第6話 入港、そして入学式

なにやら変な夢を見ていたような気がする。どんな夢だったか思い出せないのだが、すごく切ない気持ちのまま目が覚めた。軽いアラーム音があたりに響いている。俺は、アラームを止め、部屋の明かりをつけた。時計を見ると、寝ていたのは5時間くらいのようだ。部屋が明るくなるのと同時に、体の重さが戻ってきた。あと少しでステーションか。そのあとの出来事を考えると、ちょっと気が重くなった。少し寝冷えしたのか、なんとなく体も重い感じがする。


「おい、起きてるか?」


いきなりデイブの声。


「そろそろ到着だ。支度をしてブリッジに来てくれ。お隣さんもな」


そうだ、あれこれ考えていてもしかたがない。美月の言うとおり、開き直っていくしかないじゃないか。俺は急いで身支度を調えると部屋を出た。


「やっと起きたわね。まったくいつまで寝てるわけ?」


振り向くと美月がそこにいた。


「ほら、寝癖ついてるじゃない。これからデビューだってのに、何よ、そのしまらない格好は」


おいおい、デビューかよ。できれば俺は、こっそりこの船を降りたい気分なんだがな。


「少しは眠れたか?」

「まぁね。あんたは・・聞くまでもないか。その頭が答えよね」


俺たちは、そんな会話をしながら、リフトに向かう。そういえば、こいつとは出会ってまだ一日もたっていないのに、もうずっと前から顔見知りだったような気がしている。こいつも同じような気持ちなんだろうか。いや、そもそもこいつは最初から、こんな感じだったよな。


「何見てるのよ。キモいわね。ほら、先に行って」


そうそう、ここは先に行かないと、またパンチを食らうハメになるところだ。ブリッジに上がると、数人のクルーが慌ただしく仕事をしている。正面のスクリーンの視野には、既に第6ステーションがとらえられていて、データリンクも完了しているようだ。


「どうだね、少しは休めたかな」


船長が俺たちに声をかける。


「はい、おかげさまで、よく眠れました」

「そうか、それはよかった。見ての通り、この船は間もなく第6ステーションに到着する。今は入港許可を待っているところだ。そこで入港の様子でも見ているといいだろう」

「船長、入港許可が出ました。これからアプローチを開始します」

「了解した。アプローチ開始」


デイブの声だ。彼はナビゲーター席に座って、入港の指揮をとっている。


「おまえらも、リンクして入港の様子を見るといい。こんなデカいのに乗る機会はそうそうないだろうからな」


デイブが俺たちに向かって言った。俺たちは脇のシートに座ると、アウトバンド用のグラスを取って、船のシステムにリンクした。これは見学者用のデータリンクのようだが、それでも、あの宇宙機のものとは比べものにならない。正面のスクリーンに重ねて様々なデータが表示されていく。入港手順は、完全に自動化されているから、実際には船員たちも接岸までは、異常がないか進行状況のチェックをしているだけだ。この船は既にステーションとのデータリンクによって制御されている。そのデータのサマリーが今見ている表示である。すべてグリーンで表示されているのは、手順が正しく進行しているという事だ。


「すごい、この船が小さく見える」


美月がつぶやく。そう、8個ある静止軌道ステーションは、どれも一つの大都市のようなものだ。スペースポートの他に、様々な施設があり、常に数十万人の人が滞在している。この巨大さの故に、夜には地上からもはっきり見えるので、天使の首飾りと呼ばれているのだ。


「ヘラクレス3、こちらピア2アプローチ。進入軸は良好。オールグリーン、接舷を許可する」

「ピア2アプローチ、ヘラクレス3、接舷許可了解。接舷シーケンスを開始する」


いよいよ入港の最終段階だ。船はゆっくりと埠頭に進入し、一旦停止。そこから牽引ビームでステーションに接舷、固定される。この作業もすべて自動だ。正面のスクリーンは角度がかわって、ドッキングベイの様子を映し出している。第2埠頭の1番ベイ、大型船専用のドッキングベイだ。既に船は所定の位置に停止し、ゆっくりとベイに近づいている。やがてスクリーンの距離表示がゼロになり、ブルーに変わる。接舷完了だ。接舷と言っても、直接ステーションと接している訳ではない。牽引ビームによる見えないロープで係留されている状態なのだ。


「ヘラクレス3、ピア2タワー。ステーション6にようこそ」

「ピア2タワー、こんにちは。パワーダウン後、全制御を移行する。スタンバイ願う」

「ヘラクレス3、了解。制御移行スタンバイ」


ブリッジの照明がぱっと明るくなって、スクリーンから大半の表示が消えた。この船に格納された宇宙機と同様に、入港した船はステーションの管制システムの管理化におかれ、制御される。ここから先は出港許可がない限り、船長といえども船を動かす事はできない。


「ヘラクレス3、ピア2タワー、制御移行を確認した。お疲れ様」

「ピア2タワー、こちらヘラクレス3。ありがとう。これより下船準備を開始する」


埠頭の壁から、ボーディングブリッジが伸びてくる。乗員用が一本、ブリッジの脇に接続され、小型貨物用が数本船体に接続される。貨物用ブリッジを通せない大型コンテナは、貨物庫から直接出し入れする。


