第7話 仲間

ケンジ、ケンジどうしたのよ?」


美月の声に我に返ったのだけど、俺は一瞬意識を失ったようだ。


「ちょっといいですか?」


マリナがいきなり俺の手をとった。


「ちょっと、あんた何を・・・」


美月が慌てて声を出す。


「すごい熱、39℃は越えてますね。心拍数や血圧もかなり高い。血液中の抗体反応からみて、たぶん風邪じゃないかと思います。すぐドクターに診てもらった方がいいですよ」


とマリナが言う。そうか、VMI(バーチャル・メディカル・インターフェイス)、そういえば彼女はメディカル志望だっけ。


いまではすべての人に組み込まれている共通のメディカルコンポーネント。様々な体のパラメータをモニターする機能だが、VMIはこれにアクセスして情報を取り出せる診断用のインターフェイスだ。BDIを経由して使う事が出来る。それをDI経由で外部のコンピュータと連携させれば、診断や治療法の検索も可能だ。メディカル志望には必須のインターフェイスである。


「ちょっと見せて」


美月が今度は俺の手を取る。


「ほんとだ。熱はまだ上がりそうね」


なんだ、VMIまでお持ちですか、美月さん。いったい、どこまでいっぱいインターフェイスをお持ちなんでしょうか。


「星野さん、あなたもメディカル志望なんですか?」


マリナが聞く。


「ちがう、私はパイロット志望だけど、これは親の趣味。なんでも詰め込めばいいと思ってる親のおかげで、大変なんだから」

「でも、こういうときに役に立つからいいですよね。VMIって。メディカルがいなくても最低限の診断や治療方針はコンピュータと連携して考えられますから」

「そうなんだけどね、これはまだマシなほう。わけのわかんないインターフェイスがいっぱいあって、始末に困ってるんだから」


お願いだからそこで話し込まないで何とかしてください、美月さん。


「私、ちょっと先生呼んでくるね」


ケイが走って行き、受付にいた女性教師を連れてくる。


「中井君、大丈夫?ちょっと見せてごらん」


今度は先生が俺の手を・・・。なんだか幸せかもしれない・・・などと思うと熱が上がる気がする。どうやらこの先生もメディカルらしい。


「うん、風邪だね。しかも、結構たちのわるいウイルスだわ。最近こういう変異型のが流行り始めてるのよ。他のみんなも気をつけた方がいいわよ。シティーセンターにも診療所があるからそこへ行って、治療を受けた方がいいわね。歩ける?」

「はい、なんとか」


俺は、ふらつきながら、みんなに付き添われて診療所に向かった。少し待たされて、診察を受け、薬を処方されて一晩の安静を申し渡された。たぶん、明日の朝には完治している事だろう。この薬はウイルスと俺の遺伝子解析情報から作られた、そのウイルスと感染した細胞だけを狙って潰しに行く分子標的薬。いわば、俺専用のオーダーメイド薬である。ウイルスの検体と俺のDNAを解析装置にかけてやれば、数分で最適な薬が合成される。その効き目は完璧なのだが、この時代になってもウイルスそのものが絶滅できていないのは皮肉だ。人にもこうしたウイルスに対抗するような遺伝子は既に導入され、折に触れて改良もされている。しかし、ウイルスの変異がそれを上回るのだそうだ。もし、今俺がかかっている風邪に、数百年前の人がかかったら、たぶん命はないだろう。


ウイルスが変異する仕組みはほぼ完全に解明されている。ならば、どうしてそれを止められないのか、これが現在の遺伝子工学の最大の課題のひとつらしい。ウイルス変異の仕組みと遺伝子が正常に働く仕組みは同じ機構から成り立っていて、一方を阻害しようとすると他方も阻害されてしまうのだそうだ。美月の両親たちのような遺伝子工学者にとって最先端の研究領域のひとつになっている。


「中井君、ホテルはどこ?」


と女性教師。


「あ、インタープラネットホテルです」

「私も同じだから送ってあげるわ。あなたたちは?」

「私も同じです」

と美月。

「あ、私も私も」

とケイが続く。

「奇遇ですね。私もです」

とマリナ。おやおや、全員同じホテルだとは。


「みんな同じならちょうどいいわ。まとめて送ってあげる。それから、あなたたちにも予防薬を渡しておくから、これを飲んで休んでね。風邪がうつると大変だから。そうそう、まだメディアが頑張ってるみたいだから、地下から行くわよ。さっき車を呼んでおいたから、そろそろ来てるはず。急いで」


