十九年 十一月 「クリスマス」

 クリスマスとは、イエス・キリストの誕生日と、ヨーロッパ土俗の冬至の祭りが習合したもので、クリスマスツリーを飾り聖歌を歌って祝うキリスト教圏の盛大なお祭りです。日本でもプレゼントを贈りケーキで祝いイルミネーションを飾り立てる。……といったところがクリスマスという季語の本意ほいです。「本意」というのは。→「世界一わかりやすい俳句の授業」(夏井いつき)より

 つまりここに書いてあるクリスマス情報は改めて言葉にして伝えなくとも「クリスマス」という季語に詰まっているから敢えて書かないわけです。だから例えば「クリスマスケーキで祝う冬の夜」と詠んだら、言わなくても分かるからボツということ。


 ところで日本でサンタクロースと言ったら全身真っ赤な衣装で統一した白髭のおじいさんで(赤い衣装はコカコーラからのプレゼントらしい)どんな子どもにも優しいという共通認識がありますが、世界的にはトラウマなサンタもいて、例えばドイツには、悪い子を懲らしめる黒いサンタクロースがいます。そのサンタは悪魔のようないでたちで悪いことをした子どもを殴った上にプレゼントに炭を置いていくという冷酷な嫌がらせをします。ドイツと日本ではクリスマスの本意が大きく変わってくるのではなかろうか。



 クリスマス街も戦地も雪景色


 うわ、今、気がついた! 何度言ったらわかるんだ。「雪景色」は季語でしょう。いちいち調べなくたってこれぐらい気付かないと。というわけで季重なりでボツ。


 こんなエピソードがあります。第1次世界大戦の始まった1941年のクリスマス、停戦合意のもとに兵士たちは武器を置き、ともに賛美歌を歌いプレゼントを交換したり、サッカーの試合をしたりしたそうです。停戦の期間が過ぎればまた殺し合いを始めるというのに……。なぜ人間は望まないのに争うのでしょう。何度繰り返せば戦争を止めるのでしょうか。人間には幸福な未来はないのでしょうか。



 赤き実を担ぐ野ねずみクリスマス


 ビアトリクス・ポターの絵本のような絵を思い浮かべました。子どもっぽいというか、内容が薄かったです。



 ☆☆ 森にあらば鳥の寄る辺の聖樹かな


 例年の冬のニュースで、某アメリカの某ロックフェラーセンターの巨大なクリスマスツリーが話題になりますが、わたしには非常に不愉快なんです。モミの木があんなに大きく育つまでに何年かかったと思っているのか。人間のたった一月足らずの宴会の為に生まれてきたんじゃない! あの木を一本伐るだけで、どれ程生態系に影響があるか、考えたことはあるのか! 木だって生きてるんだ、命を飾り物にするなと言いたかった気持ちを俳句に込めたら「人」入選でした。(役目を終えたモミの木は建材となって、貧しい(人間の)家庭の家を建てるために使われるそうです)


                                   つづく

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