第4話

 試合は順調に消化されていき、知美達も二回戦、三回戦は特に波乱なく勝利していった。昼も二時を過ぎたところでベスト4が出そろう。

 知美と菊池。今村と今北は順調に勝ち進み、残る二組は明光中、清華中の一年生ペアが残った。そのペアは両方とも、知美は小学生の時に見たことがある。知美のいた小学校とは別の学校で、今と同じ組合わせだった。小六の最後の試合に出た時には、一回戦と二回戦ですぐに負けていた。

 記憶に残っているのは、どちらも知美がダブルスで倒した相手であり、試合が終わった後に悔し泣きをしていたからだった。


(あの時、泣いてた子達が……)


 風の噂で、一年後の同じ大会ではその二組が優勝と準優勝。そのまま全道大会でもベスト8まで進んだと聞いた。知美の学年でそこまで強い女子はいない。上と下に実力者がそろっているのだと改めて思う。


「はい。じゃあ集合ー」


 多向のどこか気の抜けた声に集められる女子。すぐ傍では男子も庄司に集合をかけられて、ベスト4までの結果を知らされる。

 聞こえてきた情報を整理すると、男子でベスト4に進んだのはシングルスでは次期エース候補である一年の遊佐だけ。ダブルスでは竹内と田野。ある意味順当であり、人材不足があからさまに分かる結果となった。

 浅葉中は一つ上の世代もダブルスとシングルス一組ずつということを考えればあまり変わっていないのかもしれないが、それはどちらも全道クラス、全国クラスの実力だ。飛び抜けているだけに今の遊佐や竹内や田野だと物足りないだろう。


「女子のベスト4の結果ですが、まずシングルス。シングルスは朝比奈さんが一人残りました。第一シードを倒してということで素晴らしいです」


 女子が、というよりも一年生女子が朝比奈に対して拍手をする。二年もけして嫉妬ということはなかったが、拍手は鈍かった。


「次にダブルスですが、こちらは寺坂・菊池ペアが残りました。第一シードとして順当ってところですね」


 多向の言葉に拍手が起こる。しかし、朝比奈の時よりは少なくまばらだった。多向が言ったように順当な結果だからだろうか。それを思うと知美は少し落ち着かない気持ちになる。


(順当だからって……頑張ってないわけじゃないのにね)


 毎回同じ結果を出すために、どれだけ努力しなければいけないのか。知美は一つ上の先輩達を見ていて知っている。同じ期間で誰もが同じだけ実力が上がるならば問題ないが、そんなことはない。誰かは急にレベルアップするし。誰かは何倍も努力しないと上がらない。それを分かっていないのか。

 その場にそぐわない、寂しい気分になっても知美はそれを表に出さず、笑って皆に「頑張ります」と言った。

 話が終わったところで次の試合のアナウンスがかかる。知美と菊池はお互いを見て頷いた後で、コートへと向かった。


「頑張ってね!」


 声をかけてきたのは既に敗れて試合のない二年生の仲間達。結果は残せなくても共に頑張ってきた仲間達の顔を見て、知美は少しだけ気分が戻る。


(そう。まだ部としてうまくまとめられてないけど。一緒にやってきた仲間は信じられる)


 ダブルスの青柳、三木。シングルスの大西。

 知美達が一年生の時、入部当初は六十人を超えていた。その人数も三ヶ月経つ間に、思っていたよりも厳しい練習に辞めていき、残ったのはたったの五人だった。

 そこからほぼ一年くらいの間、この五人で必死に先輩の背中を追ってきた。その時の記憶を共有している彼女達ならば、自分の気持ちも分かってくれると信じられる。


「頑張ってくる」


 その力に押されるように三人へ力強く言って、知美はコートへと早足で向かった。菊池も慌てて後を追う。コートに着くとすでに相手ペアが軽くシャトルを打ち合っていた。

 明光中一年、そしてそれぞれの名前が書かれたゼッケン。

 高山ゆかりと栄塚美保。知美と寺坂のような、身長差の激しいペアだ。長身の高山は菊池よりも高く、しかし顔は小さめで顔立ちは人形を思わせるほど整っている。一方で栄塚は知美と同じくらいの身長で、眼鏡をかけていた。二人ともショートカットで髪の毛が邪魔にならないようにしている。