結局、帰りも裏口か。まぁ、しかたがないが・・・。俺たちは先生について昇降シャフトで地下駐車場に降りる。


「おー、有名人のお二人とご一緒できるなんて光栄ですなぁ」

「あれよ、さ、早く乗って」


俺たちは、車寄せに止まっていた車に、急いで乗り込んだ。


「インタープラネットホテルへお願い」


機械的な返事があって、車が動き出す。車は地上に出るとまた高架道路に上がって走り出した。ホテルには10分ほどで到着。時刻はちょうど、このゾーンの夕暮れ時にかかっていた。


このステーションの本体は円筒状をしていて、それがちょうど24時間で一周するようになっている。だから、太陽もそれにつれて空を移動する。大昔の宇宙都市は、回転による遠心力で重力効果を生み出していたため、都市は円筒の内部の半分だけに作られ、もう半分は大きな窓になっていた。重力を生み出すための回転はかなり速かったので、太陽から直接光を得る事はせず、太陽に対して回転軸を向ける形で、周囲にある反射鏡によって光を取り込む仕組みだった。だが、今では重力制御が可能になったため、遠心力にたよる必要がない。だから、回転は単に昼夜の調節に使われているに過ぎないのだ。そして、都市は円筒型の保護シールドの内部にある正三角柱型の本体表面に配置されるようになった。上空を覆っているシールドは地球の大気によく似た効果を生むように設計され、朝と夕暮れ時には、赤い光を多く通すように変化する。これも、居住者になるべく自然な生活感を与えるための演出である。そして、まだ薄明が残っているにもかかわらず、空にはもう、たくさんの星が輝きだしていた。


                   ◇


俺は、とりあえずホテルにチェックインを済ませると部屋に入り、そのままベッドに横になった。腹が減っていたが、まだ飯を食いに出る気力が出ない。そう思っていたら、ルームサービスが軽食を運んできてくれた。どうやらあの先生が手配してくれたらしい。そういえば名前も聞いてなかったが、綺麗な先生だったな。明日会ったらお礼を言わなくては。そんな事を考えていたら、ドアチャイム。いきなりケイと美月が部屋にやってきた。


「おーい、生きてるかー?」

「ああ、どうにかな」

「ほんと、だらしないわね。今時風邪ひくなんて。バカケンジのくせに。昔からバカは風邪ひかないってのにね」


まったく、こいつはご挨拶だな。こいつには病人をいたわろうという気持ちがないんだろうか。


「ほら、これでも食べて元気出しなさいよね」


と美月が差し出したのは、ハンバーガー。一応、こいつにも、こんな事はできるらしい。だが、さっきルームサービスの料理を食ったところの俺は、もう腹一杯なんだが。でも、そんな事を言うとこいつはまた暴れ出すにきまっている。ここはおとなしく受け取っておくとしよう。


「あ、ありがとうな」


と俺は、受け取ったハンバーガーをサイドテーブルに置く。


「なによ、食べないの?」

「あ、まだちょっと調子が悪いから、後で食べるよ」

「あらあら、重症だねぇ。新種のウイルスらしいからしかたないか。お大事に」


俺はなんとかその場をごまかす事に成功したようだ。もう食べたなんて言ったらまた美月はスネるに決まってる。


「じゃ、行くけど、ゆっくり寝てちゃんと明日までに治しなさいよね」

「じゃねぇ。おやすみー」


やれやれ、賑やかな連中だ。美月だけでももてあますのに、あのケイという娘もかなり手強そうだな。そんな事を思いながら、ちょっと一眠りしようかと思った時だった。またしてもドアチャイムの音。


「はい、どうぞ」


入ってきたのは、マリナだった。


「あの、具合はどうですか?」

「あ、おかげさまで、だいぶマシになりましたよ」

「そうですか、よかった。たぶん喉がかわくだろうと思って、これ持ってきました」


彼女が出してくれたのは、スポーツドリンク。そう、これが一番欲しかったんだ。やっぱりこの娘はあいつらとはひと味違う。


「あ、ありがとう。ちょうど喉が渇いてたんで助かります」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


と、マリナはちょっと頬を赤らめる。まさか、この娘、俺に・・? いいや、学年トップの優等生が俺なんかに惚れる訳がない。優しさと恋心は取り違えたら惨事のもとだ。


「それじゃ、あまりお邪魔しても悪いので、これで行きますね」

「ありがとう」

「それじゃ、明日。ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」


マリナが部屋を出て行ったあと、俺はドリンクを半分ほど飲むと、明かりを暗くして目を閉じた。薬のせいか、眠りに落ちるのに、それほど時間はかからなかった。


                   ◇


そして次に気がついたのは、目覚ましアラームの音だった。もう窓のカーテンからは朝の光が漏れている。時計を見ると6時半。集合は8時だが、宇宙港まではなんだかんだで30分くらいはかかる。支度の時間を考えるとあまり時間がない。幸いにも薬の効果は完璧で体調は完全に戻ったみたいだ。


