第三話:手袋をしている理由と、シードとの因縁(前編)

   ☆★☆   


 ――十年前。

 とある少女は、とある町にいた。

 当時四歳だった少女の名前は『ウェンディ』といい、両親と共に日々楽しく過ごしていた。


「それじゃあ、フィーのことをお願いね」

「まかせて! ウェン、おねえちゃんだもん」


 まだ幼い妹の面倒を見ていた母親を手伝うかのように、ウェンディは妹の面倒を引き受ける。

 母親が火の前から目を離せない時など、手が放せない時はいつもウェンディが妹の世話を引き受けていたので、母親の方も特に気にすることはなかった。


 一年経ち、五歳になったウェンディはいつも通り、妹であるフィーの相手をしていた。


「ねーね!」

「フィー」


 一年もすれば、フィーもウェンディを自身の姉として認識し、「ねーね」と呼びながら寄ってくる。


「あー、ダメ。来ちゃダメだって。汚れちゃうから」


 今の自分は友人たちと外で遊んできたばかりで、服もそれなりに汚れていた。

 だから、ウェンディはフィーを制止したが、フィーにしてみれば、何故ウェンディがそんなことを言うのかが分からなかった。


「お母さん! フィーがぁっ!」


 自分だけじゃ無理だと判断したウェンディが慌てて母親を呼べば、何事かと母親がやってくる。


「フィーが汚れちゃうのに止まらないの!」


 すぐさま状況を把握した母親は、苦笑してウェンディに近づく前に、フィーを抱き抱える。


「本当に、フィーはねーねが好きだよねぇ」

「うん、しゅき!」


 満面の笑みを浮かべるフィーに、母親と目配せしたウェンディが一度着替えるために、早々にその場を立ち去った。


 でも、そんな平和な時間は、ある日を境に崩壊した。


「なに、これ……」


 街の一部では火事が起き、一部の武装した男たちが街中を歩き回っている。


「っ、お母さん! フィー!」


 しばしその場でぼんやりとしていたウェンディがハッとし、慌てて自宅へと向かう。


「……め、だ。駄目だ駄目だ駄目だ!」


 そこに居たのは、母親と妹ではなく、見知らぬ男たちで、ウェンディの叫びに気付いたかのように、ゆっくりと振り返る。

 そして、ウェンディが心配していた二人といえば、二人は男たちの元で血を流しながら、ぐったりと倒れていた。


「お前ら、二人に何をした!」

「何だ。子供ガキか」


 興味を失ったかのように、一人の男がウェンディへそう告げる。


「っ、」


 だが、まだ幼いウェンディが怯まないはずもなく、少しばかり後退あとずさりする。


「っ、二人に、何をしたの……!」

「怯えはしても、逃げないのか」


 改めて問うウェンディに、男は面白そうに口角を浮かべると、一瞬のうちに彼女との間に空いていた距離を詰める。


「来い」


 その一言と共にぐい、と左手首を掴まれたウェンディは、そのまま男に引っ張られていく。


「ちょっ、痛い! 離せ! 離せえっ!」


 この時、ウェンディは気付かなかったが、同じように男たちに引っ張られていたまだ幼い子供に、彼女よりも年上の少年や少女たちも居た。

 そして、男たちがウェンディたち子供を連れてきた場所は――


「ウギャァァァァアアアア!!!!」

「痛いいいい!!!!」


 何ヵ所かに分けられながらも、列になっていたその場所の先の方からは、阿鼻叫喚――悲鳴が聞こえてくる。


「お前らっ! 一体、何してるんだよ! こんなの虐待だぞ!」

「きゃんきゃんとえるな。それにしても、子供ガキのくせに随分と難しい言葉を知っているんだな」

「どうでも良いことだろ! いいから、こっちの質問に――」

「ああ、答えてやる」


 いつのまに、列の先頭に来ていたのだろうか。

 ずっとウェンディの手首を握っていた男が笑みを浮かべ、列の先頭にあった小さな台の上にウェンディの左手を置く。

 次の瞬間――


「ウギャアアアアッ!!!!」


 その場に悲鳴が響き渡る。

 何をされたのかなんて、見れば分かる。魔法陣の焼印やきいんされたのだ。


「あ、あ……」


 熱さや痛さで涙が止まらないが、身体に捺された者たちと比べたら、手に焼印を捺されたウェンディはまだマシな方だろう。身体に捺された者たちは――まあ、当たり前ではあるが――その場で泣き叫んだり、うずくまったり、失神したりしていた。