 似たようなタイプとの対決。さらには、自分達よりも身長に差がある。その分、もしかすると今日当たる誰よりも相性が悪いかもしれなかった。


「まずはベスト2まで」


 二人の様子を見ていた知美の頭に軽くラケットが当たる。後ろを振り向くと菊池がいたずらが成功したような子供の笑顔を見せていた。何度も諭されているだけに今は特に気負ってはいない。それでもそう見えてしまうのだろう。もう自分の性分と考えてもいいかもしれない。


「うん。まずはベスト2まで」


 知美も笑って菊池の右肩に軽くラケットを当てて返した。

 ネットを隔てて分かれてからシャトルを打ち合う。試合を終えた後で間隔が空いたため冷えた体を暖める。機械に油を差すように、少しずつ。肩の回転も整ったところで、審判が試合を始める合図をする。お互いのファーストサーバーのいるエンドへと集まり、正面に対峙した。高山と栄塚は、知美のことを覚えているのかいないのか、勝とうという強い視線を瞳にたたえている。


(強い……けど、負けない!)


 審判に従ってネット前で握手を交わし、じゃんけんする。知美がサーブ権を取り、高山はエンドをそのままの場所を選んだ。知美と同じくらいの背丈の栄塚ではなく、高山がファーストサーバーだということに知美は少し動揺する。


(これで奥に上げたら、どうするんだろ?)


 奥に上げられればスマッシュをうまく打てるのか。おそらく角度はつかないためにハイクリアかドライブ、ドロップなど、選択肢は狭まる。自分もまたその弱点をカバーするためにどんな場合でも前に入れるようなローテーションを鍛えてきた。目の前のペアがセオリーと異なることをする理由は何か。


(試合が始まれば、分かるかな)


 一度、浮かんだ考えを消す。余計な先入観を持たずに試合の中で判断する。以前、ダブルスのコツを先輩に尋ねた時に言われた言葉。どれだけ実践できるか分からないが、心に決める。それだけで余裕が出来てくる。


「フィフティーンポイントスリーゲームマッチ、ラブオールプレイ(0対0)!」

『お願いします!』


 四人の声が重なって、一瞬で戦闘態勢に入る。知美は白帯の少し上をめがけてショートサーブを放った。シャトルは白帯の上から少し離れて飛び、そこに高山が飛び込んできてプッシュする。さほど勢いはつかなかったが、知美の取れる範囲外に飛んでいくシャトル。菊池が横に飛んでロブを上げてからサイドに広がった。後方に追いついていくのは高山。その長身が空を飛んで、ラケットが振り切られる。


「やあ!」


 シャトルが急角度で知美の前へと飛ぶ。知美はヘアピンでネット前に落とし、そのまま前衛に入る。待ちかまえていたのは栄塚だ。ラケットを寝かせてネットを越えたシャトルに優しくタッチして、ネット前に落とす。それを知美がロブで後ろに飛ばし、再びサイドバイサイドの陣形に戻る。再び高山がスマッシュの体勢を取って打ち込んできたが、シャトルはネットに阻まれて落ちていた。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 知美は素早くシャトルを拾い、サーブ位置に戻る。せっかく相手がミスをしたのだから、自分達のペースで試合を進めたい。そんな想いから自然と足が動いた。戻ると菊池が手を挙げていたので、軽くタッチする。続けてネット向こうの栄塚に向けて「一本!」と宣言し、ラケットを思い切り振った。

 ダブルスではまずしない、高い軌道のロングサーブ。しかし飛距離はダブルスのサービスラインを越えずに落ちてくる。相手にとっては絶好球だ。栄塚はシャトルの下で身構えた体勢のままで、しばらく固まる。そこからラケットを振って、ネットにシャトルがぶつかっていた。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」

