異形と機械
あっけにとられたナージェの表情に、姉弟はますます機嫌をよくした。
「さて、と。ナージェちゃん、イェンくんにも話し聞かせてもらえないかな?」
「う、うん」
バカ女にうながされて、ナージェは棺を置くスペースを探す。けれども、足の踏み場もない部屋ではなかなか見つからない。
――ナージェ、僕、飛べるから大丈夫だよ、たぶん。
「嫌よ。前に背負ったまま解き放ったら、君の体に取りこまれそうになったじゃない。……あの、棺を置きたいんだけど」
――そんなぁ。
取りこんだりはしないよ。ナージェを全身で撫で回したいだけなのに。
四角い機械の隙間から、マギが四角い白のテーブルのようなものを持ってくる。
ナージェのふくらはぎまでの高さのテーブルは、小さな舞台のようだった。その上に棺を置いたナージェは、手をかざして短い
「その名は、イェン」
ドロドロと棺の表面から溢れ出す僕の体に、姉弟の顔が引きつる。テーブルからはみ出さないように体の大きさを調節しながら、足を生やして、手を生やす。最後に一つの目玉と赤黒い奈落の口を作って、実体化を完了させた。
「どうも、イェンです」
我ながら、マヌケなことを言ったと思う。けど、耐えられなかったんだ。ナージェの不快そうな顔と、姉弟の引きつった顔に。
「……てっきり、蓋が開いて中から出てくるのかと思ったのに」
ボソッとバカ女が失礼なことを言ってくる。棺の中から出てくるわけがないじゃないか。だってこの棺は――ま、いいや、忘れよう。今はナージェがいるから。もし、ナージェがいなかったら、ぶち殺してやるところだったのに。
弟のマギは鼻の頭をこすりながら、不快感と戦っていたようだ。
「ずっと、僕らの側にいたんだね」
「ナージェの側にいたんだよ」
そこは間違えないでほしい。僕のことは話したくなかったから、話をすすめることにした。
「それで、アルゴが機械ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。あたしたちが開発している人工知能がアルゴ。人工知能って言ってもわからないか。えーっと……」
「機械の頭脳ってことろかな」
バカ女のよく理解できない言葉を、弟が補足する。彼は、管に繋がった金属板を僕らに見せてくれる。
「ま、実際に見てみてよ。……アルゴ、何を認識している?」
マギに答えるように、文字が浮かび上がる。
『マナとマギ、旅人のナージェに、異形のイェン』
ずいぶん読みやすい文字と文章だった。
「君が、
文字の違いに驚いて訊いてみると、すぐに別の文章が浮かんできた。
『吾輩である。電磁波の乱れが以上レベルを超えていたため。接触すべきと判断。不快な思いをさせたのなら、申し訳ない。謝罪する』
やっぱり、機械だなんて信じられない。理解できない言葉も多いけど、別の部屋にアルゴという人間が隠れているのかもしれない。
「マナさん、なんのための機械なの? 正直、まだどこかに誰か隠れているんじゃないかって思ってるんだけど」
「よくぞ、聞いてくれました」
まってましたと言わんばかりに、バカ女は話し始める。
「エルドラドの機械で人工知能が使われているものは、少なくないんだ。たとえば、旅人を最初に出迎える機械人形にも搭載されていて……」
彼女の長い話をまとめるとこうだ。
アルゴは今までなかった高性能の人工知能らしい。
まだ完成していないけども、完成したら人間以上の思考能力を持つらしい。
ゆくゆくは、機械も人間も、エルドラド全体を管理させたいらしい。
そうすれば、反体制派も機械だからと侮るようなやつはいなくなるらしい。
「もちろん、アルゴを独裁者にするつもりはないよ。人間のよきパートナーになってもらうんだ。機械の代表としてね。人間は感情で物事を判断することが多い。移民を見下して、最下層で重労働をさせるとか、不効率で非人道的な仕組みよりも、ずっと効率がよくて街中が納得するような、新しい仕組みを提案してもらう。効率がよくて人道的な仕組みがあれば、反体制派だって黙るしかないからね」
僕はもう一度、金属板を見た。今は文字も何も浮かんでいない。
「もしかしてそれって、未来を先読みしてもっともいい方法を選択していくってこと?」
「ナイスだよ、イェン。まさに、そういうことだ」
マギは興奮で声を上ずらせながら、首を縦に振った。
