扉が開かれると、四周の松明たいまつが一斉に燃え上がって、室内を赤く照らした。

 天井は闇に溶けていた。床には大きさも材質もさまざまなひつが五つか六つ、ほとんどはふたの閉じられないまま、黄金の輝きをこぼれ出させていた。

 それらの宝箱を、白いうろこにおおわれた長い胴体が幾重いくえにもとり囲んでいた。そしてたがいに逆方向へ滑るように、とぐろがほどけていった。

 白い大蛇ははじめ水平に、やがて垂直に鎌首を持ち上げた。目の高さは胸甲の男の倍ほどだった。先が二股に分かれた舌先を口からひらめかせている。

「ちょっとでかいだけのヘビだな。わけのわからねえクソゲロよりはよっぽどマシってもんだ」

 虚勢を張る赤狼に、胸甲の男が釘を刺した。

「彼女を守るのがお前の仕事だ。なるべくなら入口のそばにいたほうがいいが、やつの尾は長い。できるだけ離れていろ。

 ピアニー、魔法を使うなよ」

 長剣を斜め下に構え、誇り高く足音を響かせて進む背中を見送りながら、赤狼は舌打ちをした。宝物の守護者は上体を揺らし、胸甲の男が近づくのを見守っている。

 予測される大蛇の攻撃は三とおり。鎌首を振り下ろして噛みつくか、胴を巻きつけて絞め殺すか、尾を振るってなぎ倒すか。一方、胸甲の男はそれらをすべてかいくぐり、分厚い鱗を貫通し、致命傷を与えなければならない。

 胸甲の男は長剣を高くかざし、大きく振りながら、円を描くように横へと回り込んだ。注意を少しでも引きつけ、ピアニーたちを大蛇の死角に置くつもりだろう。

 彼を目がけて、鎌首が直線的な軌跡を描いた。胸甲の男は前に転がって身をかわしたようだった。同じような攻撃を何度か避けながら、彼が反対側まで移動したので、ピアニーたちからはほとんど見えなくなった。

 ふたたび姿を現したときには、いったいどうやったのか、大蛇の背につかまり、少しずつよじ登ろうとしていた。大蛇は身をくねらせたり、背中を壁に打ちつけたりしたが、胸甲の男はしっかりとしがみついている。

 彼はとうとう大蛇の首筋にたどりついた。刃を鱗の隙間に入れ、突き刺そうとするが、うまくいかないようだ。上から振り下ろすのに比べて、下から突き上げるのはかなりの力が要る。しがみつくために、片手で剣をあやつらなければならないことも、困難に拍車をかけているのだろう。それでも何枚かの鱗をぎとり、後頭部のすぐ下、背骨をよける位置に剣先を押し込んでいった。

 しかし油断したのか、足を踏みはずして落下した。白い胴体がその周りを囲み、彼の姿は見えなくなった。

 締めつけられるより早く、胸甲の男は輪になった大蛇の体を乗り越えて脱出した。獲物に逃げられたことに気づき、大蛇はふたたび鎌首を持ち上げた。両者はにらみ合った。

 長剣は大蛇の首筋に刺さったままで、胸甲の男の手にはなにもなかった。



「老いぼれ!」

 赤狼が自分の剣を投げてよこした。が、届かず、大蛇の手前で乾いた音をたてて地面に落ちた。

 大蛇はピアニーたちのほうを振り向いた。舌なめずりしながら、まるでどちらを先に片づけるか思案しているようだった。

 胸甲の男が最初に回り込んだせいで、かえって彼とピアニーは大蛇にへだてられていた。つまり、大蛇とピアニーの間をさえぎるものはなかった。

 重量と速度を乗せた太い尾が、地面すれすれを掃いた。赤狼はピアニーの上におおいかぶさり、大蛇の尾に吹き飛ばされ、壁にぶつかった。その首も手足も、壊れた人形のように曲がっていた。