「やー!」


 知美と菊池が叫んでハイタッチする。特に苦もなく取れた二点だが、大事な二点だ。それを知美は何となくではあるが分かっていた。


(ネットにひっかけるのが多いのは、序盤にミスが多いかもしれない。ここで引き離せば……)


 先輩達に習ってきた、考えるということ。特に武器と呼べるようなショットがない知美にとっての生命線。自分達の武器である「菊池のスマッシュ」を生かすために、試合展開を考える。それだけは積み重ねてきたものだ。

 今のサーブも失敗すればただの失敗。成功したらラッキー程度に考えていた。それが成功したということは、流れは今、自分達にある。


「もう一本」


 菊池にそう宣言して、シャトルを持って構える。だが、そこでピリッと額の部分がしびれたような気がした。


(なんだろ?)


 軽くおでこを右手でさするも特に痛みもなにもない。気にせずに再びサーブの姿勢をとって相手を見たときに、その正体に気づいた。

 向かいに構えている高山の整った顔。そこに浮かぶ表情が厳しくなり、自分へと集中している。知美の一挙一足を見失わないようにと、全身をとらえている。先ほど感じたものは、相手から来る気迫。

 度々、先輩達が語っていた「プレッシャー」と呼ばれるもの。


(藤本君よりは弱いけど……でも、確かに同じものだ)


 以前までは、上のレベルのプレイヤーでなければそういったものを感じることが出来ないのかもしれないと知美は思っていたが、今日、この会場に来た時に藤本からも感じることができた。自分達のレベルが上がっている証拠なのかもしれない。

 だが、問題なのは、微かにでもその気配の片鱗を高山が見せたこと。自分達がおそらくできていないことを、一年生が見せている。

 気圧された形で下を見ると、靴紐がほどけかかっていたために、審判にタイムを取って結ばせてもらう。その間に、知美は落ち着こうと深呼吸を何度か繰り返した。菊池は気づいているのか。気づいていないならそのままのほうがいい。そう思って上体を起こすと、菊池はきょとんとして知美を見た。


(気づいてないんだ。なら、このままで)


 一つ安心して相手と審判に謝罪すると知美はサーブの構えを取る。後は自分の心の持ち方次第。そう考えて、知美は自信を持ってショートサーブを打った。そこに飛び込む高山。だが、シャトルはネットに引っかかり不規則に飛ぶ。高山は慌ててかわそうとしたが、戻し忘れた右手にシャトルが当たってしまった。


「ポイント。スリーラブ(3対0)」

「ラッキー!」


 客席から仲間達の声がする。確かにラッキーだったと胸をなで下ろし、知美は次のサーブに備えた。高山も栄塚も悔しそうに知美達を見つめている。その様子が過去の自分と重なって、知美は苦笑した。


(ミスに焦って。そのまま落ちてく。過去の私かな)


 相手が焦ると逆に自分の側は余裕が出る。

 結果、知美と菊池は要所要所でシャトルを決めて、試合を難なく進める。

 だが知美は一度落ち着いてまた深呼吸をした。


(高山さんから来るプレッシャーは変わってない。空回りしている間に、油断しないで進めないと)


 気を引き締めなおしてからまたサーブを放つ。何度かラリーを続けた後で菊池のスマッシュがコートへと叩き込まれる。

 そして遂に、連続失点に遂に高山からのプレッシャーが消え去った。自滅した相手にも、まだ知美は油断しない。試合は最後の一点をどれだけ時間をかけても取れば勝つ。だから、相手にもまだチャンスはある。


(油断しないで……一つずつ……)


 そして――。


「ポイント。フィフティーンセブン(15対7)。ゲームカウント2対0。マッチウォンバイ、寺坂、菊池」


 審判の言葉に肩を落とす高山と栄塚を見ながら、知美は深く安堵のため息をついた。

 寺坂・菊池組。

 決勝進出

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