八 森の奥



 トリシィたちが、その場所にたどり着いたのは、それから一晩が経ってからだった。クライグは野宿をするのは初めてだったが、トリシィがよく面倒を見てくれたので、そこまで困ることなく一晩を過ごすことができた。ただ、夜の肌寒さだけはどうしても耐えられず、途中何度も起きてしまって、よく眠れなかった。

 黒い霧がかかっていると言われて来た場所は、クライグの目には、全く別の光景に見えた。

――それは、結晶の森だった。その森は、地面や草花、木々や枝葉の先にいたるまで、すべてが結晶でできていた。薄紫色のその結晶は、七色の光を弾いて、怪しく輝いている。

 この光景を見たとき、クライグは不覚にも美しいと感じてしまった。この結晶は、まぎれもなく結晶ノ病と同質のものだ。だが、患者の体から生えた結晶とは違って、おどろおどろしさの中に、神々しさというか人知を超えたなにかをこの結晶の森からは感じるのだった。

 それはまさに異界のようだ。一歩でも足を踏み入れれば、瞬く間に引きずり込まれてしまいそうだ。

 結晶の森は、ひどく無機質だ。生き物の気配がまったくしない。木も草も、本来生きているはずのものでさえも、そこではただそう言う形をしたものでしかない。

 クライグは、言葉を失った。

「こりゃ、たまげたね。なんだいこれは」

 結晶の森を見つめながら、トリシィが驚嘆の声を漏らした。

「トリシィ殿には、なにに見えますかな?」

 なるべく森のほうを見ないようにして、アントスがたずねた。

「結晶さ、森が全部きれいに結晶でできているわ」

「人にはそのように見えるのですな。わしらには、あれが黒い霧にしか見えないのです」

 黒い霧という言葉が出たとき、突然クライグの肩のあたりでリアラが悲鳴を上げた。リアラはクライグの襟元にしがみつき、震えていた。

「クライグ、あそこは森なの?」

 森のほうを一切見ようともせずに、リアラは、結晶の森のほうを指さした。

「ああ、そうだよ」

 絞り出すように、クライグはささやいた。

「わたしには、ただ黒い霧が広がってるだけにしか見えないの。ねえ、クライグ。まさかこれから、あそこに行くとか言わないわよね? いやよ、わたし。あそこに行くのも、あなたが帰ってくるまで、ここにいるのもいや」

