第14話 未来

「あ、それは大丈夫。柳さんが見てるからがっつかない」

「・・・・・・・・・・・・っ!」

 それは誰の戦慄だったのか、あるいは全員のものだったのか。

 さらりと言いのけたこの発言に、時任茜も含めて絶句していた。

「・・・・・・えええええええええ! どういうこと、ねえ、どういうこと!」

 一番驚愕していたのは柳さんだった。顔を真っ赤にしながら有明君に詰め寄る。

「えっへへー、どうしたの柳さん突然ー」

「今の、どういう意味なの!」

「言葉通りだけど」

「言葉通りに、額面通りに受け止めたら、そういうことになっちゃうけど!」

「そういうことって?」

「・・・・・・うううううう、何この男、何なの!」

 いくら女性が好きな柳さんでも、男性からでも唐突に好意を示されるとうろたえてしまうのだろう。

「・・・・・・あー、むっかつく」

 その言葉が聞こえたと認識した。

 その瞬間には、既に、時任茜が僕の傍に居てーー

 有明君と柳さんが、気絶していた。

「・・・・・・へ?」

 状況の理解が追いつかなくて惚けた声しか出ない。

「言ったでしょー、君島のことずっと見てたって。ジムで鍛えていた時もずっと近くに居て、ずっと私も鍛えていたの」

 ーーこれで邪魔者はいなくなったねー。

 物騒な言葉のはずなのに、やけに明るかった。二人を気絶させた後のこの台詞に、純粋に、恐怖を抱いた。

「特に柳さんがなー福の神って感じだったからなー意識飛んでくれてよかったよー」

 僕は思わず後ずさりをしていた。

 何を臆しているんだ。

 こういう時のために鍛えてきたんだろう。

 それなのに、何故、僕は前に進めないんだ。

「結局さ、君島は変わってないんだよー。外を鍛えたところで中を鍛えないと意味がないのー」

「そんなこと・・・・・・!」

「じゃあ来なよ」

 そう言われて僕は、無理矢理前に飛び出した。時任茜の動きを封じようとしていた。でも、途中で足がひっかかってしまい、地面にたたきつけられる。

「・・・・・・あははー、つまんなー」

「ぐあっ」

 嘲笑をあびせて、僕を足蹴にし、時任茜は突き進む。この女に迷いはなかった。何をするつもりなのかわからない。ただ、この女の行き先はーー時任さんだった。

 それがわかっただけでも僕は動き出さなければならなかった。

 この女の行き先を阻み、時任さんに危害が加わらないようにしなければならなかった。

「畜生・・・・・・!」

 無理矢理体を起こそうとした、その瞬間だった。

 サイレンが鳴り響いた。


「まもなく滝東高校の屋上から生徒が飛び降ります。ご注意ください」


 それは容赦のない選択だった。

「よっし、予知確定ー!」

 時任茜はここぞとばかりに楽しそうにスキップをする。その先に居るのは時任さんだ。

「じゃあ百合ちゃん、飛ぼっかー」

 軽く言いのけられたその自殺教唆に、時任さんはコクリと震えながら頷いた。

「時任さん・・・・・・何で・・・・・・!」

「迷惑かけるのが耐えきれないんだってさー」

「お前には聞いてない!」

「ふー、お前だってー。怖いなー君島ー」

 時任さんは僕の問いかけに一度びくりと反応をした。それでも応えてくれず、代わりに時任さんは一歩ーー屋上のフェンスに向けて歩き出した。

「何で・・・・・・」泣きそうになりながら僕はつぶやく。

「・・・・・・・・・・・・」時任さんは、静止しなかった。

 一歩、踏み出した。

「時任さん!」

 ここまで来てようやく僕は立ち上がり、時任さんの元にかけつけた。時任茜は僕など眼中にもないかのように無視をする。

 時任さんの両肩を掴む。

「離して!」

 僕の両手は、思いっきり力を込めて振り払われた。

「どうして・・・・・・」

「どうしても何もない! 私は、生きてちゃいけないの!」

 その一言を放った刹那、全身の震えをおさえるがごとく両腕で体を押さえ込んでいた。

「君島君と居ればもしかしたらなんとかなるかもしれないって思った。薫ちゃんがいれば、もしかしたら私の性質が抑えられるかもしれないと思った。でも、結局、駄目だった! 私が存在する限り、危険予知は放送され続ける!」

 サイレンは依然として高らかに鳴り響いている。「だったら、もう、死ぬしかないじゃない」

 思っていることを言葉にしてしまったら、取り返しがつかないことになる。

 涙を流している両目に生気を感じることが出来なかった。

 時任さんの心は、死んでしまった。

 両足がずるずると屋上のフェンスに向かっていく。

「もう、いいの。私が生きた方が良い理由なんて、何もない」

「・・・・・・・・・・・・何でだよ」

 僕は、何か出来るんだろうか。

 何か言う権利があるのだろうか。

 時任さんに何をしてあげれば良いんだろう。走馬燈のように時任さんと過ごした日々が頭に流れてくる。出会ってまだ数日しか一緒に過ごしていなかったけど、何物にも代えがたい日々だったことには違いないんだ。

