第一話:中等部二年の手袋の謎


 静かな廊下に、数名の足音が響く。

 もちろん会話などあるはずもなく、もしあるとすれば、魔法騎士養成学校ここの理事長なる人物の、自分たちの呼び出したであろう理由。


(さて、何を言われるか)


 それらしき扉が見えてきたため、覚悟を決める。


「理事長。お二人をお連れしました」


 軽くノックし、「入れ」という声を聞いた後、三人は「失礼します」と軽く頭を下げ、中へと入る。


「ようこそ、魔法騎士養成学校理事長室へ」


 部屋の中心にいた人物――おそらく、呼び出した張本人である理事長――から入った矢先にそう言われ、アースは戸惑い、ウェンディは何も返さない。


「まあまあ、そんなに警戒しないでよ。こっちは不意打ちで命奪うようなことはしないからさ」


 そう言われて、はいそうですか、と警戒を解くことはできない。逆にウェンディが部屋全体の気配を確認したほどだ。

 疑い深いなぁ、と呟く理事長に、ウェンディは「それで」と口を開く。


「呼んだ理由を、そろそろ教えてもらえますか?」

「ん? 簡単な話だよ。君――ウェンディ・ラン・フォースに、この学校に入ってもらえるかな?」


 単刀直入に尋ねるウェンディに、理事長はそう答える。


「理事長!?」


 それに驚きの声を上げたのは、ウェンディたちの案内をしていた教師。

 もちろん、ウェンディもアースも驚いていたが、ウェンディは目を見開くだけ、アースも目を見開きながらもウェンディの様子を窺うだけだった。


(今まで、こんなことは無かったなぁ)


 今まで勝ち続け、特に悪いことをしたわけでもないのに、「どうかお慈悲を」的なことを言われることはあった。

 だから、似たようなことを言われるのを覚悟していたのだが、まさか入学のお誘いが来るとは思わなかった。


「まだ名乗ってないのに、私の名前を知ってるんですね」

「まあね」


 にこにこと笑みを浮かべる理事長に、食えない奴だ、と思うウェンディ。


「まあ、今は名前についてどうでもいいです。何故、私に入学しろと?」

「ふむ。本当のことを言うのなら……君というよりは、君の戦闘技術が欲しいんだよ」


 そのことに、ウェンディは訝る。魔法も剣技も基礎中の基礎から教えているこの学校で、果たして、ウェンディの戦闘技術など役に立つのか。

 もちろん、ウェンディの場合は基礎など総無視で、今までの経験や独学で学んだことから剣や魔法を扱っている。


「私には、基礎も何もありませんが?」

「別にいいんだよ。独学でそこまでの実力を得られたという事実・・・・・・・・・が必要なんだ」


 それを聞き、案内をしてきた教師が口を開く。


「り、理事長。それでは……」

「彼女のようなタイプには、基礎的で型にはまった、応用の利かない技など意味がない」


 必要なのは、臨機応変な対応。


「それとも君は、彼女のような戦い方をする者に、基礎がなってないとでも言うのかい? そんなことをしていれば、いつか命を落とすよ」

「――っ、」


 ぞくりと悪寒を感じるような笑みを浮かべて告げる理事長に、教師は冷や汗を流す。


「ほらほら、そこの二人も構えない」


 理事長に言われて、ウェンディとアースは己の体勢を理解した。どうやら理事長の気に驚いて、無意識に剣を構えていたらしい。


「すみません……」


 がっくりと肩を落としつつ、謝罪するアースに、ウェンディは口を開かない。


(この人――)