「大丈夫じゃ。この人らにそんなことはさせん」

 リアラの懇願に応えたのは、アントスだった。その言葉に、リアラは幾分か落ち着きを取り戻したが、なおも結晶の森のほうを一切見ようともせずに、小さく震えていた。

「で、これを精霊の舞いで、清め払ってほしいというわけだね」

 トリシィは、落ち着き払っていた。

「その通りじゃ。頼めますかな?」

「かまわないよ。でもこんな場所で、精霊たちは集まってくれるだろうかね」

「それは問題ないじゃろう。我らがいとし子の呼びかけならば、たとえ火の中水の中、隣国からでさえ、地の精ノームは集まってくるでしょうな」

「それは言いすぎじゃないかねぇ」

 トリシィは苦笑した。そしてクライグたちに目を移した。

「本当はあんたにも、儀式を手伝ってもらいたかったんだけどね。お連れさんがその調子だと、ちょっと厳しいかね」

 クライグは、震えるリアラに、そっと手を添えた。

「あの黒い霧を祓うために、精霊の儀式をしたいんだ。力を貸してくれるかい。もちろん、無理は言わないし、やってみてどうしてもだめだったら、途中でやめてもいい」

「……なに言ってんよ。あなたとわたしは一心同体なのよ。あなたがやるって言ったら、わたしもやらないわけにいかないじゃない。全然乗り気はしないけど、手伝うわ」

「……ありがとう」

 クライグは、優しく微笑んだ。

「それなら、助かるね。これはひとりじゃ、骨が折れそうだからね」

「そうですね。これだけの大きさの結晶だと、二人でも厳しいくらいですね。して、段取りはどのようにしますか?」

「いや、特に段取りは決めないで行くかな。あんたはいつも通りやってくれればいいよ。わたしはそれに合わせるから。ただし、死ぬ気でやるんだよ」

「わかりました。合わせると言いましたが、わたしとトリシィ殿とでは、流派が違いますが、そんなことできるのですか?」

 トリシィは、にやっと微笑んだ。

「精霊の儀式なんて、もとをただせばどこの流派だろうと、やってることはそう変わらないのさ。それに、わたしを誰だと思っているのだね」

「それは失礼しました」

「準備ができたら、好きに始めちゃっていいよ」

 はい、とうなずいて、さっそく準備に取り掛かった。

 クライグは、まず懐から小瓶を出して、中の水を自分の周りにまいた。そして次に、なにかの文字が書かれている木札を四枚、自分の前後左右四方に置いた。

 目を瞑り、数回、深く深呼吸をして、呼吸を整える。

 クライグが、ごく短い呪文を唱えた。それに続くように、リアラの甲高い口笛の音が、長く深く、天に、そして森にこだまする。

 すさまじい速さで、どこからともなく風が集まってきて、二人の周りで渦を巻く。

 リアラは口笛の音を低くした。すると途端に、渦を巻いていた風がほどけて、中から、老若男女様々な容姿をした風の精シルフたちが現れた。その数、十数ほどの風の精シルフたちに、リアラは風の精シルフの言葉で、短く礼を述べた。

 風の精シルフたち全員の顔を一瞥してから、クライグは、軽く右手を振り上げた。その手の動きを合図に、風の精シルフたちの大合唱が始まった。

(……なかなか、やるじゃないか)

 クライグの精霊の儀式の様子を、じっくりと見ていたトリシィは、その楽の音のように美しく響き渡る音色を聞きながら、そう思った。

(さて、わたしのほうも取り掛かるとするかね)

 そう思って、トリシィは近くの木から、葉がよく茂った枝を一本拝借した。

 そして、その枝の柄を、両手で包み込むようにして持ち、正面に構えた。

 目を瞑り、呼吸を整える。

 風の精シルフの大合唱の旋律に合わせて、トリシィは、強く地面に踏み込みながら、枝を振った。

 枝の葉がシャラリと鳴り、大地が低くうなる。

 トリシィは、また旋律に合わせて、四方八方の地面を踏み鳴らし、枝を振った。

 シャラリ、シャラリと、ズシリ、ズシリと音が重なる。

 その音に誘われてか、楽し気な話し声を上げながら、地の精ノームたちが集まってきて、土の気と草の匂いが一気に濃くなる。

 集まった地の精ノームは、アントスたちも含めて、風の精シルフたちの倍以上だった。その中には、集落に置いてきたフィーもいて、トリシィはそれを見て、まったく来てしまったのね、と心の中でため息をついた。

 地の精ノームたちは、思い思いにトリシィの周りを囲むように輪になり、風の精シルフの合唱に合わせて、踊り始めた。トリシィは、その見かけにそぐわぬ軽やかな動きでその中央で、堂々と舞っている。

(……これが精霊の舞い。まるで祭りだ)

 風の精シルフの合唱を指揮しながら、クライグはおぼろげにそう思った。

 精霊の儀式に反応して、結晶の森が淡白く光りはじめる。

 結晶がはじけて、光の粒が地面に降り注ぐ。

 光の粒は、トリシィとクライグの周りにも集まってきて、二人の中へ入ってくる。

 その瞬間、二人は体に異変を感じた。体が粟立ち、頭が鈍く痛む。呼吸もわずかに苦しい気がする。

(……これは!)

