悪役令嬢が物申す!

環 成海

悪役令嬢が物申す!

「リゼット。俺はお前との婚約を破棄する。俺はクラリスと結婚する」


 ここは学園内のダンスホール。卒業ダンスパーティーが行われている。私の目の前に立つ男は私の従兄弟で"元"婚約者のエルネスト第一王子。そして、彼に支えられながら立っている女はソフィア。平民ながらも特待生としてこの学園に入学した少女だ。 

 

 その時、私は思い出した。私、リゼット=アリアンヌ=ラフォンはテンプレ通りのいわゆる悪役令嬢だということに……。


***


 私は前世でとある乙女ゲームにはまっていた。平民の主人公が貴族の子ども達が集まる学園に入学して、そこでイケメンと甘々の恋愛をするゲームだ。このゲームで一番人気があるキャラクターはエルネスト王子。彼は女性にあまり興味がないが主人公にどんどん惹かれていく。その二人の恋を邪魔する存在がこの私、リゼットだ。リゼットはありとあらゆる嫌がらせを主人公にしてくる。逸れに主人公は健気に耐え続けるのだ。そして、エルネスト王子はそれを理由に婚約破棄を突きつける。それが今この時だ。このまま行くと、ラフォン公爵一族は一瞬にして廃れて、一ヶ月後には王位を継承したエルネスト王子に無期懲役を言い渡され獄中で自殺する。これがハッピーエンドだ。主人公が王子と結ばれないバッドエンドでは私が王子と結婚する。しかし、王家とラフォン家の対立がおき、国は混乱に陥る。バッドエンドではこの婚約破棄のシーンはない。王子とリゼットが二人でダンスパーティーに参加するのを見て耐えられずに部屋に逃げてしまう。その後の展開もバッドエンドながらもとても甘い展開なのだが割愛する。


 そして、これがバッドエンドと言うことなら私は無期懲役の上、自殺だ。いくらなんでもこれは無いと思う。そもそも、私はソフィアを無期懲役になるほどいじめた覚えはない。確かに嫌みは言った。それも、言われて仕方の無いことだ。ただ単に私の前世の記憶が微かに残っていてそんな大きないじめをしなかっただけで実際のゲームでは酷いいじめを行ってたのかもしれないがそんなシーンがあったことは覚えていない。しかし、この学園は貴族のための学園。別に平民が入学することが悪いと言うわけではない。彼女は彼女なりに努力をしたのだからそれはむしろ称賛するべき点だ。だが、嫌みを言われた、言葉遣い、服装、マナー等は努力して直そうとしようと思わなかったらしい。


「リゼット。何か言うことがあるなら言え。俺は一ヶ月後に王位を継ぐ。お前への裁きをすぐ決めることになる」


 彼はソフィアへの謝罪を求めているのだろうか?それはお断りだ。頭の回転が悪い私には無期懲役を回避する方法なんて思い付かない。ならば、私の言葉をすべて彼らにぶつけてやろう。私はゲームでは失ってしまったリゼット=アリアンヌ=ラフォンとしての威厳を失わない。


「もちろん。お二人に申し上げたいことはたくさんございますわ。まず、ご婚約、おめでとうございます」


 私はしっかり前を向き二人の顔を交互に見つめた。二人とも怪訝そうな顔をしている。


「リゼット……。お前、なんのつもりだ?今まで俺にしつこく、くっついて来たくせに……」


「自意識過剰も大概にしてください。エルネスト王子。このような者が王になるのでは国民として不安でしかありませんわ」


 私は冷ややかな目で彼を見た。


「さて、さっきから言っているように私はあなた方に言いたいことがたくさんあります。まず、ソフィアさん……いや、ソフィア皇后に成るのでしたね」


「この状態でもお前はソフィアをいじめるのか?全く、見下げた奴だな。ほら、見ろ。ソフィアがふるえている」


 エルネスト王子が口を挟む。一体彼はいつからこんな口うるさくなったのだろう。それに、ソフィアが弱いだけだ。


「わ……私、聞きます。ちゃんと聞きます。エルネスト様、私、頑張りますから……黙っていてください」


 めんどくさい女だ。エルネスト王子は心配そうな顔をしてソフィアを離した。そして、私の前まで来た。


「ありがとうございます。ソフィアさん。私、今までのソフィアさんへの"注意"がソフィアさんの気持ちを傷つけてたてたなんて気づきませんでしたの」


 エルネスト王子は今にも噛みつきそうな顔をしてこちらを睨んできた。はい、無視無視。


「なんで……。リゼット様はあんなこと言われて傷つかないんですか?」


 ソフィアはすでに涙目だ。私、そんなきつく言ったかなぁ?