「さて、君たちにはここで少し待ってもらう事になるが・・」


船長が脇に来て言った。たぶん、ブリッジから最初に乗ってくるのは宇宙局の調査官たちだ。宇宙機の検証とヒアリングが待っているにちがいない。しかし、そんな事をしていて入学式に間に合うんだろうか。ちょっと不安がよぎる。さすがに美月も不安を隠せないようだ。


「そんなに緊張するなって。取って食われる訳じゃないからさ」


と、デイブが笑って言う。そうだな、調査には淡々と応じていくしかない。とりあえず、起きた事を正確に伝えることを考えよう。


                  ◇


それから俺たちは、乗り込んできた調査官からあれこれ事情を聞かれたり、宇宙機の検証に立ち会わされたりして、数時間を過ごす事になった。状況は、宇宙機のブラックボックスにすべて記録されている。俺たちの話とデータに矛盾がない事が確認されると、俺たちはあっさり解放された。先に収容され、意識を取り戻した乗組員から事情聴取が終わっていた事も、早々に解放された一因だったようだ。だが、それですべてが終わった訳ではなかった。その後、大挙して船に乗り込んできたメディアの質問攻めに遭う事になる。どちらかといえば、容赦ないメディアの質問のほうが調査官よりきつかった。俺と美月の関係とか、どうでもいい事を根掘り葉掘り聞こうとする記者たちに、美月が切れそうになるのを、必死で押さえていた俺だったが、さすがにこれには疲れた。おそらく数時間のうちに、俺たちは世界的有名人になってしまうんだろう。そう考えると憂鬱だ。できれば目立たない一学生でありたかったのだが・・・。


メディアが引き上げて、ようやく静寂が訪れた頃には、もう入学式まで3時間ほどになってしまっていた。入学式はアカデミー本校ではなく、来賓の便宜も考えて、このステーションで行われる事になっている。本来なら、もっと早くに到着して、指定されたホテルで休む事ができたのだが、今となってはもう、直接行くしかなさそうである。


「もう時間がないわね。入学式はシティーセンターだっけ。直接行くしかないかな。、シャワーくらい浴びたかったわ」

「そうだな、あと3時間じゃ、ホテルに寄ってる時間もないか」

「ところで、私たちの荷物って・・・」


そうだ、すっかり忘れていた。チェックインの際に預けた荷物一式、それから客室の荷物入れに入れていたものをすっかり忘れてしまっていた。まだ、格納庫の宇宙機に残っているんだろうか。そこへデイブがやってきた。


「お疲れだったな。そうそう、お前たちの荷物は回収して、とりあえず船室に入れておいたから持って行くといい。入学式は何時からだ?」

「ここのゾーン1標準時で13時からなんで、あと3時間ほどです。このまま行くしかないですね」

「そうか、それじゃホテルに行ってる時間もないな。だったら、この船の船室で支度をするといい。シャワーくらい浴びて、飯を食っていけ。会場までは俺が送ってやる」

「本当ですか?、助かります」


デイブと船長の好意で俺たちは船室で支度をして、船の食堂で早めの昼飯を食わせてもらった。


「さて、準備はいいか」

「はい、ありがとうございます」

「船を下りたところに車を待たせてある。急いで行こう」

「はい」


俺たちは、細いボーディングブリッジを抜け、その先で上陸手続きをした後、シャフトを上がって上の広場に止まっていた車に乗り込んだ。なんとなく体が重い。さすがに疲れてるみたいだが、晴れの入学式だ。気合いを入れ直していこう。


「シティーセンターへ行ってくれ」


デイブが言うと、機械的な声で返事があって、車が動き出した。もちろん運転手なんかいない。この車はステーション全体の輸送システムの一部なのだ。


窓の外は地上かと見間違えるほどの都会の景色。空は青色をしていて、太陽が見える。これは光の波長によって透明度が変化する強化シールドに散乱された光である。長期滞在者の心理を考えて、できるだけ地上に近い風景を作り出しているのだ。もちろん夜もある。このステーションは3つの大きな区画に分かれていて、24時間で一回転するようにできている。つまり、ステーション全体で8時間ずつずれた3つのタイムゾーンがあり、それぞれ生活時間が異なるのだ。これによって、ステーションの都市機能は24時間維持されている。アカデミー本校のあるL2ステーションも含め、多くの宇宙都市が、そのような形で運用されている。この静止軌道ステーションが他のステーションと唯一違うのは、地球の全景が大きく見えることだ。夜の空を地球が明るく照らしたり、昼間に太陽が地球の陰に隠れたりする事がある、このため、シールドの透過度は適切に調整され、必要に応じて人工的な光も加えられる。ステーションが地球の夜側にいるときの夜空は、本当に満天の星空である。これは、地上では決して見られない美しさだ。唯一違和感を覚えるとすれば、星がまったくまたたかない事だろう。ステーションの外には光を散乱する大気が無い。シールドの設計時点で、そうした機能も検討されたらしいが、費用対効果の問題で採用されなかったのだという。