「――これが答えだよ。クソガキ」


 まるで見下すかのように、淡々と男は告げる。


「答え、に、なって、ない……!」

「そうか。だが、お前はそのことを知ってどうするつもりだ? お前のようなガキに、どうすることも出来ないだろうが」


 それは正論だったし、現に左手の甲に捺された魔法陣やきいんが全てを物語っている。


「っ、く……」


 こぼれそうになる涙を堪えながら、反論できずにいるウェンディに、男は冷たい視線を向ける。


「悔しければ、非力な自分を恨め。家族を守ることすら、助けることすら出来なかった自分を恨め。ただひたすらに、な」


 まるで、弱者は強者に搾取されて当たり前だとでも言いたげな男に、ウェンディは睨み付ける。


「……この魔法陣は何だ」

「さぁな。だが、たとえ、その陣が何かを知ったところで、非力な今のお前に何が出来る?」


 またしても、見下すかのような視線を、男はウェンディへと向ける。


「……っ、」


 そして、ウェンディも憎悪のこもった目で男を見返すが、やはり男には効果がなく、興味を失ったかのようにその場から去っていく。


 ――痛い痛い。心も身体も。


 何で、自分や家族、友人たちがこんな目に遭わないといけない?

 彼らに対して、この町の人たちが何かやったとでも言うのか。


 そんな質疑応答をしながらも、幼いウェンディに答えが出せるはずもなく、ただ一つだけ、記憶に植え付けるかのようにして、必死に覚えた。男の背にあった――男たちが来ていた服の背中部分にあった『SEED』の四文字を。


   ☆★☆   


 あれから、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。


 ウェンディたちのような、謎の魔法陣を焼き付けられた者。

 暴力や凶刃に倒れ、命を落とした者。

 ただ、ぼんやりと我が家の惨状を眺める者。


 大まかにこの町の人々を分けたら、こんな感じになるのだろう。


「ウェンディちゃん」


 よく一緒に遊んでいた女の子が声を掛けてくる。


「あのね、これ……気休めにしかならないかもって、お母さんが言っていたんだけど……」


 女の子が差し出したのは、一つの手袋。

 お母さんが言っていた、ということは、彼女の母親は――傷の有無は不明だが――無事らしい。


「……ありがと」


 かろうじてお礼を口にするが、一体この手袋をどうしろと言うのか。

 いや、手に着けるべき物なのは、ウェンディも分かっている。分かっているが――そんなの、気休めにしかならないし、負ったものはずっとそこにあり続けるのだから、視界から遮ることが出来たとしても、痛みもまたそこにあり続ける。


