3 純血の人間

 九年前に何が起こったのか、自分が何をしたのか、私は包み隠さず三人に話した。村の話、あの子であるシスイの話、先生の話。そして、精霊樹になってしまった村の話。

「聖騎士の話って」

「あぁ、カナ嬢の村の可能性が高いな」

 ルイーゼから聞いた黒の女王の神託。精霊樹になった地というのは、おそらく私の村だ。私がいらないと願ったばかりに、村を精霊樹にしてしまった。

「それにしても今頃神託が降りるとは、相変わらず黒のお姫様は何を考えているのかわからん」

 シィラが注いだハーブティーを、ヤシロが口につける。合わなかったのか「草臭い」と苦い表情になった。

「今、必要になったからお告げをしたんでしょう」

 角砂糖を入れるヤシロを横目にシィラが答える。

「私は罪に問われるよね……」

 ハーブティーに視線を落とす。透明な紅色の液体は残り少ない。クッキーをかじったセイクが小首を傾げた。

「なぜ? あれは事故だろう?」

「事故って」

「空の子は何が悪いんだ?」

 冗談を言っている様子ではない。そもそも、セイクはそんな冗談を言わない。クッキーを飲み込みハーブティーを啜る。おいしいと顔を綻ばせた。

「そこにいる腑抜けの神使が罪だと認めていないのなら、精霊樹に願ったことや、黒竜があなたにかけた秘匿魔法も神は容認したということよ」

「そんな」

 私が殺したようなものなのに。絶句した私にシィラは優雅に指を組み、肘をテーブルにつけた。

「ねぇ、カナラ。物語に置き換えるとどうなるかしら。村人たちが魔法が使えない少女を虐げ、母親すら自分の子どもを信じなかった。そうして起こった出来事は相応のものだと思わなくて?」

 ヤシロが静かに牽制の視線を送る。金の双眸は気にせず、私の答えを待っていた。

「シィラ。これは物語じゃない。私にとって現実だよ」

 どんな答えを期待しているかは知らないけれど、私はもう夢を見ていない。物語という枠の中で終わせるつもりはなかった。

「あなたは神ではなく、人に裁かれたいのね」

 溜め息をついたのはヤシロだった。乱暴に後頭部を掻いてから腕を組んだ。

「……難しい話はわからんが、具体的にカナ嬢はどうなるんだ」

「どうもしないわね。まぁ、聖騎士に話せば審議はかけられると思うわ。ただ、村を精霊樹にしたというよりも他のことが問題になりそうだけど」

「他のこと?」

 シィラがヤシロとセイクを見返す。セイクは穏やかに微笑みかけ、ヤシロは気まずそうに口を閉じた。これは旅をしていて薄々感じていたこと。二人は何か気づいている。『特異体質』だと話したとき、ヤシロは私に尋ねた。先生は何も話さなかったのかと。

「教えて」

 動いたのはヤシロだった。居心地悪そうに身じろぎをしたあと、私を見据えた。

「カナ嬢。人間には、別の種族の血が薄く混ざっているのは知っているよな」

 もちろんだ。ヤシロの言うとおり、現代の人間は他種族の血が薄く流れている。その血が濃く、肉体に特徴があれば獣人と超人の亜人と区別される。

「それはなぜだ?」

「なぜって」

 昔、人間は希少種だった。神使のように出生率が低いわけではない。ただ弱かった。無力だった。だからこそ文明を築き上げ、今では最も多い種族になっている。

 でも、それは後の話。その前に人間はどうしたのだろう。技術が発展する前は何が占めていたのか。

 異世界の住民である幻獣は、この世界で生きるために適合した。同じように人も必要だと判断し、求めたものは。

「魔法が必要だったから……」

 そう、魔法だ。この世界で使えなければ生きていけないもの。当たり前に存在しているもの。魔法が使えるようになるために、人はその血を捨てた。

 でも、私は。

「君はね、始まりの子なんだ。最初の人の子。純粋な人間そのものなんだ」

 口の中が乾燥している。セイクの言葉を何度も頭の中で繰り返した。

 魔法が使えないのは、精霊を見つけるのが遅れている『特異体質』だからではない。

 人だから、純粋な人だから、私は魔法が使えない。

「私が、純血種の人間……?」

「ある魔女が予見をしたの。近い将来、精霊は消滅し、多くの種族は滅ぶだろう。純粋なる人だけが生き残り、世界を再び創るだろうと」

「おい、初耳だぞ」

「そりゃそうよ。隠された予見だもの」

 身を乗りだしたヤシロに、シィラはさらりと答えた。

「神使として僕はわかっているよ。在るべきかたちに世界が戻ろうとしているだけなんだ。けれど、人は容易に認めないだろうね。空の子を認めてしまえば、今の人間が滅ぶのを受け入れることになる。亜人はどうなるんだろう。寿命が短くなっている彼らが行動を起こすかもしれない」

「……戦争でも起こるのか」

 渋面したヤシロが低く重たい声を吐いた。

「今のところは安心してもいいわ。どこの魔女もその予見はだしていない。ただカナラの存在を公にすれば、彼女の身に危険が及ぶ可能性は否めないわ。竜が守っていたのは、その血に気づいていたのもあったのでしょう」

 先生としー兄が過保護なのは、私の心を守るためだけじゃない。人間の純血種だとわかっていたから。椅子の下を見れば、獣の影が顔を上げた。頼りなく振られた尻尾は謝っているようで、私は苦笑して首を振った。

「ねぇ、カナラ。あなたの存在だけではなく、世界の綻びは徐々にきているの。そのうち、神の声も幻聴だと笑われる時代もくるわ。見えていたものが見えなくなる。聞こえていたものが聞こえなくなる。それが当たり前の世界になる。それだけの話よ」

 ヤシロが痺れを切らしたように「あー」と声をだし、姿勢を崩して背もたれに寄りかかった。

「魔女さまの話は、今を生きる俺たちにはさっぱりわからん」

「そうね。未来ばかり見過ぎる生き方もどうかと思うわ。でもね、ヤシロ。未来は今という過去が積み重なって出来上がるものよ」

 シィラはティーポットを持ち上げ、半分残しているヤシロのティーカップに並々と注ぐ。増えたハーブティーにヤシロは顔を顰め、笑いを堪えようとしたセイクの肩が小刻みに震えていた。

「だから、今はやるべきことをしなくちゃね」

「今、やるべきこと」

「えぇ、あなたは解放したいと言ったわ」

 あのとき先生は、精霊樹になった村人たちを戻せないと答えた。今も村人たちは木になったままだ。他に方法はないかと視線を投げると、シィラはあでやかな笑みを浮かべた。

「森に行きなさい。黒竜はあなたを待っている」

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