やがて俺たちの車は高架道路に上がって、他の車と並んで整然と走りだした。所々に分岐やランプがあり、そこで車の出入りがあるが、不自然なくらいに整然と間隔が保たれている。あらかじめ、合流や分岐はすべて計算され、予測調整されているのだ。だから、渋滞も事故も皆無である。そればかりか、乗った時点で、目的地までの正確な所要時間がわかる。分刻みで動いている大都市にはいまや不可欠な輸送システムなのである。


                  ◇


シティーセンターは文字通り、この街の中心にある、ひときわ高い建物だ。車はその脇のランプから高架道路を降りて、建物の前のロータリーで停車した。


「よし、着いたぞ。なんとか間に合ったな」

「ありがとうございます。助かりました」

「二人とも、しっかりやるんだぞ。頑張ってな」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、俺はこれから宇宙局に顔を出さないといけないから、このまま乗っていく。またどこかで会おう」


俺たちは車を降り、デイブが車を出そうとした時だった。一人の男が駆け寄ってきた。


「デイブ、デイブじゃないか。待ってくれ」


男は、なかば強引に前をふさいで車を止めた。もちろん、この車が人を轢く事はない。360度の視野を常に監視して、周囲の人や物の動きを予測しているからである。男が近づいてきた時、車は既にブレーキをかけていた。


「おい、デイブだろ。俺だ、フランクだ。覚えてないか」


デイブは驚いたように車のドアを開け、外に出た。


「なんだって、フランク?本当にフランク、フランク・リービスなのか?」

「そうだよ、俺だ。デイブなんだな。いったい何年ぶりだ」


男とデイブは、そう言いながら抱き合った。どうやら古い友人といったところだろうか。


「お前、帰ってきてたのか。ベテルギウス星系の探査に行ってると聞いていたんだが」

「ああ、今回の探査が一区切りついたんで、一旦こっちへ戻る事になった。しばらくはアカデミーで研究生活さ。集めたデータもまとめないといけないからな。お前は、あいかわらずあのボロ船に乗ってるのか。お前なら、アンドロメダ級巡航艦の艦長だってできるだろうに」

「よせよ。巡航艦なんて俺の趣味じゃない。俺には、あのボロ、いやレトロな船が似合ってるのさ」

「ところで、フランク、お前どうしてここにいるんだ」

「ああ、研究の合間に、附属高のひよっこ共を教える事になってな、今日は入校式ってわけだ。面倒な話だが」

「ほぉ、お前が先生とはね。ちょうどいい、そこに新入りのひよっこが二人いるぞ」


デイブは俺たちを指さす。


「ちょっと縁があってな、俺がこいつらをここまで連れてきたんだが、なかなか面白い連中だ。かわいがってやってくれ」


フランクと呼ばれた男は俺たちの方に近づいてきて、俺と美月をじろじろと見ている。


「ん?、お前らどこかで見た顔だが・・・」


デイブがニヤニヤしながら言う。


「そうだろうよ、こいつらはちょっとした有名人になっちまったからな。ニュースを見ただろ」

「ニュースって、そう言えば、あの34便を救助したのはお前の船だったな。という事は、こいつらが?」

「そうだよ、ひよっこのくせに、世の中を騒がせた張本人ってわけだ」


おいおい、俺たちを極悪人みたいに呼ばないで欲しいんだが、おまけに教師の前で・・・


「あの、騒がせたってのは・・・・・」

「たしかに、大騒ぎだったよ。中井と言ったか、そっちは星野だったな。もう、たぶん世界中で君たちの顔を知らない奴は僅かだろうな。一流から三流までのメディアがこぞって大騒ぎしてるから」

「あの、そんな騒ぎになってるんですか?」

「ケンジ、私たち、超有名人だよ。どうする?」


おいおい、楽しそうに言うなよ、美月。それはつまり、新入りのひよっこが分不相応に目立ちまくってるという事で・・・。


「そんなに嬉しそうに言うなよ。俺は気が重い」

「どうしてよ、目立たないより、目立った方がいいに決まってるじゃない!」

「いや、中井の言うとおりだ。君たちはしばらく、静かにしていた方がいいだろうな。ほら・・」


フランクと呼ばれた男はホールのエントランスの方を指さした。そこには、カメラマンや記者らしい連中が並んでいる。


「あれって・・・」

「そういう事だ。奴ら、朝から君たちを待ち構えている。アカデミーからは取材自粛要請が出ているんだが、メディアは知ったこっちゃないようだ」


俺は一気に気が重くなった。メディアなんて、船での取材でもうこりごりだ。


「ケンジ、どうしよう。私なにを喋るか考えてないよ」


フランクは苦笑している。


「いや、その必要はない。アカデミーは教育上の見地から、学生とメディアの接触を基本的に認めていないからな。だからこそ、メディアはここでつかまえようと必死なわけだが・・。俺についてくるといい。裏からこっそり入れてやる」

「そりゃいい。初日から裏口か・・・」


と、デイブ。他人事だと思って好き勝手言うなよ。まぁ、補欠入学の二人にはお似合いかもしれないが、どうして晴れの入学式でそんな後ろめたい思いをしなきゃいけないのか、ちょっと理不尽な気がするのだが。


