第3話 下衆神官


 数日前、国民に発表された神託の英雄は、王宮騎士団中隊長フェリクス・ルーベル、同じく王宮魔法士クラリス・マリン、王国南方の辺境伯レギオン・クルトゥーラ、王国第三王女ヴィアナ・ルシオラ・イムニア。


 改めて聞くと、そうそうたるメンバーだ。王女が交ざってて、え? と思ったけど、そういえばうちの国のお姫様は武術を極めて戦姫と呼ばれていたことを思い出した。


 フェリクスはたぶん、ミレス剣術学園出身の人だと思う。なんとなくその名に聞き覚えがある。というか、一緒に授業を受けたことがあるような気がしてきた。


 ということは、魔剣士なんだろう。人の顔と名前を覚えられない私が覚えているのだから、クラリスのようにずば抜けて優秀で、嫌でも目に入るタイプの人間だったのだろう。


 辺境伯は、えっと、知らない。たぶん何かすごく強い人なんだろう。


 実力も社会的地位もトップクラスの面子で、なるほど英雄たり得ると誰もが納得する名前が並べられたわけだ。


「彼らは囮です。真実、神に選ばれたのは皆さんなんですよ」


 なのに、胡散臭い神官はよくわからないことを言う。


 何が囮で、なんのための囮なのか。彼は実にあっけらかんと話してくれた。


「今や王国は魔物の侵略を受け、民衆には不安が広がっています。それを晴らすためにはわかりやすい希望が必要です。その希望こそ神託の英雄なのです――が、一体なんの間違いなのか、お告げに挙げられたのはゴミのような皆さんだったわけでして」


 なんの躊躇もなく、人をゴミ呼ばわりしてきた。よくわからないけど、この神官もけっこうなゴミクズ野郎だな。少なくとも、その爽やかな笑顔は絶対嘘だ。


「誰がゴミだ誰が」


「いつまでも役職にしがみついてるジジイこそ粗大ゴミですよ」


 騎士のじいさんの抗議を、神官は容赦なく切り捨てる。そして口撃は周りにも飛び火した。


「賊に堕ちた傭兵崩れ、無職その日暮らしの魔法使い、殺人狂の死刑囚。こんな奴らに希望を見る馬鹿がいるわけないでしょう?」


 特に反論する者はいなかった。


 私はまあ、その通りだし、シュロは相変わらず一点を見つめたまま動かない。話は聞いてるのだろうか。おさげ少女は何がおもしろいのか、にやにやくすくすしている。


 私はちょっと、そのお隣さんを警戒し始めた。


 殺人狂の死刑囚、で思い出したんだ。去年、まだ魔王が宣戦布告をする前、王都の住人を恐怖に陥れた通り魔殺人鬼の名を。


 マリー・プエッラ。通称『血まみれマリー』。


 何かしらの武術や魔法を使える人物というわけでもないらしい。なのに、緊急配備された王宮騎士すら彼女は殺してみせた。


 通り魔の正体が、たった十五歳の少女であったことに当時世間は驚愕したものだ。


 殺した数は確認できたものだけで五十三人。小隊を一つ以上壊滅させるくらいの人数。当然、死刑判決が下されたものの、執行される前に魔王騒ぎが生じてうやむやになっていた。