(まずいね……)

 まず動いたのは、トリシィだった。トリシィは、すぐに舞いをやめ、枝を横一閃に思いっきり振り、枝を真っ二つに折った。クライグは、急いで目の前の木札を蹴り飛ばした。

 弾かれるように、その場の空気が変わった。風の精シルフの合唱は一斉に止み、踊っていた地の精ノームたちも、ぴたりと動きを止めた。

 二人は、地面に膝をつき、肩で息をした。

「なんだいこれは。こんなの初めてだよ」

 呼吸を荒くしながら、トリシィが言う。

「……わかりません。わたしも初めてです。膨大な力が体の中に入ってくるような、そんな感じがしました」

 クライグも、呼吸を荒くしている。

「まったく、こんなんじゃ身が持たないよ。これで、ちょっとしか結晶が消えないじゃないか。どうしろって言うんだい」

 トリシィの言う通り、森の結晶はその全体のうち、ほんのわずかしか消えていなかった。

「まったくです。この調子だと、あと数十回は儀式をしなければ……」

 トリシィが音を上げた。

「うひゃあ、そりゃ勘弁だね。命がいくつあっても足りないよ」

「いまはもう手詰まりですね。国中の祭司官を集めれば、まだどうにかなるかもしれませんが、それでも、これだけの結晶を消すには、どれだけ時間がかかることやら、見当もつきません」

「まったくだね……」

 一同が途方に暮れているそのときだった。クライグたちの後ろにいた護衛官が、突然後ろを振り返り、誰だ! と茂みに向かって叫んだ。

 その声に驚き、クライグとトリシィも後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。

 護衛官が剣を構え、茂みに近づく。一同に緊張が走る。

 そして、護衛官が茂みに踏み込んだ、そのときだ。突如として巨大な火球が現れ、護衛官に目がけて飛んできた。

 完全に虚を突かれた護衛官は、火球をかわし損ねて、クライグたちの後ろまで吹き飛ばされた。全身火だるまになり、護衛官が悲鳴を上げる。

 護衛官を助けようと、クライグは護衛官に駆け寄ろうとした。だがそのとき、クライグたちを取り囲むように、突然、炎の壁が現れた。

 炎の壁はクライグたちの正面だけには現れなかった。だが、クライグたちはそこから逃げることはできなかった。

 正面から、灰色の外套をまとった長身の男と、黒の外套をまとった小柄な女が現れたからだ。男は帯剣していて、肩に赤いトカゲのような生き物を乗せている。女のほうは頭巾を深くかぶっていて、よく顔が見えない。

 クライグは確信した。カルヴァの集落を襲撃したのは、この者たちだと。

 口を開いたのは、女のほうだった。

「エザフォスの精霊使いさんたちがこんなところに何用かしら。ここはあまり見られたくなかったのだけれど」

 女は少々くせの強い、訛りのあるエザフォス語で言った。

(……見られたら困る。何のことだ)

 女がなにを言っているのか、クライグはまったくわからなかった。

「あんたら、何者だい? 見られたら、困るってどういうことだい⁉」

 トリシィが、警戒心をむき出しにたずねる。

 女は全く動じる様子もなく微笑んだ。

「質問しているのはこちらです。それにわたしたちが何者であるか、そして、ここがなぜ知られてはならないかを、あなたたちが知ったところで意味はありません。なぜならあなたたちはここで死ぬのですから」

 女の言葉に、二人は背筋がひやりとした。クライグは護身用の短剣に手をかけた。

 だが短剣を抜く前に、よくわからない黒い帯みたいなもので縛られた。よく見ると、それは自分の影で、足もとにのびていた影は、地面からはがれたみたいになっていた。

(……この力は)

 闇の精シェイドの力だ。ということはあの女は呪術師か。

 いつの間にか、トリシィも自身の影で身動きを封じられている。

 呪術師の女は、なおもニヤリと微笑んでいる。

「無駄な抵抗は、やめてください。大丈夫、すぐに先ほどの男のように楽にしてあげます。さあ、やってしまってください」

 そう言って、女は男のほうを見た。

 男は無言でうなずいて、剣を抜いた。男はクライグたちのほうへ歩み寄り、剣先を正面に突き立てる。

 その剣先に、小さな火種が生まれた。火種の周り炎が生まれ渦を巻きながら、火種を火球へと成長させていく。

(まさかあれを放つ気か⁉)

 このままでは、二人ともあの火球にやられてしまう。クライグは、歯を食いしばって、必死に考えを巡らせた。影に縛られて、クライグ自身は抵抗できない。だとしたら、リアラなら――そう思ったが、たとえリアラに注意をそらしてもらったとしても、身動きが取れないなら、あれほどの大きさの火球をかわすことなんてできないだろう。