「裏口なんて、まるで私たちが何か悪い事でもしたみたいじゃない。どうしてそんな事しなくちゃいけないわけ?」


いや、俺も同じ気持ちだが、ここは素直に従ったほうがいい。


「美月、この先生のいうとおりだ。ここで騒ぎになったらみんなに迷惑もかかる。ここは押さえてくれ」

「中井の言うとおりだ。多くの人命を救った君たちだ。賞賛される事はあっても、非難される理由もないし、後ろめたさを感じる事もない。だが、世間にはそれを妬んだり、利用したりしようとする者も少なからずいる。君たちはこれから大事な事をたくさん学ばなくちゃいけない時期にある。だから、今は我慢してくれ」

「わかりました。いいよな、美月」


美月もしぶしぶうなずく。横からデイブが口をはさんだ。


「ほぉ、新米教師にしては、いい事言うじゃないか。お前も変わったもんだな」

「やめろよ、生徒の前だ」

「あははは、すまんすまん。こいつも俺のアカデミー時代の同期でな。アンリといつもトップ争いをしていた秀才だ。新入り同士、仲良くしてやってくれ」

「アンリ、って君たちは知っているのか? まぁ、アンリ・ガブリエルは科学者としては超有名人だが」

「お前、このお嬢ちゃんの名前で心当たりがないか?」

「え、星野だろ・・・、え、星野?!・・まさか、美空の?」

「そうだよ、美空の、つまり、アンリの娘だ」

「なんてこった。こりゃ、何かの因縁だな。デイブ」

「だから、それはもう言いっこなしだぜ」


デイブはちょっと肩をすくめてみせる。やっぱり、色々あったみたいだし、それはかなり有名な話なんだろう。


「さて、俺はそろそろ行かなきゃいけない。宇宙局に用事があってな」

「そうか、俺は式が終わったらL2に行かなきゃいかんのだが、もし、今夜でも時間がとれたら、久しぶりにどうだ」

「いいな。じゃ、そっちが終わったら連絡をくれ」

「わかった。気をつけてな」


デイブは車に乗り込んで走り去った。


「さて、あんまりここにいて見つかってもいかん。一旦ここを離れて裏に回ろう」


俺たちはフランク・・先生について、少し大回りして、裏に回ったのだが、そこにも数人メディア関係者らしいのがいたので地下駐車場の入口から入ることにした。しかし、本当にこれじゃ犯罪者みたいだ。


「なんか、私たちセレブみたいじゃない?」


美月はとことん能天気である。まったく先が思いやられるんだが・・。


「なるほど、星野美空の娘さんってのは本当みたいだな。今の君は学生時代のお母さんそっくりだよ」


フランクが笑いながら言う。いや、どうせ自分たちの娘を実験台にするんだったら、この性格を少し改善するような遺伝子を導入して欲しかったんだが。


「でも、俺たちはみんな、美空のそういうところが好きだったんだ。皆が沈んでいるときでも、彼女は決して落ち込まなかったから。なんだか懐かしいよ、あの頃が」


おいおい、遠い目をしてる場合じゃないんだが・・・。そろそろ入学式が始まっちまう。


「いかんいかん、今はそれどころじゃないな。式が始まるぞ。新任教師と新入生が一緒に遅れちゃ洒落にならんからな。行こう」


そうそう、ただでさえ目立ちたくないのに、遅れて式場に入ったりしたら大変だ。俺たちは急いで駐車場を横切って、一階への階段を駆け上った。こんな場合は階段を使うのが速い。


「よし、新入生の受付はそっちの通路の突き当たり右手のロビーだ。関係者以外は立ち入り禁止だからメディアはいない。急いで行け。俺は上の教師控え室にいかなきゃいかんのでな。また会おう」

「はい、ありがとうございました」


フランクはそのまま階段を駆け上がっていく。俺たちはとりあえず、通路を走ってロビーのほうへ向かう。通路の突き当たりを右に曲がろうとしたときだ、左側から走ってきた誰かといきなりぶつかった。その相手は、附属高の制服を着た女子だったが、その反動で彼女は尻餅をついてしまった。


「いったたあぁ~、ごめんなさい。ちょっと急いでて・・・」

「いや、こっちこそすみません。俺たちも不注意で」


黒いショートヘアの女子は、ちょっと驚いた顔をして俺たちを見た。


「あれ、あんたたちも、もしかして新入生?」

「そうよ、あんたもそうなの?」


と美月が横から割って入る。


「そう、あたしは沢村ケイ、ピカピカの新入生でーす。よろしくっ。・・ってこんな事してる場合じゃなかった。急がないと遅刻しちゃう」

「あ、俺は中井ケンジ、こっちは・・」

「星野美月よ、覚えておきなさい」


とりあえず俺たちは、3人してロビーに駆け込む。もうほとんど人がいない。ホールの入口の受付デスクにいた教師らしい女性がこちらに気づいて声をかけてきた。


「あなたたち、何してるの。早くしなさい。式が始まっちゃうわよ。すぐにこっちにいらっしゃい」


俺たちは大急ぎでデスクに駆け寄った。


「とりあえずIDだけ確認させてね。えーっと、なにあんたたち新入生じゃない。なかなかいい度胸してるわね。入学式に滑り込みなんて。中井君、星野さん、それから沢村さんね。え?、あんたたち二人ってもしかして・・・。おっと、今はそんな事どうでもいいわ。急いで会場に入りなさい。ここから入ると目立つから、そこの後ろの扉から入るといいわ。新入生の席は入ったすぐの前よりだから、どこでもいいので空いてる席にそっと座っておきなさい。さ、急いで」