 それが今、隣に平然と座っている。拘束されてはいるけれど。勘弁してくれないか。


「というわけでね、王宮の上層部は今回の神託を信用せず、無視してそれらしい英雄を別に立てたわけなんです」


 神官は私たちの反応に構わず、無神経に話を進めていく。


「しかし神託は絶対です。預言とは信じる信じないではなく、必ず実行すべき神からの指令なのです。よってあなた方にも魔王退治へ行ってもらいます」


 そこで私は右手を挙げた。


「拒否権は」


「あるわけないでしょう」


 にべもなく言い切られた。


「あなたの場合、すでに学園の除籍手続きをこちらで済ませておきました」


「は?」


 今、ものすごくふざけたことを言われた気がする。


「ゲンカ殿も本日、除隊処分となりました」


「は!?」


 これはじいさんの叫び。咄嗟に立ち上がろうとしたが、うまくいかずソファにどすんと落ちた。


「シュロは国外追放、マリーは処刑されたものとしました」


「わ、ひっどーい」


 死人は楽しそうにきゃっきゃ笑い出した。やはり、どこかネジが外れているんだろう。現状でなんにも楽しいことなどない。


「元の居場所は全員すでになくなっているということです。これで気兼ねなく旅に出られますね」


 …なるほど、なるほど。


 先の言はどうやら聞き間違いではないらしい。日陰者には人権などハナからなかったようだ。いや、ふざけんなよ。


 他三人はともかくとして、私は人様にこれぽっちも迷惑かけて生きてないのに。無職は犯罪じゃないんだぞ。


「安心してください。魔王を退治してくれた暁には、新しい身分と名前をあげますよ。ただし名声までは期待しないでくださいね。皆さんは陰の英雄。民衆の称賛を受けるのは囮の務めを果たしてくれる四人です」


「なんで存在ごと隠蔽されにゃならんのだ!」


 じいさん、再び激高す。いいぞいいぞ、もっと言え。


「そりゃ隠れてもらわなきゃしょうがないでしょうよ。いくら国民に希望を持たせるためだとしても、神託の英雄を公表するということは、魔王側に切り札をすっかり明かすということですよ? そんなの、どっか知らん世界のガキを拉致して国の命運を託すくらいの馬鹿げた話です。例えばの話ですけどね」


「…要するに、表立って戦うのは囮の四人で、私たちはその裏からこっそり魔王の命を狙えと?」


 億劫ながら、話をまとめて確認すると、神官は嬉しそうに二度頷いた。


「そういうことです。囮の四人には軍隊も付け、前線で派手に戦ってもらいます。その間に、皆さんは奴らの拠点に忍び込んで、魔王と幹部を全員殺してきてください」


 ま、相手が組織立って動いている以上、いくら強かろうが四人だけに戦闘を押しつけるわけないわな。でも私たちは四人で動けと。それって、暗殺と言うんじゃなかろうか。


 暗殺者の名と功績を高々と称える国家はない。まして私たちの中には犯罪者まで交ざっている。もし世界を救えたとしても、結局、日陰者は日陰者のままなわけだ。


「もちろん、名声に匹敵する利益はちゃんと皆さんにもありますよ」


 そう続けた神官は、どちらかと言うと悪魔のような顔をしていた。


「魔王を退治した証拠は必ず持ち帰ってください。皆さんのかわりに名声を得る囮の四人は、皆さんに頭が上がらなくなるでしょう。きっと国王からも直々に、感謝のお気持ちをいただけますよ」


 これには、ご立腹だったゲンカじいさんも黙った。シュロも目線を上げたし、マリーもくすくす身を揺するのを止めた。


 この神官、思ったより性根が腐ってる。こいつ私たちを使って国王方々を脅す気だ。


 預言を無視して騙りに使った挙句、しょうもない私たちに救われたことを黙っていてやるかわりに、何かを要求する。おそらく金品、便宜、権力その他諸々。まだ魔王を倒せるかもわからないのに、皮算用も甚だしい。


 私たちは王の知らない国教会の刺客というわけだ。どうでも良い派閥争いにいつの間にか巻き込まれている。あるいは、この野心家らしき男が個人で勝手に動いている可能性もあるな。


「あなた方に拒否権はありません。今よりマシな人生を送りたければ従いなさい。いいですね? 話はわかりましたね? ――はい、では魔王を暗殺してきてください」


 建前でもなんでも、一言くらい世界を救うためにとか言えんものか。


 もっとも、下衆が大手を振ってのさばるこんな世界、魔物に滅ぼしてもらったほうが、よっぽど良い未来を迎えられるのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰の勇者ご一行~あるいは魔王暗殺隊~ キリキ @aegirine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