 そんなことを考えているうちにも、火球はどんどん大きくなっていく。

 クライグは、トリシィのほうを見た。トリシィは、この状況にもかかわらず、妙に落ち着き払った顔をしている。何か策でもあるのだろうか。

「死にたくなきゃ、落ち着くことだよ。大丈夫、まだ何とかなるよ」

 トリシィは小声で言った。

「でも……」

 そう言いかけて、クライグはやめた。トリシィの口ぶりには、何か策があるというような、そんな感じがする。それに、どのみちいまの自分には、何もなすすべがないのだ。ここはトリシィに任せることにして、自分は自分ができることができることができるまで、目の前の状況の推移をくまなく見計らっておこう、そう思った。

 そうこうしているうちに、火球は男の姿が見えなくなるほどに大きくなっていた。男は火球を投げつけるように、剣を思いっきり振った。

 火球が勢いよく、クライグたち目がけて飛んでくる。クライグは思わず目を閉じた。

 次の瞬間、激しい轟音が鳴り響いた。体は熱くない。火球は何かにぶつかったようだ。

 恐る恐る目を開いて、クライグは目の前の光景に驚いた。

 身の丈の何倍もある土壁が、炎を防いでいたのだ。だが、炎の勢いはそれでも簡単には止まらないようで、壁の端からぼうぼうと炎が噴き出している。

 土壁を作ったのは、地の精ノームたちのようで、アントスは必死に壁を維持しながら叫んだ。

「さあ、いまじゃ!」

 今度は、リアラが大声を上げる。

「みんな、お願い!」

 リアラの号令で、風の精シルフたちは一斉に土壁の向こうへ飛んでいった。

 そして、風の精シルフたちは真っ先に女のほうに飛びつき、女の周りを飛び回りながら、次々と軽い攻撃を加えた。

 女は、その攻撃に顔をゆがめ、少々本性がむき出しになった。

「ちっ、風の精シルフどもか! こざかしい!」

 風の精シルフたちを払いのけようと、女は両腕をめちゃくちゃに振って抵抗した。そのとき、女が風の精シルフに気を取られたことが、勝機を生んだ。

 女が気を抜いたことで、影の拘束が緩んだのだ。

 いましかない、そう思って、クライグは右腕を無理くり抜き出し、懐から小瓶を取り出した。そして、小瓶の封を歯でこじ開け、中の聖水がトリシィにまでかかるように、思いっきり小瓶を頭の上で振った。

 小瓶からこぼれ出た聖水は、空中で荒い粒になり、二人に降り注いだ。

 聖水がかかったところから、体を縛っている影の帯はジュワッと煙を上げて溶けていく。クライグは、影が全て溶けるのも待たず、渾身の力で拘束を引きちぎって、トリシィに駆け寄った。そして、トリシィを抱きかかえると、リアラに向かって叫んだ。

「逃げるぞ!」

 リアラはすぐさまうなずき、クライグの周りに風をまとわせた。

「逃げるって、当てはあるのかい?」

 トリシィがたずねる。クライグは首を振った。

「いえ、そんなものはありません。とにかくいまはここから抜け出すのが先決です」

 クライグは早口に答える。トリシィはうなずいた。

「そうだね。アントス様、申し訳ないけど、ここは任せるよ!」

 トリシィはアントスに向かって叫んだ。

「かまわんよ。それより逃げるなら、早く逃げたほうがいい。あの火の精サラマンダー、なかなかやりおるわ。もう長くはもたんぞ」

 アントスは振り向かずに応じた。アントスは、少し間をおいて言葉を継いだ。

「トリシィ殿、フィーのこと頼めますかな。フィーはまだ幼いのでな。この場は荷が重すぎる」

「ええ、わかったわ」

 そう言って、トリシィはフィーを呼んだ。トリシィに呼ばれたフィーは、地の精ノームたちの群れから、送り出されるように出てきた。フィーは戸惑ったような顔をしながらも、トリシィのところまで駆け寄って、トリシィに飛びついた。