俺は、ベッドから起き上がると、一度大きく背伸びをしてから、顔を洗い、大急ぎでシャワーを浴びると制服に着替えた。さすがに、朝飯を食っている時間はない。そういえば、昨夜、美月が持ってきたハンバーガーが、サイドテーブルの上にあったのを思い出した。冷たくなっているが、ちょっと暖めれば朝飯にはなる。俺は部屋のレンジでハンバーガーを軽く温めると、それを口に押し込んで、残っていたドリンクで流し込み、それから荷物を持って部屋を飛び出した。


ロビーには、学生の姿はない。もう、みんな宇宙港に向かったみたいだ。


「おーい、遅いぞ。急げー」


と、ケイの声。見ると美月とケイが立っている。


「なにのんびりしてんのよ、遅刻するじゃない」

「悪い。待っててくれたのか」

「ま、待ってたわけじゃないけど、・・・」

「話は後だよ。急がないと本当に遅れちゃうよ」


ケイに促されて、俺たちは表の車寄せで車を拾い、宇宙港へ向かう。所要時間表示は23分。集合時刻ぎりぎりだ。遅れたりしたらまたあの教師に何を言われるかわかったもんじゃない。この交通システムに大昔のような渋滞なんてものが無いのが救いだ。


「なんとか間に合いそうだね。こりゃ、ゲートまでダッシュかな。いやぁ、目覚ましの時間を間違えてたのに気がついたときは焦ったよ」

「そりゃ、大変だったな。ところで美月はなんで遅くなったんだ?」

「・・・」

「ちょっとヤボだよ、ケンジくんってば。私がロビーに来たときには、星野さん、もういたし」

「ち、ちがうのよ。私はちょっと荷物を確認してたら遅くなっただけ。誤解よ、誤解」


美月が顔を赤らめて言う。まぁ、俺は下僕だしな。待っていたのだとしても、それは下僕の俺を・・・って、何を俺は卑屈になってんだろうな。


「まぁまぁ、照れない照れない。どっちにせよ、私一人でダッシュしなくてすんだのはいい事だしね」

「またお前らか、って言われそうだけどな」


そう、既に目をつけられているのに、同じメンツでまた・・・・。あぁ、先が思いやられる。そんな俺たちを乗せた車は高架道路をなめらかに走っている。遠くに宇宙港のターミナルビルが見えてきたが、なかなか到着しないのがもどかしい。焦っても、この車は急ぎも遅れもしないのだけど・・・。20分あまりが、1時間にも思えたのだが、ようやく車はターミナル7と書かれたロータリーに入って停止した。


「さぁ、急ぐよ。あと10分もないし」


そう言うなり、ケイが駆けだした。俺と美月も後を追う。宇宙港はこのステーションの中心の中空部分に作られている。だから、ターミナルは1階から下に延びているわけで、集合場所は地下10階にある出発ロビー。下りシャフトで10階下に降りないといけない。だが、先頭を走っているケイは、何を思ったか、上りシャフトに飛び乗ってしまう。美月も俺も、つられて乗ってから気がついた。


「おい、これ上りだろ。出発ロビーは地下だぞ」

「え、あ、しまった、間違えちゃった」

「なにやってんのよ、あんた」

「いやぁ、ごめんごめん、でも君たちも付き合いいいよねぇ」


などといいながら、2階でシャフトを飛び降りて、下りに乗りなおす。これで2、3分ロスだ。こういう公共施設のシャフトは、大きな円筒形で、数名が並んで乗れるくらいのサイズの扇形の区画に仕切られる。区画の大きさや間隔は一定ではなく、何人かが乗って行き先を指定すれば、ひとつの区画が作られるというわけだ。床があるわけではないが、床の上に乗っているような仮想感覚があり、足下や両側は不透明になっているので、上下が見える事もない。なので、女子でも気にせず乗れるわけだ。シャフト自体は区画数個分の広さがあり、停止している他の区画をを追い越す事もできる。乗った感覚は、昔の話に出てくるエレベーターに近い。


