Ⅱ 潜入③
***
窓の
わざと
「いいもの見せてやるよ」
と
殺すつもりなら、わざわざ連れ出す必要もない。何が目的だろう。
「心配すんなって」
思考を先回りしたのか、イーディスはあっけらかんと言った。
「
ティルザは周囲を観察した。
馬車の
けれど、王宮にはゴッドアイとの連絡役としてベオが
「なあ、お前さ、いつ寝てんの?」
出し抜けの質問に、ティルザは顔を上げた。
「見張りの奴に聞いても、寝てるところを見たことないって報告受けてるんだが」
イーディスは
「僕の体、ほとんど
「へえ。
イーディスは軽く受け流し、「あんまり無理するなよ」と頭に手を置いた。
「ベオに聞いたけど、お前、
アジトに突入してきたイーディスの部下たちは、少女の姿をしたティルザに少なからず混乱した。その隙に乗じて、ティルザは何人かに手傷を負わせて逃亡を
「女の姿をしていたほうが、油断を誘いやすいですから」
「ま、本当の理由は、いざってときはお姉さんの身代わりに死ねるからってとこか」
言い当てられてティルザは鼻白む。
イーディスは茶化すように
「図星だろ。ほんと、美しき
「あいつのお前に対する入れ込みぶりは異常だろ。何をどうやったら、あんな病的なブラコンができ上がるんだ?」
ティルザの表情は
「おまじないですよ」
「は?」
イーディスは目を
「小さい頃、どっちかが泣きやまないと、どっちかがああやって
「話をすり替えようとしても
イーディスの
「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ。あいつの一番は自分じゃない。自分の命なんか二の次三の次、その気になればいつでも捨てるつもりだ。お前のためだけにな」
反論しかけたティルザを手で制し、イーディスは続けた。
「はったりかどうかなんて見れば分かる。
ティルザは
「……ま、そういう奴は
イーディスが
「姉さんは、実は僕のこと、そんなに好きじゃないんですよ」
「
「嘘じゃありません。あの人は、ああやって僕のこと
イーディスは興味深げな
「しかし、よくできた《まじない》だな。容姿を想像したとおりに
ティルザは
「先日の
「そ。ルシオラ・ハミルトン。王子様の元
「用意がいいですね。《まじない》の精度を高めるために、
「それはこっちの
腕組みしたイーディスは低く言い放つ。
「お前、わざと捕まったろ」
「……何のことでしょう」
ティルザは薄く笑った。イーディスは片手でその
「何が目的だ? ゴッドアイに
鋭い
「一方的な取引に応じるつもりはありませんよ。あなたの目的を先に教えてくれるなら、話は別ですけど」
イーディスは
「
ティルザは
「なあ、あれをどう思う?」
と言って、イーディスは閉ざされた窓の先を指さした。見えなくても、ティルザは何のことを聞かれているのか分かった――
「神の
イーディスは身を乗り出して問う。
「そう思わないか」
ティルザは目を細めた。
「……さあ。政治のことはよく分かりませんから」
「よく言うぜ。この国きっての開国派の
「父が死んだとき、僕十歳ですよ。開国だの
「ばーか。そこから五年
人さし指でティルザの額を
「お前たちは死にものぐるいで調べたはずだ。どうして父は殺されたのか。どうして母や自分たちは巻き込まれたのか。どうすれば追跡から逃げ
……そうでなきゃ今頃どっかで
馬車が一段と大きく跳ね、ティルザは座席を掴んで持ちこたえた。
――姉さんは、五年前の事件を忘れたがってる。
真実を知りたいという気持ちより、向き合うことへの
子どもの身で集められる情報は多くはなかったが、その中でも確かなことがある。その一つが、五年前の事件は組織的なものだということだ。
目の前のこの男が、親の
――ただ、姉さんは違うだろう。
知りたくないと思う一方で真実を強く欲し、
――姉さんは優しすぎるからな……。
思索に
「お前ら二人はさ、これからいろいろやらかしてくれそうで楽しみなんだよ。だから特別に連れてきてやったわけ」
やがて振動は
「そこまで言うなら教えてくださいよ。あなたの真の目的」
落ちつき払った様子でティルザは問う。
「どうせ僕たちを生かしておく気はないんでしょう?」
イーディスは思わず吹き出した。
「どうせ死ぬんだから全部教えろってか。やっぱ
わしゃわしゃと
「ま、いいさ。もともと
イーディスは窓の外を指した。
「
ティルザは絶句した。
空と海、気流と
失えば、この国は根底から揺らぐだろう。
イーディスは真っすぐな瞳で言った。
「ローランシアの秘宝の
――ローランシアの秘宝。
その言葉に打たれ、ティルザは
それは父の異名。
しかし、そもそもガリア商会と父ジャスティス・アストリッドは敵対関係にあったはず。イーディスがジャスティスの遺志を継ぐなどと言い出すのはおかしい。
ティルザは眉をひそめた。
「あなた方は
「お、さすがの弟君も読み切れなかったかー」
――違う。
――この人の動機は金でも、鎖国派からの依頼でもない。
――この人は自分の目的のために、アレクト王子を利用するつもりだ。
彼はアルメリアが
誘拐の真の目的は、アレクト王子を人質に
しかし、それでもなお残る一つの疑問を、ティルザは相手に投げかけた。
「なぜ開国を求めるんです? 外界に、金が
「さて、何でだろうな」
イーディスはのん気な口調で
「勝算はあるんですか。アレクト
「まあ見てなって」
馬車が
着いたな、と言ってイーディスは立ち上がる。
「俺たちがこの国に引きこもってから二百年、大陸の奴らが昼寝でもしてたと思うか? 航海術も造船技術も日に日に進歩してる。明日にでも異国の船が結界を破って流れつくとも限らない。そんな状況で《まじない》なんかに頼ってるほうが危険だって、何で分かんないかねえ」
身軽に馬車から飛び降り、ティルザは水のような空を見上げた。
「
小声で
「いにしえの言い伝えだな。まさに今の俺たちがそうさ」
遠く白鳥が一羽、
――確かに僕らがいるのは、
「着いたぞ。ここだ」
開けろとイーディスが
そのほとんどを
「これが俺たちの船だ」
――船。
そう、それは単純に船と言ってのけられないほど
それは光だった。希望の
「この船で、俺たちは外の世界に行く」
見える。
どうしてかは分からない。けれど、この船を
「な、いいもんだろ」
イーディスが
きっと、この男はやり
「名前」
「ん?」
「船の名前は」
その船はゆりかごの中で
イーディスは会心の
「メメント・モリ」
と。
ローランシアの秘宝を継ぎし者 往け、世界はこの手の中に 橘むつみ/角川ビーンズ文庫 @beans
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