発端 第三節
呪具のような竹籠を背負う風変わりな男達が献灯籠の照らす石段を下りていく。
同様の格好をした私は山門をくぐりながら、その情景を見下ろしていた。
彼等はまるで死体を埋葬しに行くような陰鬱さをまとっていた。
私達はタケじぃ、坂梨、浦口、そして最後尾に私の順で縦一列に並びながら石段を下りた。先頭のタケじぃは階段を下りきると、三叉路のほうへと向かった。
私はまた暗闇の道を歩くのが嫌で堪らなかった。
誰一人として行き先は教えてはくれない。タケじぃは、行けば分かる、とだけ言うとさっさと竹籠を背負って出発するし、坂梨は訊く前に逃げるようにタケじぃの後ろに続き、浦口は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
ただ行き先に思い当たる節があるために、尚更気がすすまなかった。可能なら、あの不気味な看板を二度と見たくなかった。
後ろ髪を引かれるような気持ちで石段を下りきると、街灯のない泥のように深い闇が待っていた。途端に明かりが名残惜しくなり、山門を見上げた。
ぞっと鳥肌がたった。
山門には村人達が並び立ち、あの濁った眼で凝っと見下ろしていた。
私はすぐに眼を背けると、粟立つ肌をさすりながら一目散に後続に戻った。
竹籠を背負った一団に追いつくと、必死に早鐘を打ち鳴らす心臓を落ち着かせた。思考をクリアにしなければならない。でなければ、知らず知らずに危ない橋を渡らされる。なによりこの現状は橋の袂まで踏み出してしまっている。
私は落ち着け、落ち着けと呪文のように唱えながら、思考を回転させた。
一体全体、なにが彌子村(みこむら)に起きているのか。
なぜ村人が童妙神社(どうみようじんじや)に集結しているのか。
私達はどこへと連れて行かれるのか。
このおぞましい竹籠の用途は──。
考えれば考えるだけ、混乱が加速し不安が募る。
呼吸は荒れ、真綿で首を絞められるような息苦しさが思考を鈍らせる。
私は暗闇の道で独り、遅疑逡巡(ちぎしゆんじゆん)の袋小路に迷い込んでいた。
しかしそんな私を気遣う者などおらず、悩むうちに三叉路に辿り着いていた。
タケじぃは予想していた通り、立ち入り禁止の看板を横へどけた。
「あしぃ、きぃつけぇ」
それだけ言うと、着古したズボンの裾に熊除け用の鈴を取り付け、真っ暗闇の山道を躊躇うことなく登っていく。
数歩進んだだけでタケじぃの背中は闇に呑まれ、鈴の音だけが、ちりんちりん、と蕭然(しようぜん)と音を鳴らしていた。
私が狼狽えていると、隣にいた坂梨は事前に夜の山道を登ることを知っていたらしく、背負っていた竹籠からかハンドライトを取り出すと、こちらに見向きもせずに山道へと入っていった。
事前に話しが通っていたのは坂梨だけではない。浦口もヘッドライトを取り出して頭に装着しすると、さっさと山道に行こうとした。
私は逃がすまいと浦口の右肩を掴み、予備のライトがないか訊いた。
「あー、そういやあったわ」
すると思い出したようにハンドライトを渡した。どうやら私に渡すように言付けられていたらしい。
浦口は謝意が微塵も感じられない謝罪と、ごめん忘れてたわ、という火に油を注ぐような捨て台詞とともに山道へと入っていった。
私は無性に腹が立ち、木の根に脚を取られて転げ落ちろ、と腹の中で呪詛めいた。
彼へ怨念を送る一方で、よくもまぁ躊躇うことなく暗い山道を登るものだと感心もした。
なにせ山道の入り口には神域であるかのように注連縄が垂れ下がっている。そんな山道を、しかも夜に登ることに彼等は二の足を踏む様子はなかった。
若しかすると、行く先は不安を覚えるほどの場所ではないのかもしれない。そう期待してみたが、背中の竹籠が強く否定した。
そのようなことを考えているうちに、先に進んだ浦口のヘッドライトの光さえ闇に紛れ始めた。
山道とはいえ一本道とは限らない。私は慌てて山道に進むためにハンドライトのスイッチを入れた。
しかしライトは素直につかず、三度オンオフを繰り返してようやく点灯した。
ライトは山道に埋め込まれた丸太の階段を、蛍の尾光のようにじんわり明滅しながら照らした。
渡されたハンドライトはすでに虫の息だった。
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