第3話


「――――。――――い」

「(おい、呼ばれてるぞ)」


 窓の外を見ていると、隣のイケメンから肩を叩かれた。教師の方を見ると、確かに僕を指しているようだ。

 黒板を見れば、今日の授業範囲である英文が並べられていた。


 その中に、幾つか「?」で記された部分がある。


 どうやら、これを僕に解かせたいようだった。椅子から立って――そういえば、今日初めてだった――答えた。


「聞いてませんでした」


 子供の頃から教わってきた――嘘はダメだと。僕は素直にそれを習っただけだ。




――なぜか叱られた。酷い教師だ。僕は親の言いつけを守る良い子なのに。



 * * * * * * * * * * * * *




 4時限目という節目の授業を終えると、今度は正真正銘の喧騒が舞い降りる。僕の通う高校は売店だ。もう一度言う――――売店だ。


「パンくれえぇぇぇぇ!!」

「おばちゃん!この弁当1つ!」

「どけお前らああぁぁ!!」


 エトセトラ、エトセトラ。彼等彼女等の何がそんなにも食べ物を求めているのかは分からないが、この光景を見ていると僕達人間も動物なのだと実感出来る。


「そうね。私たちも食欲には勝てないということね」

「・・・・そうだね。さて、君はいつ僕の隣に来たのかな?」

「あら、気付かなかったの?そうねー、今かな」


 彼女は澄ました笑顔でそう言い切った。けれど知っている。彼女は授業が終わる鐘が鳴った直後には僕の隣に居た。どうやってか?知らないな。

 それを知るのは僕が仙人に成る必要があるかもしれない。生命の神秘は今も尚分からないことだらけだからね。


「何を1人で考えてるの?」

「僕はついに1人で考えることさえも許されないのかい?」

「私のことなら良いんだよ?」

「そうだね。じゃあ、これからはどうやって君を法廷に立たせられるか考えないと」

「頑張ってね」


 そう言いながらも、彼女は楽しそうに微笑んでいる。彼女と居ると、調子が狂う。僕は1人で食事を取っていたはずだ。なのになんで、隣には彼女がいるのだろうか。

 まったく以って不思議だ。


「そうね。でもやっぱり人間っていうのは神秘の存在なんだよ」


 彼女は僕の心が読めるらしい。それはもう幾度にも渡る会話からしっかりと証明されている。良かったね、これで今日から君も実験媒体へと昇格だよ。

 

 ポン、と僕の頭から擬音が鳴った気がした。と、同時に視界が79度ほど傾いていた。感じるのは柔らかい肌の感触と、髪を上下に撫でられる感覚。

 聞こえるのは周囲からの黄色い悲鳴と嫉妬の殺意だろうか。


「どうしたのかな?君は僕を虐めて何か楽しいのかい?」

「嫌だったら君は拒むもの。大丈夫よ、私は君を虐めてる訳じゃない」

「確かにそうだろうけど、時と場所を考える必要性を僕は強く感じるよ」

「そうなの?じゃあ、放課後に私の部屋でなら大丈夫?」

「それの方がダメだと思うよ」


 結局のところ、僕に逃げ道は無い。彼女の力はそこまで強く無いが、運動なんてまったくしない僕を押さえつけるくらいの力ならある。

 それに、僕自身が抵抗していないのだから意味が無い。


 彼女の言う通り、嫌じゃないようだ。


「そういえば、次の定期テストはどうなりそう?」

「僕は今まで通りの順位を維持出来れば良いよ」

「私も君を越せるくらいの頭脳が欲しいよ」

「よくいう」


 運動が出来て、勉強も出来て、しかも飛びっきりの美少女。おまけに優しいときたら完璧過ぎると思う。それ以上を望むのは、世界中に戦争を売ってるんだと思う。


「なら、私の次は神様に戦争仕掛けないとだね」


 きっと人類は彼女を女神と崇めるようになると思う。


「ふふっ」


 ほら、優しく彼女が笑うとその声が頭の中に響く。木霊するように優しい声と、心地良い肌触りの手の温もりを確かに感じて、僕をまどろみへと導く。

 だんだんと瞼は落ちてきて、暗い空間の先に本の王国があった。躊躇う理由も無く、僕はそこへと進んで行く。


「おやすみ、私だけの君」


 

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