第121話 生徒との新年

夕葵


「……………ん」


 カーテンの隙間から朝日がこぼれ出ている。

 重い瞼を開いて顔の向きを変えてサイドテーブルに置いた時計を見れば、朝七時の文字が見える。

 いつの間に寝てしまったのだろうか。せっかくの年明けをみんなで過ごしていたというのに覚えていないなんて一体何のために集まったのか。


 髪も束ねずに眠ってしまったので、髪も乱れている。


 ――トランプをしていて……何かしてしまったような。


 寝起きの頭はあまり働いていない。

 今日はみんなで初詣に行って解散ということになっている。

 家にお婆様を一人にしてしまっているので、家のことをすべて任せてしまっているので帰ったら私も手伝いをしないと。


 隣では涼香がまだ寝息を立てている。ほかのみんなもまだ寝ているようだった。布団を跨いで眠ってしまっていたり、誰も布団を被っていない当たり、昨日は寝落ちしてしまったのだろう。


 私はカバンの中からタオルや歯ブラシ、化粧品を取り出すと洗面台を借りるためにリビングを出てお風呂場につながる洗面台兼、脱衣所の扉を開けた。


「お、起きたか」

「……………」


 何時も先生の事を考えている所為か、幻覚でも見てしまっているのだろうか。

 洗面台では高城先生が鏡を見ながら首筋を撫でていた。

 雰囲気からして先生もまだ起きたばかりのようだった。


「みんな起きてる?」

「いえ……」

「昨日は遅くまで起きていたからな」


 先生は笑いながら私と入れ違いに洗面所から出ていく。

 いつから帰っていらしていたのだろうか。


「俺は朝食の準備をするから」

「あ、あのお手伝いします」

「大丈夫。ゆっくりしてて」


 先生に何かさせて私だけ何もしていないというのは少し抵抗がある。けれど、「夕葵はお客さんなんだから」といわれるとそれ以上何も言うことはできなかった。


「……あの先生」

「ん?」

「首、痛められたんですか?」


 私は先生は首筋に貼っている肌色の湿布を見て尋ねた。


「……ちょっと寝違えたみたいだ。しばらくすれば治る」

「そうですか」

「あ、それと、新年あけましておめでとう」

「明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします」


 しまった。

 新年なのに寝起きのみっともないところを見せてしまった。

 それに、新年の挨拶を先生から言わせてしまうなんて……まだ私は先生と朝からあったことに動揺しているようだった。


 ――けれど、新年最初に話せた人が先生っていうのは嬉しいな。


 新年早々幸先いい。



 時は夕葵と洗面所と鉢合わせになる15分ほど前に遡る。


 俺は新年もいつもの時間に目が覚めた。

 休日ならばもうひと眠りと行きたいところだが今日はそうはいかない。


 俺は眠っている歩波たちを起こさないようにそっと起き上がる。


 そう俺はこの子たちの寝ているリビングで寝ていたのだ。


 もちろん、俺がこの状況を望んだわけではない。

 酔っぱらったこの子たちがなかなか俺を開放してくれなかったのだ。

 最終的には俺は風呂に入ることもできずに朝までほぼ徹夜で過ごす羽目になった。


 そしてほんの15分ほど前に事件は起きた。

 チクッとした小さな痛みで俺は目が覚めた。

 大した力ではなかったのだが、酒も入っていたこともありうとうとと微睡み目を閉じていた俺は虫にでも刺されたのかと思った。


 洗面台へ確認に行くとくっきりと痕が残っていた。


 何かが俺の首筋を刺したのかと思い確認してみると内出血のような痣ができていた。


 俺はそれが何なのかすぐに察しがついた。

 寝ぼけていたのかもしれないが、俺はまたあの子たちにしてやられてしまっていた。

 こんなものを見られた時には確実に誤解される。

 どうすべきかしばらく悩んだ俺はリビングから救急箱を取り出し、中にあった肌色の湿布を取り出した。


 そして、貼れたのを確認した時にちょうど夕葵が起きてきた。ギリギリだったな。

 とりあえず、湿布をさらして歩くのは些か格好がつかない。首筋を隠せるようなハイネックの服を景士さんから借りよう。


 ……

 ………

 …………


「兄さんがハイネックの服を着てるなんて珍しいね」


 朝食の準備が終わり、夕葵に全員を起こしてもらう。

 その時のみんなの顔をは俺と洗面所で鉢合わせたときの夕葵とのリアクションによく似ていた。


 新年の挨拶もそこそこに朝食の席についてから歩波がいきなり核心をついてきた。


「そうか?」


 動揺は悟られないように素知らぬふりをする。


「首を絞められるみたいな感覚が苦手だって言ってなかった?」

「今日は寒いからな、ここに置いてある服だと寒かったから景士さんから借りた」


 俺と景士さんはさほど体型に変わりはない。

 人の物を勝手に借りるのはどうかと思うのだが、家族ということで見逃してほしい。

 俺は自分で作った雑煮を食べ終える。


 使った食器は夕葵たちが引き受けてくれるということで任せることにした。

 食器を片付け終えると全員が帰宅の準備を始めていた。それぞれ家での予定があるらしく午前中には解散するそうだ。

 俺も本当は昨日は少し様子を見るだけで帰ろうと思っていたのだが、結局は泊まるしかなかった。


「家に帰るついでにみんなで初詣に行かない?」

「そうだな」


 涼香が全員での初詣を提案し、みんなはそれに乗り気だ。


「兄さんは行かないの?」

「ん―……昨日行ったしな」

「初詣なんだから何度行っても悪いことはないって」


 歩波は俺の同行を勧める。

 こいつの思惑は読めてはいる。


「同行しても何も買ってやらないからな」

「ちっ」


 ほら見ろ。俺から屋台でたかろうとしていたんだろう。

 俺は寝正月を満喫させてもらおう。


「でも、歩波さんが大変かもしれないです」


 カレンが心配そうに話す。


「何が?」

「えっと……これなんですけど」


 カレンは俺に自分のスマホのあるページを見せた。


「………これ歩波か?」


 ページに視線を落とし俺は思わず息をのんだ。

 そこには1月から始まるアニメの主演声優が顔出しで映っていた。

 写っている歩波は普段俺が見ているものとは別人だった。


「……最近の写真加工技術はすごいな」

「どーゆー意味よ!!」


 いや、やっぱりプロのカメラマンはすごい。

 被写体がこんなに残念でもここまで美人に写すなんて。


「それで、これが?」

「あの、このページは冬休みになってから公開されたんですけど、SNSでトレンドになっった影響で歩波さんは結構な人に顔が知られていまして」


 つまり、こいつは結構な有名人となってしまったということだろうか。


「そうなのか?」

「ま、渉くんほどじゃないけど。町で声かけられたこともあるかな」


 俺は半目でドヤ顔をしている馬鹿を見る。


「初詣みたいにたくさんの人が集まるところになると色々大変かもしれません」


 確かに、有名になれば特権もあるだろうがいろいろと危険な目に合う。特にプライベートなんて蹂躙され放題だろう。10代でまだ世間知らずの高校生だ。冬休み明けの学校ではいったいどうなるんだろうか。


「……わかったよ。準備するからちょっと待ってろ」


 俺は結局、もう一度初詣に向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺にキスをしたのはだれ? ユキチ @yuki10523

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