第2話 私と青年と爺と少女と


 白い壁に、金の装飾。


 床には赤と白の糸で織られた精巧な絨毯。


 座らされた一人がけのソファも白金色だ。座り心地は良いが、状況に落ち着かない。


 部屋の中央に垂れ下がっている、どでかいシャンデリアがなんか威圧的。


 貧乏人はお呼びじゃねーぞって。


 でも呼び出されたんだから仕方がない。


 学園までわざわざ私なぞを迎えにやって来た男は、預言者を擁するイムニア国教会の神官だった。


 なんで呼び出されたのか、さっぱりわからないまま国教会の本部に連行され、この落ち着かない部屋でずっと待たされている。


 部屋にいるのは私だけではない。


 ちょっとした荷物を置けるテーブルを挟んだ隣の席に、青年が一人、私よりも早くから座って待っている。


 お互い自己紹介もせず、最初に案内人に紹介してももらえず沈黙が続いていた。


 青年は、格好を見る限りでは剣士のようだ。


 胸部を保護するブレストプレートを付け、ソファの横に剣を置いているのだから、間違いないだろう。


 体は小さい。だからあまり強そうに見えない。


 頭も小さく、なんだかジャガイモにナイフで目鼻口の切り込みを入れたような顔をしている。


 私と同じ黒い髪が、短く刈り込まれているからほんと、ジャガイモ小僧って感じだ。顔に無数の刀傷を付けているところからして歴戦のジャガイモだ。


 床のどこか一点を見つめ、背もたれに背を付けず、先程から微動だにしない。


 ブレストプレートをよーく見ると、肩のところの金具に、外れかけの飛竜のエンブレムがある。とすれば彼は、ミレス剣術学園の生徒、あるいは出身者なのだろう。現役生にしてはちょっと鎧がボロ過ぎる気がする。


 ミレス剣術学園は、アストルム魔法学園と同じ国立の教育機関で、建物自体も隣どうしだ。なぜ近くに建てられたかというと、世の中には魔法と剣術の両方を体得する魔剣士という職業が存在するためだ。


 ミレスの生徒がアストルムの校舎に来て、一緒に魔法の授業を受けるのだ。その時、彼らの学ぶ魔法は戦闘に特化している。


 無論、魔法の才能はなく、純粋に剣術を極めるだけの者もいる。


 この青年はそのどちらだろうか。まあどちらでも良い。


 とにかく、ああ、暇だ。


「アビ」


 肘置きに頬杖突いて、ちゃんと隣に聞こえるように自分の名を言う。微動だにしなかった彼もさすがに、こちらを見た。


「私は、アビ。あなたは?」


 回答は少しの沈黙の後だった。


「シュロ」


「なぜ呼ばれたか知ってる?」


「いや」


 やはり彼も私と同じ境遇のようだ。


 それから特に会話が続くわけでもなく、再び静寂を味わっていると、扉が開いた。


 今度は騎士の老人が現れた。


「なんだなんだ、一体」


 苛立ちと困惑とが半々くらいの感じで、騎士団の銀色の鎧を身に着けたその老爺は、案内人の神官を後ろに睨んでいる。


 一歩、彼が右足を踏み出すと、こん、と乾いた音が鳴った。


 膝から下が金属棒に置き換わっている。義足だ。


 さらに左肩からは木製の義腕が生えていた。


 手足を片方ずつ失くした老兵。引退した騎士だろうか。いや鎧を着ているならまだ現役か。でも明日にも引退するところだろう。


 ともかく座って待ってろと、老人はシュロの右隣の席を勧められていた。


「おい、お前らはなんなのだ?」


 老人の問いかけを、私もシュロも完璧に黙殺した。だって、何もわからない私たちが、ここで情報交換したって意味ないし。喋るだけ体力の無駄だ。


 もうじき、すべて誰かの口から説明されるだろう。


 間もなく、やって来た四人目は、後ろ手に枷を嵌められた少女だった。


 これは、罪人だ。


 虫も殺さなそうな顔をした、おさげの地味な娘だが、その襟ぐりの伸びた胸元から覗く焼印は、殺人罪を表している。


「えー、なんですかぁここ?」


 豪華な部屋を見回して、能天気にはしゃいでいた。


 彼女が私の左隣の席に就くと、我々を拉致した神官は扉をきっちり閉じて、その胡散臭い笑顔を向けた。


「はじめまして皆さん。私は大司教のユウェン・ファーマと申します」


 大司教。国教会の幹部である。とすればこの男、三十代前半くらいに見えるがもっと年いってるかもしれない。大した若作りだ。


「まずは、おめでとうと言っておきましょう。皆さんは神の預言のもと、ここに集められたのです」


「どういう意味だ」


 じいさん、問い詰めながら苛々して義腕を指先で叩く。コツコツうるさい。


「存亡の危機に瀕した我々人間に、神は四つの名をお告げになりました。すなわち、魔王を打ち倒し平和をもたらす英雄の名です」


 知っている。その一つがクラリスだ。あとの三つは知らない。興味ない。


「それと私たちとに、なんの関係が?」


 私からも問いかければ、いけすかない目がこっちを見た。


「その英雄たちの名は、シュロ・ラピス、アビ・ニゲル、ゲンカ・オーリム、マリー・プエッラ」


 なんか話が違う気がする。


 なぜクラリスの名がないのだろう。なぜ私の名が出たのだろう。


 ユウェンの言葉は謳うように、まだ続いていた。


「シュロ・ラピスは鋼鉄の剣士。不屈の剣で敵に斬り込む。道を拓く。――アビ・ニゲルは血盟の魔女。その血を贄に敵を薙ぎ払う。道を広げる。――ゲンカ・オーリムは隻腕足の槍手。雷光の閃きで敵を突き刺す。壁を穿つ。――マリー・プエッラは殺戮の咎人。闇より敵の命を掠め取る。壁をすり抜ける」


 それ全部が預言の言葉なのだとしたら、他の三人は知らないが、確かにアビ・ニゲルは私のことを指しているんだろう。私の魔法はやや特殊だから。同姓同名の他人ってことはたぶんない。


 いや、でも、ちょっと待て。


 だとしたら、クラリスの記事はどういうことになる?


「――はい。というわけで、皆さんには魔王を倒しに行ってもらいます」


 というわけで、って、どういうわけで?


 意味わからんし、できればわかりたくもない。待ってる間に、さっさと逃げれば良かったな。


 悔いはいつも過去からやって来る。


 この後、国家機密級の事情説明がさくさく進められてしまったのだった。

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