閑話 空洞の覗く面持ちにⅠ
恩人
齢が十二、十三に満たない幼少の頃のヘレンは、受けてきた教育の質が露呈するような、粗野で礼節のなっていない子供だった。言葉遣いは乱暴で、浅学ゆえに処世術も知らない。
しかし孤児でありながらも、マダスティア国で産まれて宗教を基礎知識として養育された彼女は、聖職者としての適性は並みの大人と比較しても頭一つ抜きん出ていた。模範的な教徒として生活をしていれば良いと思っていた彼女の体たらくは、放浪者と同等のものだろう。
「はしたない真似は辞め、貴方の言動の全てが神の代弁であり鏡だと思いなさい」
そんなヘレンに手取り足取り教育を施してくれたのは、先輩的立ち位置の聖職者である、齢二十一の女性、ミネルヴァだった。彼女は国内でも稀有な色素異常の虹彩をもつ、オッドアイ。彼女いわく父母譲りの漆黒の目に、澄んだ空も劣る程に美しい青い目。
あくまでも友人であり同僚のミネルヴァは、ヘレンは胸中で姉も同義のように慕っていた。ミネルヴァは女性らしい気品をまとい、礼儀正しく所作の末端に至るまでもが美麗で、しかし行動力のある格好良い大人だった。自分の命よりも人のことを優先する理想家でもある。
幼いながらに両親の居ないヘレンに同情したのかは不明だが、元々貴族だった家系の出身らしいミネルヴァは、ヘレンに上等の教育を施して作法を教えた。
ある日ミネルヴァがヘレンに向かって言った。女神セシアを招来する依代の一部に選ばれたことを。当時は名前も知らなかった『魔女』という存在が、セシアを現界させる方法を握っているらしい。
そしてミネルヴァはその神秘の秘宝が如き青の片目を、女神への献上品として捧げた。
医療技術が発達していなかったのか、特異な処置を執り行ったのかは不明だが、乱雑な手術に眼球を抉られ、あらわになった眼窩の空洞を外気に晒しながら、久方ぶりに会ったミネルヴァの表情は、変わらず瀟洒で眉目秀麗だった。
後顧の憂いがないような清々しい顔をして薄く笑う彼女のようになりたいと思いながら、ヘレンは気がついた。女神が復活すれば皆が救われて世界に平穏が宿るのであれば、このぐらいのことは容易いと。
そう思いながら、誰かのために自身を犠牲にし、一つの目標に真摯に足を進める人物こそが、女性の大成なのだと。
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