「ええ。だって、私……いや、ここにいるあなた以外の特に女子生徒はもっと厳しく言われて育ってきましたわ。マナーや言葉遣い。入学前もたくさんのパーティーやお茶会に参加して自分を厳しく磨いていったのですよ。ただ、踊って、美味しいものを食べて、おしゃべりすることはソフィアさんが思っているよりもずっと厳しいものなんですよ。ちょっとした動作に一つ一つしきたりがあるのですよ。これ、何回も言いましたよね?」


「でも、私……平民出身でそんなマナーなんて……」


「私は何回も注意しました」

 

 ソフィアが言い切る前にピシャリと言った。


「でも、エルネスト様も私は私のままでいいっておっしゃってました」


「そうですか。でも、ここは貴族のための学園です。私もですが、あなたの行動を不快に思う方も少なくありません。エルネスト王子は何も感じなかったようですが。それに、この学園に入学したということは少なくとも将来は貴族と干渉しなければならない職につきますよね。王族になるならばなおさらです。マナー等を身に付けないでどうするつもりだったのですか?確かに、私は嫌みを言ってしまいました。しかし、最初は優しく言いましたよね。でも、あなたは何も聞いてくれませんでした。しかも、あたかも私が悪者のように泣くばかり。そりゃ、嫌みも言いたくなりますわ。逆に伺いますが、そんなことされて傷つかないのですか?」


「だけど、……だけど!私は、傷ついたのを嫌みとしてリゼット様に返していません。復讐はしてないんです」


 ソフィアは凛とした表情になった。いや、そんなどや顔しても注意聞かなかったお前の方が百パー悪いからな?


「復讐ならしてるじゃないですか?現在進行形で。全校生徒の前で婚約者が婚約破棄をして、私を悪者のように扱う。どうせ、企画したのはソフィアさんではなく、あの自意識過剰王子かその取り巻きでしょうが、ソフィアさんもその作戦に乗ったんですよね。同罪です。ここで言う必要性はありませんよね。後で呼んでいただいても、婚約破棄のお話について今のようにしっかり聞きましたわ」


 ソフィアは泣きながら下唇を噛んでいた。


「ソフィアさんは入学して少しした時に、教室で『私たち平民は、貴族と違って大変なことをたくさん乗りこえてきた分強い』と高らかにおっしゃっていましたよね。でも、少し正論を言われて泣くような娘が強いように私は思えません。別に、貴族が大変だと言っているわけではありません。だって、私は平民になったことがありませんから。だけど、あなたも貴族になったことはないのにそんなことを言えるわけがないのでは?

 ソフィアさんあなたへのお話はおしまいです。何か、私に言いたいことはありませんか?

 ……お答えにならないと言うことは無いということかしら?じゃあ、誰か、ソフィアさんの体を支えてあげてください。必要ならば医務室に。泣きすぎて倒れてしまったらいけませんから」


 すると、真っ先にエルネスト王子が動いた。


「エルネスト王子。あなたはダメです。あなたへの話は始まってすらいませんわ。あなたはここにいてください」


「貴様。次期皇后を泣かせ、次期王に命令とはな」


「あなたが私に言えと言ったのでしょう?どうせ、私が取り乱す様子か謝る様子を見たかっただけなのでしょうが、私はあなたが思っているよりもずっと冷静ですわ」


「俺には何を言いたいんだ?さっさと言え。ソフィアがこんなに苦しんでいるんだ」


「あなたが言えと言ったのにその態度はなんなんですか?まあ、いいですわ。

 

