第二話:寮部屋の中にて


 トーラがウェンディの、アリスがアースのパートナーに付き、一週間が過ぎようとしていた。


「ねぇねぇ、気付いてからずっと気になってたんだけどさ」


 アリスが口を開く。


「二人とも似たような手袋してるけど、もしかして同じやつ?」


 軽く首を傾げるアリスに、二人は自分たちの手袋を見た後、互いの手袋に目を向ける。


「今は片方しか無いから、何とも言えないな」


 そう、二人ともその手にあるのは片方だけなのだ。


「何で、もう片方はしないの?」

「いろいろとやりにくいから。その辺はもう慣れだろうけど、今からする気は無い」


 淡々とウェンディが答えていく。


「アースは?」

「はっきり言って、外したらそのまま無くした」


 何とも言えない目を向けられ、こんな理由で悪かったな、とアースが返す。


「手袋をしてる理由、聞いていい?」

「二人に話せるほど、良い話でも無いんだけど」


 アリスが二人に尋ねれば、ウェンディがそう返す。

 特にウェンディ側の理由は、あまり他人に話せるような内容でもないし、トーラやアリスのような子供に聞かせるような話でもない。


「分かったら、この話はこれで終わり」

「あれ、どっか行くの?」


 立ち上がるウェンディに、アースが聞けば、彼女は「野暮用」と言って、さっさとこの場を離れていった。


「トーラは追わないのか?」

「大体行き先は予想できてるし」


 アースの問いに、トーラは返す。


「なーんか、二人とも似た者同士な気がする」

「だな」


 アリスの言葉に、アースは同意した。


   ☆★☆   


「それでさぁ、どう見るわけよ。トーラ君よ」

「何のことだ」


 教室への帰り道、アリスはトーラに尋ねてみるが、問い返される。


「やだなぁ。分かってるくせに」

「もし仮にそうだったとしても、俺たちにはどうすることも出来ない」


 今はあの二人の方が上級生だし、本人たちに話す気が無い以上、無理に聞き出すことは出来ない。


「けどさぁ、あんたと似たような性格だし、聞けば何だかんだで彼女・・は教えてくれそうだけど?」

「お前らは部屋が別だからいいかもしれんが、こっちは同じ空間にいる以上、気まずい空気になるんだが」


 それは勘弁してくれ、とトーラは言う。


「それでもさ。多分、最終的な私たちの目的はみんな一緒だと思うよ」


 ウェンディとアースのしていた片方しかない手袋に、トーラとアリスには見覚えがあった。


「それを確認し、協力するためにも、話を聞く必要があるよね」


 アリスの言葉に、トーラは顔を顰めた。


「どこで聞くつもりだ? 校内でおいそれと話せる内容でもないだろ」

「そんなの寮しかないじゃん。いくらペアでプライベートまで一緒に生活しろと言われているとはいえ、自分たちの寮に戻ったらダメだなんて言われてないし」


 理事長からの指示の揚げ足を取るアリスに、トーラも確かにな、と言いつつ、それに、と続ける。


「寮部屋に着けば、そこからプライベートだし、言われたことは守ることになるよな?」

「怖っ。あんたの発想の方が、私よりも揚げ足を取りまくってる気がするんだけど」


 トーラの言葉に、アリスはぎょっとする。

 すでに二人は初等部棟に入っており、そのまま自分たちの教室へと向かう。


「じゃあ、また後でね。トーラ君・・・・

「……ああ」


 ひらひらと可愛らしくアリスが言えば、よくあそこまで演技できるものだ、と思いつつ、トーラは返事をし、彼女と教室の前で別れる。

 なお、先程のアリスの言葉遣いは、初等部の教師の中には作法にうるさい者がいるから、それに注意しての言い方だったのだろう。


「よぉ、今日も中等部に行ってたのかぁ?」


 自分の席に着けば、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、一人の男子が近づいてくる。


「そうだけど?」


 事実なので、否定はしない。


「しかも、女子と一緒に」


 馬鹿にしたように笑う男子とその取り巻きに、女子というのはアリスあいつのことか、とトーラは思う。


「別に良いだろ。目的地が一緒なんだから」


 もし仮に、あの二人が別クラスだったとしても、教室の前までは一緒に行ったことだろう。


「ぐっ」


 ペアになって一週間も経つのに、トーラは彼らから似たような質問しか聞いてない。


「そ、そういえば、お前が世話されているのは、学校破りらしいな!」


 それに、トーラはぴくりと反応するが、相手はすぐに気付いたらしい。


「その反応、もしかして知らなかったのか?」


 再び馬鹿にしたように笑う彼らに、トーラは内心舌打ちした。

 自分たちがペアになるという話で上書きされたと思っていたから、正直言って、油断していた。

 ペアになって一週間は経ったが、ウェンディがこの学校に来て、まだ一ヶ月も経ってないのだ。


「いや、知ってたが、何でペアの俺が知らないと思った?」


 寮部屋まで一緒にいる以上、ウェンディの性格や好みなどはいやでも知ることになるし、彼女が学校破りだということはペアを組む際に理事長からは少しはぐらかされ、アースには「少し落ち着いてきたから、頭の隅にでも置いておけ」と言いながら教えられた。


「ふ、ふん! どうせ噂かなんかで知ったんだろ?」


(ああ、その手もあったか)


