を、白い
白い大蛇ははじめ水平に、やがて垂直に鎌首を持ち上げた。目の高さは胸甲の男の倍ほどだった。先が二股に分かれた舌先を口から
「ちょっとでかいだけのヘビだな。わけのわからねえクソゲロよりはよっぽどマシってもんだ」
虚勢を張る赤狼に、胸甲の男が釘を刺した。
「彼女を守るのがお前の仕事だ。なるべくなら入口のそばにいたほうがいいが、やつの尾は長い。できるだけ離れていろ。
ピアニー、魔法を使うなよ」
長剣を斜め下に構え、誇り高く足音を響かせて進む背中を見送りながら、赤狼は舌打ちをした。宝物の守護者は上体を揺らし、胸甲の男が近づくのを見守っている。
予測される大蛇の攻撃は三とおり。鎌首を振り下ろして噛みつくか、胴を巻きつけて絞め殺すか、尾を振るってなぎ倒すか。一方、胸甲の男はそれらをすべてかいくぐり、分厚い鱗を貫通し、致命傷を与えなければならない。
胸甲の男は長剣を高くかざし、大きく振りながら、円を描くように横へと回り込んだ。注意を少しでも引きつけ、ピアニーたちを大蛇の死角に置くつもりだろう。
彼を目がけて、鎌首が直線的な軌跡を描いた。胸甲の男は前に転がって身をかわしたようだった。同じような攻撃を何度か避けながら、彼が反対側まで移動したので、ピアニーたちからはほとんど見えなくなった。
ふたたび姿を現したときには、いったいどうやったのか、大蛇の背につかまり、少しずつよじ登ろうとしていた。大蛇は身をくねらせたり、背中を壁に打ちつけたりしたが、胸甲の男はしっかりとしがみついている。
彼はとうとう大蛇の首筋にたどりついた。刃を鱗の隙間に入れ、突き刺そうとするが、うまくいかないようだ。上から振り下ろすのに比べて、下から突き上げるのはかなりの力が要る。しがみつくために、片手で剣を
しかし油断したのか、足を踏みはずして落下した。白い胴体がその周りを囲み、彼の姿は見えなくなった。
締めつけられるより早く、胸甲の男は輪になった大蛇の体を乗り越えて脱出した。獲物に逃げられたことに気づき、大蛇はふたたび鎌首を持ち上げた。両者は
長剣は大蛇の首筋に刺さったままで、胸甲の男の手にはなにもなかった。
「老いぼれ!」
赤狼が自分の剣を投げてよこした。が、届かず、大蛇の手前で乾いた音をたてて地面に落ちた。
大蛇はピアニーたちのほうを振り向いた。舌なめずりしながら、まるでどちらを先に片づけるか思案しているようだった。
胸甲の男が最初に回り込んだせいで、かえって彼とピアニーは大蛇に
重量と速度を乗せた太い尾が、地面すれすれを掃いた。赤狼はピアニーの上におおいかぶさり、大蛇の尾に吹き飛ばされ、壁にぶつかった。その首も手足も、壊れた人形のように曲がっていた。
胸甲の男は剣を拾ったが、そのときにはすでに、鋭い牙がピアニーに襲いかかっていた。
身をかばうようにさし出された彼女の右腕を、大蛇の顎が捕らえ、肩のあたりで閉じた。しかし完全に閉じられることはなかった。
ピアニーが、手にしていた短剣を大蛇の
次の瞬間、大蛇の口の中に火花が飛び散った。
大蛇はのけぞり、半竜人の魔法使いはおもちゃのように振り回された。それでも彼女は短剣を握りしめていた。
呪文を三度唱え、とうとう力尽きて手を離し、ピアニーは落下した。その右腕はずたずたに裂けていた。
「ね、どんなに大きなヘビでも、竜には勝てないんです」
激痛に顔をゆがめながら微笑を作り、かすれた声でそういうと、ピアニーは気を失った。
胸甲の男はピアニーを抱き上げ、入口のむこうで寝かせた。脱臼した肩の骨を入れ、切り裂いた毛布で止血をすると、赤狼の剣を手にして宝物庫に戻った。
大蛇は痛みに我を忘れてのたうっている。まだ、致命傷を与えたわけではない。これから与えに行くのだ。
頭が低くなったときを
まずは長剣の
それでも、大蛇が静かになるまで半刻はかかった。その間に、胸甲の男はピアニーを看に戻った。上腕骨も折れていたが、治らない傷ではなかった。胸甲の男は薬を塗り、短剣を
みたび宝物庫に入ると、大蛇はまだ
その周りを
胸甲の男もなにかを探していた。求めているものがどんな形なのかを知っているようだった。
半刻かけて彼が手にしたのは、鎖で吊って、首にかけられるようにしたメダルだった。
文字や記号、幾何学的な図形が彫られている。
胸甲の男は、戦果をためつすがめつしてから、満足したように首にかけた。
宝物庫を出るとき、彼は赤狼を振り返った。
「よく働いてくれた。残り半金は渡せなかったが、ここにあるものはお前と仲間で分けるがいい」
※一刻:約2時間
立方体の前室へ戻ると、三人は睡眠をとり、食事をした。赤狼の食糧を回収したので、調整すれば三、四食分にはなりそうだ。ただ、ピアニーの傷を考えると、あまり減らすわけにもいかなかった。
ピアニーがふたたび呼び出した魔法の光に導かれ、彼らは帰途についた。地図は最初から必要なかったのだが、魔法を使うために、力を少しでも残しておきたかったに違いない。また、彼女によれば、光は道を間違えることも、遠回りすることもあるという。通路を徘徊する怪物たちを探知することもできなかった。
一度だけ汚泥に出くわしたが、難なく逃げることができた。行きに比べ、人数が減っている分、足音で気づかれることがなかったのかもしれない。
最後の食糧を味わっているときに、ピアニーがいった。
「ここを出たら、おひまをいただけますか」
胸甲の男はなにもいわず、先を続けさせた。
「師のもとに帰って、修練を積み直さなければなりません。魔法書をもう一度書き写すんです。失くしてしまったから」
彼女が
「そうか。雷を落とされるだろうな」
ピアニーがきょとんとしたので、胸甲の男はあわてた口調でつけ足した。
「ああ、つまり、魔法のではなくて……叱られるということだ」
それを聞いてピアニーは吹き出した。笑いすぎて傷に
ピアニーが落ちつくと、胸甲の男がたずねた。
「お師匠さんはどこに?」
「ラドカイ山のふもと、ビュゼル湖のほとり」
「馬で一週間か。送っていこう」
「ありがとうございます。よろしければ、しばらくいらっしゃいません?景色がきれいで、とても素敵なところなんです」
「ふむ。考えてみようか」
「ええ、ぜひ。湖で美味しいマスが釣れるの。ご馳走しますよ」
食事を終え、道行きを続けてほどなく、三人は見覚えのある扉にたどりついた。扉のレールには、胸甲の男が噛ませた短剣が残っていた。帽子の男の死体はネズミにでも
それから半刻歩き、階段を登り、ようやく地上に出た。
まだ日は中天に昇りきっていなかった。三人は薄暗がりに慣れた目をしばたたいた。近くの木立に馬が十数頭つながれ、草を食んでいた。葉陰に寝そべっていた
「いま戻った」と胸甲の男は告げた。
地下墓地の怪物 桑昌実 @kwamasame
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