 トリシィはフィーを抱えると、クライグを見た。

「待たせたわね。行きましょう」

 クライグはうなずくと、リアラに合図を送った。すると、クライグの周りでうずまいていた風が、高速で回り始めて、宙に飛び上がった。

 クライグたちが上空まで達したとき、眼下で激しい爆発音とともに土壁が崩壊するのが見えた。だが、クライグたちはアントスたちを心配している余裕などなかった。

 女が風の精シルフたちから逃れて、闇の精シェイドをけしかけていたのだ。闇の精シェイドは、一つ目の真っ黒なコウモリのような見た目をしていて、呪詛などを扱う精霊、たとえ聖水を浴びていて、その効力を薄められるとしても、なるべくなら捕まりたくはない。

 クライグたちは、闇雲に飛んだ。そのあとを、ぴったりと闇の精シェイドがつけてくる。

 さすがに風の精シルフの力を借りて飛んでいるクライグたちのほうに分があるようで、闇の精シェイドとの距離は、徐々に開けていっている。

 空に暗雲が立ちこめ、風が強くなってきた。

 こうなると、こちらに分がある状況も揺らいでくる。風が強くなれば、飛行の制御が取りづらくなり、下手をすれば、墜落する危険性が高まるからだ。それに、雲が立ちこめ、闇が深くなれば、闇の精シェイドの力も強くなる。

「こりゃまずいね。早いとこやつを巻かないと、また捕まっちまうね」

 トリシィも、状況の悪さに感づいているようだ。

「わかっています。どこかに闇の精シェイドから身を隠せる場所があればいいのですが」

 二人が困り果てていると、フィーが嬉しそうに手を挙げた。

「あるよ!」

「ほんとかい? フィー」

「うん! せいれいじゅのところ! ぬしさまいってた、せいれいじゅのちかくは、しんせいなばしょだって」

「そうか、精霊樹ね。確かにあそこなら、なんとかなるかもしれない。でも、ここからだと少し遠いわね」

「かまいません。して、その精霊樹とやらは、どこにあるのです?」

 フィーが北のほうを指さした。

「あっち!」

 クライグは、フィーが指さした方角へ、転回した。

 ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。雨粒が刺さるように顔に当たり、少し痛い。

 闇の精シェイドは、なおもぴったりと背後をつけてきている。それどころか、じりじりと近づいてきているような感じさえする。闇が深くなってきているのだ。

 息が苦しくなってきた。普段から力を使い慣れていないことが、ここにきて祟ってきている。精霊の力を使うというのは、非常に体力を消耗するのだ。それも、空を飛ぶというような、長く持続的に精霊の力を使う場合は特に。

 こんなに長く飛び続けたのは初めてだった。あとどれくらい飛べば、精霊樹のもとにたどり着くのだろうか。天候は少しずつだが、確実に悪くなってきている。体力も限界が近い。

 半ば気を失いかけながら、しばらく、飛び続けると、フィーが、森の中にぽっかり空いた原っぱを指さした。

「あそこだよ! あれがせいれいじゅだよ!」

(精霊樹? そんなものないじゃないか)

 フィーが指さした原っぱは、どこからどう見ても、木の一本も生えていないただの原っぱだった。だが、そんなことはいまのクライグにとってはどうでもいいことだった。下りられるのなら、どこでもよかった。

 下りられ場所が見つかって、ほっと胸をなでおろしたときだった。突然、真横から突風が吹いきて、大きく体勢が崩れた。

 まずいと思って、立て直そうとしたときには、もうすでに遅かった。

 三人は空中でばらばらになった。必死に、トリシィとフィーの手を取ろうとしたが、風でどんどん遠くに流されていってしまって、全く手が届かなかった。

 三人はそのまま落下していき、森の中へ消えていった。

 それを見た闇の精シェイドは、しばらく三人が落ちたあたりを飛び回っていたが、ついに見つけることができず、主のもとへ帰っていった。

 しとしとと冷たい雨が、森に降り注いでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る