怪異 第三節

 童妙神社から家に戻る道すがら、私は酷く悩乱していた。

 彌子村に帰省して、人形の影に悩まされ続けている。首を吊られた人形達を境に、消失した健太君を模した人形や突如現れた自分を模した人形、そして遺留品の人形と、行く先々に奇怪な人形達と出くわす。

 そのどれもが真っ当ではなく、頭の片隅に黒い痼を残す。

 直感がいち早く村から出て行くことを勧めた。当初の予定では、タケじぃに伝えた通り明後日の朝に出立するつもりだったが、明日にでも不気味な人形の影が彷徨く村から出たほうが良いかもしれないと思った。でなければ、予想だにしなかった事態に巻き込まれるかもしれない。


 その一方で、失踪した健太君の件が一応の終止符を打たれるまで見届けたいという気持ちもあった。

 このまま帰ってしまえば、健太君の失踪の責任という謂われのない罪を有耶無耶にしたままになる。そのままにしておけば、喉元に残る魚の小骨のように煩わしい不快感となって、必ず自分を苛むだろう。意味も無い罪悪感に悩まされるのはまっぴら御免なのだ。

 私が明日の指針について考えあぐねていると、三叉路で浦口に会った。

 彼は紫煙をくゆらせながら山道を眺めていた。どうやら彼も今日の捜索には参加していないようだった。

 声をかけると、まだ半分の吸いきっていない煙草を地面に投げ捨て踏みつぶした。

「捜索には参加しないのか」

 お前が言えたことかよ、と内心で毒づいたが、それを口にはせず、私は私のツテで捜索しているんだ、と答えてやった。

「へぇ、どんな人?」

 すると浦口は思いの外、この話題に食いついてきたので、私は鼻高々に高らかに喧伝してやった。


 私の友人には名探偵がいるのだと。

 無論、これは言うまでもないが、君のことだ。


 それから、いかに君が奇人変人ながら、金田一耕助と伯仲しうる推理力と明智小五郎に引けをとらない洞察眼を持ちうる才人であるかを、虚実を綯いまぜにしながら語り聞かせてやった。

 感謝はいらないよ。私は言うべきことを言ったまでさ。

 その私の朗々たる君語りを、浦口は唖然と聞いていた。

 あの鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜け顔から察するに、君に畏れおののいていたか、喜色満面に語る私に呆れていたかのどちらか、もしくはその両方だろう。


 ひとしきり話し終えると、浦口は智慧の水への道を指差した。

 其処で話したいことがあると言外で伝えてきた。どうやら彼は私に用があって三叉路で待っていたらしい。私も一方的に身内の自慢話を語った手合い、彼の要求を無下にも出来ず、了解したこと表すように頷いてやった。

 それからしばらく歩くと、智慧の水が流れる広場へ出た。

 右手には飯盛山の岩肌がそびえて、その下に休憩所と手水舎を併設した東屋があった。智慧の水は岩肌に差し込まれた半筒状のパイプから絶えず東屋の中にある石臼へと流れていた。飯盛山の清涼な伏流水が智慧の水というわけだ。

 名称の由来は文殊菩薩(もんじゆぼさつ)を祀っていた小さな社(やしろ)の傍から湧き出たために、智慧を司る文殊菩薩の加護があるとして、飲めば頭が良くなる智慧の水と喧伝されたらしい。

 両親曰く、上水道の整備がままならなかった二十年前の彌子村では生活用水としても古くから親しまれていたという。


 浦口は東屋に腰を下ろすと、こちらに振り返った。

「祭祀で失敗したのはアンタか?」

 浦口は険しげな顔で核心を突いた。

 細めた目は疑り深く、斜めにすかしみる面持ちは私に探りを入れている彼の心境を在り在りと写し出していた。

 私は直ぐには答えず、腕を組んで浦口を見据えた。胸に接した左腕は跳ね上がる鼓動をじっと聞いていた。虚を突かれると反射的に弁解してしまう私の悪癖を君に指摘されて以来、まず沈黙をして相手を見据えることにしていた。


 効果は絶大だった。

 私の沈黙を痛くもない腹を探られて立腹したものだと受け取ったらしく、浦口は、違うのか、と早合点して立ち去ろうとした。それを私は呼び止めた。

 彌子村の新参者である浦口がアマゴサマの神隠しを信じているとは思えない。そんな彼が祭祀が失敗したと断言した根拠を知りたかった。

「一体だけ余るはずなんだ」

 浦口が言うには、祭祀で人形を燃やす際、私達は一人五体を私、浦口、坂梨の順番で順繰りに護摩壇にくべていった。燃やす人形は合計十六体である。この数字は首吊りの鳥居で皆が確認している。

 なのに坂梨が五巡目を完了させたあとに拝殿に残る人形はなかった。

 となれば、首吊りの鳥居から拝殿に行き着く前に一体だけ減っていることになる。

 すなわち私達三人が首吊り鳥居から童妙神社の間で人形を失ったのではないか、という推理らしい。

 これは浦口だけの考えではなく、村人のほとんどが同じ考えを共有しているらしい。そのため、二日目の捜索時に村人から凝視されていたのだという。


 私は自分の浅はかさに切歯した。

 村人は健太君が失踪したから祭祀が正しく行われなかったと考えているだけではなかった。祭祀が失敗したという確証があるから、健太君の失踪をアマゴサマの神隠しと結びつけていたのだ。

 ではなぜその原因たる私に追求がないのか。

 私が失敗の原因であるという証拠は、二日目の時点で何者かに見つけられている。

 だというのに、一度として祭祀の失敗の責を糾弾することはおろか、私こそが失敗の原因だと噂されることもない。いまも平等に浦口や坂梨たちも疑われていることから察するに、まだ気付かれていない。

 では何故に森山健太君の人形を奪った人物は私が隠し持っていたことを黙っておく必要があるのか。それが一向に分からなかった。

「どうした?」

 私の逡巡が顔に出たのだろう。浦口が怪訝な様子で尋ねてきた。

 私は咄嗟に、大丈夫、と答えてしまった。

 そうだ、悪癖が出たのだ。

 狼狽えている人間が大丈夫だった例しはない。私に何か後ろ暗いことがあると察した浦口は鬱陶しく尋ねてきた。

 そのため、悪足掻きながら話題の転換を図った。私は彼に、アマゴサマの神隠しが本当にあると思うか、と訊いてみた。

 はぐらかそうとする意図が見え見えの質問だったが、意外にも浦口は話しにのってきた。

 しかも彼は、ある、と即答した。


 これには眼を丸くした。

 浦口がこの村の出身では無いことは訊かずとも分かる。村に来て数年ぐらいだろう。周囲との関係を見るにまだ馴染めていないのは一目瞭然だった。

 そんな彼が彌子村の特殊な信仰を肯定したのだ。

「逆に訊くけど、アンタは信じてないの?」

 これには答えを窮した。

 信じていないと断言したかったが、私はそれを本心から口にできなかった。

 そのため浦口の質問に対する返答は、幼い頃に村を出たからそこまでは・・・・・・、という曖昧なものになった。

 すると少し考えるような仕草をした浦口は、

「童妙神社の裏手にある、水子供養碑(みずこくようひ)を知っているか?」

 と、訊いてきた。

 私が首を横に振ると、なら案内する、と言い出した。

 私は迷った。興味はあったが触らぬ神に祟りなしともいう。深く関わることで再び人形絡みの怪異に行き逢うのではないか、と危惧していた。

 しかし、その戸惑いも浦口が口走った言葉によって消え去った。

「そこにな、アマゴサマがいるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る