第2話
俺は人間ではない。狼男である。狼男は25歳、長くても30歳までしか生きられない。さらに満月の日しか子は宿らず、限られたチャンスは残り少なかった。
恋の駆け引きや恋愛などと悠長なことしている時間もない。これが俺の問題だった。
父さんは俺が2歳のときに亡くなっている。面影はほとんど残っていない。父さんを恨んではいないが母さんが苦労して俺を育ててくれたことを思い出すと父さんにもう少し生きてくれればと思うことがあった。
自分の子供にはそんな思いはさせたくない。
そう思い、高校卒業とともにおれは母さんに見送られ嫁探しに旅立った。
俺は今アパートの一室で一人暮らししている。外観は古いが内装はリフォームされた1DK。バイト先から帰宅し、シャワーを浴びベッドに入り目を
あれから2年。いまだ母さんによい報告はできていない。
うとうとしていると幼いころの懐かしい思い出が脳裏に浮かんだ。
(「なんでパパとけっこんしたの?」
「なぜだかは忘れちゃったわ」
「えー、ちゃんとおしえてよ」
「仕方ないわね、一狼も狼男として後悔のない人生を送ってほしいから少しだけよ」
「うんうん」
「お父さんとまだ恋人同士だったころデート中、急にいなくなったり夜電話しても出なかったり、とにかく不思議な行動が多かった。何か隠し事をしていることはわかったけど私から聞くことはしなかった。いつか彼の方から話してくれるのを待っていたの。ある晩、綺麗な満月の夜。彼は深刻な顔をして別れようと言ってきたわ。今まで順調だったのに突然。私に隠している何かが原因だと直感した。厳しく問い詰めると硬い表情をして彼は自分が狼男だと言って変身した。私は驚きのあまり固まってしまい言葉が出なかった。そんな私を見て彼はこう言ったわ。『君を傷つけたくない。狼男の人生は短く俺はあと持って数年だ。死に別れより今ここで別れた方がいい』って……私はその言葉を聞いて彼は心から私を愛してると感じられた。そしてこの人と最後まで一緒にいたいって思ったの」
「…………」
「よくわからないって顔してるわね。ちょっと難しかったかな。じゃあ、パパにも言っていない、結婚したもう一つの理由を教えるわ。それはわかりやすいから」
「うん、おしえてー」
「犬好きだったの。料理を作ってあげるとしっぽを振って食べている姿に癒されたわ」)
………
……
…
いつの間にか眠っていたみたいで肌寒く感じ目を覚ます。日はすっかり昇っており、冷たい空気が室内を覆っていた。俺は伸びをし、カーテンを開ける。
今日の夜は渋谷で嫁探しだ。
イベントで開放的になった女性と仲良くなりお持ち帰りする。ことと次第によっては満月の今日、子作り。既成事実を作って嫁にする。馬鹿な考えだとはわかっていたが、四宝麗香とうまくいかなかったことで俺の心はやさぐれていた。
渋谷へは仮装して出かける。といっても、どんな仮装がいいのか思いつかず結局狼男の仮装をすることにした。スーツを着て、毛を張り付けたグローブをし、顔に狼の口が描かれたマスクをする。
空が茜色に染まった渋谷。
まだ時間が早いため仮装している女性がちらほら。気後れしてても仕方ない。努めて明るく声をかけた。
「一緒に写真撮りませんかー?」
「いいですよー」
「一緒ついでにお茶でもしません?お腹空いてるならおごりますよ」
「ナンパは結構でーす」
あっけなく失敗。ほとんどこんな感じで声をかけた女性すべて失敗に終わった。
以外とガードが堅いな……俺の予想に反して、というより世の中そう簡単にはいかないということだろうか。
無情にも、とっぷりと日は暮れ空からは、ぽつぽつと俺の心情を表すかのように大粒の涙が地面を濡らし始めた。
帰ろう……沈み切った心に四宝麗香の顔が浮かぶ。彼女は今頃彼氏とハロウィンの夜を楽しんでいるのだろうか。諦めたはずなのに、まだ胸がキュッと締め付けられる。そんなことを考えていた時あの忘れられないにおいが俺の鼻をくすぐった。
あたりを見回すといつの間にか繁華街から人通りの少ない道に来ており、街灯の灯りから前方に2人のシルエットが浮かび上がった。1人は四宝麗香である。もう一人は男のようだった。ドキッとし、とっさに暗闇に身を隠した。しばらくして2人が通り過ぎる。
