第一章 プロローグ
風が吹く。
帽子を深く被り、顔が見えないその者は、いくつかの荷物だけを持ち、ひたすら歩いていた。
特徴を言うのであれば、ストレートの髪形に胸より下まであるロングマフラー、黒の手袋に砂漠でも歩けそうな紺色のブーツぐらいだろう。
「やっと、見えた」
目的地が目に入り、その者は小さく笑みを浮かべ、そう口にした。
☆★☆
「学校破りぃ?」
「ああ」
窓側の席に座る少年、アースはそう声を上げる。
話を聞いていて、思わず変な言い方になってしまったのは仕方がない。話し相手である友人はあっさり肯定しているのだから。
時は「魔法騎士」と呼ばれる特別な騎士が存在し始めた頃、騎士たちは彼らを忌々しく思い、化け物と言いながら嘲笑ったり、蔑んでいたらしい。
それでも、一人の魔法騎士はどんな罵詈雑言にも耐え、長きにわたり魔法騎士への意識改革をし、仲間とともにこの学校――『魔法騎士養成学校』を創立した、とされている。
そんな何十年、何百年も後のこの時代、道場破りならぬ学校破りをしている者の話が流れていたのだから、噂にならないはずもない。
「おい、あれって――」
友人が、窓の外を見て指を指す。アースもそちらに目を向け――納得した。
ここ――『魔法騎士養成学校』の中等部を始め、噂が全校に広がる中、その学校破りがついにやってきたのだということを。
☆★☆
「な、何なんだ、君は」
帽子を深く被っているせいで、その素顔が分からないのか、教師の一人であろう男が恐る恐る尋ねながら近づいていく。
いつもなら騒がしい時間だが、噂の主が現れたことにより、校内は静まり返っていた。
「ま、まさか、君が噂の……?」
「噂……?」
教師の言葉に、その者は首を傾げる。
「違うのか?」
「何のこと?」
不思議そうなまま発された言葉に、本当に知らないのか、と聞いていた全員が固まった。
「そんなことより、ここにいる中で一番強いのは誰?」
だが、先に硬直から解けたのは教師たちだった。
「そんなことより、って……」
「目的を達成させるためには、一番強い者と戦う方が手っ取り早い。だから――」
一番強いのは誰? と再び問いながら、校舎にいる生徒たちへと目を向ける。
「っ、」
学校破りであろう来訪者の見た目は全体的に黒い。ロングマフラーにブーツ。そして――黒い手袋。左手に着けられていた
「っ、」
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
戸惑うアースに、友人が心配そうに見てくるが、こればかりは経験者でない限り、理解できないだろう。
(それに――……)
一瞬、ほんの一瞬だけ目が合った気がした。
漆黒の眼が、まるで捉えたかのように、アースを見ていた。すぐに逸らされたが。
(あの手袋もそうだ。おそらく、
彼女の目的が何かは知らないが、している手袋に関わっていることはアースにも理解できた。
彼女とは逆である右手に着けている手袋を握りしめる。
「にしても、誰が行くんだろうな」
「……学校から、か?」
「ああ。だって、ここには高等部もあるんだぜ? 中等部なんかと比べものにならないほど、強いじゃねーか」
そこはアースも同意だった。
学校最強といえば、魔法騎士養成学校高等部の精鋭がいる。そのうちのリーダー格が有り得ない実力の持ち主だと言われている。
「もし、中等部から選ばれるなら、同じ精鋭の奴らだろうがな」
「……」
果たして、彼女の相手は誰が務めるのか。
「さあ、ここの最強は誰?」
「す、少しばかり時間をくれ」
「……分かった」
