ハロウィンに乗じて
まてりあ
第1話
バイトが終わるとすぐには帰らず、バイト仲間と休憩室でお茶をしながらおしゃべりする。
それが俺のルーティンだった。
更衣室で私服に着替えた俺は休憩室に入るとドリップコーヒーを作り空いている席に座った。
コーヒーのにおいを堪能していると別のいいにおいが俺の嗅覚を刺激した。
「おつかれさま」
俺の後ろから横を通り抜け、気だるそうに現れた女性『
「おつかれー、セールの日だったから疲れたか?」
俺は疲れた表情の彼女を見て、ねぎらった。
彼女はバイト中邪魔にならないようポニーテイルにしていた長い髪をほどくと、左右に頭を振り手櫛で癖を直し始めた。
疲れからか、やや乱暴であったが、その姿はとても色っぽく俺と同じ20歳には見えない。私服はおしゃれで胸元が空いた黒のニットがセクシーである。彼女は男なら間違いなく振り返って声をかけたくなるほどの美人だった。
俺は少し緊張していた。
「少しね。新作のDVDも100円でレンタルできるんだから仕方ないかな。
「俺はいつものことだから大丈夫だよ。四宝さんは珍しいよね、セールの日にシフト入るの」
「ん?うん、そうね」
何かあるのかなぁと気になったが追及はしなかった。そのため会話が続かず途切れてしまう。普段彼女と入るシフトが違うためほとんど始めて会話する。他のバイト仲間の話によると人付き合いがあまりよくないらしい。
自分の話はしたがらず、聞いてもはぐらかされるそうだ。そんなわけでどこか謎めいた女性でもあった。
彼女は手帳を取り出し何かを記入する。そして、急須にお茶っぱを足しテーブルの上にある給湯器からお湯を入れると2回まわし自分専用のコップに注いだ。
やけどしないようにフーッフーッと息を吹きかけ、濡れた唇をコップにつけると動きを止め、また引き離した。
「なに?」
彼女は大きな瞳を俺に向けた。ずっと見ていたのが不快だったようである。
俺は焦って視線を中空に
「あ、そのよかったら明日のハロウィン一緒に遊ばないかなぁっと思って。渋谷で仮装して集まった人たちと写真を撮るイベントがあるんだよ」
やましい感じにならないよう誘ったつもりだったが、彼女はジト目になり不快感をあらわにした。
俺はある問題を抱えていて焦っていた。その問題を解決するため、彼女と仲良くなりハロウィンイベントを利用して、いっきに恋人関係になる計画をしていた。
しかし、仲良くなる前に言うのは失敗である。
後悔先に立たず……言ってしまったものは仕方がない。すぐに――「なんであなたと?」とか「ありえない!」と断られるものと思っていた。
しかし、彼女は返事に答えず、テーブルに手をついて前に乗り出し顔を近づけてきた。先ほどまでジト目だった目が、俺の目を覗き込んで何かを探っているような目に変わる。
「今まで気付かなかったけどとても興味深い目だわ……」
全く予期していない返事だった。普通の人なら誘いの答えとして何を言ってるんだ?と訝しむだろう。だが、俺は内心冷や汗をかいていた。俺の中に眠るもう一つの姿……。
「あ、ごめんなさい。変なこと言っちゃったね。その……大槻君とこうやって話すのほとんど初めてよね。いきなりふたりきりでっていうのはちょっと……。それに、その日は予定もあるから」
1本、1本見えていた彼女の長いまつげが遠ざかり、先ほどのぼんやりと見えていた距離まで戻る。
気付かれたのかと思ったがそうではなかったようだ。まぁ、目を見ただけで正体まで見破れるモノでもないのだが。
俺を傷つけないように予定があるといったのか、あるいは本当に予定があるのかわからないが誘いは断られた。もし本当に予定があるとしたら彼氏かもしれない。ハロウィンの夜に予定なんて。
お茶を飲み終えた彼女は席を立ちコップを洗うとお疲れさまと挨拶をし、休憩室から去って行った。俺はひとりになった。
『今まで気付かなかったけどとても興味深い目だわ……』という言葉を
明日は満月。その前日の夜ともなれば眠れる血が感情の変化で目覚めやすい。変身まで行かなくとも微妙な変化、例えば目の色が変わることもあるだろう。
彼女はそれを見たのかもしれない。
俺と接点があまりにも少ない。彼女が相手なら問題解決として最高だったが、諦めるしかない。
気持ちを落ち着けようと手にしたコーヒーカップが震えていた。
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