男は俺とは違いがっしりした体格でワイルドイケメンだった。しかし、男から危険なにおいがすると俺の嗅覚が教える。狼男の鼻は人間の性質をかぎ分ける。彼女が決めた相手で俺には関係ないことだったが、やはり気にはなる。
一応念のため後を追うことにした。
「あれ?なんでこんなところに?」
そこは街灯もなく人も車も通らない闇だけが支配しているような場所だった。2人はプレハブ小屋の前で立ち止まった。俺は草むらの中をゆっくり移動し、普通ではない聴覚で会話を拾う。
「のこのこついてくるなんて、相当サカってんな、おまえ」
「あなたもでしょ、うふふ」
「違いねぇ、おいみんなスゲーエロい女連れて来たぞ」
「えっ、みんなって……」
プレハブ小屋から9人の男が現れ、合計10人の男たちが彼女の周りを取り囲んだ。全員屈強な体格である。いやらしい目で彼女を舐め回すように見ていた。
「うひょー、チョー美人じゃん。マジで俺たち全員相手にしてくれんのかよ」
「俺はこの綺麗な顔をめちゃくちゃにしてやりてぇ」
男は彼氏ではない。いかにもヤバそうな連中だ。距離は20メートルほどあるがここからでも彼女の青ざめた表情がわかった。
「なんだぁ?急にだんまりしやがって今更逃げられねぇからな」
「おいおい、怖がってんじゃねぇか。おめぇらは顔が糞見たいに汚ねぇから、まず俺がこの女を従順にしてやっから待ってろ」
代表格っぽい、腕にトライバルタトゥーの入った男が彼女の前に一歩踏み出した。
(やばい、ぜったいにやばい。このままだと間違いなく四宝さんはあいつらの餌食だ。だけど、俺が行ったところで10人も相手に勝てるわけがない。1人でも無理だ。人を呼ぶか?いや、絶対間に合わない。くそっ、どうすれば……待て、彼女を助ける義理なんてないぞ。俺の誘いを断って、彼女はあいつを選んだんじゃないか!これは自業自得だ。)
雨は止み、葉にたたえた雫が光を反射していた。
「……」
俺はこぶしを握りしめ、そっとその場から離れた。
彼女の腕をつかんでニタニタと男がいやらしそうに笑う。
「い、いや、やめて……」
男は後ずさる彼女を無理やり引っ張りプレハブ小屋へ連れて行った。扉に手をかけた男が彼女から目を離した瞬間、俺はタックルし扉ごとプレハブ小屋の中へ押し込めた。
「四宝さん、にげるぞ!」
「えっ、誰!?」
そうだった、俺はまだ狼のマスクをしたままである。
俺は彼女の手を取り走りだそうとしたが
「おっと、そうはいかねぇ」
肩にバットを担いだ男と他2人が道をふさぐ。
後ろを振り返ると、ほかの男たちも道をふさいでいた。
「くっ…!」
背筋に冷たいものが流れる。
「へへへ、逃げられるとでも思ったのか」
ガリガリガリ……地面にバットをこすりつけながら男が近寄ってくる。
危険を感じ、プレハブ小屋の壁と俺の間に彼女を隠す。
俺の前に立ちどまり、バットを振り上げた。万事休す。思わず目を瞑る。
「おい、まて!」
プレハブ小屋に押し込めた男が口内に溜まった血を吐き捨て、その場を制し現れた。
バットは俺の目の前で止まっていた。
「一発で終わらすな。じっくりいたぶってやれ、女の前でな」
了解の意を示した男はバットを捨てると、軽くジャンプし全身の筋肉を弛緩するとシャドーボクシングを始めた。
「来いよ、狼男」
心臓は早鐘のように打っていた。
俺の背中には大切な女性がいる。一度は諦め、それでも諦めきれなかった女性『四宝麗香』。
後ろに視線を向けると彼女は震えていた。
「そうはいかない。お前に向かっていけば他の奴らが彼女を奪うんだろ」
俺は振り返り、壁に両手をついて彼女を守る姿勢をとった。
「なんだぁ、おまえ。単なるバカか。遅かれ早かれその女は俺たちのモンだ。そして、お前は半殺しだ」
男は詰め寄ると、俺の背中や脇腹に無数の拳を容赦なく浴びせた。ドンッ!バスンッ!!一発一発が重く、芯にまで突き刺さる。苦痛で顔がゆがむ。
彼女がこちらを見ていた。
「お、大槻君……!?」
マスクで顔の半分を隠していたのに彼女は気付いた。
「うぐっ……!四宝さん、絶対助けるから」
俺は夜空を見上げた。もう少しだ。
その時、右脇腹に激しい衝撃が走り真横に吹き飛ばされる。地面を滑りながら横たわった。
拳からケリに切り替えたらしい。
「いやぁぁあぁ、誰か助けてー!!」
彼女が悲鳴を上げた。
「その女を黙らせろ!」
代表格の男が命令する。