全校生徒が見守る中、時間が欲しいと告げた教師らに来訪者は頷いた。
それを確認すると、教師らは円陣のように集まり、相談を始める。
「さて、どうするか」
「さすがに生徒の前で逃げ出しては、教師の面目が丸潰れですからね」
はぁ、と溜め息を吐く。
「いっそのこと、生徒たちに対戦させてみますか? うちにはちょうど精鋭たちもいますし」
ふむ……と思案する男性教師。
教師らは一度やってきた学校破りに目を向ければ、待ち時間が暇なのか、荷物の中から本を取り出し、読み始めていた。
「あの子をこうして見ていると、中等部にいる生徒とあまり変わりませんね」
そう告げる女性教師に、何人かの教師は同意した。少なくとも、見た目だけだと十代前半ぐらいに見える。
「いっそのこと、中等部で実技の成績が良い生徒と戦わせることにしますか?」
「そうだなぁ……」
だが、相手の実力を見てないため、誰が良いのか分からない。
「何か、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
窓から見ていたアースがそう呟く。
あと少しで一時限目の予鈴がなるが、今はそんなの関係ない。それに、どうせ自習になるのが良いところだ。
(ただ、この嫌な予感は何だ)
「おい、アース」
友人が声を掛けるが、アースは返事をしない。
だが突然、教室内に大きな音が響き渡った。教室内にいた数人が目を向ければ、ここまで走ってきたのか、息切れしている女性教師がいた。
一方で、アースは、というと先程の音で正気に戻ったらしい。
「こ、ここに、アース・レン・スワン。いますか?」
「……? はい、アースは俺ですが……」
それを聞いて、安堵の息を吐く女性教師。
「時間がありません。一緒に来なさい」
「え、あの、せんせ――」
尋ねる間もなく、アースは女性教師に引っ張って行かれた。
パン、と本を閉じる。
「さて、時間はあげた。ここの最強は誰?」
「……っ、まだか?」
「あと少しかと……」
彼女の言葉で教師たちが焦り始める。
「はぁっ、はぁっ、お待たせしましたっ」
女性教師が息切れしながらやってくる。
そして、彼女に引っ張られてきたアースは、ぐったりとしていた。
アースが息を整えながら顔を上げれば、学校破りである彼女の姿を正面から見ることが出来た。
「き、君の相手は彼が務める」
「……そう」
男性教師の言葉に短く返し、彼女はアースに目を向ける。
その視線を受け、アースはもう逃げられないことを覚悟すると、使い慣れた相棒をどこからか顕現させ、手にした。
精鋭がいるにも関わらず、何故自分が選ばれたのかは分からない。
(でも、選ばれた以上は……やるしかない、よな)
一方で、彼女も剣を顕現させ、鞘からその刀身を抜けば、それを見たアースも鞘から抜く。
まさかの真剣対決になったのだが、実はアース、剣の扱い方は知ってはいるが、真剣を扱った事はあまりない。
(大丈夫だ。いつも通りなら――)
逆に、彼女の場合は今までの出来事から、真剣を扱うことに戸惑いがあるはずもなく、真剣を手にしながらも微妙に緊張気味のアースに目を向けているだけだった。
「……」
どちらも動かない。
どちらかが動けば、それが試合開始の合図となるが、構えることだけは忘れない。
(向こうが少しでも動いたら……)
少しずつ時間が過ぎていく。
固唾を呑んで見守る面々を余所に、早くしろ、という野次が二人の耳には届いたが、片やスルーで、片や集中しているため、当然無視する形になる。
そして、互いにじり、と小さく動いた瞬間――
カキン!
