第2話

「食べる?」

不服そうな伊織にサンドイッチを渡す。

「私はいいです。後でお腹壊しても知りませんよ」

「まだ言ってる。もういいじゃん」

苦笑しながら店内、と言ってもかなり小さなものだが。

「じゃあ、まず地図を探そう。夜も来るだろうから、食料と、寝る場所、あと、濡れた服も乾かさないと」

さっき線路を歩いたときにだいぶ水に浸かったいたから、ズボンはびしょびしょで気持ち悪い。それに、小柄な伊織はスカートの上の方まで濡れている。

「わかりました」

食料が欲しいのでこの店でいろいろ物色したいのだが、また伊織に何か言われそうなので、渋々諦める。

草まみれのホームの出口に向かう。この駅は階段を降りた先に改札がある様だ。

俺たちは水に浸かった階段を降りる。不幸中の幸いか、水そこまで深く溜まっていない。

廊下を抜けるとすぐに改札があった。

ぼろぼろで読めないポスターに苔が絡み付いていたり、改札はツタ植物に覆われて、ところどころにヒビがある。壁は煉瓦で組まれているが、ぼろぼろになった上に、隙間から色とりどりの雑草が顔を出している。オシャレな模様のついた白い床には水が溜まっているので、さっきのホームの様に草が生えていたりはしないが、天井にへばりついた植物の花弁がたくさん浮かんでいる。

会話はほとんどなかった。

「おお、これはすごいことになってるね。地図が読めるといいけど」

「えっ、あっ、はい」

重い空気に耐えかねた俺が伊織に話を振ってみたがやはり続かない。

多分すぐには元の世界へ帰れないだろう。いや、そういえば俺、電車で死んだんだった。今の所、こちらの世界の人間どころか、生き物にさえ出会っていない。

…植物なら飽きるほど見たが。

改札を抜けて少し行くと、駅の入口が見えた。煉瓦で出来たアーチ状で、階段で外と繋がっている。20メートル程先にはロータリーの様なものが見え、その周りには沢山のビルが林立している。

「おお、結構な都会だねー」

「はい、そうですね」

わざわざ返事をしてくれてうれしいのだが、彼女も不安だろう。あまりこちらに気を使わせたくない。先輩として支えてあげなくては。

入口近くの柱に地図の様なものが見える。

「お、良かった。地図あったあった」

「ひと安心ですね。先輩、読めそうですか?」

かなり汚れているが、読めないほどでもなかった。

「うん。読めそう。えっとねー、うーん?ほえー?」

読めないほどでも…

「ごめん、佐伯さん、どっちから読んだらいい?」

読めなかった。

「先輩、失礼なんですけども、もしかして方向音痴ですか?」

「うーん、あんまり迷子とかはなったことはないはずなんだけど…」

「えっと、こっちがロータリーだから、このあたりが駅です。それで、ああ、周りに結構コンビニがありますよ。あと、南の方にデパートと、南西のあたりにホームセンターがあります」

現在地表示のない地図は読みにくい。

「いやあ、恥ずかしい…地図もまともに読めないとは…」

「わっ、あっ、ええ、ごめんなさい、方向音痴とか言って…」

「気にしてないから大丈夫」

目に見えて慌て出した伊織を苦笑しながらたしなめる。

「じゃあ、とりあえずデパート行こう。食料とか衣類も多分あるよ」

「食料じゃないです。古いのを食べるのは危ないんですよ?」

「腐ってなかったでしょ?」

「それはそうですが…」

食料のことについては引き下がらないようだ。

やはり不満げな伊織を連れて、水に浸かったロータリーを横断する。

かつては人の行き来を支えていたはずの。

ここで何があったのか、腐っていない食料。それに、ここにいる理由。疑問しかない。

ただ、当面は生き延びることが重要だ。脳裏を支配する疑問を見ないようにする。

「佐伯さん、お腹空いてない?」

体感だが、軽く三時間程経っているはずだ。

「空いてますけど、あれを食べるのはやっぱり嫌です」

「お腹痛くなってないよ?」

「むー………」

生産性を感じない会話を交わしながら、デパートの方向へ歩く。

窓から草を生やした、異様なビルに囲まれた歩道。歪んだ信号機からはツタ植物が垂れ下がっている。

水面にビルが影を落とし、ところどころに射す、昼時の太陽が水面を影とともに彩る。

苔まみれの高速道路の高架を潜り、しばらく行くと、目に入る風景は、居住区へ移り変わり始める。

しばらく行くと、そこそこ大きなデパートが見えた。

「結構大きいねー」

「そうですね、高校の近くのデパートは小さいですから、あまり目にしません」

到着したデパートは、三棟に分けられていて、それぞれから苔とツタで飾られた通路が伸びている。

「夏だからいいけど、冬にこんなに濡れたらたまったもんじゃないね」

捲り上げたズボンを指しながら、関係のない話を振る。寂しさを紛らわせるためにたまに話しかけるが、迷惑になっていないだろうか。

「そうですねー、暑いからちょうどいいですけども」

しょうもない話題にわざわざ返してくれる伊織の内心がわからなくて、少し不安になる。

すっきりしない気持ちを押さえ込んでデパート内に足を踏み入れる。やはり水没しているそこは、一番上まで吹き抜けのあるフードコートだった。

あちこちに苔や雑草が壁に張り付き、緑に覆われている。

今は朽ちてぼろぼろになった、たくさんの椅子や机と、無人の店舗が寂寥感をしつこいほどに醸し出す。

「…じゃあ、二階行こっか」

「はい」

入ってきた入口の近くにあった雑草まみれのエスカレーター、動かないエスカレーターなど、階段と同義だろう。

エスカレーター改め、緑の階段を二人で登る。

「あ、ここに服が売ってるみたいだね」

薄暗いフロアだった。窓が少ないので、少し奥にある吹き抜けからしか光が入ってこない。

このフロアはフードコートと対照的に、床に雑草が生えていた。壁に張り付くのは朝顔などのツタ植物。緑色のここを鮮やかに彩っている。床の雑草にも、花がたくさん咲いている。

「おお、見て見て、向こうにユ●クロがあるよ」

「さっきから思ってたんですけど、ここ、やっぱり日本ですよね?」

「え?」

「だって、地図、日本語で書かれてましたし、ユニ●ロありますし」

確かに、ほかのことに気が向いていて、気づかなかった。ユ●クロのおかげだ。

………ん?

「待って、地図日本語で書いてたなら、早く言って?」

「あ、それはごめんなさい…あれ?でも先輩も地図読みませんでしたか?」

「気づかなかった★」

不覚。

「じゃ、じゃあ、ちょっと服変えようか」

俺の大失態が晒されたところで、服を着替えることにした。多分、ビニールとかで包まれているのなら使えるはず。

伊織と一度別れ、あちこちに木が生えてAmzo…アマゾンの様になったユニ●ロを探索する。

吹き抜けから射す光が店に光と影を生む。

こんな状況で無ければ、あの罪が無ければ、この風景を美しいと感じただろうか。

あれが無ければ、なんて、そんな理想論を振りかざしても仕方がないと言うのに、どうしてもその理想を願ってしまうのは間違っているのだろう。

これからどうなるとか、どうでもいい。どうでも。


ただ、俺が救われたいだけのわがままが、通じるのなら。

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