第3話 状況隔認(2)
「ふふ。シン、名前、気に入った?…どうやら気に入ったみたいよユウジ?なら私がどうこう言うなんてこと、あるわけ無いわ。それに、ガサツが服着て歩いてるようなあなたにしては上出来すぎて素敵な名前だわ。シン。シン!シーン?うん。呼びやすいし、やっぱりいい名前。」
(ああ。確かになんか…こう、伝わってくるもんはあったな。)
伝わってきたその“何か”を受け止めて。
しょうがない。このユウジという男を認めるしか、あるまい。父として。そうシンが思っていると
「あ。そうだ。ステータス表記見てみなきゃ。ちゃんとシンて命名されてるかどうか。」
と母が覗きこんできた。
(ステータス??そんなんあるの?)初耳。
どこまでゲームに寄せてこの世界は成り立っているのだろうか。
やはり、そう。ここは異世か「え?あれ?この子、ステータス読めないんだけど…なんで?」
母、レマティアが困惑している。
「ん?レマティアお前、確か解析系スキルは【鑑定】まで進化してたよな?」とユウジも腑に落ちない様子。
(スキル!???)初耳。
「うーん。ここの魔詛が濃過ぎるからかしら?それがノイズになって…イヤイヤ、実際あなたのステータスは視えてるわね。ユウジ、あなた今私より50以上レベル高いはずよね?なのに生まれたばかりで赤ちゃんのシンを解析することが出来ない…どうして?…ダメね。情報が少なすぎる。何が原因なのかわからないわ。でも、しょうがないことなのかもしれない。ここは最古の迷宮でいて、誰も足を踏み入れたことのない場所だもの。私の常識で測れないことがあるのは、当然のことなのかもしれない。だけど…心配だわ。」
(??魔詛??レベル??迷宮???)初耳トリプル。
あ、魔詛はさっきユウジが言っていたか。
ここまで聞き捨てならないキーワードが連続するとさすがに精神のバランスが保てなくなる。
(ここ、迷宮の中?なのか?)
キョロキョロと目だけで視認可能な辺りを見渡す。
おかしいとは思っていた。
父が何日も姿を見せない間、今の不可解すぎるこの状況を理解する材料となるものを、探そうとしたが、どれを見ても不可解さが増すばかり。
分かっていたことは自分が赤ん坊であり、ここはおそらく日本ではなくて、話される言語は聞いたことの無いもので、その言語を話すこの両親が20を過ぎたばかりという若さであるということと、その若さに似合わぬ、如何にも高価そうな指輪をいくつもしていて裕福であるのかと思えば、この部屋の内装…というのもおかしいので言い直すが、この部屋の壁や床や天井はゴツゴツとした岩や土で出来ており、テーブルやベッド等の調度品はその岩や土からまるで“生えた”かのように脚部分が地面と繫がっていて、まるで巨大な岩をくり抜いて在るような造りで…たまに帰ってくるこの父はいつも鎧姿であるのだが、その鎧の形状が地球に実在するものとはかけ離れた形状で、母の美しさも地球の常識とはかけ離れたもので、その母の耳を見てみれば…
周囲へとせわしなく向けていた視線を戻し、シンはじっと自分の手を見つめた。
今在るこの状況が、現実であるという、何かの拠る部となるものを探した結果、自分の手へと視線が落ち着いたのだ。
“現実”の象徴と呼ぶにはあまりに頼りなく、なおかつ見慣れないものとなってしまった自分の手。
どう見ても、赤ん坊の手。
シンの頭の中で、キーワード達がグルグルと廻る。
(これ。もう、確定なのかな。転生とか、魔物とか、あと、スキルとか魔詛とかレベルとかステータスとか迷宮とか…親父や母さんが言ってるのが嘘じゃないならここは…)
名前 シン=カンザキ
レベル 1
種族 ヒト族(混血)
年齢 0歳
職種 -
身分 -
称号 -
状態 混乱 予測不能
魔力 構築中
筋力 1
耐久 1
知力 500
精神 500
速度 1
技量 1
固有スキル 【シンガン】
修得スキル 【苦痛〈中〉耐性】
装備 -
……突然。