「あっちゃぁ、初日から目立っちゃったねぇ・・。ちゃんと目覚ましかけとくんだったよ~。二人もお寝坊さんかな?」


とケイが言う。


「失礼ね、寝坊なんてしてないわよ」


美月がふくれて答える。でもまぁ、それを説明すると長くなるので、とりあえず急ごう。


「ちょっといろいろあってね。詳しい話は後だ、急いで入ろう」


俺たちが扉から入ろうとしたそのとき、中から一人女子が出てきたので、またぶつかりかけた。どうしたんだろう。体調でも悪くなったんだろうか。


「あ、ごめんなさい。いきなりドアあけちゃったから。大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です」


すらっと背の高い、茶色のロングヘア。上級生だろうか、なんとなく大人っぽい雰囲気の女子だ。


「こら、バカケンジ、なにニヤけてんのよ。入るわよ」

「おまえなぁ、ニヤけてねぇって」


その女子はにっこり笑うと受付の方に歩いて行った。会場はもう全員着席して静まりかえっている。どこから入ったって目立たないはずがない。冷たい視線が集まるのを感じながら、俺たちは前屈みに歩いて、空いている椅子を見つけて座った。しばらく息を殺して小さくなっているしかなさそうだ。空気がひんやりしていて、ちょっと寒気がする。


「それでは、これよりスペースアカデミー附属高校の入学式を執り行います。全員起立!」


いやぁ、間一髪だった。どうにか初日遅刻の悪名だけはもらわずにすんだみたいだ。しかし、つい昨日、地球を出てからここにたどり着くまで、ほんの一日が何年にも思える。でもまぁ、これで日常に戻れるわけだ。


退屈な来賓の挨拶やらが続く間、俺はこの一日で起きた事を思い返していた。ダブルブッキングのせいで、美月の隣に座る事になり、それから磁気嵐に遭って船が遭難。そして、それを俺たちが操縦するハメになり・・・。一度はもうこれで終わりだと覚悟を決め、そして・・・・、そして・・。ふと、あの瞬間の甘酸っぱい感覚が戻ってきて、俺はちょっと赤面し、横目で美月を見た。一瞬目が合ってしまい、俺も美月もバツが悪そうに目をそらす。もしかして、こいつも同じシーンを思い出していたんだろうか。


「ねぇねぇ、あんたたち、どういうご関係?」


いきなりケイが小声で話しかけてくる。


「どういう・・・って」

「だってさ、なんとなくさっきからいい雰囲気じゃない?」

「あんたね、どうしてあたしが、こんなバカケンジといい雰囲気なのよ。こいつはただの下僕なんだからね」


おい、この期に及んでそんな事を言いふらすか、お前は・・・。


「げ、下僕さんだったんだ・・・」


ケイは、思い切り吹き出してしまう。当然ながら、また周囲の冷たい視線や咳払いを浴びる事になるのだが。


「おい、式の最中なんだから二人とも静かにしろよな」

「おっと、失礼しました。下僕殿」

「あ、あのなぁ・・・」


いかん。この沢村ケイという女子の性格だと、派手に言いふらされそうな予感がする。これはまずい。あとで、ちょっとクギをさしておかないといけないかもしれない。


「それでは、新入生を代表してマリナ・クレアさんに入学にあたってのスピーチをお願いします」


そう名指しされて、壇上に現れたのは、なんとさっき戸口であった女子。彼女も新入生だったのか・・・・


「あれ、さっきの子だよね。このスピーチってさ、試験でトップだった生徒がやるんでしょ。なんかすごいね」


とケイがつぶやく。たしかに学級委員長とか生徒会長によくいる優等生タイプにも見える。でも、さっきの雰囲気は、なんというか、普通の優等生とはひと味違うというか・・・。


「バカケンジ、なにエロい目して見てんのよ」


美月がこっちをにらんでいる。おいおい、俺が誰をどんな目で見ようが、お前には関係あるまい。何が不満なんだ。


「ふーん、下僕さんは他の女子に興味を持っちゃいけないのか」


とケイはまた突っ込む。ほっといてくれ、だから違う・・・・。俺は、思わず声を出しそうになる。とりあえず、俺はそこで踏みとどまったのだが・・・。


「そうよ、こいつは私の下僕なんだから」


おい、声が高いぞ美月。見ろよ、また周囲の注目を集めてしまったじゃないか、しかも、その単語を聞かれてしまったらしく、周囲がちょっとざわついている。あー、これでまた、あらぬ誤解を受けてしまいそうだ。


「なるほどなるほど。そーゆー事ですか」


とケイはニヤニヤしている。おい、お前は何を納得している? これは、やはり後でクギをさしておかないとヤバそうだ。


「以上、新入生を代表して入学にあたっての抱負をのべさせていただきました。未熟な私たちですが、これからよろしくお願いします」


大きな拍手。それから、式の最後に校長の訓示。まぁ、中学も高校も校長の訓示というのはあまり変わらない。そういう意味で、意外性のまったくないお話である。まぁ、一介の新入生としては、ありがたく拝聴するしかないのだが。


