怪異 第二節

 私を模した人形は、すぐに処分することにした。

 禍々しい人形を片手に部屋を出ると、幸い、両親は私の悲鳴に気づかなかったらしく、未明の廊下は静かなままだった。

 両親に相談したかったが、説明の段(だん)になって健太君の人形の件に触れる可能性を考慮すると、安易に話すわけにもいかず、外履きのサンダルを履くと玄関のガラス戸を静かに開けた。

 人形は自宅の庭に埋めることにした。

 不気味な人形を庭に埋めることに躊躇いはあったが、飯盛山などに行こうとして村人に遭遇する危険性があった。農業従事者の朝は早い。自分の田畑に向かう彼等と鉢合わせになれば要らぬ詮索を受ける。詮索はこの不気味な人形だけではなく、祭祀の件にも及ぶかも知れない。それだけは避けたかった。

 周囲を窺いながら、庭先に放置されていた家庭菜園の用のスコップで人穴を掘った。

 その間、誰かに見つかるのではないかと並々ならぬ緊張感に苛まれたが、誰かに見つかることはなく、掘った穴に人形を埋めた。

 まるで死体を隠蔽している殺人犯のようだと苦々しく自嘲した。

 私は作業を終えると自室に戻り、寝られもしないのに再び布団にくるまった。


 九月十一日。健太君失踪から二日目の朝。

 両親は健太君の捜索のために九時になると家を出た。

 私はというと、体調不良という仮病の代名詞を公然と騙り自室に引きこもっていた。

 本筋とは関係ないが、このとき私は日が明け始めた頃からこの文章を書いていた。君に安楽椅子探偵役をふる算段は、この日に閃いていた。

 不安と混乱に悩まれる私が布団のなかでこの妙案を閃いた時、自分の発想ながら天才的とだと狂喜した。取り憑かれたようにキャリーケースからノートパソコンを取り出すと、狂乱したようにテキストファイルに文字を打ち込んだ。

 以上、閑話休題。

 正午に差し掛かる頃、家に来客があった。

 引き戸を開けると、白髪の老人が立っていた。

 タケじぃだった。

 彼は玄関前で出迎えた私を確認すると、

「ついてこい」

 とだけ言って、踵を返した。

 私は身だしなみを整えることもなく、すごすごとついて行った。

 タケじぃは捜索隊にも消防団として山に入っていることもなかった。見た目は捜索に協力させるのは心苦しい老人ではあるが、その実、彼は夜の山を忍者のようにスイスイと往復できる肉体を持ち合わせている。だが彼は捜査に協力しなかった。

 健太君が失踪してからともいうもの、昔のように自宅の縁側で山を眺めているらしい。

 両親曰く、村人が心配して声を掛けても、痴呆になったようにぼんやりとして返事を返さないらしい。

 そんなタケじぃが目の前に現れた。それが吉祥でないことは、私にも分かった。

 タケじぃが行き着いた先は童妙神社の社務所だった。

 周囲の視線を一身に受けながら玄関で靴を脱ぎ、長い廊下の突き当たりを右に曲がると、その奥に和室があった。私はそこへ通された。

 二十畳ほどの広い室内には他の誰もおらず、タケじぃは床の間を背にて上座に腰を下ろした。私はタケじぃが置いてくれた紫の座布団の上に座った。

 お互いに向き合っているが、話しは一向に始まらなかった。

 タケじぃはまるで言うべきことがあるだろう、と言わんばかりに押し黙っていた。

 私はこの場の意図を、祭祀の失敗を自白する一席であると思った。ここは私の告解を聞くためにタケじぃが準備した懺悔室なのだと思った。

 私は意を決して自分の所業を告白しようとした。

 が、機先を制するようにタケじぃが口をはさんだ。

「いつかえる」

 そう訊くタケじぃの目は、皺の寄った老人とは思えない迫力があった。

 明後日には、と伝えると、タケじぃはゆっくりとまばたきをした。

「そうか」

 それだけ言うとタケじぃの視線は下がり、私とタケじぃを分かつ畳縁(たたみべり)を見つめたまま黙り込んだ。私も黙ったまま口を結んだ。


 何のために呼ばれたか判然としないまま、時間だけが過ぎていった。

 居たたまれず視線を泳がせていると、床の間に白い布を被せた三方(さんぽう)が置いてあるのに気づいた。三方の上にのっている物は被せられた布によって見えなかったが、それが縦長であるらしく、両縁に横たえるようにのっていて、布がこんもりと膨らんでいた。