シンの視界にステータスらしきものが浮かび上がる。
どうやらこれはシンだけには見えるらしい。
唐突。しかし、納得。
(……異世界決定。)
やはり、そう。やはり、ここは、
異世か…いナノデシタ。ここは異世界。
視界に浮かぶこの、摩訶不思議な文字の羅列を見てしまっては、もはや疑う余地などない。
自分自身のステータスであろうそれを見つめる。
(色々突っ込みドコロがあるな。)
前言撤回。やはり納得とは程遠い。
まずは名前の部分。カンザキとは日本人の姓ではないか?父の姓を継承したとするなら…父の名前はユウジ=カンザキということになる。そしてもしこの名前が日本語表記できるものならば、
カンザキ ユウジ。
これは完全に日本人の名前だ。
もっとも、この世界では和名など珍しくもないというパターンだってあるが…。
父の姿を見る。
背が非常に高い。
今のシンは身体が小さすぎて誰でも大きく見えてしまうので具体的な数値はよく分からないが、それを差し引いても、とにかくでかい。
肌は浅黒く、顔立ちはやたら彫りが深い。
荒っぽい印象を受けるほどに、その線は太く逞しい。
鼻筋は通っていて高く、眉はザワザワとして長く濃く、瞳は猛禽類のように釣り上がって大きく鋭い。
厚みある唇が顎のエラ部分の筋肉を引き絞っていて覚悟を完了させた漢っぽさを感じさせる。
少々どころじゃなく野性味が強すぎる気もするが、美形と呼べなくもない。
日本人離れしているが…かと言って髪の色を除けば日本人顔?にも見えなくもない。
でも身体は日本人離れ。
細くしなやかな部分と太く鋼のような部分が混在していて、その絶妙なアンバランスさが、彼の肉体を日本人離れを通り越して“人間”離れして見せている。
野生の獰猛。
獅子の風格。
おそらくの容赦のなさ。
受ける印象はどれもカタギのものでは無い。
そして、髪の毛が、青い。
(染め…てないのか?眉毛も同じ青だし。)
2次元キャラと同等に自然な青さ。
地毛であるならこれだけで異世界決定と言っていい青さ。
この父とシンの知識にある平均的な日本人を重ねてみる。
うん。日本にこんな男は多分、というか、きっといない。居たとして、稀有すぎる。
つまり、結局は、判断出来ない。
何故日本人の名前を持っているのか、何故以前から知っているような気がして仕方がないのか、この父の存在は、気になって仕方がないが…。
この謎は喋れるようになってから解決するしかない。
と言っても、喋れるようになったからといってこの父とまともにコミュニケーションがとれるかどうか…不安ではあるのだが。
次に母を見る。
今は寝着を着ているので身体の線は分からないが、授乳時に美乳であることは確認済みだ。
別に、わざわざそこを重点的に確認したわけではない!
……というのがシンの言い分であるが、そこはこの際どうでもいい。
シンは改めて母の顔を見る。
目が潰れてしまうかと思うほどに美しい。
ほぼ、女神。
ただし、戦女神の方。
整いすぎて整った顔。
透き通る程に白い肌、それに合わせたように髪も眉も純白。
顔を飾るパーツはどれもガラス細工のように精緻で繊細。
配置も完璧。
かと言って硬く尖った部分などなく、その輪郭全ての先端が絶妙な丸みでカバーされていてそれでも神秘的な気品を損なってない。
柔和と儚さと凛々しさ。
都合良く同居しないはずのそれらが等分に混ざり合って美を成立させている。
彼女の魂の強い輝きを表すように。
目が潰れてしまいそうだと想いつつも、いつまでも見つめていたいと、照れもせずに普通に思えてしまう美しさ。
ただ、先程尖った部分などないと述べたが訂正が必要なようだ。一箇所だけ、例外がある。
耳だ。
耳が長くて尖っている。
異世界超絶美形婦女子の定番。
エルフ…という種族であるのだろう。
自分のステータス、その種族欄には"ヒト族(混血)"とあるが…
(お。そういえば…!俺ってもしかしてハーフエルフってやつなん
か?キターー!超絶美形異世界転生!)