「あと3分、なんとか間に合うかな」

「しかし、また滑り込みだな」

「いいじゃない、遅れさえしなければ」


そして、地下10階。通路の向こうに制服の一団が見える。


「あそこだ、急ごう」


                   ◇


俺たちは全力でダッシュして、なんとか集合時間ぎりぎりで合流する。ちょうど点呼が始まったところだ。点呼を取っているのは例のコワモテ教師。危ない危ない。それから俺たちは30人単位のグループに分けられて、小型の連絡シャトルに搭乗する事になる。


定員50名のこの連絡シャトルは軌道ステーションや大型船の間を移動するために使われるもので、それ自体ではそれほど長距離の航行能力はない。だが、ステーションのマスドライバーで射出され、月軌道上に配置された加速ステーションを経由して加速と軌道変更をする事で、地球から150万KmほどのL1やL2あたりまでならば余裕で飛ぶ事ができる。それ自体にもエンジンはあるが、使うのは非常時のみである。


俺たちが乗船し終わると、ステーションから次々とシャトルが射出されていく。その様子は、さながら銀の弾丸の列のようだ。行き先はL2ステーション、スペースアカデミーの本校である。いよいよ俺たちの宇宙での生活が始まるわけだ。


「地球が、どんどん小さくなっていくわね」

「そうだな、しばらくは戻れない。そう思うとちょっと寂しい気もするけどな」

「そう? 私は地球なんかに未練はないわ。これから起きる事の方が楽しみよ」

「そうだな。とりあえず厄払いも済ませたし」

「あんたね、そんな事、言わない方がいいわよ」


たしかに美月の言うとおりだ。これ以上厄介事はごめんである。それから俺たちはだまって、遠ざかっていく地球を眺めていた。やがて、シャトルは月の公転軌道上にある加速ステーションによって地球からさらにその4倍ほどの距離にあるL2ステーションへの軌道に乗せられる。この時点で、シャトルは秒速数百キロメートルまで加速されている月軌道の外側では、速度制限は事実上無いに等しいので、こうした速度で航行できるのだ。L1やL2ステーションなどの宇宙都市も航行用指向性磁場発生装置を備えていて、秒速数百キロで飛んでくるシャトルを速やかに減速、停止させる事ができるほか、出航していく船にある程度の初速を与える事ができる。普通なら生身の人間がそんな加速度には耐えられないのだが、ここでも慣性制御によって影響は抑えられている。減速の際、シャトルの持つ運動エネルギーはリサイクルされステーションで再利用される。


静止軌道を離れてから、およそ3時間で、シャトルはL2ステーションに到着する。L2ステーションも静止軌道ステーションと変わらない巨大なステーションである。静止軌道ステーションと違う点は、周囲に、宇宙艇発着用のカタパルトがついた、円盤状のステージがいくつも取り付けられている点だろう。これは、もちろんアカデミーの訓練用施設だ。このステーション建設には、主に月で生産・加工された資材が使われた。月からであれば、マスドライバーだけで、大量の資材をここまで飛ばす事ができるからだ。


「やっぱりすごいな。ここは・・・」

「ほら、あれ、最新型のSF2AペガサスⅡ宇宙艇よね。本物は初めて見るわ」


俺たちだけじゃない、機内も騒然となっている。皆が外の景色に釘付けだ。これから、ここが俺たちのホームになるのだから。俺たちのシャトルは、既に減速を終え、ゆっくりとステーションの内側にある宇宙港へと誘導されていく。宇宙港の景色もまた壮観だ。様々なタイプの惑星間、恒星間宇宙船、そして、これまた学生たちのあこがれである巨大な宇宙巡航鑑が、ところ狭しと並んでいる。その中をシャトルはゆっくりと進んでいく。皆がこの光景には圧倒されていた。そう、ここはアカデミーの本拠地であると同時に、様々な惑星間、恒星間航路の起点、そして宇宙基地でもあるのだ。


「諸君、注目してくれ」


これはフランクの声だ。


「間もなくこの船はアカデミー専用ベイに到着する。各自、下船準備をして待機。下船後、指示に従ってホールへ移動し、全体オリエンテーションとクラス分けの発表を行う。今日から君たちは、ここで様々な事を学んでいくわけだが、それは様々な困難と闘う事でもある。もう一度気持ちを引き締め直して、頑張って欲しい。いいな」