「さて、最後に本日、諸君に新しく着任された先生を紹介しておく。フランク・リービス先生だ」


ステージの下手側から、さっきのフランク先生が出てきて校長の脇に立つ。


「フランク先生は本アカデミーの優秀な卒業生だ。恒星物理学者として、恒星進化論を専門として研究されている。とりわけ、超新星の爆発過程については現在、第一線の研究者として活躍されている。先日までベテルギウス星系で、超新星爆発の予兆観測をされていたのだが、一旦地球に戻って、アカデミーで観測結果の分析をする事になった。いい機会なので、研究の合間に諸君の指導をお願いする事にした次第だ。諸君も学ぶところが多いと思う。先生には宇宙物理学の講義と、操船実習を担当してもらう事になる。フランク先生はパイロットとしても一流の腕前だ。いろいろな技術を学び取る事ができるだろう。では、先生、生徒に一言お願いします。」


フランクはちょっと照れくさそうにしながら、一歩前へ出る。


「フランク・リービスです。また、この懐かしいアカデミーの雰囲気の中で研究や、諸君の指導ができる事を嬉しく思っています。教師としてだけでなく、アカデミーの卒業生としても、諸君に私の知識や経験を受けついでもらえれば幸いです」

「おお、なかなかカッコいい先生だね。受け持ちになってくれると嬉しいかな」


横でケイがささやく。こいつもなかなかの性格のようだ。こりゃ、美月と一悶着起こさなきゃいいのだが・・・。


「ふん、ありふれた感じの教師じゃない。あんな新米教師に受け持たれたら、こっちが不安になるわ」


ほら、始まった・・。こんなふうに美月が突っかかるのは、ある種の宣戦布告っぽい感じがする。たのむから俺を挟んで両側で暴れないでくれよ・・・。


「ちっちっ、見る目ないね。思うにあれはかなり倍率高いと思うよ」


おいおい、倍率って、なんかちょっと話が違わないか。いや、そういう意味では周囲の女子たちも、どうやら同じ考えみたいで、ひそひそ話があちこちから聞こえてくる。どちらかと言えば、美月のほうが特殊なわけだ。


「倍率高い? 笑わせないでよ。少なくとも私の趣味じゃないわね」

「あ、そっかぁ、星野さんは下僕さんがいるもんね。他の男にゃ興味ないか。うんうん」


こら、そんなところに結びつけるな。いかん、こいつはやはり危険だ。しかし、反対側にいる奴の方が、今はもっと危険なオーラを発散させている。こっちを先に鎮めないと一騒ぎ起きそうだ。


「おい、やめろって。俺とこいつはそんなんじゃなくってだな、そもそも昨日会ったばかりだし」


どうやら、その言葉がまた美月の神経を逆なでしたらしい。


「バカケンジ、いつから私をこいつ呼ばわりできるようになったのよ。別に、あんたなんか何とも思ってないんだからね、私は!」


いかん、今度はこっちにオハチが回ってきそうだ。


「あれ、そうなんだ。じゃ、私がもらっちゃおーかなぁ」


ケイがいきなり俺の腕に抱きついてくる。え、なんだこれはいったい・・・。ちょっと待て、頭がついていってないんだが・・・。


「す、好きにすれば?」


おいおい、美月さん。お顔がかなり怖いんですけど・・・。


「あれー、中井君、お許し出ちゃったね、どうする?」


おい、たのむからこれ以上状況を悪化させないでくれ。ていうか、誰か俺を助けてくれ・・・、などと思っていたら、後ろで咳払いがした。振り向くと、ちょっとコワモテの教師が一人。


「おい!入学式中だってのに、新入生がなかなかいい度胸だ。終わったら3人ともちょっとここに残れ。いいな!」


やばい、これはやばいぞ。入学式当日、居残り説教確定じゃないか。なんなんだ、これは。俺は疫病神にでもとりつかれてるんじゃないだろうか。


「ありゃ、怒られちゃったねぇ。入学初日にお説教かぁ。ま、いつもの事だけど」


おいおい、お前はいつもでも、こっちは違うんだよ。美月は今にも暴れ出しそうな顔してるし、でも、これ以上騒ぎを起こすと説教くらいじゃすまなくなりそうだ。俺は、なんとか両方をなだめつつ、早く式が終わってくれる事だけを祈っていた。


「それでは、これにて入学式を終了します。新入生はこのあと各自、指定されたホテルに入って待機、明朝8時に宇宙港7番ターミナルに集合してください。その後、各自割り当てられたシャトルに乗船してL2の本校へ向かってもらいます。以上、解散」


周囲の生徒たちは、席を立って会場から出て行くのだが、俺たちは居残りだ。だんだん周囲の生徒がいなくなり、やがて俺たちと数名の教師や係だけが会場に残っていた。


「さて、まずは名前を聞かせてもらおうか」


さきほどのコワモテの教師がやってきて言う。さすがに、この状況下では美月もケイもちょっと緊張気味だ。もちろん俺もかなりビビっている。とりあえず起立。


「中井です」

「星野です」

「沢村です」


教師はおもむろに3人の前に立って、


「中井、星野、沢村、おまえらはどうして残されたか、分かってるな。中井、言ってみろ!」

「はい、入学式中に私語をしました」

「私語だと? 俺にはお前がその女子2人となにやら楽しそうな事をしているように見えたが? それに、お前ら3人は、そもそも遅れてここに入ってきただろう。いったい、どういう了見だ。この式はお前たち新入りのために開かれているって事を分かっているのか? どうだ、星野!」

