怪異 第六節

 思いついた指針を実行に移す前に、少しでも情報が欲しかった。

 玄関で靴を脱ぐと、自室には戻らずに両親にいる居間へ向かった。

 二人は私が来ると怪訝な表情を浮かべたが、流石は親と言ったところで、用件があることを察して居すまいを正した。

 私が「訊きたいことがある」と前置くと、戸惑いながらも二人とも頷いてくれた。

 私は率直にアマゴサマの祟りの被害者たちについて尋ねた。

 両親は顔を見合わせ口籠もったが、しばしの静寂のあと、訥々と話してくれた。


 過去、両親が知っているうち、祟りは三件あったようだ。

 被害者は例年二人。神隠しと贄の一対だという。

 神隠しの被害者は共通して七歳以下の子供で、浦口が教えてくれた一踪一死(いっそういっし)のルールを厳守するように、神隠しが出た年は近いうちに変死体が一人出ていた。ここまでは半ば想像が出来たが、アマゴサマの贄として殺害される人物にも奇妙な共通点があった。


 それは祭祀で首吊り雛を運びだし、御焚(おたき)あげする役割を担っていた者という点だ。

 神隠しが起きた年、その祭祀の担い手が無惨な死体となって現れた。

 死に方は様々で打撲痕(だぼくこん)で赤紫に膨れあがった死体だったり、浦口が語っていた首が背中まで折れ曲がった死体であったり。

 一番残酷だったのは、死体を切断され農業肥料用の肥だめに投げ込まれていたというものだ。その散々たる惨状に自分も見舞われるかと思うと、喉奥に胃液の酸っぱさが込み上げた。

 だが、情報はおぞましいだけではなく興味深いこともあった。

 失踪する子供は祭祀の間に消息を断つが、担い手のほうは早くて三日、遅くて二ヶ月もの幅があるらしい。これは私を少しばかり安堵させた。

 また神隠しに遭った子供の遺留品は全て山中で見つかっている。健太君を含めると四つの前例があるらしい。

 

 また、その話しの最中でいたく驚いたことがある。アマゴサマの祟りに見舞われた遺族の中に、あのタケじぃの名前が出たことである。

 それまでタケじぃ──木村武雄さんは独身と思い込んでいたが、どうやら妻と一人娘がいたらしい。不妊に悩んでいた末に産まれた子供で大層可愛がっていたという。娘さんも人一倍快活で、彌子村(みこむら)一のお転婆として笑顔を振りまいていた。

 名前は木村実里(みのり)ちゃんという。

 その実里ちゃんが、三十年前の祭祀の晩、失踪した。

 三人で七歳の誕生日を祝った二日後のことだった。

 

 遺留品は皮肉にも誕生日の贈り物として、木村夫妻が市内の量販店で選んで渡した赤いリボンだったという。

 その三日後、担い手の変死体が発見された。

 死体はバラバラに切断され、肥溜めへと投げ込まれていた。この頃の木村夫妻の憔悴は声も掛けられないほどだった。村には暗澹たる雰囲気に包まれていた。

 最愛の娘を失ったタケじぃに追い打ちをかけるように、今度は彼の奥さんが後追い自殺をした。実里(みのり)ちゃんの失踪以降、精神状態が錯乱傾向にあり、譫言(うわごと)を言うようになっていた彼女は首を吊って死んだ。

 場所は首吊りの石鳥居。第一発見者は夫であるタケじぃだった。

 自殺に使われた荒縄には、実里(みのり)ちゃんの赤いリボンが結ばれていたという。

 それから、タケじぃはめっきり喋らなくなった。

 三十年経ってもなお、彼は自分の伴侶(はんりよ)と一人娘を奪った飯盛山を眺めている。

 こうして居間での情報収集は、タケじぃの暗澹(あんたん)とした過去を知るという形で幕を下ろした。アマゴサマの情報以外に連日行われていた捜索の状況も訊くと、私は引き下がることにした。


 居間から出ると、私はタケじぃを想った。

 彼がなんで石鳥居の前でそっけない態度をとっていのかが、なんとなく分かった気がした。

 もしかすればアマゴサマに拝んでいたのではなく、普段は進入禁止となっているあの場所で自殺した奥さんのために拝んでいたのではないか。

 だから彼は率先して、担い手の道案内を買ってでたのではないか。

 全ては私の憶測だったが、そう考えると辻褄があった。

 彼は縁側に座り、ずっと飯盛山を眺めている。

 最愛の妻と娘を奪った山を三十年間、凝っと見つめていたのだ。

 そのときタケじぃはどんなことを想っていたのだろうか。

 そう想って幼心に見た彼の姿を思い出すと、なんだか縁側に佇むタケじぃはひどく寂しそうに思えた。



 自室に戻ると明日の準備に取りかかった。

 まずは押し入れに眠っていた登山用のリュックを引きずり出した。中を開けると避難用に準備された様々な用具が詰め込まれていた。ライトや電池、簡易トイレなどが入っていることを確認して、他に携帯の充電器やタオル、飲料水などを追加していく。最後に折りたたみのスコップを詰めると一息ついた。

 これらは全て一時間ほど前に多くの煙草を灰にして考え出した方針のいわば下準備だった。

 時計を見上げると午後九時を過ぎていた。

 すぐに計画を決行しても良かったが、少しばかり考えて思い直した。睡眠は必要だろう。そうしなければ、数時間で疲労困憊になり目的のものを探せなくなると判断した。

 そうすると自室で夜を迎えなければならない。昨晩の怪異がまた起こらないとは限らない。そのため、まずは家中の施錠を徹底した。玄関は勿論のこと、家中の窓という窓を施錠してまわった。

 両親にも施錠を徹底することを口を酸っぱくして言い付けた。彼等も特に反対することもなく協力的に頷いてくれた。

 家中の窓が施錠されていることを確認すると、今度は自室の施錠を試みた。

 しかし、私の部屋と廊下を隔てるのは二枚の木戸であり鍵をかけることはできない。そのため、溝につっかえ棒を差し込み、部屋の内側にある右側の木戸を固定し、反対のほうにはガムテープで目貼りを施した。

 生き垣を挟んで道路と繋がる窓は鍵を掛けカーテンを閉めるしかできなかったが、しないよりはマシだろう。あとは玄関の傘立てに差し込んであった木刀を護身用に抱いて有事の際の武器にした。

 私は右手に木戸、左手に窓を見据えながら部屋の壁にもたれかかった。向かいの壁には丸い時計が掛かっており、長短の針は十一時を示していた。

 家を出るのは午前四時と決めた。それまで仮眠を取りながら周囲を警戒しなければならない。

 なにせ相手は知らぬ間に家に侵入し、気付かぬうちに足元に私に模した人形をおく異常者だ。見つけ次第、木刀で頭をかち割ってやろう。私は正当防衛だと意気込んだ。

 そんな気炎をはく一方、相手が怪異であれば私のやっていることは無意味だと、自分自身を嘲笑う気持ちもあった。

 それでも、なにもせずにむざむざと殺されてたまるか、と自分を奮い立たせた。


 先に結果から言うと、この自暴自棄気味な行為も意味があった。

 むしろこれが私の生死を分けた。

 なぜならば、クリスマスイブにスクルージの家に集まる亡霊よろしく、私の部屋へと侵入しようとする何者かが来訪したからだ。

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