外伝 君に贈る物語
暦がふたたび廻るとき
1 おいしいものをたくさん買って帰ろうね
白の旅人と黒のお姫様が、ぐるぐる世界を廻って追いかけっこ。
白の旅人が朝を司る神様に、黒のお姫様が夜を司る女神様になってからも変わらずぐるぐる廻っている。白の旅人は『春』を撒き、花を咲かせて眠っていた存在を起こした。黒のお姫様は『夏』を広げて生命を活発にさせたけど、暑さという意地悪を付け加えた。白の旅人は休息と繁栄の祈りを込めて『秋』に実りを置いていき、黒のお姫様は雪を降らせて『冬』という眠りの季節を落とした。
春と秋は白の季節、夏と冬は黒の季節とも呼ばれている。白の旅人が通った跡には繁栄があり、黒のお姫様が通った跡は試練があった。白の旅人は黒のお姫様を探して、黒のお姫さまは白の旅人を捕まえるために、出会うことなく廻っている。
二柱の神様が世界をぐるぐる歩くから、朝と夜が巡るように、季節も廻るのだと先生が教えてくれた。
明日はその神様たちが一周する日。
一年が終わり、新たな一年が始まる日だ。
「せんせー、まだー?」
「カナラ、外は寒いぞ」
階段下から先生に呼びかけていると、シスイことしー
「風邪をひいてからじゃ遅いだろ」
「そういうの、『かほご』って言うんだよ」
「知ってますー」
どさっと雪が落ちる音がした。窓には白く染まった森が広がっている。数日前に降った雪は、しんしんと浸食するように降り積もり、あっという間に森を覆ってしまった。今年は大雪だ。連日、雪かきをした先生は腰を痛めていた。
私は雪遊びで忙しい。雪だるまを作り、坂道をそりで滑り、しー兄と雪合戦をした。一度、薄着で外に出たのをしー兄に見つかってから、頭から爪先まで着込ませられるようになってしまった。心配してくれるのはわかっているけれど、ちょっとだけ煩わしい。
「私、来年から七歳だよ。もう、かほごはいらない」
「俺は来年から十歳だ。カナラはまだ小さいから、過保護は必要だ」
いらないと帽子を脱ごうとしたら頭を押さえられた。抵抗してみるがしー兄の力には敵わない。たった三歳の年の差がもどかしくてたまらない。せめて私の背も同じくらいに伸びればいいのに。
「お待たせー。いやぁ、外套をどこに片づけたか忘れてしまってね」
先生が階段から下りてきた。いつもの汚れた白衣ではなく、裾の長い厚手の黒の外套を着た先生に、よく知る野暮ったさはない。この日だけの特別な格好だ。
眼鏡の奥の目がへにゃりと笑った。
「それじゃあ、カナラ。出かけようか」
今日は、一年に一度の先生と外出する日。
しー兄を誘ってみたけれど、家の掃除をするからと断られてしまった。「いざってときはすぐに傍にいるから」と微笑む理由が、この頃の私にはわからなかった。
森から一本道に出る。人の手が行き届いている道は、森の中に比べて雪が少なかった。轍の跡がついた雪道を歩いていると乗合馬車が走ってきた。馬の脚が地面を蹴るたびに、赤い細かな光が煌めき、足跡には湯気がでている。赤の魔法だ。炎の精霊石を蹄鉄に嵌めて唄を紡ぐことで、精霊が雪を溶かすよう魔法をかけたのだ。
私の外套のポケットには、しー兄に渡してもらった豆粒ぐらいの炎の精霊石が入っている。唄を紡いだ後に小袋に入れて持ち歩くと、ほんのりと温めてくれるのだ。
魔法はささやかに寄り添うものだと、先生が教えてくれた。
例え魔法が使えなくても、私は恩恵を受けていた。
「乗合馬車に、乗れてよかったね」
「そうだね」
マフラーで口を覆い、眼鏡を曇らせた先生と内緒話をするように声を潜めて笑い合った。先生が口元を隠しているのは、童顔を気にしているからだ。気にするほどでもないと思うのだけれど、矜持的なものだと言葉を濁していた。
がたがたと揺れる乗合馬車は狭くて薄暗い。乗客たちは静かだ。それでも、どこか浮ついた空気が漂うのは年末だからだろう。
「おいしいものをたくさん買って帰ろうね」
「カナラの好きなものがあるといいなぁ」
一年の最後に、私たちはご馳走を食べる。
この国を司る風の少年と呼ばれる風の神様のためにご馳走を用意して、白の旅人が新しい年に祝福を運んでくるよう準備をするのが習わしだ。
私たちはそのご馳走を買いに行く。
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