 大きな感情のうねりが一気に駆け巡っていく。

 時任さんのふとした笑顔を見れることが、たまらなく嬉しかった。

 思い出を振り返り、最後にたどり着いたのは、この屋上での記憶。

 そこで僕は、ふと、後ろを振り向いた。

 そこにはーー倒れている二人がいた。

 ふと、口をついて出たのは、こんな言葉だった。

「好きだ」

「もう、いいの! ・・・・・・・・・・・・って、え?」

「・・・・・・・・・・・・」

 今、僕は、何か言ったのか。

 感情の赴くままに、何か、とてつもないことを口走らなかったか。

「はー? 君島ー、そういうキャラだったっけー?」

 時任茜が呆れたように僕を蔑んでくる。

 そんなことはどうでもよくて、僕の視線には時任さんただ一人がいた。

 先ほどまで青ざめていたのに、今は赤色に染まっていた。

「う、嘘、嘘よ、そんなの」

「嘘じゃない!」

 一度発した言葉は取り返しがつかないことが多い。

 だけど今回の場合は、本心から出た言葉だから、悔いは無かった、

 そうだ。

「僕は、時任さんのことが好きだ! だから死なないでほしい!」

「・・・・・・え、ええええ!」

 顔を真っ赤にしながらあたふたする時任さんを見て、僕は更に恋慕の情を感じていた。

 思えばこういう気持ちになるのは必然だったのかもしれない。

 僕は、危険予知にさらされる誰かを救いたかった。

 時任さんは、毎日危険予知にさらされる。

 これほどまでに僕が求めていた人が居ただろうか。

「・・・・・・あーーーーーー、うっざい」

 サイレンが鳴り止まない中、時任茜は悪態をついたーーと思ったその時にはーー


 既に、フェンスを登っていた。


「ねえ、君島」僕の方を一度振り向き、時任茜はニタリと笑う。「君島はまた救えないんだよ」

 瞬間、僕は走り出していた。

 時任さんは悲鳴を上げていた。

 もう誰も傷つけたくない。

 時任茜が諸悪の根源だとしても彼女を救わない理由にはならない。

 それに、元々僕は、時任茜を救いたかったのだから。

「よいしょよいしょよいしょよいしょ」

 僕がフェンスにたどりついたときには、時任茜はフェンスの頂点まで足がたどり着いていた。今にも飛び降りれる位置に居る。ここまでの差があったら絶望的かもしれない。

 ーー構うもんか。

 ーーここで助けられなかったら今まで生きてきた意味がないだろう!

 時任茜が登るすぐ横で、全力で跳躍をしてからフェンスを掴んだ。

 僕は、フェンスの頂点を掴めていた。

 一度フェンスに足をかけた後、フェンスを足場に跳躍する。

 僕の足はフェンスの頂点にあり、僕の手は時任茜の肩を掴めていた。

「大丈ーー」

「君島」

 フェンスの頂点で僕は時任茜の顔を見た。

 それはとても蠱惑的な表情で、時任茜のことを何も知らない男性がみたら魅了されてしまうほどだった。

 そんな表情をしながら、時任茜はサラリとこう言う。

「危険予知は、絶対なの」

「へ?」

 トン、と。

 背中を押された。

 フェンスにたどりついたばかりで勢いが余っていたところを突かれた。

 足がフェンスから離れ、時任茜の肩を掴んでいた手も離れる。

 何も掴んでいない状態で、空中に放り投げ出される。

「君島君!」

 時任さんの声が聞こえる。

 これが幻聴なのかはわからない。

 それでも僕は、その声を聞いて、まだ死んではいけないと心の底から思った

 予知は絶対と、時任茜は言った。

 それは身をもってわかっている。

 ならば、その予知はどんなものだった?

 ーー僕はずっと、予知に対して思っていたことがある。

 ーー事故だとか事件だとか、毎回そういう言い方をして、ぼやかしている。

 それならば、今回はどうなのだろう。

 屋上から飛び降りは、僕が今体現して見せた。

 それ以降はーーまだ絶対になっていない!

「うおおおおおおおおおおおお!」

 体が重力に沿って真下に落ち始めた刹那ーー

 僕は思いっきりフェンスに向かって手を伸ばしたーー!


 *


 この時掴んだのは、ただのフェンスだったかもしれない。

 ただ僕は、確信していた。

 最悪の予知が放送されたにも関わらずーーその予知がそのまま起こったにも関わらずーー僕は未来を掴むことが出来た。

 未来予知が放送されても、誰も傷つけなくて済むという未来を。


 掴んだ未来の先にあったのは、僕がずっと見たかった満面の笑みだった。


                                  了

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危険予知が放送される街 常世田健人 @urikado

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