二十年 三月 「雪解」

 雪解ゆきげというのは、雪国や山岳地帯の雪が溶け始めること。そのため川が増水して轟々と響き流れることもある。(俳句歳時記・春 角川書店より引用)という早春の季語です。雪は突然に全部が溶けるのではなく、積もり積もった雪が徐々に溶け始めるのです。



 雪解川溢れて木橋軋ませる


 

 ローラ・インガルス・ワイルダーは名作『大きな森の小さな家』シリーズの作者です。アメリカの大自然の中で作者本人と覚しき開拓者家族の次女が少女から大人になるまでの成長が物語られます。その三巻目『プラム川の土手で』には雪解けの川の恐ろしさが紹介されています。危険だから絶対に近づいてはいけない、と両親に言われていたのに、一人で川に入ったローラが激流に流されそうになる恐ろしいエピソード。はじめて読んだのは中学生の頃だったかと思いますが、まるで自分が体験したかのように恐ろしい記憶として残っています。

 普段は穏やかな流れの川が、春先になると山々の雪解け水を運んで轟々と流れ下る。橋を渡りかけた人は手すりを握りしめるが、川はその頑丈な木橋さえも軋ませ、唸りをあげて遙かな海を目指して流れゆく。雪解川は雪解の傍題です。



 ふるさとの山の便りや雪解風


 雪が溶ける頃になると地元の親戚から山の幸が大きな段ボールで送り届けられます。蕗の薹やコゴミ、タケノコ。畑で採れた里芋やジャガイモ。箱をあけたとたん山国の雪解風がひらりと流れ出たような気がしました。雪解風も雪解の傍題です。


 

 ☆☆ 雪解野やゆうべ狐の跳ねた跡


 雪解とはいえ雪が一遍に消えてしまうわけではありません。雪でまだらになった地面には黒々と車の轍が残りますが、野原の雪はまだたくさん積もったままです。そこには夜の間に狐が跳ねた足跡が残っているのでした。雪解けが嬉しいのは狐もきっと同じ。雪解野も傍題。この句は「人」に入選しました。


 雪解と聞いて、町育ちのわたしは想像するしかないのですが、身近な誰かから聞いた話や、本で読んだ記憶が自分のものとして心の奥深くに沈んでいます。



(今日のおすすめ俳句本)


「元気が出る俳句」倉阪鬼一郎(幻冬舎新書)


 俳句って、こんなに楽しくていいんだ?! と思えた本です。なんとなく優等生になりかけていた自分から解き放された気分。俳句を惚れ直した本。

 例えば 「麦秋や今日のしっぽはよいしっぽ」水野真由美



「怖い俳句」倉阪鬼一郎(幻冬舎新書)


 俳句ってなんでもありなの? とビックリした一冊。かなり怖いです。

 例えば 「あじさゐに死顔ひとつまぎれをり」酒井破天


 いろいろな本を読んでゆくうちに、あ、そうかと納得する瞬間があります。


* * *

『大きな森の小さな家』シリーズは講談社の青い鳥文庫や岩波の少年文庫から出版されています。ほぼ実話で大人が読んでも胸躍る名作です。

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