 「……」


 ウェンディはずっと手袋を見つめていた。

 どれだけそうしていたのかは分からないが、空腹にも気づかないほどに、彼女はじっと渡された手袋を見つめていた。


「……お母さん、フィー」


 今まで楽しかった日々を思い出す。

 それなのに、続くと思われていた日々が奪われて。


「……っく」


 『弱い』と言われたのに、何も反論できなくて。

 今だって、こうして涙が落ちていくのを見ていることしか――泣くことしか、出来ずにいる。


「つよ、く……強く、ならなきゃ」


 手や腕で涙をぬぐい、そう告げる。

 そして、弱いと言ったあの男を見返してやるのだと、ウェンディはそう決めた。


「強くなってやる。そして、あいつらを絶対にぶっ飛ばしてやる」


 そのためにも、まずはこの空腹をどうにかしなければならない。

 ウェンディに手袋を渡してきた女の子が教えてくれた炊き出しをやっている所まで向かうべく、何とか歩みを進めていく。


「――」

「――」


 そんなタイミングで、路地への入り口となる通路で、壁にもたれ掛かるようにしてこちらを見ていた男の子と目が合ったような感覚を、ウェンディにはあった。

 彼に声を掛けるべきか否か。

 迷いはしながらも、ウェンディは声を掛けた。


「……君は、炊き出しに行かないの?」

「……」


 ウェンディの問いに男の子は無言だったが、その陰に隠されるようにしていた右手には、彼女と同じ魔法陣の焼印があった。


「……これ、多分気休めにしかならないと思うけど、無いよりはマシだろうから」


 ウェンディに差し出された片方だけの手袋を、男の子はじっと見つめる。


「いらないなら、別にいいんだけど」

「……ううん、ありがとう」


 片方だけの手袋を受け取ると、男の子は早速右手にめてみせる。


「本当に気休めだね」


 手袋を嵌めた自身の手を見つめ、そう告げる男の子に、ウェンディは目を逸らす。


「……それじゃ、私はもう行くから」

「手袋、ありがとう」

「気にしないで」


 そう言葉を交わした後、ウェンディは再度炊き出しが行われている場所に向かって歩き出す。

 時折、自身の左手に嵌められた手袋に目を向けながら――……


   ☆★☆   


「まあそんなわけで、簡単に言うのなら、この手袋はその当時、奴らの被害者だったことを示すためのものだってこと」


 いつ頃からその手袋等がシードの侵略による被害者――手や身体に傷を負った者たちが付ける物となったのかは、ウェンディもアースも知らないが、それを身に着けている者が多ければ多いほど、シードの被害者が多いということを示されるようになってしまった。


「なるほどねぇ……それで、アースは?」

「ん?」

「手袋してる理由だよ」


 アリスの問いに一瞬不思議そうに返すものの、どうやら誤魔化されてはくれないらしく、早く話せとばかりに、視線が向けられる。


「今、ウェンディが話したように、俺のもシードの奴らにされた焼印やきいんがあるから、それを隠すために、配られた手袋をしてるだけだよ」

「片方だけ?」

「前にも言ったと思うが、気づいたら無くなってたんだから、仕方ないだろ」


 追及の手を緩めるつもりはないらしいアリスに、アースはそう返す。


「……つまんない」

「つまんないって、そもそも、何を期待してたんだ。お前は……」

「だって、二人の片方ずつだし、もしかしたら、二人の手袋でワンセットとかだと良いなぁ、って思ったんだもん」


 アリスの言葉に、ウェンディとアースは互いの顔を見合わせる。


「それは……多分、無いかな」

「無いの? 少しの可能性も? 本当に?」


 しつこいぐらいの確認とどこか期待混じりの視線に、ウェンディの顔が引きつる。


「違うと思うよ? ……多分」


 確証はないが、あの時の少年と、今この場にいるアースは雰囲気が違う。

 あれから数年経っているので、変わっていてもおかしくはないし、そもそもあの時に会って以来――覚えているのも不思議ではあるが――、ウェンディは彼と顔を合わせていないので、アースが当時の彼ではないかと言われたところで、断言できないのである。


「むー……それでも、絶対にどこかで会ってるとは思うんだよ」

「根拠は?」

「だから、その手袋だよ。シードの被害者たちが、被害者だと示す物だとは言われてるけど、それは地域によって、色や入ってる模様とか微妙に違う」


 でも、とアリスは続ける。


「色も模様も、少しの差異も無いぐらいに二人の手袋は一緒だし、もし本当に片方無くしたんだとしても、さっき言った色も模様も一緒ってことは、少なくとも同じ町に居たってことだよ」


 そう結論付けたアリスの言葉に、その場が静まり返る。


「ねぇ、アース。ウェンディが気付いていなくても、貴方は気付いているし、知っているよね?」


 今、自分がしている手袋を、一体どういう経緯で手に入れたのかを――


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魔法騎士たちの旅路【第一部ーⅠ】 夕闇 夜桜 @11011700

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