 ――もう決定事項だ。逆らうな。

 暗にそう言っているようにも見えた。


「っ、」


 もしかしたら、自分はとんでもないところに来たのかもしれない。

 ウェンディはそう思う。

 そして、軽く息を吐く。


「分かった。そちらの申し入れ、引き受ける」

「なっ……」


 教師は驚き、アースも目を見開き、ウェンディを見る。理事長は理事長で、笑みを浮かべていた。


「ただし、私のやることに口出ししないでもらいたい」

「それは、君のやること次第だ。生徒たちに危害を加えるようなら、容赦なく口出しさせてもらう」


 理事長の言葉に、ウェンディは頷いた。

 だが、ウェンディは生徒たちに危害を加えるつもりはないし、どちらかといえば、守る方だろう。


「期待してるよ、ウェンディ・ラン・フォース。この学校に、どのような影響を及ぼしてくれるのかを」

「……おそらく、期待には応えられないと思います」


 ウェンディの目的はただ一つであり、強い者と戦い、実力を付けることだ。そして、その先に待つ自身に課した戦いの終止符を打つ。

 だから、期待されようがされまいが、ウェンディは自分の目的のためには手段を選ぶつもりはない。


「別にいいさ。君に同年代の友人たちと過ごすという、経験を与えることができるのなら、ね」


 確かに戦い三昧で、同年代の友人はほとんどいないウェンディにとって、このような経験は貴重だろう。

 本人もそれを分かってるからか、どこか諦めたように息を吐くのだった。


 その後、いくつかの手続きを終えた後、ウェンディは正式にこの学校の生徒となった。

 彼女の住居は、魔法騎士養成学校の敷地内にある寮の一室であり、勉強机やベッドなどを除く生活必需品などはアースが売っている場所を教えるなどして、部屋へ運び入れた。

 そして――


「ウェンディ・ラン・フォースです」

「女!?」


 この学校の制服を身に着け、教室に入ってきたウェンディを見て、噂の学校破りが女であり彼女だと知るや否や、驚きの声が挙がる教室内に、アースは苦笑いした。


(ま、そうなるよなぁ)


 そう思っていたアースに対し、担任に促され、一番後ろの席にウェンディは着席するが、図らずもアースの後ろである。


「あー……これから、よろしく?」

「……」


 そのことに気づいたアースが疑問系ながらも声を掛けるが、ウェンディは視線を返しただけだった。


「……」


 どうやら、彼女の学校生活は、前途多難らしい。


   ☆★☆   


 『学校破りこと彼女の名前は、『ウェンディ・ラン・フォース』だと分かった』


 大きく張り出された学校新聞に、ウェンディは興味なさそうに見ていた。

 ちなみに、彼女。友人というより話せる人物は、クラス内だとアースぐらいしかいない。理由は分かっており、話したり近づいてくるのが、彼しかいないからだ。


 魔法騎士養成学校ここに来て、ウェンディの最初の相手は中等部の二年生――つまり、アース――だったのだが、右手にはウェンディと同じ種類の手袋をしていた。そのことにウェンディは気づいていたし、アースも同郷者だろうという推測から、他人と関わろうとしない彼女を気にしていた。


「なぁ、お前からも声を掛けてやってくれねぇか?」

「やだよ。何で俺がしなきゃなんない」


 アースの言葉に、友人はどこか不服そうな顔をする。


「いやだって、俺だけだと限界があるし……」

「それでも、あちらさんが話そうっていう雰囲気じゃねーじゃねぇか」


 そう言われ、アースは黙り込んだ。

 確かに、ウェンディはクラスメイトとすら話そうとはしない。

 人見知りか? とも思えるが、彼女がやってきた日、初対面だったアースを含め、教師たちや精鋭と話していたのを見ると、人見知りでないことぐらいは理解できる。

 それに、アースと話さないときは、ずっと外を見ている。


「それに、お前。自分が何て呼ばれてるのか、知らないだろ」

「え、何それ」


 というか、アースは、名前以外に何か呼び名があることすら知らなかった。


「『学校破りの片割れ』とか『学校破りの恋人』とか」

「はぁっ!?」

「バッ、声デカい!」


 アースが叫び、教室内の面々が二人に目を向けたため、友人は慌てて静かにするように言う。

 とりあえず黙るアースだが、前者はともかく、後者は何なのだ、と言いたくなった。


「何だよ、それ」

「お前が甲斐甲斐しくあいつと接していたからだろ」

「それは、誰かがあいつの相手をする必要があって、それがたまたま俺だっただけだ」


 不慣れな相手に親切にして何が悪い、とアースは思う。

 ウェンディがそれなりに慣れてくれば問題はないのだが、まだ一週間すら経ってないのだ。もし、一週間も経てば、アースだって彼女と必要以上に接する必要は無くなるだろうし、ウェンディもウェンディでやりたいことがやれるようになるだろう。


「まあ、そうなんだが……」


 友人も友人で分からないわけではない。自分たちが慣れている場所に不慣れな奴を無視するほど、そこまで冷たくない。


(けど、相手がなぁ)


 『学校破り』とまで言われた少女である。

 彼女と戦闘経験があり、接したことのあるアースならまだしも、自分も関わるとなれば、確実に目立つ。


「どうすっかなぁ……」


 清々しいぐらいの青空に対し、友人は溜め息混じりにそう告げた。


   ☆★☆   


 さて、一方のウェンディは、といえば、自身が敵としている『シード』に関する情報を探していた。


「そう簡単に見つかったら、苦労しないか」


 毎朝発行される新聞に、それらしき情報が無いか確認してはいるが、その気配すらない。


(あの時と同じことをしているのなら、騒ぎになっていてもおかしくは無いはずだが……)


 少なくとも、自分たちの時は、どこが襲撃された、とか騒ぎになっていたはずなのだが、今はその情報すら無いのだ。


(注目されすぎて、今は活動してないのか?)