 トーラは思う。

 確か、それっぽい話を女子が主にしていたはずだ。

 トーラが以前の出来事を思い出していれば、予鈴のチャイムが鳴り、それを聞いた男子たちは「チャイムに助けられたな!」と言いながら席に着く。

 そんな男子たちをクラスメイトたちが生暖かい目を向けていたのだが、本人たちは気付いていない。

 トーラは小さく息を吐き、窓の外に目を向けた。


   ☆★☆   


「よし、一緒に帰ろう!」


 ばーん! というテロップが出そうな登場の仕方をしたアリスに、ウェンディたちのクラスメイトたちは微笑ましそうな目を向ける。

 きっと、知り合いのお兄ちゃんたちに懐く女の子というイメージなのだろう。


「君も大変だね」


 アリスの後ろから来たトーラに気付いたウェンディが声を掛ける。


「正直、代わってほしい……」


 声から分かるそのトーンに、初等部の方で何かあったのだろう。


「朝までは、アースに押しつけとけばいいよ」

「おい、今何か不穏な言葉が聞こえたんが」


 ウェンディの言葉に、アースが反応する。

 ちなみに、四人になってから、不思議に思ったらしいアリスの指摘もあり、ウェンディは彼らを名前で呼ぶようになった。


「気のせい、気のせい」


 微妙にだが、ウェンディの言葉遣いも変わりつつある。


「んー……あのさぁ、手袋さ。二人はもう片方もあるって言ってたけど、アースとウェンディので一つじゃない?」

「ん? だとすれば、俺たちの持つ片方は何なんだ?」

「さぁ? さすがに、そこまでは分からないよ」


 だが、ウェンディとアースがしている手袋は同じものではないかと告げるアリスに、アースが問い返せば、彼女は首を傾げる。


「手袋の件はともかく、帰るなら早く帰ろう。話はそれからでもいいでしょ」


 ウェンディの言葉に同意しつつ、顔を見合わせ頷いたトーラとアリスは、それなら、と二人を自分たちがいた寮部屋に連れていくことを決め、トーラが切り出す。


「なら、先に寄りたいところがある」

「寄りたいところ?」

「私たちが前に居た寮部屋だよ」


 ああ、と二人は頷く。

 ウェンディたちとペアになり、プライベートまで一緒に過ごすようになるまで、トーラたちは初等部寮にいたのだ。


「それにしても、初等部とか懐かしいな。今でも二人部屋なのか?」

「うん。まあ、私とトーラが一緒だったけど」


 この前編入したウェンディと違い、初等部の時からアースは魔法騎士養成学校にいたから、当然初等部寮については知っているのだろう。


「それで、用件は?」


 二人が使っていたという寮部屋に入ったことで、久々の初等部寮で懐かしんでいたアースを余所に、ウェンディは尋ねる。


「うん、こっちなら話してくれると思って」

「話してくれるって……」


 そのつもりだったのか、とウェンディたちはトーラたちを見る。


「ねぇ、ペアだからと、何でも聞いたら答えると思ってるなら、その考えはめた方がいい。誰だって、話せないことはあるんだから」

「それは、こっちも分かってる。けど、その手袋が俺たちの考えや思ってることと同じで、最終的な目的が同じなら、協力してもいいんじゃないのか、と思ったんだ」

「最終的な目的、ね」


 トーラの言葉をウェンディが復唱する。


「悪いけど、手袋をしているのは、そう簡単に他人に話せるような経緯じゃないから」

「俺も似たようなものだから……悪いな、二人とも」


 話がそれだけなら、と今にも部屋を出ていきそうなウェンディとアースに、アリスはどうするの、とトーラに目を向けるも、彼は何も言わず、俯いていた。