俺は体を起こすと近くにいた別の男に顔を蹴り上げられた。マスクがはずれ口から血が流れた。
また別の男に腹を蹴り込まれる。
仰向けになった俺は意識を失いかけていた。
「やめて、離して!」
男たちが彼女を捕まえていた。立ち上がりたいが力が入らない。息を吸うたび全身に強烈な痛みが走る。
俺はある賭けをしていた。彼女の手を取ってうまく逃げ出せなかった場合のことを考えて。
それは10人を相手に勝つため、できるだけ時間を稼ぐこと。葉の雫が光を反射しているのを見て月にかかる雲が晴れようとしているのがわかった。満月が現れれば狼男に変身できる。
そして今、天空は晴れ渡り黒雲は掻き消え
俺は賭けに勝ったのだ。
腫れあがった厚い
このまま満月を見続ければ変身が始まる…。正体はバレるが彼女は守れる。俺に迷いはなかった。
「お前の言うとおり俺は狼男だ。うおおぉぉぉおおぉぉ…!!」
血が細胞が体内で
「な、なんだこいつ!?」
異常な動きでのたうち回り、体内で
俺は四つん這いになり、全身の毛穴から銀色の毛がみるみる生えそろい、鋼のように月の光を反射する。足のかかとが伸び、弓なりに変形し、手足の爪が漆黒の刃へと染まっていった。鼻から顎のあたりまで前に突き出し、口が大きく裂けたかと思うとそれに沿って尖った牙が生えそろう。
負っていた傷はふさがり変身が完了した。
うぅぅうぅ……と声にならない呻きをあげると俺は後足で立ち上がった。
口から流れる液体は糸を引き地面にこぼれる。金色に光る肉食動物の目で男たちをとらえた。
「ひっ、化け物」
腰を抜かすもの、身構えるもの、俺は奴らを一瞬で殺すことができる。しかし、それはしない。狼男の存在はあくまでも隠し通す。
目ではとらえきれないほどのスピードで間合いを詰め軽く腹部に拳を入れ、男たち全員を気絶させた。
これでコイツらが狼男を見たと言ってもだれも信用しないだろう。
一瞬ですべてが片付き俺は彼女へ視線を向けた。その瞳に俺はどう映っているだろうか。彼女は手を口に当て立ちすくんでいる。それが答えだと理解した。
俺は背を向けると、何もない暗闇へと足を運んだ。
「待って」
彼女の声は聞こえたが足を止めることはしなかった。
しかし、彼女の謎の言葉が放たれると俺の後足は動きを止めた。
おかしい、どうやっても動かない。狼男の強靭な脚力であっても。
彼女の足音が近づき、俺の横を通り抜ける。あのいいにおいがふわっと俺の鼻をくすぐる。目の前に現れた彼女はとんがり帽子をかぶり黒のローブで身を包んでいた。ん?この姿!?
「私、魔女なの」
思いがけない言葉に目を見開く。
からかっているのか、いや、俺の足が動かないのは
「魔法!?」
思わず口にしていた。
「そうよ、大槻君。それにしても狼男だったなんて驚いたわ。2,3人程度なら何とかできたけど、さすがに10人相手の大魔法なんて私にはまだ無理だもの」
努めて明るい感じで答えていた彼女が急に畏まって照れた顔を見せると、「ありがとう」と小さな声で感謝された。彼女の眼は充血し、頬には涙のあとがある。それは先ほどまでの恐怖を物語っていた。
「あの、そろそろこの足動くようにしてくれないかな?」
「逃げないって約束してくれるならね」
俺は頭を縦に振ると彼女は俺の足にステッキを当て魔法を解除してくれた。
どうしてあんな奴と行動していたのか聞いてみると、秘薬作りに『欲望にまみれた人間のエキス』という素材が必要だったらしい。
今日はそんな人間がたくさんいるのでうってつけだったようだ。なるほど彼女の予定とはこのことだったのか。
倒れている男たちから魔法で少量ずつエキスを抜き取ると、俺たちはその場を後にした。
「ねぇ、私たちって周りから見たらどんな風に見えるかな?」
「えっ!?」
それってつまり……
「ハロウィンの仮装しているみたいに見えるよね。ここは渋谷じゃないけど、一緒に写真撮りましょ」
そう言って彼女は俺の腕に抱き着き、どこから出したのかインスタントカメラのシャッターを切った。
彼女は俺の毛深い頬にキスをした。
俺のしっぽは止まらず制御不能状態。母さん、近々いい報告ができるかもしれません。
彼女にかけられた恋の魔法は強力だ。
ハロウィンに乗じて まてりあ @materia
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