「はい!」


皆が声を合わせる。そう、俺たちはこの日を夢見てきたのだから。たぶん、今この船を含めてすべてのシャトルに乗船している新入生は皆同じ気持ちだろう。


新入生たちが、それぞれのシャトルを下船し、出迎えた上級生たちの間を通ってホールへと入っていく。俺、美月、ケイ、マリナ、そしてこれから知る事になる多くの友人やライバルたちも一緒だ。それぞれの胸に期待と不安を抱いて、それでも胸を張って歩いて行く。それぞれの夢を手元に引き寄せるために。


ここから、俺たちの附属高生活は始まったわけだ。そして、それから1年があっという間に過ぎて・・・。




あのカフェでの一件から、数日が過ぎ、いよいよ新学期の始業式の日。廊下の掲示パネルに新しいクラス分けが発表されている。俺はBクラス。もちろん、計画通り全員同じクラスである。おまけに担任はフランクらしい。恐るべし、教師の職権。ところで、美月はどこにいるのだろう。始業式前に一度、教室に集合するはずだから、ちょっと行ってみよう。そう思って歩き始めた時、生徒の話し声が耳に入った。


「え、星野美月も同じクラスかよ。あいつゾーン2だったんじゃねーの?」

「知ってるのか、お前」

「ああ、同じ中学だったしな。妙なコンポーネントいっぱい持ってて、繋がったらデータの洪水起こして共倒れ、って厄介な奴だよ。俺たちは疫病神って呼んでたけどさ」


俺は、つい振り返ってそいつを睨みつけかけたが、考えてみれば無理もない。たぶん、この一年間、美月はまた孤独に過ごしていたのだろう。俺は、とりあえず教室に急ぐ事にした。広い通路の先、円形ドームの明るい広場をとりまくように教室が配置されている。構内は、アウトバンドを使ってマップが流されているので、めったに迷う事はない。俺たちのホームである2Bは正面右手の通路を入ったところだ。教室に入って見回すと、まだ生徒は少ない。いくつかの生徒のグループができていて、楽しそうに話がはずんでいる。その中で一人だけ、教室の隅に、ぽつんと座っている女子。見覚えのある金のロングヘア。美月だ。俺は、そっと後ろから近づいて声をかける。