甲高い音を響かせ、二人の真剣がぶつかり合う。
ぐぐぐ、と互いに押し合いながらも、譲ることはせず、鍔迫り合いとなっていた。
「君は、何でこんなことをするんだ?」
「関係ないし、話す必要もない」
確かに、と思って、アースは間を取る。
「ああ、確かにそうだ」
アースには関係ないだろうし、彼女には話す義理もない。
(それでも……)
彼女がその手にしている、手袋が気になって仕方ないのだ。
「でも、同郷出身なら、話は変わってくる」
自身の右手にある手袋を、彼女が視認できるであろう所まで伸ばし、見せるアースに、帽子の
「……なん、……」
やはり、見間違いではなく、着けていた。
一瞬だけ、偶然にもアースを見上げたときに見えた
「同郷、者……?」
「多分な」
確認を取る彼女に、アースは仮定ながらも頷く。
二人のしている手袋はそれぞれの地域でデザインが違うのだが、ほとんど一緒のことから、二人が同郷であることは推測できる。
「俺はアース。アース・レン・スワンだ」
「……ウェンディ。ウェンディ・ラン・フォース」
自ら自己紹介をしたアースに、彼女――ウェンディも名前を名乗る。
「ウェンディか。よし、覚えた」
納得したかのように頷くアースに、ウェンディは不思議そうな顔をする。
「それで――」
とアースが再び話し始めたときに、何かが二人を目掛けて降ってくる。
「っ、“
回避が間に合わないと判断したウェンディは、魔法を発動し、防壁を展開する。
激しくぶつかる音がその場に響き、アースも見守っていた教師たちも耳を塞ぐが、防壁を展開していたウェンディにそれができるはずもなく――
「~~っ、」
激しい音がウェンディの耳に次々と届く。
そして、音が収まり、防壁が自然と消えていくのを確認したウェンディは、どこからか聞こえてきた拍手の音がする方を睨みつける。
「さすが、学校破り。臨機応変な対応、見事です」
「……邪魔しておいて、その台詞?」
現れた人物たちに、今度は教師たちが反応する。
「君たち、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、何故僕らではなく、一生徒である彼に相手をさせたんですか? 相手の性格が性格なら、今頃彼は死んでいたのかもしれないんですよ?」
「言葉を慎みなさい!」
現れた人物の代表であろう少年の言葉に、女性教師がそう告げる。
だが、少年の言葉にも一理あった。ウェンディの性格が狂いに狂ったバトルジャンキーのようなものだった場合、アースは無事ではいられなかったであろう。
「……君たちは強いの?」
「ん?」
ウェンディの問いに、少年たちは彼女に目を向ける。
「ウェン……」
「君たちは、強い?」
ウェンディを止めようとしたのか、何をしようとしているのかを尋ねようとしていたのかは不明だが、声を掛けようとしたアースを余所に、ウェンディは同じ問いを繰り返し尋ねていた。
「強いよ。この中等部では一番、ね」
「……」
ウェンディは目を細めた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして――
「――っ!?」
突然放たれた魔法に、少年たちは目を見開いたが、やはりというべきか、代表であろう少年だけは冷静に対応した。
「“
バチバチと音は立てていたものの、ウェンディの放った魔法と少年の防壁は、自然と消滅した。
「いきなりこれとは……笑えないな!」
「っ、」
いつの間にか詰められていた間合いに驚きながらも、ウェンディは瞬時に対応する。
避けようとする最中に、びりっという嫌な音が聞こえたが、ウェンディは聞こえない振りをした。
「まだだ!」
相手の、風を切る剣の音を聞きながら、ウェンディは少しずつ後退していく。
(あと数メートルで背後に壁、横には彼と教師。目の前には
周辺確認を大雑把に済ましながらも、どうやって対処しようかと思い、動こうとすれば、先程嫌な音が聞こえた――小さく裂けたロングマフラーと上着の一部が目に入る。
「……」
それに小さく息を吐き、この程度なら後で直せばいいか、と判断すると、口元までロングマフラーを引き上げる。
帽子の陰と口元を覆ったロングマフラーという、表情が分かりにくい見た目をしておいて良かったと思いながらも、ここへ来るまでに使い慣れた愛剣を構え直す。
相手の持つ剣はよく見れば、刃のほとんどが潰れており、真剣とやり合うには不利な状態。
(それでも使ってくるということは、勝機があると考えてる?)