 少し思案していれば、目の前に影が出来る。


「何のご用でしょうか?」


 ウェンディが顔を上げれば、そこには理事長の所まで案内した教師がおり、何とも言えない表情を浮かべていた。


「理事長がお呼びだ」


 それを聞き、ぴくりと反応しつつ、正直、あの理事長に逆らわない方が良いと判断しているため、「分かりました」と言いながら、ウェンディは立ち上がれば、教師と共に理事長室に移動を開始した。





「あれ?」

「わざわざ悪いね」

「どんなご用でしょうか」


 何故いるのかは分からないが、驚きの表情を露わにしたアースを余所に、苦笑する理事長から呼ばれたウェンディは淡々と尋ねる。


「君たちには、この二人とパートナーになってほしいんだ」


 そう言う理事長の前には、初等部所属にも見える少年と少女がおり、ウェンディとアースは二人を一瞥しながらも、いきなり何を言っているんだ、と理事長に説明を促す。


「彼はトーラ。しばらく、君に面倒を見てもらいたい」

「私の見張りですか」


 そう思っても仕方がない。何せ、ウェンディはあちらこちらで問題を起こした問題児なのだから、学校の名前に傷がついても困るのだろう。


「まあ、どう取ってもらっても構わないけど、彼とは一緒に行動してもらうから」

「……分かりました」


 何を言っても無駄そうだ、と思い、ウェンディは了承する。


「彼女はアリス。君には、この子のことを頼みたい」

「は、はぁ……」


 次にアースと向き合った理事長が、少女を紹介する。


「あの、理事長。もし、ペアにするなら同性同士の方が良いのでは……?」


 理事長もそのことは分かっていると思いつつ、アースは尋ねる。


「うん、君の言いたいことは分かるよ。けど、後々のちのちのことを考えると、この方が良いと思ったんだ」

「そうなんですか」


 理事長の考えは相変わらずよく分からないが、何かを考えているのだけは分かる。


「さて、この子たちの名前を君たちには教えたが、この子たちは君たちの名前を知らないからね。自己紹介してくれないか?」


 理事長にそう言われ、ウェンディとアースはトーラとアリスに目を向ける。


「……中等部二年、ウェンディ・ラン・フォース」

「同じく、中等部二年。アース・レン・スワンです」

「……どうも」

「よろしくー」


 こちらから名乗れば、軽く頭を下げるトーラに対し、にぱーという字が付きそうな笑顔を見せるアリス。


「それで、用件がこれだけでしたら、もう行きますが」

「うん。あと一つ補足しておくと、一緒に寮部屋暮らししてね」


 確認して、さっさと去ろうとしたウェンディは、それを聞いて足を止め、アースはぎょっとした。


「ちょっと待ってください! さすがにそれは無理です!」

「私も同意です。何故そこまで一緒にいないといけないんです?」


 同性同士ならまだしも、仮にも年下で異性だ。何も無いとは思うが、変な噂が飛び交うのだけは勘弁してほしい。

 この年代ほど容赦はないのだ。


「大丈夫だ。寮長にも言ってある」

「そういう問題じゃない!」


 思わず叫ぶが、理事長はどうしても生活空間プライベートにまで、ペアとして扱いたいらしい。


「……じゃあ、こうしよう。食事とか以外では、互いに何をしようが干渉はしない」

「分かった」


 どうやら、ウェンディとトーラペアの方は諦めたらしい。

 アースがアリスに目を向ければ、「こっちはどうします?」と視線で尋ねられる。


「仕方がない。細かいことは後で決めよう」

「分かりましたー」


 がっくりと肩を落とすアースを慰めるかのように、ぽんぽんとアリスが撫でてくる。身長の問題で手が当たるのは腰辺りだが。


「それでは、今度こそ失礼します」


 そう言って、理事長室から出て行くウェンディたちの後を追うように、アースたちも失礼します、と告げてから、理事長室を後にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る