 胸甲の男は剣を拾ったが、そのときにはすでに、鋭い牙がピアニーに襲いかかっていた。

 身をかばうようにさし出された彼女の右腕を、大蛇の顎が捕らえ、肩のあたりで閉じた。しかし完全に閉じられることはなかった。

 ピアニーが、手にしていた短剣を大蛇の口蓋こうがいに突き刺したのだ。汚泥の偽足に捕まったときにほとんどの荷物を落としたが、この短剣だけは手にしていたのだった。

 次の瞬間、大蛇の口の中に火花が飛び散った。

 大蛇はのけぞり、半竜人の魔法使いはおもちゃのように振り回された。それでも彼女は短剣を握りしめていた。

 呪文を三度唱え、とうとう力尽きて手を離し、ピアニーは落下した。その右腕はずたずたに裂けていた。

「ね、どんなに大きなヘビでも、竜には勝てないんです」

 激痛に顔をゆがめながら微笑を作り、かすれた声でそういうと、ピアニーは気を失った。



 胸甲の男はピアニーを抱き上げ、入口のむこうで寝かせた。脱臼した肩の骨を入れ、切り裂いた毛布で止血をすると、赤狼の剣を手にして宝物庫に戻った。

 大蛇は痛みに我を忘れてのたうっている。まだ、致命傷を与えたわけではない。これから与えに行くのだ。

 頭が低くなったときを見計みはからって、彼は首筋にしがみつき、刺さっている長剣につかまった。

 まずは長剣のつばを叩き、体重をかけて、つかまで押し込んだ。それが終わると長剣にぶら下がり、赤狼の剣を反対側から刺した。こちらのほうが難しかった。頸動脈から噴き出した血を頭からかぶった。

 それでも、大蛇が静かになるまで半刻はかかった。その間に、胸甲の男はピアニーを看に戻った。上腕骨も折れていたが、治らない傷ではなかった。胸甲の男は薬を塗り、短剣を副木そえぎがわりに当てた。

 みたび宝物庫に入ると、大蛇はまだ痙攣けいれんしていたが、もう危険はなさそうだった。櫃はすべてひっくり返り、中身がぶちまけられていた。

 その周りを矮人わいじん族の荷担ぎが小走りに移動して、持ち帰るべき宝を手ぎわよく物色した。金は重いがつぶしやすく、宝飾品は換金しにくいが高価だ。彼はかなりの目利きらしかった。

 胸甲の男もなにかを探していた。求めているものがどんな形なのかを知っているようだった。

 半刻かけて彼が手にしたのは、鎖で吊って、首にかけられるようにしたメダルだった。

 文字や記号、幾何学的な図形が彫られている。護符ごふのようなものだろうか。見たことのない金属で、いぶした銀に似ているが青みがかっていた。

 胸甲の男は、戦果をためつすがめつしてから、満足したように首にかけた。

 宝物庫を出るとき、彼は赤狼を振り返った。

「よく働いてくれた。残り半金は渡せなかったが、ここにあるものはお前と仲間で分けるがいい」



※一刻:約2時間



 立方体の前室へ戻ると、三人は睡眠をとり、食事をした。赤狼の食糧を回収したので、調整すれば三、四食分にはなりそうだ。ただ、ピアニーの傷を考えると、あまり減らすわけにもいかなかった。

 ピアニーがふたたび呼び出した魔法の光に導かれ、彼らは帰途についた。地図は最初から必要なかったのだが、魔法を使うために、力を少しでも残しておきたかったに違いない。また、彼女によれば、光は道を間違えることも、遠回りすることもあるという。通路を徘徊する怪物たちを探知することもできなかった。

 一度だけ汚泥に出くわしたが、難なく逃げることができた。行きに比べ、人数が減っている分、足音で気づかれることがなかったのかもしれない。

 最後の食糧を味わっているときに、ピアニーがいった。

「ここを出たら、おひまをいただけますか」

 胸甲の男はなにもいわず、先を続けさせた。

「師のもとに帰って、修練を積み直さなければなりません。魔法書をもう一度書き写すんです。失くしてしまったから」

 彼女が後生ごしょう大事にかかえていた重そうなかばんを思い出し、そこに納められた本の分厚さを想像したのだろう。胸甲の男は顔をしかめた。

「そうか。雷を落とされるだろうな」

 ピアニーがきょとんとしたので、胸甲の男はあわてた口調でつけ足した。

「ああ、つまり、魔法のではなくて……叱られるということだ」

 それを聞いてピアニーは吹き出した。笑いすぎて傷にさわり、顔をしかめたほどだった。

 ピアニーが落ちつくと、胸甲の男がたずねた。

「お師匠さんはどこに?」

「ラドカイ山のふもと、ビュゼル湖のほとり」

「馬で一週間か。送っていこう」

「ありがとうございます。よろしければ、しばらくいらっしゃいません?景色がきれいで、とても素敵なところなんです」

「ふむ。考えてみようか」

「ええ、ぜひ。湖で美味しいマスが釣れるの。ご馳走しますよ」

 食事を終え、道行きを続けてほどなく、三人は見覚えのある扉にたどりついた。扉のレールには、胸甲の男が噛ませた短剣が残っていた。帽子の男の死体はネズミにでもかじられたのか、すでに見る影もなかった。

 それから半刻歩き、階段を登り、ようやく地上に出た。

 まだ日は中天に昇りきっていなかった。三人は薄暗がりに慣れた目をしばたたいた。近くの木立に馬が十数頭つながれ、草を食んでいた。葉陰に寝そべっていた小人こびと族の馬丁ばていが、三人に気づいて起き上がった。

「いま戻った」と胸甲の男は告げた。

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地下墓地の怪物 桑昌実 @kwamasame

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