「美月、久しぶりだな。元気にしてたか?」


美月はちょっと驚いたように振り返る。一瞬、間があって・・・


「ケ、ケンジ?」


なんとなく表情が緩んでいる。見知らぬ土地で、知り合いに会って緊張が解けたような。


「ひ、久しぶりじゃない。連絡もよこさないから、ら、ら、落第したかと思ってたわよ」

「おいおい、久しぶりに会ったのにご挨拶だな。ま、元気そうでなにより」

「一応ね。下僕のあんたと別のゾーンになっちゃったから、退屈してたわ。この一年サボった分、きちんと仕事してもらうから、覚悟なさい」


おいおい、いきなりそこかよ。そりゃもう、時効じゃないのか?・・

そこへケイがやってくる。


「お、お二人さん、早いね。久しぶりだね、星野さん。一年、よろしくっ」

「なんだ、あんたも同じクラスなの」

「えー、不満そうに言わないでよ。そっか、下僕さん取られたら困るもんね」


と、ケイがいきなり俺の腕に抱きつく。いかん、早速はじまりそうだ。始業式前から、雲行きが怪しい。美月は・・・顔が怖い。


「け、ケンジ、なにしてんのよ、あんた。離れなさいよね」

「やだよね~、ケンくんはぁ、この一年、ケイさんとぉ、一緒だったんだからぁ」


や、ヤバい。そんなんじゃないだろ。ケイの奴、完全に面白がってるし。美月はキレる寸前。


「あ、みなさん、おはようございます。これから一年、よろしくお願いしますね」


マリナである。あいかわらず、この娘はいい感じだ・・・。こいつら二人と比べれば天地の・・・。


「お、いかんなぁ。最大のライバル登場。実は、ケイさんも、マリナにはちょっと勝てる自信がないのでした」

「え、何の話ですか?」


マリナはきょとんとしている。あたりまえだ、いきなり話をそんなふうに振られたら。


「あ、星野さん。お久しぶりですね。一年間、よろしくお願いしますね」

「あ、あんたも一緒・・・なんだ」


美月の顔がなんとなく引きつって見える。これで、全員同じ実習チームになると知ったら、こいつはどんな顔をするんだろうか。


「まぁ、入学式の日に一緒になったメンバーが偶然集まったんだ。これもなんかの縁だろうし、仲良くやろうぜ」


もちろん、偶然というのは大嘘なわけで・・・


「ケンジ、あんた、ずいぶん嬉しそうね」

「そりゃ嬉しいよね。美女3人に囲まれてるんだから」

「皆さんといると、私も楽しいです」


まぁ、嬉しくないと言えば嘘になるんだが、そのぶん大きな火種も抱えているわけで、なんとなく先が思いやられる。そして、もう一人・・フランクが言ってた女子はどの娘だろう。そう思って見まわして見ると、窓際に一人、ぽつんと座っている女子がもう一人。うっすら青みがかったショートヘア。なんとなく影の薄そうな、というか幸薄そうな感じの娘。もしかして、あの娘か?


「ケンジ、どこ見てんのよ」

「ありゃ、今度は別の女子にご興味が? ケイさんというものがありながら・・・」

「ち、ちがうって、そんなんじゃなくてだな・・・」

「あれ、あの子、こっちに来てたんだ」


美月が、さっきの女子を見てつぶやく。


「美月、知ってるのか?」

「ゾーン2でよく見かけた子よ。話した事はないけどね」

「もしかして、彼女かなぁ、先生が言ってた子って」

「先生? なにそれ」

「あ、いや、美月の他にもう一人、ゾーン1に来る女子がいるって先生から聞いたんだけどな。彼女の事だったのかな」


そんな話をしていると、彼女がこっちを向いた。話が聞こえたのだろうか。何か言いたそうに見えるが。


「よーし、みんな席に着けー」


いきなりフランクが教室に入ってきた。俺たちは、あわてて近くの席に座る。


「さて、今日は始業式だが、今日からこのクラスを受け持つ事になった、フランク・リービスだ。よろしくな」


うーむ、さすがにゾーン2のナンバーワン人気教師、早くも女子たちがちょっと色めき立っている。


「さて、全員揃っているか?・・・・ん、一人足りないようだが・・」


とフランクが言ったそのとき、後ろから一人、忍び足で入ってきた奴がいる。ジョージだ。


「こら、始業式から遅刻か? 罰としてそこで自己紹介してもらおう」

「す、すみません。ジョージ・エイブラムスです。皆さんよろしく」

「そうか、君がエイブラムスか。前の担任から遅刻魔だとは聞いてたが、今年は厳しくいくから覚悟しておけ」


ジョージが頭をかきながら席に座り、教室に笑いが漏れる。


「あいつ、昨日もゲームで夜更かしだね。懲りない奴だなぁ」


ケイがあきれ顔でつぶやく。


「これから始業式に行くわけだが、その前に、ちょっと紹介しておきたい生徒がいる。今期からゾーン1に転入する事になった、星野美月、それからサマンサ・エドワーズだ。ちょっと立って自己紹介してもらおう」


ちょっとサプライズだが、もちろんこれで動じる美月ではない。


「星野美月・ガブリエルよ。パイロット志望。ゾーン2でのニックネームは疫病神。よろしくお願いするわ」


おい、そりゃちょっと自虐的すぎないか? いや、それとも脅しのつもりか? ちょっと教室がざわつく。


「サマンサ・エドワーズです。同じくゾーン2から来ました。C&I志望です。よろしく」


やはり、さっきの女子。抑揚の少ない、感情を抑えたような声だ。美月とは対照的。


「二人とも、ゾーン1はまだ慣れないだろうから、仲良くしてやってくれ。それから、二人のチーミングについては、私にちょっと考えがあるので任せて欲しい。いいかな」


まぁ、その考えというのは既に俺たちも聞いているわけで・・・。


「あと、クラス委員長だが、前期はクレア君にお願いしようと思う。たぶんみんな異存はないと思うが・・・」


いや、たとえ異存があっても、学年トップの優等生に対抗しようなんて度胸はみんなないだろうと思うが・・。


「よし、それじゃ、これから始業式だ。センターホールに移動するぞ」


 

                ◇


なしくずしのチーム分けで、俺たちの高校2年目が始まる事になる。俺、美月、ケイ、マリナ、ジョージ、そしてサマンサ。この6人で、どんなチームを作っていく事になるのだろう。波乱含みの予感はあった。たぶん、他の誰にも経験できないような一年になるに違いないだろうと思っていた。そして、それは実際、この時の予想を遙かに超えていたのである。その話は、また次の機会にするとしよう。どれだけ話しても話し尽くせない、俺たちの物語だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺と美月の宇宙日記(ダイアリィ) 風見鶏 @kzmdri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る