「みんなが幸せになる選択していくために、アルゴは必要なんだ」
「ふぅん、そっかぁ」
まるで、ナージェの予見のようだ。未来を知った彼女の言葉に、ユートピアの連中は、無数にあった選択肢を捨てていった。
ああ、なんて素晴らしい街なんだ。空の必要性だけでなく、ナージェの罪を認めさせるために揺さぶる材料を与えてくれるなんて。
ほの暗い思いに心を震わせていると、金属板に文字が浮かび上がった。
『吾輩は、イェンとの対話を望む。君は人間ではない。吾輩にもっとも近い存在だ』
「そうだね、そうかもしれない。でも、僕は機械じゃない」
『理解している』
すごいとバカ女が感嘆の声を漏らした。
僕とアルゴの対話の横で、姉弟がナージェにこんなに滑らかに会話はできなかったと話していた。いつもはすぐにエラーを起こしてしまうとかなんとか。どうやら、昨夜の唐突な会話の打ち切りは、そのエラーだとかなんとか。ほとんど理解できなかった。
『イェンは、人間と自分自身の違いをどうとらえているのか?』
「体がまったく違うよ。普段は見えない存在だし、こうして実体化しても、まったく人間らしくない」
『では、精神面ではどうか?』
「うーん、難しい質問だね。そもそも僕は、人間の思いから生じたんだ。なんていうのかな、魂が変質したのが僕、みたいな感じかな」
『吾輩も、人間の頭脳から作り出されている。イェンは、人間から生じても、人間でないと言い切れるか』
「言い切れるよ。というか、僕は僕。人間だとか異形だとか、そういうのどうでもいい」
もしかしたら、人間じゃない者同士、親近感が湧いているのかもしれない。
あれほど得体が知れなくて不気味だったアルゴとの話が、だんだん楽しくなってきた。
異形と機械。
人間から生まれた、人間じゃない者。
僕はいつの間にか食事とかで、ナージェと姉弟がいなくなっていたことにも気がつかなかった。そのくらい、僕はアルゴに夢中だった。
僕はアルゴと対話を続けた。眠りを必要としない僕は、一晩中、アルゴと語り合い続けた。飽きることはない。理解できない言葉も、少しずつ減ってきた。理解できないとしっかり伝えれば、アルゴは理解してもらおうと苦心する。機械なのに、苦心するという言葉がふさわしいなんて、ちょっとおかしい。
「ねぇ、アルゴ。もし、もしだよ、これから犯罪を犯しそうな人間がいたら、どうする?」
『それは、犯罪を未然に防ぐためにどうするかということか?』
「うん、そう。さっき、最善の可能性を選択するって言ってたから、そういうこともあるのかなって」
『排除する』
「そっかぁ」
残念な回答だった。それでは、影王のような存在を生み出してしまう。
「あのさ、排除するのは簡単だと思うんだ。だけど、まだ罪を犯していないなら、他の可能性を与えてあげてほしいな」
『更生の可能性を探るべきということか?』
「そう、そういうこと。まだ犯していない罪のために排除されるってなったら、誰だって抵抗するだろうし、ヤケになってもっとひどいことになるかもしれない。だから、その……」
『了解した。イェンが提示した可能性を考慮して再計算した結果、更生を指導するほうが良とでた』
「わかってくれて、嬉しいよ」
本当に嬉しかった。
あんな馬鹿げたこと、アルゴに繰り返してほしくなかったから。
ナージェたちが戻ってきていたことにも気がつかなかったくらい、僕は喜んでいた。
「すっかり仲良くなっているね」
「ナージェ、ビックリした。うん、機械だなんて信じられないよ」
「……そう」
もしかしたら、さっきの対話を聞かれていたかもしれない。ナージェの声がこわばっている。僕の手から金属板を取り上げて、バカ女が笑いかけてきた。
「イェンくん、本当にありがとう。アルゴが完成するまで、ここにいてほしいくらいだよ」
「僕からもありがとう。ここ最近、ずっと開発が進まなくて困っていたんだ」
「えーっと、どういたしまして」
ナージェを見ると、呆れたようにため息をついた。もういつもの彼女だ。
「丸一日、君はそこにいたのよ。もしかして、おしゃべりに夢中で、そんなことも気づかなかったのね」
「あ、え、もうそんなに時間がったったの?」
まったく気がつかなかった。
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