 私は沈黙に堪えかねていたので、タケじぃにそれがなんであるか訊いた。

 訊かれたタケじぃは言われるまでそれが床の間にあることに気づかなかったのか、振り返って三方に掛かった布を摘まみ上げると、途端に険しい顔をした。

 急に顔色を変えたため心配になり、どうしたのかと、尋ねた。

 タケじぃは、だいじょうぶだ、とだけ言って座り直した。

 しかし、先ほどとは打って変わり、タケじぃは黙然としているのに何処か落ち着かない様子だった。瞬きを繰り返し、ふしくれた指先が所在なさげに動いている。

 もう一度訊いた。どうしたの、と。

 すると、タケじぃは眉間に皺をかきあつめながら呻くように言った。

「森山んところのこども、いただろう」

 うん、と頷いた。失踪した森山健太君のことだ。

「あん子の、もちもんだ」

 あっ、と声を漏らした。

 三方に乗せられているのは、健太君の遺留品だった。

 市内から県警が来るまで、遺留品の保全として社務所の奥の間に置いていたらしい。こんな場所に布を被せるような形で残しておくことが、果たして保全になるのか。派出所の警官が管理しないのか。透明なビニールに入れて、封をしておく程度ぐらいしても良いだろう。

 色々と言いたいことはあったが、そんなことを牧歌的な田舎の集落に求めるのも無理な話かも知れない。しかしそれ以上に驚いたのは、遺留品の形状だった。

 遺留品は御守りと聞いていたため、手の平にのるようなサイズを予想していたが、三方の上に鎮座するのは、持ち歩く御守りとしては大きすぎた。サイズとしてはぬいぐるみやフィギュアのような玩具が近い。その大きさの物を持ち歩くこと自体は子供の趣味趣向によるだろうが、それを玩具ではなく御守りとして持ち歩くのは想像できない。

 私は、タケじぃに遺留品を見ていいか、訊いた。

「だめだ」

 一蹴された。その反応は、異様なほど早かった。

 ではなにがあるのか、それだけ教えてくれないか、と頼んだ。だがタケじぃは頑なに首を振るばかりだった。

 タケじぃが過剰に拒否するたびに、私の興味は膨れあがった。

 見せたくない遺留品とは何なのか。そもそも本当に御守りなのか。むしろ本当は遺留品ではない別の物なのではないか。

 肥大化する関心は様々な仮説を生み出したが、間の悪いことに廊下から足音が近づいてきた。タケじぃは見るからに安堵し、私は心底落胆した。

「あら、アンタなんでここにいるの? 体調が悪いんじゃなかったの」

 タケじぃを呼びに来たのは私の母だった。その後ろにも母に続いて数人の女性が顔を覗かせていた。

 どうやら婦人会の案件でタケじぃに用事があったらしく、なぜ私がここに居るのか奇妙な視線を向けながらも体調を気遣ってくれた。

 予想外の登場人物によって毒気を抜かれた私は三方の上に乗っている物がなんなのか確認できないまま、追い立てられるように奥の間から叩き出された。

 諦めの悪い私は去り際にもう一度、床の間に置かれた三方へ視線を流した。

 床の間の三方は依然として布で中身を隠したままだった。しかし、タケじぃが中身を確認するために布を摘まみ上げたからだろう、わずかに布がズレて端から何かが垣間見えた。


 ソレと目が合った。

 ほんの一瞬だったが、慥かに布の隙間から私を覗いていた。

 三方と布のわずかな間から見えたのは、幼い人形の横顔だった。

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