「はい、分かっています。すみません」


美月がいつになく殊勝になっている。


「いや、分かっとらんな。そもそも、分かっていたら式中にあんな悪ふざけはしていないだろう。どうだ、沢村!」

「すみません。ちょっと浮かれてました」

「ちょっと、じゃないだろう。俺が声をかけた時お前は何をしていた?」

「すみません、かなり、浮かれてました」

「まったく、初日からそんな事じゃ、これからが思いやられる。まぁいい。これから当分は浮かれる暇もなくなるだろう。とりあえず今日は罰として、ここの片付けを手伝っていけ。いいな」

「はい」


なんてこった。初日に居残りで罰当番かよ。でもまぁ、こんなもんですんでよかった。


「よし、じゃ手伝う内容は受付にいる先生に聞け。さぁ、さっさと行け。ぐずぐずするな」

「はい」


俺たちは追い立てられるように出口に向かって走った。受付には、さっきの先生。


「あらあら、また君たちか。入学式当日から、色々やってくれるじゃないの」

「すみません、俺たち何をすれば・・・」

「そうね、女子二人は私を手伝ってちょうだい。それから、中井君はステージの上の片付けを手伝ってもらえるかしら。男手が少ないから頑張ってね」


そう言われて、俺は会場内のステージに向かう。飾り付けやらの片付けが始まっている。何人かの教師と生徒会役員らしいのが数人。


「すみません、中井といいます。こちらを手伝えと言われてきたんですが」


ふと見るとフランクがいる。


「あれ、君たちか、もしかして入学初日から罰当番ってのは」


とフランク。


「どうも、そのようで・・・・」


俺は苦笑いしながら答える。


「よし、それじゃ頑張って働いてもらうぞ。まずはそこにあるパッケージから地下の駐車場に移動させるんだ。そこのハンディーリフトを使うといい。使い方はわかるな」

「はい、わかります」


ハンディーリフトというのは小型の運搬ツールで、重力調整機構を内蔵している。これがあれば、一人で数トンくらいの重さの物は運べる。空中浮揚台車といったところだ。


荷物は一個ようやく手で持てるようなパッケージが8個ほど。それをリフトの上にまずは乗せて・・・と。最近、運動不足だから。これが結構こたえる。それからリフトを浮かせて引っ張っていくわけだ。重量だけでなく、慣性質量も制御できるので、乗せてしまえば取り回しも簡単である。その昔、人類が初めて宇宙の無重力を体験したとき、調子に乗った宇宙飛行士がよく壁で体を強打したという。重量はなくなっても質量は変わらないから、動く方向を変えようとすれば、その体重(慣性質量)に応じた力が必要になるという物理法則を忘れた結果である。今では、この慣性質量もある程度制御できるので、方向転換もそれほど力を使わなくてすむ。


さて、さっさと運んでしまおう、と荷物を動かしかけたところで、後ろで声がした。


「先生、これはどこへ持って行ったらいいですか?」


声の主は、あの代表スピーチをした女子。まさか彼女も何かやらかして・・・?