 ウェンディのように返されてしまえば、どうやって聞き出せばいいのか分からない。今の・・自分たちは初等部所属で、ウェンディたちは中等部所属だが、いくら理事長命令でプライベートまで一緒にいるとはいえ、これ以上突っついて空気が悪くなるのだけは避けたい。

 仮に、こっちの情報を与えるにしても、二人の手袋をしている理由と釣り合うかどうかも分からない。


(分からないことだらけだな)


 トーラは溜め息を吐いた。


「お願いだから、もう少しだけここに居てよ」


 アリスが必死に二人を止めているが、やはり体格差というものがあるためか、そろそろ限界らしい。

 彼女の視線は、時折トーラにも向けられているが、策を考えているらしく、目を閉じている彼には届かなかった。


「っ、トーラ!」


 彼の名前を呼ぶアリスの声が届いたのか、そのタイミングでトーラが目を開く。


「――なら、俺たちも『シード』を壊滅させるつもりだと言ったら、話してもらえるか?」


 その問いに、ウェンディの動きは止まり、アースとアリスは双方違う意味での驚きの表情をトーラに向ける。


「……『シード』って……」


 アースがぽつりと呟く。


「ちょっ、正気!?」


 小声で詰め寄るという器用なことをしながら、アリスは尋ねる。

 だが、トーラはウェンディから目を外さない。

 唯一、彼女だけは何の行動を起こしてないのだから。


「……」

「……」

「……」

「……」


 トーラからの視線を受け、振り返ったウェンディと彼の視線が無言で交わる。

 そのかん、アースとアリスは気まずい空気の中で、視線を交わす二人を見ていた。


「……はぁ」


 それは、どちらの溜め息だったのか。


「それは、事実であり、信じてもいい情報?」


 ウェンディの問いに、アースとアリスは目を見開き、トーラは笑みを浮かべる。

 この、魔法騎士養成学校に入ってしまったウェンディにとって、敵である『シード』に関する情報を集めるには、外部からの接触か送られてくる情報に頼るしかない。

 だが――


(学校内部に、情報提供者が居れば、話は別だ)


 ただ、その筆頭がトーラとアリスという二人なだけで。


「もちろん。俺もアリスも『シード』壊滅は望むところだしな」

「……あっそ」


 素っ気なく返すウェンディだが、数日間一緒にいたトーラには、何となく分かった。

 信じる信じないは別にするとしても、自身の近い場所に味方が出来たという、ウェンディの感情が。


「だから、俺たちの持つ情報とそっちの片手袋の理由持つ情報、互いに提供しないか?」

「……なるほどね。交換条件ってわけ」


 そんな二人のやり取りに、アリスはおろおろし、アースはウェンディに無言で目を向ける。


「……」


 だが、ウェンディは何を考えているのか、トーラに何か返すような様子はない。


(メリットはあちらからの情報、デメリットはこちらからの情報、か)


 何とも面倒くさいやり方をしてくるものだ、とウェンディは思う。

 アースがどう思い、何を言ってくるかは分からないし、トーラが『シード』のどのような情報を持っているのかも分からない。


「……チッ」


 ウェンディは思わず舌打ちする。

 最終的には、妥協するしかないのだ。


「分かった。情報交換しよう」


 それを聞いたアースとアリスは驚き、トーラは笑みを浮かべた。


 交渉成立、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る