とか思いながらシンはコシュコシュと赤子らしい仕草で自分の耳を擦って確かめてみるが、長くもなく、尖ってもいない。
普通の耳。
一々期待を裏切ってくるのを(はいはい…。)と諦め気味に受け止めながら、シンはもう一度自分のステータスに意識を戻した。
状態欄の“混乱”は分かる。
実際に混乱しているからだ。
だがその横に記載されている“予測不能”とはなんだ?
普通“状態”とは今現在の状態を言うのではないだろうか。
状態が毒であるなら『今、毒にかかってますよ』、麻痺であるなら『今、麻痺してますよ』という感じで。
だがこれを見て感じることは
『これからどうなるのか全くわからないから、覚悟するように。』
そう宣告されているような気がしてならない。
つまり、これを見てシンが思うことは、
(悪い予感しかしない…。)
次に能力値。
魔力。
魔力とはゲームで言うところのMPに当たるのか、それとも魔法の強さに関わるのか、もしくはその両方か、分からない。
“構築中”となっているのが不気味だが、シンは新生児だ。
生まれてすぐは魔力というものが安定しない等、この世界のシステム上、しょうがないことであったりするのかも知れない。
…魔力なんてものは地球では概念はあっても実在しなかったものだ。だから
(これ以上考えてもしょうがない。)
と思いシンはその項目から目を逸した。自身を、半ば誤魔化すようにして。
筋力。
筋力とは力の強さであるのだろうか。物理攻撃力に直結する能力値であろうと推測する。
耐久。
耐久は肉体の頑丈さを表すのか、それとも持久力を表すものか。
1で大丈夫なのか?この数値に免疫力は依存しないのだろうか?
今の自分の身体を思えば病気にかかりにくいかどうかはとても大事なことのように思う。
速度。
速度はまあ、1で妥当だろう。
自力ではほぼ移動不可能なことを思えば。
技量。
この技量という項目も速度に同じくだ。
この技量という数値が器用さを表すならば今以上に不器用を極めた状況はないだろうから。
なんせ排泄すらまともに制御できてないのだ。
ただ知力と精神。
これは、大丈夫なのだろうか?とゲームやファンタジー小説の知識があるシンでもスルーできず、唸るしかない。
他の能力値が軒並みの1であるためか、この二つの項目だけが500という高すぎる数値を叩き出していることに不自然さしか感じなかった。
この世界の基準として、500を超える数値は大して珍しいものでもないのかもしれない。
だがそうなると逆に、他の“1”という能力値は、自分が赤ん坊であることを加味してもあまりに低すぎた数値ということになってしまわないか。
赤ん坊特有の急速なる脳発達と、十代の知識を併せ持つこの特殊過ぎる状態によるものかとも考えるが、他に比較対象がない以上、結局のところ、基準もなくして考察するわけにもいかず、これもスルーするしかなかった。
そして最後に気になったのが
固有スキル
【シンガン】
修得スキルを見れば【苦痛〈中〉耐性】というのがある。
もしかしたら産まれる際に味わったあの苦痛が原因で備わったのかもしれない。
それはいいとして気になるのは、通常のスキルと固有スキルとは欄が分けられているのだが、これらにはどういった違いがあって分けられているのか?ということ。それに
(シンガンって心眼?真贋?何だシンガンて。カタカナ表記されてもフツー分かんないだろ。)
一体、【シンガン】とはどのようなスキルなのか?これではあまりに不親切。それがシンの率直な感想だった。そんな感想、もとい文句をぶつけるようにしてその【シンガン】という文字をにらんでいると
『※アンノウン、アンバランス、アンリミテッド』
というこの【シンガン】というスキルの解説文らしいものが浮かび上がる。
(はい余計分からない。相変わらずカタカナ、ついでに英語。)
と思いながらも、その言葉の意味はなんとなくだが分かるが。
正体不明
不安定
無制限
こんなところか。結局は不吉。これに『構築中』だとか『予測不能』とかが追加されるのかと思うとやはり…
(悪い予感しかしない。)
かくしてその悪い予感は当たることになる。
突然の激痛、全身に。
それを知覚したシンが『痛い』と思う前に突然の
視界
暗転。
異世界とヒーローにアンチでもテーゼを 末廣刈富士一 @yatutaka
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