「クレア君、手伝わせて申し訳ないな。それも地下駐車場だ。ちょうどいい、そこの罰当番に一緒に持って行ってもらうといい」


う、罰当番かよ。間違いはないけど、そうあからさまに言われると、ちょっとムカつくのだが。


「中井、ちょっとこれも一緒に運んでやってくれ。新入生代表にこんな片付けを手伝わせちゃ悪いだろ」

「いいですよ。こっちにください。持ってきますから」


俺はちょっと引きつった声で答える。


「すみません。お願いできますか?」

「あ、もらいますよ」


と俺は荷物を取りに彼女の方へ。


「あら? あなた確かさっきロビーで」

「あはは、そうです。中井ケンジです。よろしく」

「マリナ・クレアです。こちらこそよろしくお願いしますね。中井君も生徒会のお手伝いですか?」


おっと、生徒会・・・そうだったのか。まぁ、学年トップなら生徒会入りは確実だが・・・。しかし、どう説明したものか・・・。


「ああ、そいつらは、君がスピーチしてる最中に、ちょっとお行儀が悪かったから、罰として手伝ってもらってるだけだ。遠慮は無用だからどんどん使ってやってくれ」


と横からフランクの声。まったく身も蓋もない言い方をしやがるぜ。それに、俺たちが騒いだのは彼女の時じゃなくて、あんたの時だろうが。


「え、そうなんですか?」

「あ、えーっと、ちょっと俺の周辺で騒ぎが起きて、巻き込まれた・・・というのが正しいのかと・・・。あ、とりあえず、それ持って行きましょう」

「あ、お願いします。私も駐車場側の手伝いをしないといけないので一緒に行きますね」


俺たちは、荷物を引っ張ってステージ脇から通路に出た。その先に荷物用の昇降シャフトがある。


「クレアさん、新入生代表なんてすごいですね。トップ合格なんでしょう?」

「あ、マリナでいいですよ。たまたまです。本当はあんな目立つ事はしたくなかったんですけど。決まりだからと言われてしかたなく」

「ところで、どうしてアカデミーに?」

「私、医者になりたいんです。それに、父が巡航艦に乗り組んでいるもので、小さい頃から宇宙にはあこがれていて」

「へぇ、マリナさん、メディカル志望なんですね。俺は一応パイロット志望なんだけど、やっぱり父親の影響かな」

「中井君のお父さんもやっぱり宇宙関係のお仕事ですか?」

「いえ、単なる天文マニアだっただけですよ。よく星を見に連れて行ってもらっていて、それで宇宙に興味を持ったという訳です。あ、俺の事もケンジでいいですよ」

「そうですか、素敵ですね。お互い夢が叶うといいですよね」


なんだ、この会話は・・・。なんとなくいい感じじゃないか。いや、まてまて、相手は学年トップの秀才。これは絶対どこかに落とし穴があるに決まっている。でも、いい感じの娘だよな。などと、ちょっとぼーっとしていたら、いきなり後ろから声がした。


「こら! バカケンジ、あんたそんなところで何やってんのよ」


振り向くと美月とケイの二人が小箱を持って立っている。


「何って、見りゃわかるだろ。これを地下に運んでるとこだが、なにか?」

「どこかの女子と、おふたりで?」


おいおい、そういう絡み方はまた誤解の元だからやめろって。


「ありゃ、中井君、結構やりますなぁ。早速新しいお友達作っちゃいましたか」


ケイはちょっと面白がっているみたいだが、これはまたきな臭い感じの展開になりそうで・・・。


「あ、こちらは、マリナ・クレア、一緒に片付けを手伝ってくれてるんだ。この二人は星野美月と、沢村ケイ、同じ新入生だ」

「マリナ・クレアです。よろしくお願いします。あ、お二人ともさっきケンジ君と一緒にお会いしましたよね」

「け、ケンジ君?」


やばい、美月の顔が怖い・・・。


「ほーほー、早くもファーストネームの間柄ですか。ねぇねぇ、中井君、私も呼んでいいかな」


ほら、またケイが火に油を・・・・。これはやばい、マジやばい。


「二人とも、言っとくけどね、こいつは私の下僕なの。下僕。そりゃお友達つくるのは勝手だけどぉ、私はこんな奴、なんとも思ってないけどぉ・・・」


うわー、助けてくれ。このあとの展開が怖い。


「あ、そう言えば・・・・」


と、突然ケイが割って入る。


「中井ケンジと星野美月って、今思い出したよ、あんたたち34便の二人だよね」


うわ、ここでそれが出てくるのか?でも、ここまでの展開よりもそっちの方がまだマシかもしれない。


「あ、ああ、・・」

「おお、すごい、私ってば超有名人の二人とお近づきになっちゃったわけか」

「え、34便って、あの遭難したシャトルを操縦して全員生還させた?」


とマリナが驚いたような顔をする。


「そうそう、そうだよね。たしか附属高の新入生って言ってたし。あんたたちなんでしょ?」


とケイ。


「そうよ、驚いた?」


などと美月が自慢げに喋ろうとするが、ここでこいつに演説させたらたぶん終わらない。


「い、いや、そうなんだけどね、あれは偶然そういう場面に居合わせたからで、そんなたいそうなもんじゃないから」


と、取りあえず話に割り込んでおく。美月は不満そうな顔をしているが、あんな事、他の新入生に自慢したって何の得にもならんだろう。


「でも、すごいよねー。いきなりTS5型を飛ばしちゃったわけでしょ。いいなぁ」


ケイが目をキラキラさせている。


「無免許運転だから、滞空時間にはカウントされないけどね」

「カウントどころかマイナスだ!」


突然後ろから太い声がした。振り向いたら、さっきのコワモテ教師。やばい。


「何をこんなところでサボってる。どうやらお前らはさっき俺が言った事を全く理解しとらんようだな。そもそも、運がよかっただけで、お前らがやった事は無謀きわまりない事ばかりだ。操縦課程が始まったら全部一度きれいに忘れさせてやるから覚悟しておけ。特に中井、お前はちょっと生活態度からたたき直さないといかんようだが」


えー、俺はこいつらに巻き込まれてるだけなんですけど、なんで主犯格にされてしまうんですか? 理不尽すぎる。


「とりあえず、今やっている事を急いで終わらせろ。日が暮れるぞ。後はL2に行ってからだ。徹底的に絞ってやるから覚悟しておけ。いいな!」


そう言い放つと教師は立ち去った。


「あちゃぁ、また怒られちゃったね。こりゃ、目つけられちゃったかなぁ」


ケイが頭をかきながら言う。


「なによ、あいつ。私たちを目の敵にして」


と美月。


「まぁまぁ、あの先生の言うとおりなんじゃないかな。俺たちは運がよかっただけだから。それよりも急いでこれを運んでしまおう」

「そうですね。でも、やっぱりすごいな。とっさにそういう事が出来るって、私は尊敬しますよ」


マリナさん、あなただけが俺の救いです。なんだか、このまま天に昇って・・・、あれ?

なんだか冗談抜きで足元がふわふわする。一瞬、目眩がして俺はその場に倒れていた。

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