だが、ウェンディとて似たようなパターンは体験済みである。
(なら――)
剣を相手に向けながらも、切っ先はやや下を向き、剣の腹が上を向くように左手で持ち、軽く右手を添える。
「何だあれ!?」
見ていた誰かが叫ぶ。
だが、ウェンディにとってはどうでもいいことである。彼女にとって、『強者に勝つこと』というのが重要なのだ。
「面白い!」
どうやら真っ向勝負を受けてくれるらしい。
相手が駆け出し、ウェンディは内心でカウントダウンを静かに開始した。
(……5)
相手が片足を止め、攻撃体勢になる。
(4)
「……させないから」
受け止めようと、ウェンディがそのまま剣を突き出す。
(3)
「残念」
だが、相手はそれを躱し、下から上へと掛けて、ウェンディのロングマフラーの一部と帽子を斬りつける。
「――っつ!」
(2)
目の前を通り抜ける刃にひやりとしながらも、地に落ちた帽子に目をやる暇もなく、一瞬で普段の持ち方に戻し、左手のまま、左へとそのまま一閃する。
だが、相手もそう簡単にやられるわけもなく、ウェンディの右側を狙うかのように、身を屈めて移動する。
そこで、ウェンディはニヤリと笑みを浮かべた。
――掛かった!
「バカっ! 右だ!」
どうやら気づいた者がいたらしいが、相手は気づいていないらしい。
ウェンディの左手にあったはずの剣が、いつの間にか右に移動し、相手の首を捉えていることを。
(1)
「僕の勝ちだな」
ウェンディの顎に付くか付かないかの位置にある切っ先を見た相手の言葉に、ウェンディは器用に
「いや、私は首筋に当ててるから、ここが戦場なら、私の勝ちだ。実質的には引き分けだけど」
ウェンディの剣は、相手の首筋に当たろうとしていた。つまり、この勝負は引き分けである。
「いつの間に……?」
呆然とする相手の疑問に、ウェンディは剣を鞘に収めると、相手を一瞥しただけで答えない。
相手の剣により、小さな裂け目が出来た、少しばかり遠くに飛ばされてしまった自身の帽子を拾い、軽く土や砂を払っていれば、アースがウェンディの元へ掛けてきた。
「凄いな。あの人、精鋭って呼ばれてる人なのに」
「精鋭……?」
アースの説明を受けたウェンディはあれが? と先程の相手に目を向ける。
「……もし、それが事実なら、慢心してた部分があったのかもね」
「……」
土や砂をある程度払い終え、帽子を被ったウェンディに、思わず魅入っていたアースは、「どうしたの?」と彼女に問われ、我に返る。
「あ、っと、その、口調が……」
「ああ……素が出てたか」
「あ、やっぱり素だったんだ」と、アースは言わない。
「それと、真正面から見てて思ったけど、やっぱり女の子なんだなぁ、ってのも思った」
「……まあ、帽子とマフラーで隠してたら分かりにくいか」
自身の髪を見ながら、ウェンディはそう呟く。
相手は気づいてなかったらしいが(帽子が取れた時点で目を見開いていた)、アースには大体の予想は付いていたし、今のところ、二人はほとんど身長が同じなので、帽子が壁の役割をしていなかった上に、アースが確信を得るには、ウェンディが帽子を取る以外に無かった、というわけだ。
それでも、ウェンディにしてみれば、隠してるつもりはなく、「勘違いしてくれたのなら、そのままでいっか」程度だったのだが。
「いや、そのままで良いんじゃないのかな?」
「……」
アースにそう言われ、思わず無言になるウェンディ。
そこで、ふと思う。
「……私たち、初対面だよね?」
「うん……多分」
そこはアースも気になっていた。
初対面であるにも関わらず、何故こんなにも話しているのだろうか、と。
ウェンディにしてみれば、口調が素に戻っていたり、本人は気づいてないが、アースと他人で態度が微妙に違っている。
「おい、君たち」
いきなり話しかけられて二人が振り向けば、そこにいたのは、ウェンディの来訪時からずっと見ていた教師の一人だった。
「少しばかり、いいか?」
「えっと、構いませんが」
「……私は特に用もありませんから」
教師の問いに、二人はそう返す。
「なら、ついてきてくれ。理事長がお会いしたいらしいからな」
そう言うと、アースは驚き、ウェンディは怪訝な顔をしたのだが、そんな二人をスルーし、教師は理事長が待っているという部屋に二人を連れて向かうのだった。
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