 私は八歳の誕生日にあなたとの婚約を親に知らされましたわ。私は三日間反対を続けましたわ。だって、私はパーティーで出会った隣国の伯爵家の息子に恋をしていたからです。今でも彼のことは覚えていますわ。そして、エルネスト王子と結婚することが家にとって一番良いと無理やり考えて私は彼のことは忘れることにしました。彼との思い出は全てしてようとしました。でも、彼がくれたこのペンダントだけは捨てることが出来ませんでした」


 私はいつも首に下げているペンダントをハンドバックから出した。


「それ、王子があげたものじゃなかったんだ……」


 エルネスト王子の取り巻きの一人が呟いた。


「そうよ。そもそも、私が毎日あの自意識過剰王子がくれたものなんか持ち歩くわけないわ。皆様は私はエルネスト王子を愛してると思っているのでしょうけど、私は微塵も王子のことは愛していませんわ。でも、王子との婚約を決めた日から、王の隣に立つものとして相応しいものとなろうと思い家庭教師を増やしてもらいたくさんのことを学びました。そして、王子とも出来るだけ仲良くしようと心がけました。でも、王子は私はこんなに頑張っているのにこっちのことを振り向きもしなかったわ。昔から王子はそうですわ。人が一生懸命話してもてきとうな返事をするか無視ばかり。それがかっこいいと言っている声もたくさん聞きますが、それで顔が悪かったら最悪ですわ。それでも、自分のお気に入りだけにはしっかり対応をする。私にとっては今でも王子はただのわがままな子どもですわ。その事に関連してですが、王子は私のことをずっと冷たくあしらってきましたよね?それなら、私がソフィアさんに嫌みを言ったことに対して文句を言えるのですか?」


 王子は顔を真っ赤にした。今にも、腰に差してある剣を取り出さんばかりにふるえている。私は護身用に持っている短剣をいつでも取り出せる準備をした。


「さっきも言いましたが、こんな全校生徒がいる場で婚約破棄を突きつけ、私を悪者のように扱うだなんてどうかと思います。なんで、ここで行おうと思ったのですか?提案したのは誰ですか?王子様。そんな腐った考えの者は我が国には必要ないと思いますわ。まさか、次期王というわけがありませんよね?」


 エルネスト王子の取り巻き達が王子をチラチラと見る。王子は追い詰められたような顔をした。


「腐った考えの王と礼儀のなっていない皇后。ぴったりのカップルだと思いますわ。しかし、そんな方達に仕えるなんて私は我慢出来ませんわ。

 弟のアベル王子に王位を譲るのはどうでしょうか?アベル王子とも何度か交流がありますが、話してみる限り勉学や政治などにも興味を持ち、いろいろな立場の人のことを考えることの出来る王子だと密かに評判になっていますわ。それに、最近の噂ですと、アベル王子派の貴族が増えてきていてエルネスト王子の即位の時にクーデターを起こす噂があるとか無いとか。あ、その大体がパーティーなどでエルネスト王子に冷たい態度をとられた方や娘がとられた方ばかり。王族の次に権力があるラフォン家がまだエルネスト王子派でよかったですね。私は正直、アベル王子がなってくれたらいいと思いますし、父だって、もし私がエルネスト王子と婚約していなければ確実にアベル王子派だったと思いますわ。婚約がなくなった今、父がどのように対応するのかは存じませんが。

 私はもう言うことはございませんわ。楽しいパーティーをこんなものにして申し訳ありませんでした。私から学園長様に無駄にしてしまった時間を延長していただけるようお願いをしておきますわ。では、私はここで失礼しますわ」


 私は優雅にお辞儀をして、その場から立ち去った。


*+*


 その後、私は男の兄弟がいなかったためラフォン領の領主となった。結局、エルネスト王子はアベル王子に王位を譲り、ソフィアとの婚約を発表した。しかし、学園に在籍する子どもがいる貴族から私をめぐっての話が出回り、猛反発を食らうことになったらしい。その、猛反発の中、盛大な結婚式が行われ、あの二人も国民達も歯止めが聞かない状態だ。

 私はいつも通りに優雅にお茶を飲みながら


「私は、結局悪役令嬢だったのね」


と言い、ゆっくりと微笑んだ。

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