6 いってきます

 その日、ある森に不思議な現象が起こった。

 複数の白い球体が真昼の空へ飛んでいったのだ。目撃をしたある人は吉凶の知らせだと騒ぎ、ある人は白の王の祝福だと喜び、ある人は風の少年が泣いたのだと悲観した。思い思いに語られた出来事は、のちに森に住む竜の物語だと語られる。心優しき黒竜が、森に縛られていた魂を解放した物語として。

 けれどそれは、ずっとあとの話だ。

 あの魂の群の中に両親を見つけられなかった。私は先生のように声は聞こえない。両親は解放されたと言っていたけれど、私に何を言い残したか教えてくれなかった。

「先に言っておきますけど、カナに手をだしたら殺しますね。泣かしたら殺しますし、困らせても殺します。というか、やっぱりここで殺しておきたい」

 物騒な物言いで、人の姿のしー兄がヤシロの幌馬車に私の荷物を載せる。旅の荷物は最小限でいいって言ったのに、先生としー兄はあれこれ世話を焼いてきた。

「カナ嬢、この兄貴。なんとかならねぇの」

「本当は、俺だってついていきたいんですよ! でも、先生に生活能力がないから! 俺が! 仕方なく!」

 あれから数ヶ月が過ぎた。魂が解放された一件でこの森が精霊樹だと露見してしまったが、黒竜の住み処である森を保護区域にすべきだとセイクが便宜をはかってくれた。一度芽吹いた精霊樹はどうしようもできない。精霊石と異なり、扱いには気をつけなければならない。乱獲を防ぎ、竜を守るためにも許された者しか入れない区域と認められた。

 久しぶりに聖都で職権を行使したと、セイクは清々しく笑っていた。絵で食べているようではない。ヤシロにお金を貸せるぐらいの仕事に就いているのだろう。顔を引きつらせたヤシロを見て、今は職業を聞かないことにした。

 おかげでつつがなく、私はあの森で家族と暮らしている。

「ごめんね、しー兄。先生をよろしくね」

 けれど、外の世界も忘れられなかった。もっと見て回りたいと先生としー兄に話したとき、二人はあっさり承諾してくれた。

 ただし、長旅はまだ危ないから短い期間という条件で。

 今度は三大都市のひとつ、学園都市へ向かう。行商ついでに連れて行ってくれるヤシロの好意に甘え、また三人で旅に出ることになった。旅に慣れた行商人であり、元傭兵のヤシロと神使のセイクだ。任せてもいいと先生は判断したのだろう。よろしく頼むよと二人に謝礼を渡していた。

「僕だって家事はできるのになぁ」

 先生は不服そうだが、今朝はさっそく皿を割ったのを知っている。

「そろそろ出発しよう」

 先に荷台に乗り込んだセイクに呼ばれる。ヤシロも御者台に座った。家族に向き直れば、先生の目が潤んでいた。しー兄は微笑んでいるが寂しさを隠せていなかった。

「カナ、気をつけてな」

「何かあったら僕かシスイを呼ぶんだよ」

 心配性の二人に私は頷いた。

「それじゃあ、行ってきます!」

 とびっきりの笑顔で荷台に飛び乗る。幌馬車が走り出す。二人の姿が徐々に小さくなっていく。私は大きく手を振った。その姿が見えなくなるまで、何度も。

「全く、カナ嬢の家族は過保護だな」

「そうだね」

 見上げた空は、どこまでも青く澄み渡っていた。夕方になれば橙色に染まり、夜になれば黒色になる。空の顔はひとつだけじゃない。人もそうだ。私が知らない先生やしー兄がいたように、一緒に暮らしていても知らない顔がある。隠し事がある。神使や幻獣も魔女にも、そういった一面があるのだろう。

 世界はどこまでも嘘つきで。

 世界はどこまでも残酷であっても。

 それでも私は、この世界を好きでいたい。

「それが、私の自慢の家族だよ」

 先生が美しいと言った世界を。

 私は歩いていきたいから。

 ただ、真っ直ぐに。

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